その3 お風呂の二人
クレアとカレンの二人は、治療院の風呂場にやってきていた。
一角が露天風呂になっており、屋根が途切れたところから、登った月が今は大きく輝いて見えている。
「満月が明るいな。」湯船の中のカレンである。酒場からの帰り道ではまだ低かった月が、今はほぼ天頂から周囲を照らしていた。
少し残った酔いも手伝って、暖かな湯の中に旅の疲れが溶け出していくようだ。
黒い縞のある黄金色の体毛をまとって、筋肉質の裸身が月明かりに輝いている。
長く均整が取れて逞しい手足、引き締まった腹から適度に張り出した腰と尻の曲線、力強く豊かな太腿、そして小振りで愛らしい乳房をもつカレンの体は、圧倒的な造形美を誇っていた。
鋭い眼光を放つ顔の造作も整っており、カレンは剣士として一流であるばかりでなく、獣人族きっての麗人と噂された。
獣人族の女性は、魔族の側室や愛人としての需要がある。カレンの元には、これまでも多くの誘いが舞い込んでいた。中には、正妻として迎えたいと言う魔族の貴族がいたほどだったのだ。
同じ獣人族の中で言い寄る男には、剣の勝負を持ちかけるのが常だった。私に勝てば考えてやろうと。これまで数人の男が挑んできたが、カレンに敵う者はいなかった。勝敗が全てとは思わなかったが、これまでカレンの琴線に触れる相手には巡り合わずにいたのだ。
カレンは右の太腿をなぞった。ジローの剣に深く突かれて血を流した場所を。
もう傷は癒えている。傷跡はない。あの時すぐにジローが治療してくれたからだ。思い出すと、癒えたはずの傷がチリチリと疼く気がした。あの時、カレンは生まれて初めて、強くそして優しい男性への憧れを知ったのだ。
「ジロー殿、ようやくお傍に参りました。」思わずつぶやくと、湯の中で縞々の尻尾がフラフラと左右に揺れた。
◇ ◇ ◇
カレンの隣には、少し離れてクレア姫がやはり湯を楽しんでいる。
カレンとは対照的に小柄で色白の肌が、湯の中で月の光に照り映えている。見比べれば体格で見劣りするが、クレアも痩せているわけではない。張りのある尻と腰の括れを持ち、形の良い乳房は大き過ぎず、しかしカレンより豊かだった。
母親譲りの美貌をもてはやされ、魔族の中で母に次ぐ魔力を誇る皇女。生中な男では近寄りがたく、それを理由にクレアは時間があればカレンを伴って魔獣狩りに出掛けるのが常だった。事実、この二人に敵うものなどいなかった。あの時までは。
あの森で、人族の男と偶然に出会った。呑気に森を探索しているらしい。
人族は魔族の宿敵だが、殺すつもりはない。悪戯心から、雷の魔法を投げてみた。すると男は、これを察知して回避したではないか。もう一度打ってみたが、また避けられた。クレアの負けん気に火がついて、今度は雷魔法を闇属性で裏打ちして飛翔速度を速めてみた。魔力に溢れたクレアだからできる、母から伝授された奥義だ。
何度かに一度は手ごたえを感じたが、それでも男は逃げ続ける。それどころか、男は火の矢、氷の槍、石の礫を放って攻撃を返してきた。こちらが展開した魔法の盾を揺るがすほどの威力だ。多彩な技を持つ一流の魔導士に違いなかった。
姿を一瞬見失ったとたん、男はクレアの展開した魔法の盾の前に立っていた。ここぞとばかり魔法を集中したが、すべてを無効化され、魔法の盾が砕かれた事までを覚えている。
気がつけば拘束魔法で身動きが取れない。生まれて初めて魔法戦で敗れ、我が身が縛り付けられる屈辱に身が震えた。拘束魔法は、複雑な術式を組み合わせた頑強な代物で、クレアの魔法技術をもってしても解除できなかった。
男はカレンと戦っていた。男は片手剣を風属性で励起させると、カレンの剛剣をかい潜り、カレンに一太刀を見舞った。次いで、突進するカレンから身をかわすと、何とカレン愛用の大剣を根元から砕いてしまったではないか。
私のカレンが殺されてしまう。叫ぼうとしたが拘束されて声が出ない。いや、しかし、男は突き付けた剣をしまうと、カレンの横にかがみこんだ。
その手が淡く輝く。あれは何だ? 回復魔法のようだが光属性なのか?
男は首をひねって、もう一度カレンの脚に手をかざした。今度はかざした手に周囲の光が吸い込まれていく。
これなら分かる。魔族が馴染んだ闇属性による傷の修復魔法だ。
相反する魔力を駆使できるあの男は、もしや賢者。だとしたら、そもそも勝ち目などなかった。クレアは、初めて戦いの中で恐怖した。
カレンが立ち上がり、男の前で跪いた。そして二人はこちらに歩いてくる。当然ながら男は怒っていたが、何と!私の行いを許し、ここから去れとだけ言ったのだ。
強く、優しく、そして謙虚なお方。
クレアの恐怖は、感謝に変わり、そして目の前の男性への憧れに転じていた。震える心を押し隠して、クレアはジローに対峙したのだった。
◇ ◇ ◇
一ヶ月ほど前の思い出から我に返って、クレアは深くため息を漏らした。
「カレン、そろそろ上がりましょうか。」
「はい、姫様。」
「部屋に戻る前に、奥方様の様子を確かめて参りましょう。」
サナエの部屋を覗くと、サナエはぐっすりと寝入っている。
「ご無事のようですね。また、明日の朝に来てみましょう。」
「はい、姫様。」
あてがわれた質素な部屋には、ベッドが二つ。
そして机と椅子と衣服を仕舞うクローゼットも、二つずつ設えてあった。
クレアとカレンは、それぞれ向かい合わせにベッドに腰かけて髪を乾かしはじめた。二人とも風魔法を使っている。カレンも、この程度の簡単な生活魔法は使えるのだ。
「ジロー様も奥方様も、村の民に慕われているご様子でしたね。」今日一日を思い出して、クレアがカレンに話しかける。
「治療院も、子供らを集めた学び舎も、私たちの里にもあって良いと思いました。」とカレンが頷いた。
「学び舎では剣術の稽古もしていましたね。カレンは剣術を教えてはどうです。」
「それは良い考えです。ジロー殿のお許しが得られれば。」
「姫様は治療院をお手伝いなさいますか?」
「そうしたいのですが、ジロー様に魔素をお渡しすると、また奥方様のお叱りを受けてしまいます。」
「先ほどの、あのやり取りは何だったのですか? お二人とも、戸惑った様子でしたが。」
クレアは、湯上りの火照った頬を更にポッと赤らめた。
「私はジロー様の波動を快く感じて、心が騒いでしまったのです。おそらくジロー様も、お渡しした魔素の中に私を感じて、驚かれたのだと思います。男性に魔素をお渡しするのは、初めての経験でした。」
「なるほど、そう言う事でしたか。」ずっと不思議に感じていたカレンは、納得したようだ。
二人はそれぞれのベッドに入った。
しばらくして、「カレン、まだ起きている?」
「はい、姫様。」
「そっちに行っていい?」
「いいですよ。」
クレアはベッドから起き上がり、せっかく着ていた夜着を脱いで裸になると、カレンのベッドにもぐりこんだ。
獣人族は就寝時に夜着をつける習慣がない。滑らかな毛皮に覆われたカレンの体にクレアは抱きついた。
二人の腹と腹がぴたりと合わさり、カレンに比べて小柄なクレアの目の前にはカレンの小振りな乳房があった。クレアが乳房に頬ずりをする。
「うふふ、カレン暖かい。」
カレンは優しくクレアを抱きしめた。「姫様、おやすみなさいませ。」
すぐにクレアはカレンの胸に顔をうずめて、小さな寝息をたてはじめた。
カレンはクレアの髪を撫ぜながら、「ああ、私もこうしてあの方に抱かれたい。」切実にそう思うのだった。(続く)
やっぱり、異世界物はお風呂ですよね。
ここまでの表現ならば、問題ないと思うのですが、どうでしょう。




