その2 告られる
夜は、ウエキ爺さんに誘われた酒場に、皆で飲みに出ることにした。
「おう、来たな。ジロー先生と別嬪の嬢ちゃん、今日は世話になった。」爺さんは大層喜んで、俺達を歓迎してくれた。俺たち五人は、酒場の隅にあるテーブルをぐるりと囲む形で着席した。まだ時間が早く、酒場は混みあう前だ。
「サナエ先生も若先生も、今日の酒は俺の奢りだ。大いに飲んでくれ!食い物もいくつか出してやる。」爺さんの大きな手が、俺の背中をバンバン叩く。
ちなみに若先生とは、俺の片腕ヨシユキの事だ。サナエもヨシユキも治療院開設以来の部下で、勤務歴は長い。村の皆から感謝されていて、俺も含めて三人とも先生と呼ばれることが多いのだ。それに俺は学校でも先生だしな。
魔族の二人とは、今日の昼に会ったばかりのサナエとヨシユキだ。最初は警戒心が隠せず会話も弾まなかったが、エールを飲みかわすうちに雰囲気が和らいできた。
それにしてもサナエは、今日はエールのピッチが早い。そのうち目が据わってきた。そんなに酒に強くないのに、タダ酒とはいえ少し遠慮しろよ。
「クレアさん、貴女!」サナエが、突然クレアに絡み始めた。
「十年お仕えした私でも先生の手を握ったことがないのに、今日の貴女の、あれはナニ!?」
「魔素をお渡ししただけです。」クレア姫は気圧された体で、小声になっている。
「いいえ、それだけではなかったわ。二人ともモジモジしちゃってさ、とっても怪しい雰囲気っ!」
サナエはビシッと今度は俺を指差しした。よく見られているな、確かに俺はあの時、クレアの魔素と吐息に女を感じてしまったからな。
「クレアは凄いんだ。あれで俺の魔力は回復して、お陰でウエキ爺さんを治す事ができたんだぞ。」俺は急いで取り繕ってみた。
「それでもダメ、あれはダメ! もう二度と許さないんだからね。」据わった目で、サナエは俺を睨みつける。
「賢者殿に非がある!」突然そう言い放ったのはカレンだ。あれっ、思わぬ伏兵が現れた。
「聞けば十年もの間、奥方様に支えていただいているにも関わらず、手も握らぬとは。何を考えておられるのか!」カレンは、相当に怒っている。えっ、急にどうしたの? 酔った勢いってやつなのかな。
「私たちを娶る前に、まず速やかにサナエ様を娶られませ!」
へっ? お二人を娶るのは、もう既定路線なのですか?
カレンの発言を聞いたサナエが、酔った目で、にへらと笑った。
「あらカレンさん、いい事言ってくれるじゃない。そうよ、私はずーっと先生に尽くしてきたわ。それをこのヘタレめが、」またサナエが、俺を酔いの回った目つきで睨んできた。
「サナエ、そのくらいにしておこうぜ。」ヨシユキが収めにかかるが、酔ったサナエは最後まで言ってしまいたい様子だ。
「先生!この際だから言うわ!まず私をお嫁さんにしなさい!」そう叫ぶと、サナエはエールをグイっと空けて、テーブルに突っ伏したかと思うと静かになった。轟沈したようだ。
「奥方様を連れて戻りましょう。」クレア姫がカレンにそう言って、席を立った。
「今夜は、私たちで介抱して差し上げなくては。」
すっかり日が暮れて、酒場を出ると月明かりが美しい夜だった。
酒場からの帰り道、通りに面した建物の窓からこぼれる灯りに石畳の道はうっすらと照らされている。俺たち一行の斜め前に、クレアが魔法で小さな火球を浮かべて、月明かりを補った。
そして、治療院に戻るまでの間、サナエを軽々と背負ったカレンに、俺は責められ続けたのだった。
「賢者殿は、何をしておられたのです。これでは奥方様が可哀そうです。」
カレンは、すっかりサナエに感情移入してしまい、涙を浮かべて俺を責める。酒も手伝っているのかな。獣人族は情に厚いとは聞いていたが。
「お待ちなさい、カレン。賢者様は、何か私たちの考えが及ばぬご事情をお持ちなのかも知れません。」うん、流石です、お姫様。その通りですよ。
治療院に着くと、カレンはサナエを彼女の部屋まで背負っていき、クレアと二人掛かりで世話をしてベッドに寝かせてきたようだ。
「有難う、助かるよ。二人とも長旅の疲れもあったろうに、付き合わせて悪かったね。」俺は感謝と共に、二人を労った。
「入院用の二人部屋が空いているから、そこに泊まればいい。この廊下の突き当りに風呂がある。温泉を引いているので、いつでも使えるから、どうぞ。」
「おお、それは有難い。」と、カレンが喜んだ。
「夜のうちに、何度か奥方様の様子を見ておきましょう。」と、クレア姫が言ってくれた。
有難うございます。とても助かります。
「おやすみなさい。」
◇ ◇ ◇
自分の部屋に戻った俺は、ソファに腰を落として強めの酒をグラスに注いだ。キュっと飲み込むと、心地よいキックが来て喉を熱く降りていく。
ふう、とため息が出た。今日はいろいろな事があった。
「とうとう、サナエに迫られてしまったな。」壁のディスプレイが灯り、そこに現れたタローが声を投げてきた。頭の中で言えばいいのに、こいつわざわざ顔を出してきたな。
「ああ、そうだな。」
「サナエの気持ちはよく分かる。お前もそろそろ覚悟を決めたらどうだ。」タローは、穏やかに俺を諭してきた。
地上に降りて俺と感覚共有し、その後に兄タローの人格をまとうことになったこの元搭載艇のAIは、今は俺の兄貴分であり、よき相棒だ。
「今日は、久々に男の血が騒いだぞ。」タローには俺のバイタルがお見通しだから、隠しておくこともない。
「クレア姫だな。健全な男の反応だ。」
「サナエは健気で可愛い頑張り屋の弟子だ。クレア姫はあの高貴なる色気と、そして頭がいいな。カレンだってマッチョな美人で強者だ。三人ともイイ女だよな。」
「希望通り、この際、三人とも娶ったらどうだ?」
結論に一足飛びだな、流石に人間臭くなってもAIだ。
「あんないい女たちにこれだけ露骨に迫られれば、俺だって応えたいさ。だが俺は、歳をとらないんだぞ。昔、カオルや子供達が歳をとる中で、俺だけ若いままなのは辛かったもんだ。」
「全部話して、三人とも私のポッドに入ってもらえばいい。ジローの場合は月に一度だが、あの三人は純粋な地上人だから、半年に一度の活性化処置で肉体年齢は維持できる。」
しばらくして、タローが続けた。「それに子供が生まれれば、我々のミッションを手伝わせる事ができるぞ。」
おっ兄貴、踏み込んできやがった。そりゃ確かにそうだ。魔族との間に子を成せば、人族との融和に利用できるか。
「親が子に、勝手にそんな役割を与えるのは、どうしたものかな。」
「お前は俺のクローンだ、そこそこ優秀な遺伝子だから俺を選んだのだろう。そして、サナエやクレアやカレンの血を引いた子供なら、期待できるぞ。」考えてみれば確かにそうかもな。
俺は、もう一杯、強い酒を流し込むと、「タロー、今の話だが、少し未来までシミュレーションを頼めるか?」
「分かった。少し考察を深めておこう。」
「特に嫁達の対立とかは避けたいしな。」
「それはお前次第だ、あの三人の相性は悪くないようだぞ。」
「明日の朝イチで協議できるように、準備しておいてくれ。」タローを映したディスプレイが消えた。
ベッドにもぐりこむと、酔いも手伝って、すぐに睡魔がやってきた。何だか変な夢を見そうな気がした。(続く)




