その1 イケナイ気分
ちょうどお昼だ。
俺とサナエ、そしてクレア姫様とカレンも誘って、昼食を取ることになった。
一緒に食べようと俺が言ったら、サナエが二人分を追加してくれた。昼だから、ご飯に味噌汁、焼き魚に山菜の煮物の簡単な食事だ。毎度の事だが、サナエの作る食事は美味しい。
「お口に合いますかどうか。」サナエが料理を勧めながらも、二人への警戒感を隠さない。
クレア姫が恐る恐ると言った様子で味噌汁を啜り、「まあ、これは!」と優雅に微笑む。「何とも複雑な風味ですな。」と、カレンもまんざらでもない表情を浮かべている。
「いろいろなお野菜が入っていますが、奥方様、この深い風味はそれだけではありませんね?」クレア姫がサナエに尋ねる。
何度も皆の前で、奥方様、奥方様と繰り返されて、サナエは少々こそばゆい、そして実は少し嬉しい。
「これはお味噌汁といって、塩味はお豆から作ったお味噌という調味料。それに、小魚を煮て乾かしたもので出汁を取っているのです。このお汁はご飯に合うのですよ。」
勧められて、ご飯と味噌汁を口にしたクレア姫が驚いた。「まあ、本当に!」
「カレン、このお汁と一緒にこの穀物をお口に入れてごらんなさい。組み合わさったお味の、なんと風雅なことでしょう!」
言われたカレンもそれを試してみて、「うーむ、人族の食事は手が込んでおりますな。」大いに感動した様子だ。
「奥方様、素晴らしいお手前です。」クレア姫はサナエを褒めちぎっている。さては、まずはサナエを味方に引き込もうとしているな。
◇ ◇ ◇
食事が終われば、午後の診療時間がやって来る。スタッフはサナエと、今日は午後から加わる治療師ヨシユキの二人だ。
俺は、平日の午前中から昼を挟んで午後の一~二時間を、村の病人・怪我人の治療に充てている。常時、病人や怪我人が出るわけではないから、空いた時間は隣の部屋に村の子供らを集めて学校の先生役も務めている。学校には、俺のほかにも先生が数人いるので、俺が治療に忙しくても学校は何とかなっている。
この村で治療院と学校を開いて十年、先生役に取り上げた部下たちも育ってきた。学校は俺がいなくとも回るのだが、問題は治療院だ。
サナエには薬学を仕込んできた。歳はもうすぐ二十歳だったか。頑張って俺の鑑定魔法によれば薬師Lv.25だ。若い頃の習得レベルと年齢は通常ほぼ等しいので、レベルが年齢を上回ればこれは本人の努力の成果、評価に値すると言える。ただ魔法はからきしダメだ。
もう一人の片腕、部下のヨシユキは、今年十八歳になったばかりの薬師Lv.18。
この男は僅かに光属性の回復魔法が使える。魔導士Lv.10でも、使えないよりマシというものだ。
しかし、光属性は生体エネルギーを操作するので魔力の消耗が大きい。ヨシユキの回復魔法は、解毒やちょっとした切り傷、打ち身を癒す程度のもので、骨折などに対応する本格魔法「傷の修復魔法」には、まだまだ手が届かない。
そこで重傷者は俺の出番となるのだが、生憎と今日は朝から怪我人が何人も治療に訪れていて、俺の持っている魔素もそろそろ底が見えてきたところだった。これは、一晩ゆっくり眠らないと回復しそうもない。
「こんな状態でクレア姫様と戦えば、あっという間にお陀仏だな。」俺はチラリとクレア姫を見た。目があったクレア姫はニッコリと笑いかけてくる。クレア姫とカレンは、俺の治療の様子を見たいといって、部屋の片隅にいた。
佇むクレア姫は、出会ったあの時とは違って今日はとてもリラックスして見える。
表情が思いのほかに豊かだ。優雅な物腰で、落ち着いた声で話し、品良く微笑むところは高貴な育ちをうかがわせる。
小柄だがメリハリのある体躯を質素なローブに包んでいても、全身からあふれ出す王族オーラは隠せていない。流れる黒髪、それを割って出た薄桃色の短い二つの角、色白の肌、漆黒の瞳に整った顔の造作を持つ、とても美しい娘だ。これが、あの恐ろしくも強力な魔法の連撃で俺を追いつめた張本人なのだから、人は見た目では分からないものだ。
そして常にその横に立ち、姫を見守るカレン。
口数は多くないが、吐く言葉は主人への忠誠に溢れている。微動だにせずピンと背筋を張って立つ姿が、実に凛々しい。いつもなら揺れ動く縞々尻尾も、今は緊張感を孕んで真っ直ぐに降りていた。
こちらは黒い縞のある黄金色の毛皮の体を、室内用なのだろうか革製の軽甲冑で覆っている。その鍛え抜かれた体躯は、見る者の目を奪う見事なものだ。露出した二の腕も太腿も、実に逞しく張りがあり、全身で肉体美を誇示していた。
眼光鋭い顔立ちも整って、姫様とは別種の美しさを持つ娘だった。この娘は、誰が見ても剣士として超一流なのが分かる。俺は、たまたま相手の闇属性につけこんで勝ちを拾ったが、剣技ではおそらく二度に一度は不覚を取るだろう。
◇ ◇ ◇
午後イチの患者が運ばれてきた。行きつけの酒場のオヤジ、ウエキ爺さんだ。
よせばいいのに屋根に上ってどこかの修理をしていたが、足を滑らせて落ちたのだという。足の骨を折って、腰も打ったようだ。頭には大きなたんこぶができている。
ウンウン唸る爺さんを、治療台の上に寝かせる。
折れた脚の痛覚を麻痺させてから、俺はズレた骨を正しい位置に矯正し、添え木で固定した。
「悪いな、爺さん。今日の俺では魔力が足りない、済まないが骨をくっつけるのは明日にしてくれ。」俺は、そう言わざるを得なかった。
その様子を見ていたクレア姫が、ふわりと立ち上がりこちらに歩いてきた。
「では、私が。」そう言って、俺を見上げて了解を求める。
「ああ、そうだったな。では、やってみてくれますか。」俺の許しを得ると、クレア姫はまずウエキ爺さんの頭のたんこぶに手をかざした。
「おお、嬢ちゃんも治療師かい。助かるぜ。」爺さんは綺麗な姫様に治してもらえるので、ご満悦の様子だ。
しかし、クレア姫は手をかざしながら首をかしげている。たんこぶは引いてきたが、確かに治りは早くない。たんこぶが見えなくなるまでには、ずいぶん時間がかかった。
「嬢ちゃん、有難うよ。頭は痛くなくなったぜ。でもやっぱり先生のほうが腕はいいみたいだな。」たんこぶのあった場所をさすりながら、ウエキ爺さんが言った。
「いや、そんなはずはない。このお嬢さんの魔力は、俺より余程大きいんだ。」
そうか、彼女の回復魔法は闇属性、やはり人族には相性が悪いのだ。
俺と同じ考えをしたのだろう、クレア姫はふうとため息をついたが、次の瞬間「そうです、賢者様、お手を。」と言うなり、ぎゅうっと俺の手を握って目を閉じた。繋いだ手を通じて、物凄い量の魔素が流れ込んでくる。そしてその魔素にまとわりついたクレア姫の甘い女の匂いが、俺をくらくらさせる。ああっ、これイケナイやつだ。
クレア姫がパッと手を離し、頬を赤らめた。「魔素をお渡しいたしました。」
なんと、この短時間で俺の魔素は満タンになっている。
クレア姫は肩で息をしていて、熱く香しい吐息が俺の頬にあたっている。不覚にも、俺はまたしてもくらくらして、イケナイ気分になった。
「魔素譲渡だなんて、無理をしないでくださいよ。」そんな事ができるのか、魔族って凄いな。
「ご心配いただくほどではありません。まだ半分以上は残っています。」確かに、さほど消耗したようでもない。
てことは、クレア姫の魔素量は俺の倍以上はあるのね。下手をすれば数倍かもしれない。賢者を名乗った俺としては、少し恥ずかしい。魔族、恐るべし。
「私の闇属性では回復が遅いようです、賢者様の光属性でお試しください。」なるほどね、そうしたわけか。
「傷の修復魔法」俺はウエキ爺さんの脚に手をかざして、回復魔法を唱えた。俺が常用している光属性だ。満タンの俺の魔素に裏打ちされた回復魔法は、素晴らしい速度で骨を繋ぎ、肉を盛り上げ、傷口を塞いでいく。
「おおっ、流石に先生。凄げーな。助かったぜ」ウエキ爺さんは、身軽に治療台から飛び降りると、体のあちこちを試している。
「えーと、お礼はこのお嬢さんに言ってください。このお嬢さんからもらった魔力で、傷を治す事ができました。」俺は慌ててそう言った。正確には魔素を貰ったのだが、魔法を使わぬ人族の素人に、魔素や魔力の区別はつかない。
「そうなのかい嬢ちゃん、世話になったな。先生、今夜は俺の店に来い!俺の奢りだ。」ウエキ爺さんは、そう言うと、軽やかな足取りで出口に歩いていく。
「申し訳ありません、賢者様。出過ぎた真似をいたしました。」クレア姫は、頬を赤らめたまま、そう言った。
「でも、賢者様の波動を感じて、嬉しゅうございました。」恥ずかしそうに付け加えた。
やっぱり、俺のイケナイ興奮が伝わっていたみたいだな。
振り返ると、サナエが爺さんに打ち身の貼り薬を渡しながら、クレア姫と俺をギッと睨んでいるのが見えた。
「いや、なに、爺さんが回復して良かったさ。」そう言う事にしておこう。
(続く)




