表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/93

その5 生き物の豊穣(ほうじょう)

驚くべきことが判明した。

地上に派遣した探査ボットが採取してきた複数の人類の体毛から、DNAを抽出してみたのだ。あまりにも無駄の多い大きなゲノム。実際に機能する遺伝情報の周囲に、雑多で意味をなさない塩基配列が無数に埋め込まれていた。


これは何を意味するのか。

おそらくは、バクテリアやウイルス由来の遺伝子が人類のDNAに導入され、進化に利用され、或いは廃棄されてきた名残であるのだろう。

成熟しきっていない、進化の途上にあるこの惑星の人類は、今まさに遺伝情報の濁流の中を歩んでいるのだ。


結果として、部族間にこれだけの差異が見られるのも当然だった。ウイルスをベクターとした塩基配列のやり取りが、限定された地域で活発に繰り返されてきた結果なのだ。


この環境に私は、私の体は、対応できるのか? いや、できまい。

こちらは一億年の歴史を持つ進化を極めた人類だ。とうの昔に、遺伝子操作によって無駄な遺伝情報は淘汰が行われ、DNAは洗練され最適化されている。我々はもう生物学的には進化しないのだ。


体の内外で共生関係にある微生物群(マイクロバイオーム)も選抜されて、理想的な生態系を構築してある。俺の体は、これら体内外で共生する生き物も含めて全体で一つの宇宙。単一生命ではなく「メタ生物」として確立しているのだ。


この惑星の人類は、微生物群との共生などと言う概念はないだろう。微生物は全て病原性の敵と認識され、実際 常に周囲の細菌に感染し、ウイルスに襲われているのだろう。

体内には寄生虫まで飼っているかも知れない。いや多分、線虫や原虫の類が少なくとも偏利共生している可能性は大いにある。


今の俺の体の防衛機構は、自身の遺伝子が持つポテンシャルが最大限に賦活化されている。しかし、この世界の微生物との接触履歴がない以上、当然だがその情報と抗体は保有していない。免疫が発動するには時間がかかるから、俺の体にとっては未知の、この世界の病原微生物との接触は致命的となる場合もあるだろう。


濃厚なスープのように未知のマイクロバイオームがうごめくこの惑星に降り立つ俺は、この惑星の人類には無害な細菌に触れるだけで、ひとたまりもないのではなかろうか。

俺の、この完璧だったはずの体は、ほぼ無菌に近く制御された母星や宇宙船内では最高のコンディションを維持できたが、この惑星には適応できそうもない。


 ◇ ◇ ◇


唖然とした。ここまでとは思わなかったのだ。

多少の感染ならば、搭載艇の医療システムを使えば済むことだと考えていた。

豊かな生物相を喜んだ生き物係の俺は、今度はそのあまりの豊かさを知って泣きたくなった。


俺は自分の細胞を培養し、簡単な生きた組織塊を作ってみた。これを探索ボットに積み込んで地表に降ろし、外気に暴露させる実験を行うのだ。

サンプルは二つ、そのまま外気と触れて呼吸させるものを試験区とし、対照区は精密フィルターで外気から微生物を濾しとったうえで呼吸させる仕組みだ。


一か月後、外気に暴露したサンプルを回収して調べてみた。

フィルター区の組織塊は生き生きと活動を続けていたが、試験区はひどいものだ。

細菌に感染してその毒素により死滅した細胞、ウイルスに取りつかれ遺伝情報を転写され、せっせとウイルスを再生産する増殖工場と化した細胞。そして一部は明らかに癌化していた。俺は頭を抱えた。


「この星は、濃密なバイオームが存在します。」

「海にも陸にも、こうして大気中にも生物体内にも微生物が満ちています。」

ゾラックの声は、あくまでもクールだ。


「うん、予想通りだ。いや、予想以上と言うべきか。」

「とても気密服なしで地上に降りることはできません。」

「そう言う事だな。」

俺はサンプルを焼却、廃棄し、念の為に分析機器とその周辺も入念に滅菌措置を施した。


数日間悩み、ゾラックとも相談して、俺は一大決心をした。

この体を捨てざるを得ない! 俺は原住民になるのだ。

俺が俺たる脳と神経系を残して、体を原住民のDNAで構成された組織に置き換える。俺の脳神経を除く周囲に、この惑星の人類組織をクローニングすると言えばいいだろうか。このクローン体には、原住民がこれまで獲得してきた免疫情報を漏れなく移行させる事は言うまでもない。


スリープポッドには高度な医療システムが内蔵されている。人体のクローニングさえ、時間をかければ可能なのだ。

ポッドに入り、体の組織を徐々にクローニングした組織で置き換えていく。深層睡眠(スリープ)を併用しながら、体の再構築には半年ほどかかるとゾラックは計算した。


大きな挑戦だが、この体の改造がうまく行ったら地上に降りよう。

そして定住できそうな拠点を確保したら、これでようやく母船に連絡ができる。仲間をこの星に呼び寄せる事ができるのだ。


オルが向かった星が、同じく居住可能で、しかもこの星より条件が良かったらどうする。

そうなったら俺は、仲間との合流を諦めるしかないな。もう俺はこの星の原住民の体を得ているだろうから、この星で生きていくしかないのだと、心を決めた。

そもそも、リープ機関が満足に稼働しない母船と、いつになったら合流できるのかなど見当もつかないではないか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ