その3 謎のオルガネラ
「貴方が見つけた細胞小器官ですが、」女はそこで言葉を切って、俺を窺っている。その話か、まあ俺も知りたかった事だ。「あれは何なのですか?ミトコンドリアかと思いましたが、よく見ると違っています。」
「そう、貴方が来た世界では知られていないのでしょう。ミトコンドリアと同じように、真核細胞に取り込まれたある種の細菌が小器官となって細胞内に残ったものです。」
「その細菌は、好気性細菌ではないと?」
「はい、違います。あなたの世界にはこれを指す言葉がないのですが、言わば好魔性細菌とでも申しましょうか。」
「こうま、ですか?」
「そう、エネルギーを作り出すのではなく、魔素を周囲から汲み出す細菌です。」
「魔素ですと!」
「貴方の遺伝子は改変されて整理されていますね。昔は貴方の種族にも、痕跡程度は残っていたはずですが、」
「私たちも持っていた?」
「そうです。すべての生物は進化の過程で、まず魔力を得るのです。」
「単細胞の古細菌が好魔性細菌を取り入れ、魔素を得ることで、生物進化は始まります。細菌には意思はありません。しかし生存本能とでも言うべきものが細胞内に好魔性細菌を取り込んで周囲の魔素を集めだし、それを駆使する魔力に目覚めます。その力で好気性細菌をも取り込んで、ウイルスなどをベクターとして遺伝子のやり取りが開始されます。」何だか生物の起源の講義が始まったな。まあ俺の専攻だから話にはついていける。
「惑星の進化の途上で、最初は豊富だった魔素も宇宙空間に放出されていきます。この第三惑星でも、もうすでに魔素は惑星誕生の時点から百分の一まで減少してしまいました。」
「この惑星の生物は、まだ細胞内にこの小器官を保持しており、この星には魔素もまだ残っています。種族差や個体差はありますが、この惑星の人類と動物の一部は魔力を持っているのです。特に人類には、この魔力を体系立てて整理し、魔法として駆使するものがあります。」
「魔法ですか。私が居た世界ではお伽噺に出てきます。」
「そうですか、それは貴方の種族の先祖の記憶なのでしょう。お見せするのが一番ですね。」そう言うと女は、正面のディスプレイに手を差し出した。するとディスプレイに、地表に住む種族の画像が映し出された。どうやってこの女は、この俺の船の機器を操作しているのだ?
映し出されたのは、あの辺境の地で見かけた頭に角のある種族だ。女が食事の準備をしている。煮炊きする鍋が置かれ、その下に細かくした木材が置かれている。その女が木材に向けて手を突き出すと、ポッと木材に火がつき燃え上がった。
画面が切り替わった。今度は男が獲物に向かって突進している。大きく手を振りかざして、男は草食獣に向けて何かを叫んだ。サッと手を振り下ろすと、男の手の辺りから雷光をまとった矢のようなものが飛び出て獲物に突き刺さり、動物はもがいて倒れた。
また画面が切り替わった。何だ、あの巨大な生物は。まるで、伝説の生き物ドラゴンのようだ。
「そう、貴方の世界でも竜は先祖の記憶に残っているのですね。この惑星には竜族がまだ生息しています。」ああ、また考えを読まれたようだ。
その竜は、バッサバッサと羽ばたくと低空で静止し、恐ろし気な口を開くとゴウとばかりに火を吐いて周囲を焼き払った。
「あの炎の息は、体内で生成したガスを燃焼させるものですが、実は魔力で点火し制御されています。竜族は、この星で魔力を前提に進化してきた生物です。竜族は、人族に匹敵する知力を持っています。地上で出会ったら、話しかけてごらんなさい。お友達になれるかもしれません。」できれば、お会いしたくないところだな。話しかけるのもご遠慮したい。
「地上に降りた俺に何かをして欲しい、と言う事ですか?」
「あの角のある人族を、とりあえず魔族と呼びましょう。彼らは、魔素を汲み出す力が遺伝的に強く、それを駆使する魔力も大きい、つまり魔法に長けた種族です。」なるほど、魔族ね。
「しかし、人族によって辺境に押しやられているようでしたが、」
「人族は繁殖力が旺盛で数に勝り、行動も組織化されています。一対一では人族に勝てる場面はあっても、魔族は迫害され辺境に追いやられてきました。」
「しかも魔素は減少しつつあります。魔族は人族に飲み込まれる形で、やがて消滅する運命です。」
「そしてその前に、あの竜たちが姿を消すでしょう。魔力を前提として生きる彼らは、進化の袋小路に入ってしまいました。今となっては、竜族を存続させる手立てはありません。」
「貴方には、魔族の後見役として、人族との橋渡しをしていただきたいのです。」
「何のために?」滅亡する魔族とやらを助ける意味が知りたい。
「竜族には力で及びませんが、かつては濃かった魔素によって生み出された魔物、そして魔法を操る魔獣が地上にはまだ多数存在します。これらの生物は、知能は低いですが人族にとっては天敵で、しかも強敵です。人族は各種の技術を開発して文明を発展させてきましたが、半面で急速に魔法への適性を失いつつあるのです。」
「つまり、魔族と人族を仲良くさせ、魔族の力も借りて人族の天敵を抑える?」
「そうです。」女はコーヒーカップを啜った。コクリと飲み込んで軽く首をかしげる動作は、本物の人間のようだ。
なぜ人族を守ろうとする?
女は柔らかく微笑んだ。「それは人類こそが長い時間をかけて進化し、やがて私達のように六次元の展開を果たす存在に至るからです。つまり後継者の育成です。」また考えを読まれてしまった。
「この宇宙の守護者を育成する一環だと、ご理解ください。私たちは、宇宙に散らばる数多くの人類を手分けして育成しているのですが、文明の滅亡もまた非常に多いのです。」
「銀河の衝突、超新星爆発など大規模なものから、小惑星の落下や人類同士による戦争行為まで、これまでもこの宇宙では多くの人類文明が滅びてきました。」
「貴方が乗ってきた母船が遭遇したガンマ線バーストも、そうですね。」そんな事まで知っているのか。
「六次元の展開と言いましたが、貴女は時間も空間も自由になるのですか?」
「認識でき、ある程度の干渉は可能ですが、自由自在にはなりません。」
「俺達の母船のエンジンを直したり、そもそも俺達を母星に送ったりもできるのでしょうか?」
「出来るかも知れませんが、担当外の星域への干渉は禁止されています。」
「他の星系から来た俺を使おうとしているのに?」
「貴方は私の管理下に落ちてきた、言わば異物です。排除するのは容易いですが、この星の人類のために役に立つのなら、存在を許そうと考えました。」
こりゃ、脅しだな。
「地上に降りたら、私の手助けをして下さいませんか?」
しばらく考えて、俺は答えた。「俺に、選択の余地はないみたいですね。」
「あら、頭の良い方ですね。」持ち上げても、見え透いているぜ、女神さん。
「私をキュベレとお呼びなさい。条件を提示いたしましょう。」(続く)




