その3 太陽圏:ヘリオスフィア
ポッドの中で目が覚めた。
「状況はどうだ?」
「はい、この船については予定通り、太陽圏に入りました。」
俺は、ふと不安を覚えた。「この船については?」
「はい、あなたが深層スリープに入ってから二時間ほどして、ゾラック16から亜空間通信が入りました。」
「内容は?」
「連続ジャンプ機構に不調。最悪の場合、単独ジャンプで任務遂行する。」です。
なんてことだ。第二の目標まで二百光年あったはずだ。単独ジャンプの繰り返しで、あの恒星まで行って、重力圏にダイヴして、惑星を探査して帰ってくるまで、いったいどのくらいの時間がかかると言うのだ。しかも相手は三連星だ、ハビタブルな惑星がいくらあるのかわかったもんじゃないぞ。俺は心臓をギュッと掴まれたような気がした。
「ジー。心拍数と血圧が急上昇しています。」
スリープポッドに入ったままの俺のバイタルは、すべてゾラックにお見通しだ。俺はポッドから這い出ると、リハビリ用のトレーニング機器にヨタヨタと向かった。
「しばらく体を動かして体調を整える。その後で胃に優しい食事を頼む。」
「了解」
操縦席に座れば、この船は太陽風を感じる領域、太陽圏に到達していた。
あれから八年かけて、光速の10%でこの重力井戸を降りてきたのだ。
計器によれば、あれだけ強かった背景銀河からの高エネルギー粒子が検出されない。ここに来るまでに、徐々に減少してきたのだろう。その代わりに、太陽から放出されたプラズマの風が、吹き寄せているはずだ。
ディスプレイを磁場表示に切り替えた。
壮観だった。
太陽の磁場の回転に乗って、前方に見事な渦が形成されている。これから、この渦の中に入っていくことになる。わざわざここで目覚めた甲斐があったと言うものだ。
目視に切り替えてズームすると、白く眩しく輝く太陽の周囲に巨大なガス惑星が二つ、小さい方には特徴的なリングが見える。目標としている第三惑星は、まだ小さすぎて分からない。
既に通常の惑星間航行速度まで落ちている。この太陽系だと惑星間を数日で移動できる速度なのだが、光速の0.002%以下。外宇宙速度から見れば這うどころか止まっているに等しい。このまま二百日ほどで、内惑星系に到達することができる。
スリープから目覚めれば、その後の数日間は再度スリープに入ることが禁止されている。これは生体の適応不良と拒絶反応を防ぐための措置だ。
再びポッドに入るまでの一週間は、観測機器による第三惑星の調査に充てよう。果たして人類と呼べる生物は存在するのか。あらかたの状況は判明することだろう。
◇ ◇ ◇
内惑星の観測に一週間を費やし、再びポッドに入る日がきた。
俺はワクワクしている。何故か。
精密観測の結果、第三惑星は我々の母星に極めて近い環境であることが確認できたからだ。相変わらず、人為的な電波は探知できていないけどね。
第三惑星の基本データも得られた。
太陽を回る公転周期は、俺たちの母星に近似している。しかも巨大な衛星を伴っているため自転速度は遅く、自転軸は極めて安定しているのは、生物の進化にとって好都合と言える。
陸地もあるが、海が広い惑星だ。
まずは海に潜ろう。俺たちの母星もそうだったが、海は生物の揺り籠だ。海を見ればこの惑星の生物進化が見て取れるだろう。もし真核生物が好気性細菌を取り込んでミトコンドリアとしていれば、その後の生物進化は一直線だ。ATP産生も、細胞死も、そして雌雄の別もこれで決まるからだ。おそらくは、どんな生物がいるのかではなく、俺たちの母星の生物相とどこまで似ているかを観察することになるだろう。
その次は上空を飛んで、陸上に進出した生物の観察だな。この膨大な酸素を生み出した植物達も、当然上陸していることだろう。葉緑素を持った彼らは、どこまで進化を遂げているのか。そして動物はどう分化しているだろう。人類と呼べる生物は存在するだろうか。二百日後の惑星到着が楽しみで仕方がない。
俺はポッドに横たわった。
「少し心拍数が高いです。体調に異常はありませんか。」バイタルを読んだゾラックが、俺に声をかけてきた。
「ああ、ワクワクしているからな。宇宙空間では出る幕がなかったが、いざ惑星に降り立つンだ、生き物係の血が騒いているのさ。」
「なるほど、有機脳特有の想像力とやらのなせる業ですね。人類を人類たらしめる好奇心というわけですか。」
「そう言うな、未知との遭遇はきっと楽しいぞ。」
「はい、期待感というものは、少しは理解できます。膨大な新規の情報を収集し、整理分類して評価する業務に、私は適しています。」
「そうだな、楽しみにしておいてくれ。」
「しかし、情報量の大きさによっては、この船の私のメモリ容量がやがて不足する可能性があります。不足すれば業務の遂行に支障を来たします。」
「おお、心配なのか? それは立派な想像力じゃないか。」俺はゾラックをからかったつもりだったが、ゾラックはそんな俺を無視した。
「ポッドの蓋を閉じてもいいですか。」
「ああ、そうしてくれ。おやすみ。」(続く)




