その2 搭載艇で降りていく
準備に一時間ほどを要して、俺は搭載艇がずらりと並ぶ下層デッキに降りた。
私物はそれほどない俺だが、携帯端末だけは忘れずに。ここには、母星に残してきたもう会えないだろう家族の写真や動画、もう生では聞けないだろう俺の好きな音楽、暇つぶしのゲームが入っている。もちろん近距離ならば船のAIとの通信ができることは言うまでもない。
搭載艇は人数分プラス予備の一台が用意されているが、それぞれクルーの専用機が決まっているわけではない。そしてこの旅では、どれもまだ未使用だ。俺はたまたま目の前にあった一台に乗り込んだ。
鈍く銀色に光る楕円体で、故郷の惑星にある俺の実家、両親が郊外に建てた二階建の一軒家くらいの大きさだ。ちなみに何故わざわざ郊外の一戸建てかと言えば、俺が家庭菜園で植物を育てるためだ。庭の池には魚も飼っていたんだぞ。
菜園は、生き物係の俺の趣味だ。古代の人類は自分で作物を栽培して食料としたのだと、歴史の授業で教わった。あの畑は、もう誰も管理してくれないのだろうな。今時、植物の育て方や、ましてや食べ方を知っている者は少ない。
搭載艇の操縦室に入り、一つしかない操船用シートに座る。
この船には、本船ブリッジで見慣れた全周スクリーンはない。大きなディスプレイが、正面の壁に各種のパネルとともに展開されるのみだ。全周を見たければ、必要に応じて切り替えることになる。船の操縦は本船と同様にAI任せだから、これでいいわけだ。
その代わり、観測機器は本船に劣らず充実している。搭載艇は、惑星間や母船への移動手段であるほかに、惑星探査の際には前線基地となるからだ。
操縦席の後ろ側には、左右の壁にスリープポッドがそれぞれ一基、合わせて二基組み込まれている。これは通常睡眠をとるベッドに、深層スリープと治療ポッドの役割も兼ねた仕様なので、本船のものよりは大きめだ。
奥の壁には収納式の同行者用シート、隣には食料品レーションが出てくる装置、そしてドアは三つついている。これだけだ。
操縦席から振り返って右側のドアは、この船の出入口となるエアロック室に通じている。
左側のドアの向こうには、トイレとシャワールームがある。そして、真ん中のドアは搭載艇の中心部にある機関室に繋がっている。ここはAI本体ケースと、融合炉と、重力機関が収まったこの船で最大の容積を占める最重要区画だ。その機関室の更に奥には、惑星探査用の無人機:探査ボットが詰め込まれ、その突き当りつまり搭載艇の尾部にはボットの射出機構がある。ボットはコンパクトな最新型だが、大小合わせて50機あるのでそこそこの空間を占有している。
搭載艇は惑星間航行に用いる重力機関のみ、超光速は出せないから外宇宙には出られない。それでも太陽系内を飛び回るには十分な速度が出せる。太陽圏まで降りれば、隣の惑星までは数日と言ったところだ。惑星間航行用なので、ディフレクタはもちろん装備されている。この搭載艇が、これからしばらく俺の城になるわけだ。
◇ ◇ ◇
「搭載艇のAIには、私をコピーしておきました。今まで同様のお付き合いを。」
「演算速度は変わりませんが、メモリに制限があります。再会できるまでに飽和することはないと思いますが、」ゾラックの声は少し心配気に聞こえた。
「じゃあ達者で、オル、ゾラック! 気をつけて飛んでけよ!」
俺を乗せた搭載艇は、するりと母船から吐き出されて、漆黒の宇宙空間にポツンと浮かんだ。
「必ずまた会いましょう、生き物係さん。」ディスプレイのオルが、手を振った。
目の前に遠く白く輝く太陽が、俺を呼んでいるようだ。この搭載艇の横に浮かぶ巨大な母船、そしてそのほかには、何もない空間が周囲一杯に広がっている。
あまりにも卑小な俺の船が、この無限に広がる漆黒の空間にポツンと孤独に浮いている。俺は心の底から恐怖を覚えた。
俺なんて、この宇宙にしてみれば、いないのも同然だ。
このまま俺は、あの太陽を回る未知の惑星まで降りて行けるのだろうか。届いても、届かなくても、この宇宙にとっては何の影響もないだろう。
いいや、自分を、科学技術を信じろ、俺! 如何に小さな生き物だとて、俺は独立した意思をもって、確かにここに存在しているのだ。
俺思う、故に俺在り。虚無に飲まれて堪るものか、生き物の意地を見せてやるぜ!
次の瞬間、母船はかき消えた。ショートジャンプしたのだ。
俺は、虚空に取り残された。
もちろんこんな経験が初めての俺は、孤独感と恐怖で押しつぶされそうになった。これが、オルが俺を褒めた理由かよ。俺、耐えられるのかな? しばらく俺は操縦席で固まっていたようだ。
「ジー、準備は良いですか?」ゾラック・コピーの声で、俺は我に返った。
そうだ、お前がいてくれたんだよな。
「ゾラック、俺たちも出発しよう。」声がかすれていたかもしれない。
「了解しました。ジー、これからも宜しく。」この船も動き出したのだろう。超光速航行では感じなかった、重力機関(Gエンジン)の軽い振動が伝わってきた。
「もう深層睡眠入っていただいて結構ですが、八年後のヘリオポーズ境界面で一度起こしますか?」ゾラック・コピーが聞いてきた。
「もちろんだ、めったにない機会だからこの眼で見たい。頼む。」
「了解しました。それではお休みなさい。」
俺はもぞもぞと深層睡眠ポッドに身を横たえた。蓋が締まる。
無理やり目を閉じた俺は、やがて深い眠りに落ちていった。(続く)




