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その1 オールトの雲

⇒地球漂着の9年前 17歳


一瞬、フワリと体が浮いた。

俺とオルは、船内のトレーニングルームで、深層スリープでなまった体を動かしていたところだった。


「ゾラック、到着したようね。」ベンチプレスにいたオルが、AIに声をかけた。

「はい、恒星の重力を感知して、リープ機関(エンジン)の連続ジャンプがキャンセルされました。通常空間に浮上して、恒星まで二光年の位置に来ています。」俺たちは、シャワーを浴びてブリッジに向かった。


オルがブリッジのシートに座り、ゾラックに準備完了を伝えた。

「ここからはオールトの雲の手前まで、手動でショートジャンプを敢行します。オル、アシストをお願いします。」

「了解、行きましょう!」ブリッジの全周スクリーンが消えて、恒星系までの距離表示や各種のサブウィンドウに切り替わる。


この船は今、目的とする恒星の重力圏の外縁部(がいえんぶ)まで来た。ここから更に一光年ほど、オールトの雲の手前まで、今度は手動でジャンプを繰り返して距離を詰めることになる。

操船に集中しているオルの邪魔にならないように、俺は静かに立ち上がって観測装置の前に席を移した。


ジャンプ中は外を観察することはできない。俺は、これまで収集した恒星系のデータの解析に取り掛かった。表面に大気と液状の水を持つのは第三惑星のみだ。生物の発生が極めて有望に思える。

ただ、この恒星は俺たちの太陽に比べてかなり若い。おそらく熱核融合で燃やしてきた中心部の水素は、まだ半分ほどだろう。したがって温度が上がって赤色巨星になるまでには、多分50億年ほどの時間がある。


太陽が若ければ、惑星も若いようだ。第三惑星の表面には活発な火山活動がある。地殻プレートの流動もまだ激しいのだ。

地表面から意図的な電波の発信は記録されていない。この環境だと生物はほぼ間違いなく発生しているだろうが、人類と呼べるまで進化していないのか。或いは、人類は存在しても文明が未発達なのか。俺にとって初めての探検旅行で、他の宇宙文明との巡り合いを期待するのは虫が良すぎるが、うーむ、別な恒星系を試すことも考えるべきだろうか。


しばらくして、船は手動ジャンプを終えて通常空間に浮上した。注目すべき第三惑星からは、相変わらず電波の発信は認められなかった。

目前に広がるオールトの雲。つまり、この太陽系を球状に取り囲む微小天体の雲だが、ここからは船は亜光速に切り替えて進むわけなので、衝突の危険はない。


膨大な数だが、この広大な空間で船が天体にぶつかる確率はほぼゼロだ。目をつぶっても通り抜けられそうだが、この船にはディフレクタが装備されている。移動線上にある物質を検知して重力子ビームでこれを排除、必要に応じてレーザー砲を併用し、相手が大き過ぎればこちらが進路を変えることになる。


「よし、到着!」ふう、とため息をついてオルが操縦席から立ち上がり、観測装置の前の俺のところまで歩いてきた。

「さあ、ここまで来たわよ。どうしたの、浮かない顔して?」オルに顔色を読まれた。姉御肌のオルには、俺はいつも見透かされてしまう。


「うん、有望だと思った第三惑星なンだけど、ここからではまだ文明が確認できない。」

「生物はまちがいなく存在している。酸素分圧が高いのは、植物が光合成を行った結果だ。だから動物もいるはずだ、但し人類と呼べる存在がいるのかは分からない。」


「文明の形跡は見えないのね?」

「うん、火山のほかには大きなエネルギーの発生は見られない。惑星表面は流石にここからだと走査できないが、少なくとも電波の発信はない。」


「これだけ条件が整った惑星です。原子力以前、大規模な炭素燃焼系エネルギー以前で、まだ電気を発見していない人類が存在している可能性は大きいでしょう。」ゾラックが援護してくれたが、

「もう一つの候補も調べてみるべきかもしれない。」俺は、一人で考えてきたことを口にしてみた。「ここまで連れてきたのは俺の責任だ。ここは俺だけで降りてみようと思う。」


「搭載艇でここから降りる? 無茶だわ!」予想した通り、オルが反論してきた。

「搭載艇の融合炉では、十分な重力ブレーキがかけられない。ここからヘリオポーズ境界面まで、何年かかると思っているの?」

「融合炉の出力から見て、光速の10%が限界です。その場合、境界面到達まで八年です。」すかさずゾラックが計算結果を伝えてきた。


「いい。ジャンプはもう使えないのよ。ここからは通常空間を重力波推進で降りていくの。ヘリオポーズ境界面まで、この母船でも光速の30%で二年半かかるのよ、生き物係さん。」

オルはまくし立てるが、そのくらいのことはいくら俺でも知ってるさ。


「もっとその先の、太陽圏(ヘリオスフィア)に到達すれば、いよいよ荷電粒子の泡の中で太陽風も強まるから、更に圏内速度に落とさざるを得ないだろ。そうなったら、そこからは搭載艇でもこの母船でも速度は一緒だ。なら、太陽圏まで母船で光速の30%の二年半が、搭載艇で光速の10%で八年になるだけさ。その間にオル達はこの船で、もう一つの候補を探査に行くことができるンじゃないか? どうせお互いに深層スリープを使うから、どうってことないさ。」


オルは考え込み、ゾラックも沈黙している。どうやらこれは、合意の前兆と捉えていいのかな。

「向こうがダメだったら、この星に戻ってきて、ノロノロ降りている俺を後から来てつかまえてくれ。通常空間だから捕捉できるだろ。もちろん、向こうがここより良い環境だった時も、俺を拾いに来てくれればうれしいけどさ。」


「確かに別行動を取り、二つの恒星系を探査できれば、人類文明と遭遇できる確率は高まります。」ゾラックの返答は、俺の予想通りだった。

「俺たちは、居住可能な惑星と出会う確率を上げる努力を、効率的になすべきだと思う。」これが俺の結論だった。


「ふーん、じゃあ決まりね!」オルが両手をパンと打ち合わせた。

「私たちはここまで。ここでジーを搭載艇で降ろして、私たちはもう一つの恒星系の探査に向かうわ。少しでも人類との遭遇確率を上げましょう。」

そう言うと、オルは俺の背中をポンと叩いた。「壮大な旅に一人で(のぞ)むなんて、あなた度胸があるのね。見直した。」


そうだ、オルには宇宙一人旅の経験があると聞いたっけ。一人での行動は、孤独感がつのるンだろうな。こんな事、言わなきゃよかったかな。でも、もう遅いよね。

「搭載艇をスタンバイします。」ゾラックがクールに告げてきた。トドメを刺されたな。


「今後は亜空間通信で連絡を取り合うしかないわね。但し、お互いの位置関係が判るから搬送ビームはできるだけ絞るにしても、膨大なエネルギーが必要となるわ。何か行動局面に変化が生じたときのみ、情報を圧縮して出来るだけ短い文面でやり取りしましょう。」

流石に物理学者は切り替えが早い。そして指示も的確だ。


「もっとも私たちはこれからジャンプが続くから、しばらくは通信できない。少なくとも、向こうについたらこちらから連絡するわね。」(続く)

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