その4 奥方様(おくがたさま)
大きな建物を背景に、その入り口には、ジローとあの時の飛竜が待ち構えていた。
「やあ、姫様とカレンさん。本当に来てくれたンですね。」
ジローが、とりあえず明るい声を投げてきた。
クレアもカレンも、久し振りに見るジローの姿にこみ上げるものがあった。
二人はジローの前で跪くと「賢者様、ご無沙汰を致しました。」クレアが淑やかなそぶりで挨拶をする。
森で出会い、別れてから魔王城に戻り、両親を説得して、旅に出てようやくここまで来た。あれから、そろそろ一ヶ月が過ぎようとしていた。
「二人とも、ここまで歩いてくるのは大変だったろう。」ジローの横で、暗黒色のウロコの皮膚、角の生えた頭を持ち上げて、とぐろを巻く飛竜が、二人を労った。
「ウォーゼル殿、貴方もここに住んでおられたのか?」
「ああ、そうだ。数年前から、家族でここに住まわせてもらっている。」
「ご家族もおられるのか? 竜族は人族と共に暮らすものなのか?」
カレンは、これまで空飛ぶ竜を見かけたことはあっても、こうして話をするのは、あの時に森で言葉を交わしたのが、実は初めてだった。
大昔には、竜は今以上の数がいたそうな。獣人族の伝説によれば、飛竜を友とし跨って魔獣と戦った者が竜騎士と呼ばれ、宗主たる魔族からも一目置かれる英雄と称えられたと聞く。カレンも幼いころから大いに憧れたものだ。
二人の目の前で、ウォーゼルはスルスルととぐろを巻きなおして答えた。
「人と共に暮らす竜は少ないな。そもそも今では我らの数そのものが減っておるし、火の山の魔素を頼りに、細々と暮らすものたちがほとんどだ。我らは魔素がなければ生きてはいけぬのでな。」
「ここは、竜族が暮らしていけるほどに、魔素に満ちているのですね。」
ジローが何やらウォーゼルに目配せをしてから、「ああ、ここには温泉が湧いているしね。」と答えた。
なるほど温泉だったのか、温泉からは火の山の火口と同様に魔素が噴出していると聞いたことがある。クレアはとりあえず納得した。よほど湯量が豊富なのだろう。
「ウォーゼルには綺麗な奥さんと、可愛い子供がたくさんいる。」
「会っていくといい。ほらあそこだ。」ジローが指さす先には、建物の裏に面した丘にポッカリと洞窟が口を開けていた。
洞窟の入り口まで歩いていき、ウォーゼルが中に向かって声をかけると、しばらくして大きな竜が、まだ幼いらしい子供三匹を連れて這い出てきた。
小さな竜の子供は、まあ手足があるものの、少し太いが長い体が蛇に似ていなくもない。正直クレアは顔を強張らせて、少し引いたが、
「まあ、可愛いこと!」カレンはそう言って、チビ竜達を撫でまわしている。獣人族は、全ての動物にも親近感を持っているのだ。
「あら、こちらはジローのお客様なのかしら?」洞窟から出てきた大きな竜が、二人の魔族に声をかけた。
「私は、ウォーゼルの妻でビボウ。よろしくね。」ビボウはウォーゼルより一回り大きく、体色も灰色が薄い茶色が混じり、とても綺麗なまだら模様を持っていた。
「ほかの子はどうした。」ウォーゼルは、洞窟の中をのぞき込むようにした。
「あら、今日は学校がある日ですよ。」
「おお、そうだったな。」
聞けば、この三匹のチビ竜は去年に生まれたそうだ。その一年前に生まれた、やはり三匹いる子供たちは、二人にとって初めての子らだと言う。言葉が話せるようになったので、人族の子供たちに交じって幼稚園に通い出したばかりなのだ。竜は長生きのわりに、成長も早いのだ。ちなみにビボウは、もうすぐ今年の卵を、やはり三個を産むらしい。
人族と魔族と竜族は、しばし歓談して別れた。
カレンはビボウと気が合ったらしく、すっかり打ち解けた様子だ。今度、背に乗せて飛んであげると誘われて、嬉しそうにしている。
「さあ、それでは俺の住処にご案内しようかな。」ジローは、そう言ってクレアとカレンを大きな建物に連れて行った。
「ここは、この村の治療院だ。治療師は俺と、そのほかに弟子が二人いる。村の子供たちを集めて、読み書きを教える学校もある。剣術の稽古もしているぞ。そして、その奥に俺が住んでいるというわけだ。」
治療室のドアを開けて、ジローは二人を部屋の中に招き入れた。薬草の匂いがして、若い女性が患者に湿布をしているところだった。
「はい、お終い。お大事にしてくださいね。」そう言って女性は患者を送り出すと、椅子から立ち上がり、こちらに歩いてくる。
「サナエ君、こちらはクレア姫様とカレンさんだ。」ジローは、そう言って二人を紹介したが、サナエと呼ばれた女性は怪訝な表情をしている。明らかに警戒している様子だ。
「こちらは治療師のサナエ君。僕の右腕で、魔法は使えないが一流の薬師だよ。」
サナエは、クレアの額から生えた二つの角を目に留めた。カレンは外観からして、獣人族だとすぐ分かる。
「魔族のお二人が、うちの先生に何の御用でいらしたのでしょうか。」
少し険のある言い方を、二人に投げてよこした。
無理もない、人族の集落で魔族を見るのは珍しいことだし、基本的に人族と魔族とは敵対関係にあるのだ。
「まあまあ、サナエ君。この二人とは一ヶ月ほど前に山の麓の森でお会いしたのさ。」
「ちょっとした腕試しをした仲なんだ。ねえカレンさん。」
ジローは慌てて弁解じみて説明する。
「はい、その節は見事なお手前にございました。賢者殿。」カレンが頷く。
「その賢者ってのはやめてくれない。ジローでいいから、ジローで。」
「お見かけしたところ、サナエ様がジロー様の奥方様でいらっしゃいますね?」クレアが優雅な物腰で尋ねた。
突然そう言われたサナエは、それでも「奥方様」と呼ばれて満更でもない。
「ま、まあ、そうね。先生のお世話をしているのは私よ。それがどうかした?」
「奥方様にお願いがございます。」とクレア。
「何よ!」方向性は違っているが、共に美しい二人の魔族の女性を前にして、サナエは何やら不穏な方向性を感じはじめた様子。少し喧嘩腰だ。
「奥方様に、私たち二人がジロー様に嫁ぐことをお認めいただきたく存じます。」
「何ですってぇ!」いつもは控えめなサナエが、大きな声で叫んだ。




