その3 賢者との再会
集落に続く門前の列に並び、しばらく順番を待たされた。
二人が歩いてきた南側からの道路には、里に向かって右手にも細い道路が伸びているのが判る。あの道は、別の集落に続いているのだろう。この門は、集落に住む者には南門と呼ばれていた。
二人が並んでいるのは、少ない荷を運び徒歩で来た者の列である。大きな馬車などが通る門は、隣に別に用意されていた。
ようやく最前列まで来た。
二人の前に並んでいた者が門を通過すると、目の前で扉がパタリと閉じた。
「こちらは入村審査です。フードをとって、顔をこちらに向けてください。」
背丈がクレアと同じくらいの、扉の横に立っている灰色の四角いものが、二人に話しかけてきた。これは何なのだろう。
言われるままフードをとったクレアとカレンは、光が点滅する窓に顔を向ける。
「お二人とも初めてのご訪問ですね。あちらにどうぞ。」
四角い窓に突然「矢印」が現れた。
実は、この瞬間にボットの顔認証データがタロー本体に転送され、村の入出管理データベースと照合されていた。タローは二人を認識し、すぐさま到着の報がジローの元に届けられていたのだが、もちろん二人はそれを知らない。
ジローは当面使う当てのない搭載艇の探査ボット数台を、村を警備する騎士団に貸し出しているのだった。
窓に示された矢印の先には、甲冑を着た騎士が数人いて二人を手招きしている。
この一連の流れは、いったいどのような仕組みなのだろうか。人族の生活魔法は、随分手が込んでいる。とクレアは驚くのだった。
近付くと甲冑の騎士の一人が、短槍を地に突いて二人の前に立ちふさがった。
「魔族と獣人の娘か。この村に何の用か。」敵意を隠さず問いただしてくる。
この男ごとき敵ではないが、「賢者ジロー殿の知り合いだ。」カレンは返答してやった。「賢者様が、歓迎すると仰いました。」クレアも言い添える。
騎士の男は怪訝な表情を浮かべながら、「ジロー先生の事を言っているのか? 用件は何かと聞いている。」重ねて言葉を投げてきた。
「私たち二人は、ジロー殿に嫁ぐために来たのだ。」応じたカレンは、もはやキレそうな気配がある。
「嫁ぐだと。ジロー先生には、一緒に暮らし、お世話をする女人が既におられる。いったい何を言っている。」と騎士の男。
やはり、とクレアとカレンは顔を見合わせた。これはまず、そのお方にお願いせねばなるまい。慌ててクレアが男に頼み込んだ。「まずは、賢者様にお伝えいただけませんか?」
二人を睨みつけていた騎士に、背後の部下らしき男が声をかけた。
「ハンネス兵曹長、ジロー先生からお話しがあるとの事です。」
「おおっ、不思議な事があるものだ。ちょうどいい。」
「ここで待っておれ!」ハンネスと呼ばれた男は、そう二人に言って振り返ると、部下が示した灰色の四角いものの前に歩いていった。
あの四角いものも、先ほどの扉の横に立っていたのと同じもののようだ。
その表面に、ジローの顔が映し出されるのを見て、クレアは驚き、そして喜びを感じた。ああ、苦労してここまで来た甲斐があったのだ。
「ジロー先生。先日は娘が熱を出して、お世話になりました。」騎士の男が、映し出されたジローに向かって挨拶している。
「おお、ハンネスさん。娘さんは、回復されましたか?」
「はい、お陰様で。」
「それは良かった。ところで今、私を訪ねてきた方々がいるでしょう。」
「はい、先生に会わせろという魔族がおりまして、どうしてお判りに?」
「いや、その、そろそろ着く頃かなって思ってね。」
「先生に嫁ぐのだとか、訳の分からぬ事を言っております。追い返しますか?」
騎士の肩越しに、カレンが表情を強張らせるのが見えたらしい。ジローが慌てて言った。「いやいや兵曹長、このお嬢さんたちには騎士の皆さんが束になっても敵わんよ。」
「えっ、まさか!」
「命が惜しければやめておきなさい、君らのためだ。」ジローは騎士の男にそう言うと、「やあ、遊びに来てくれたのかな。クレア姫様、カレンさん。」そのまま二人に声をかけた。
「姫様ですと!」騎士の男は、驚いてまじまじと二人を見た。
「兵曹長、このままボットにお二人を案内させてもかまわないかな? 代わりのボットをすぐ送るよ。」映し出されたジローが、騎士の男に聞いている。
「はい、そうですね。どうぞ、構いません。まもなく昼休みですので。」
「入っていい。」と兵曹長は、ぶっきらぼうに二人に告げた。
二人は、とりあえず騎士に頭を下げて、門を通過する事ができた。
◇ ◇ ◇
「クレア姫、カレンさん、僕の家は、その南門からは歩いてすぐだ。このままこのボットについてきてください。ご案内します。」
ボットと呼ばれた四角いものは、倒れて横長になるとフワリと地面から浮き上がり、尾部に灯火を点滅させながら、ゆっくりと動いて二人を導き始めた。
「これは賢者様が使役するゴーレムなのでしょうか?」クレアは呟いたが、カレンにも分かるはずがない。「よく分かりませんが、高度な魔法ですね。」
ボットに連れられて、二人は村の目抜き通り、石畳の敷かれた賑やかな通りを歩き進んだ。
「おい、見ろよ! ありゃ、魔族だぜ。」
「いい女だな。」
「あれに連れられているという事は、ジロー先生の客人か。」
「あの獣人、毛並みがとっても綺麗!」日が昇ったせいで暑さを感じたカレンは、ローブを脱いでいたから、輝く毛並みが周囲の目を引いた。縞々の尻尾が楽し気に左右に揺れているのは、ジローに会える喜びからなのだろう。
「あの尻尾、可愛い。触ってみたい。」
「危ないから、近寄らないほうがいいぞ。」
両側に立ち並ぶ商店からの売り買いの声に混ざって、周囲からの言葉が聞こえてくる。ボットに連れられて歩く二人は、注目の的になった。この里では、魔族と獣人は珍しい。
「何やら周りが騒がしいですな。」
「カレン、大人しくするのです。」
しばらく歩くと、丘を背にして大きな建物が見えてきた。
と同時に、クレアは久々に気分が満ち足りてくるのを感じていた。そう、魔素が潤沢に補給されて目覚めた朝の、あの感覚だ。
ああ、ここには魔素がある。魔法を惜しみなく使える。これならば万全、いつもの私だ。そう思うと、クレアは心が晴れる気がしていた。(続く)




