653 笑って済むくらいがベストです
騒がしい夜が過ぎ、静寂の中でゆっくりと意識が目覚めていく。 ぼんやりとした目を部屋に向けてみると、窓のカーテンは光を漏らさず暗いまま。
まだ寝ていてもよかったのに、どうやらいつも通りの時間に起きて――。
「おお、起きたか」
「……」
聖母様よ、なんでまだ俺のベッドの中にいるんだ……? どうりで、若葉のように爽やかな香りがしたワケだよ。
ヤツは布団から胸から上を出し、俺の隣でひじ枕に頭を乗せて上から俺の寝顔を眺めていた。 メガネを外した碧色の瞳が、優しげな光をたたえている。
……なんか、ミョーに素敵な微笑みである。
「んふふ。 昨夜は激しかったな?」
「おい」
わざとミョーな言い方をするでないよ! そういや昨夜、くすぐられすぎてそのままノックダウンしたんだっけ……。
ちなみに着衣は乱れておらず、それどころか逆に整えられている。 まあ、まだそんな心配をするような歳でもないけどなー。 ってゆーか、既に産んでるし。
と思ったら、その我が娘が俺の腹から出てきた気配がした。 生まれたままの姿で眠る我が娘だが、布団からひょこっと顔を出す頃にはいつもの服を身に纏っていた。
「パパママ、おっはよー」
「おう」「うむ」
布団から這い出てきたニアちゃんの頭を二人でなでる。 すると目を細めて喜ぶ。
「きゅふーん♪ 初めて三人で寝たねー」
「……」
そういえば、そうだな。 ニアちゃんとは違って――というか精霊が寝ること自体非常にレアなのだが、形としては一応そうなる。
なし崩し的に実現してしまったが、この娘にとってはよかったみたいだ。
その場で太極拳のような体操を始めた我が娘を見て、頬が緩む。
「――さて」
「ん?」
なかなか様になっている太極拳に感心していると、背後で父親の声がした。
アルヴィちゃんは布団を透過して立ち上がると、ベッドから降りて暗い部屋を窓に向かって歩き始める。
「もう行くのか?」
「うむ、仕事があるからな」
声をかけると、立ち止まって振り返る聖母様。 なんだかミョーにカッコイイ。
昨日もその仕事から逃げてきたクセして、今朝はちょっとやる気らしいい。
「それに、早く帰らねば影武者がばれる」
「……」
影武者って、まさか……。
一瞬、碧色のボブのカツラを被ったおにーさんの姿を一瞬浮かべてしまったが、残念ながらその想像は間違っていまい。 ……お疲れさまです。
静かに同情とねぎらいの念を表していると、前を向きかけた父親――おにーさんにとっては母親が、今度は肩越しに顔だけをこっちへ向けた。
「ところでジャスよ」
「ん?」
「瞑想は今も順調のようだな。 そのまま続けるが良い」
「……お? おお」
急に想像だにしなかった話題を振られ、戸惑いながらもなんとかうなずく。
オドやマナの感知などに役立つと言われて続けているが、こうしてたまに思い出したように聞いてくるんだよなぁ。
「ふむ――そろそろばれそうだ。 では行ってくる」
「ん、行ってらっしゃーい」
「らっしゃーい!」
窓を塞ぐカーテンの下から、かすかな光が漏れ出している。
それを透過して外へ出ていく背中を、俺とニアちゃんは手を振って見送った。
空は曇っていたけど、昨日に比べれば寒さが少し和らいでいた今朝。
軽く気合いを入れてジョギングをこなし、いい感じにお腹を空かせて朝食を迎えた。
「一体、俺はどんな凱旋をさせられるのか……」
「さあー?」
パンを持つのも重そうにして、朝から親父がげんなりしている。 ちなみに昨夜の騒動を聞いてお袋が部屋にきたので、足の件はそのときに伝えてある。
ちなみにそこでなぜか、二人が互いに褒めながら美脚を披露し合うという「ちょっとだけョ?」的な展開になったのだが……まあ、それはいい。
俺はそれに張り合ってセクシーポーズを始めた我が娘を見て、ほっこりしていたので。
「いちおう、あんまりハデなことはしないように釘を刺しておいたけどね」
「……助かる」
いえいえ、どういたしましてー。 巨大なため息にこめられた親父の心情に深く共感する。 一家でパレード、なんてコトになるのは俺もゴメンだ。
昨夜そう呟いて胸をなで下ろしていたら、あいつに「おお、その手もあるな!」と言われてちょっと焦ったけど。
だが「国がやるパレードだったら、当然国のエライさんのスピーチの一つや二つはあるよねー」と返したら、即座に却下してくれた。
さすがである。
「ぱっぱー?」
隣で暗いオーラを出している親父を見て、リソ君が「元気出せー」と言うように手を伸ばしていた。 とても可愛い。
親父に頭をなでられて喜ぶブラザーの姿に、俺達は朝からほんわかとした気分になった。
「ところでさ」
話題転換を意味する切り出し方に、みんなの視線が俺に集まる。 予定外の来訪者のおかげで忘れかけていたが、本当は今からする話が今日の本命である。
話自体はちょっと前から言っていたので、あくまでも確認なんだけどな。
「ええ~、分かっているわ~♪」
「はいっ」「用意はできてますよー!」
いつもふわふわしている感じのお袋が、いっそうふわふわした笑顔でうなずいた。 それに、マールちゃんとチャロちゃんもにこにこしながら同意してくれる。
「えへへ~、楽しみ~♪」
「だねー」
加えて、セーレたんとニアちゃんも楽しそうにしていた。 今日の企画は、みんなもアイデアを出してくれたからねー。
いわば共犯である。
「……フッ」
にこにこニヤニヤしている俺達を見て、親父は「やれやれ」といった笑みを漏らしていた。
ささっと話を切り上げ、みんなはそれぞれの仕事へ。 俺も部屋に戻って勉強会の準備をし、後からブラザーを連れてのんびりと道場へと向かうのが最近のパターンだ。
今日はマイドーターもついてきて、たいへん賑やかな一行である。
「ゆきー?」
「今日は降らないよー」
「えー!」
頭の上に乗っけた妖精さんへ目だけを向けて、リソ君が残念そうな声を上げる。 今朝もそこそこ寒いが、吐く息が白くなるほどではない。
灰色の空はしばらく小康状態で、また夜か明日くらいに崩れるかもー? という予報だった。 だからどうしようもない。
雪が降っていると窓際で目を輝かせているリソ君からすると、「少しは洗濯物を干せて助かる」とメイドさん達が口を揃えるお天気も残念でしかないのだ。 それにリソ君は、悪天候で部屋中に洗濯物が大量に干される光景も喜んでるからなー。
もう慣れたが……俺からすると、けっこう目に毒なんだけど。
「もう、仕方ないなあーりそくんはー」
「おー?」
「ん?」
俺と繋いだ手を不満そうに上下させるブラザーを見て、我が娘がまるでどこぞの万能ロボットみたいなことを言いながら腰を上げた。
どうしたんだろうかと兄弟そろって見ていると。
「……おおっ!?」
「おわあーっ♪」
なんと、俺達の周囲に雪がちらつき始めた!
といっても空から降っているのではなく、頭よりちょっと高い場所から一瞬の輝きと共に雪が生まれては落ちてくるという、なんともメルヘンでマジカルな降雪現象である。 考えるまでもなく、ニアちゃんがやってくれたに違いない。
これには、ワガママ王子様も大喜びである。
「わああああーーーーーーっ!」
「おおーっ」
コレ、本物の雪なのかな……? そう思って口を開けて待っていると、入ってきた雪はたしかに冷たい。
しばらくリソ君と二人で大口を開けっぱなしにしながら歩いていて、ふと学校でマーヤさんと話した「雪の核」のことを思い出したが……まーこれはマジカル現象だし、別にいいだろう。
よーく目を凝らしてみてみると、いくつかのマナ粒子の塊が光って雪を作っているようだし。
「まあ!」
向こうから歩いてきた知らないOL風のお姉さんが、俺達の周りにだけ降る雪を見て目を丸くしている。
が、すぐに微笑ましげな目差しへと変わった。
「にひーっ!」
「にゅふーん!」
そのお姉さんに向けて、得意げに笑うちびっ子コンビが可愛らしい。
俺も笑顔で手を振ってお姉さんとすれ違い、既に見え始めている道場へと足を進めるのであった。
「――ということで、よろしく」
いつものように、道場の玄関で幼なじみーズをお出迎え。
しかし今日は俺とリソ君、それから頭に乗っけたままの我が娘と三人で挨拶をし、やって来た面々に俺の口から今日の企画の話をする。
「おおー、そうなんだー!」
「……」
ニコは大きな声でそう言い、くりむちゃんはその隣で首を小刻みに縦に動かしながら小さく拍手をしている。
黒いしっぽがふぁっさーと大きく揺れていて、小さなリアクションに反してとってもやる気満々なことを教えてくれた。
「うん、分かった」
「みゅーん♪」
そしてお揃いのドレスを着たうさ耳姉妹も、手を繋いでまったく同時にうなずいてくれた。
今日はまたどうしよーもないくらいに全身ピンク色なのだが、それがもうどうしよーもないくらいファンシーで可愛い。
さすがにコレには、どこぞのやたら誕生日に詳しい夫婦も勝てんだろう。
「もうっ、それなら前もって言ってくれればよかったのに……」
メンバーのいちばん後ろにいた、引率のエルリアさんがわずかに口を尖らせた。 肩には恐らくいつものように、持ち寄りのおやつが入ったカバンを掛けている。
メイドさんとしてマールちゃんの先輩かつお姉さん的な関係であるこの人だけど、意外とお茶目で時折子供っぽい仕草を見せたりもする。
……るーちゃんの男殺しな仕草って、実はこの人を参考にしてないかい?
「あははー、忘れてたー」
そう言って笑ってごまかす俺。
言えば何かしてくれたんだろうけど、そこまでしてもらうと過剰になるかなーと思って敢えて伏せておいた。
いつもの延長、+αくらいがちょうどいいと思うのだ。
「ということで、今日は二人お願いできます?」
「分かったわ」
お兄ちゃん達の手を離れ、仲良く向かい合わせになって手を合わせ始めたリソ君とリリちゃん越しにエルリアさんを見上げる。
おーいニアちゃん。 リリちゃんの肩に飛び移るのはいいけど、あんまりうさ耳を触らないようになー?
「ふわふわだー!」
「おおー!」
「ふぁ、ふぁ、ふぁ……」
リソ君もマネをして二人で耳を触るもんだから、リリちゃんが朱いおめめをうるうるさせて震え始めた。 ……さ、殺人的な可愛さである。
後で俺も、るーちゃんでやってみようか……。
「や、優しくして……?」
「……」
わざとしなを作って見せるるーちゃんの隣で、なぜかわん子ちゃんまで首を縦に振っていた。
「さーて、そろそろかな?」
『……っ!』
勉強部屋の時計を見ながら呟くと、みんながぴくんと肩を震わせた。 今日はあまり勉強が手につかず気もそぞろって感じだが、まあ仕方ない。
ちなみに、この部屋にセーレたんとエミーちゃんはいない。 ずーっと下のキッチンで、マールちゃんと三人で作業中である。
できれば俺も手伝いたかったのだが……むしろジャマになりそうだし、こっちにはこっちで仕込みもあったからな。
後ろを振り返って仕上がりに満足していると、ちょうどニコに座っている辺りから可愛らしー音が聞こえてきた。
「あははー、おなか空いちゃったー!」
あっけらかんと笑ったニコのおかげで、ざわざわしていた部屋の空気が一気に和んだ。
こういうときに、コイツのキャラはとてもありがたい。
俺自身も小腹が空いてきたなーと思っていると、不意に頭の中に声が届いた。
『ママー、行ったよー!』
「!」
……どうやら、来たらしい。
そしてすぐにみんなに言おうとしたが、一寸早く耳のいい二人が気づいたようだ。
「!」
「あ……」
ピンと黒い耳を立てたわん子ちゃんと、長く垂れた耳をぴくりと震わせたお姫ちゃん。
なので俺はニコへ声をかける。
「ニコ、来たぞ!」
「おお!」
勉強用の大きなテーブルを囲んでいた俺達は、その下やポケットなどに隠していた得物に手を掛け、全員で階段側のドアに目を向ける。
間もなくして、そのドアがノックされた。
『――失礼するわね?』
普段は道場へあまり来ることのない、だけど聞き慣れた落ち着く声。
代表として俺が返事をし、彼女に入室を促す。
「はい、どーぞー」
カチャリとかすかな音を立て、ドアが開いていくのを見て。
俺達は、手元の魔導具を一斉に起動した。
『アナさーん! お誕生日、おめでとおおおーーーーーーっ!!』
「ひゃあっ!?」
ドアを開けたと同時に複数のスポットライトを当てられ、肩にカバンを掛けたアナさんが目をまん丸にしている。
そもそも道場の倉庫にクラッカーみたいなハデな音を鳴らす魔導具はなかったが……代わりに照明系の魔導具を使ってよかった。 ビックリさせすぎて、持ってきてくれたおやつを落としたらタイヘンだもんなあ。
正確には明日なんだけど、実はアナさんの誕生日なのだ。
「……び、びっくりした……!」
『あははははー♪』
片手で肩からずれたカバンを掛け直し、残った手でボリュームマウンテンな胸を押さえて息を吐くアナさん。
俺達は明るく笑いながら、魔導具を持った手をもう片手で叩いて拍手をする。 俺は例の光球を打ち上げる魔石を使っているので、手の甲を叩いた。
俺の後ろにある黒板には、みんなで描いたいろんな絵と「アナさん、おたんじょうびおめでとう!」の文字。 そして、アナさんはあまり部屋を飾り立てるのを好まないだろうなーと思い、代わりに俺がぽんぽんと光球を打ち上げてちょっとしたイルミネーションを作る。
しばらくは胸を押さえながら呆然としていたアナさんだったが、やがて黒板の文字と俺達の様子を目にして、事の次第を理解したようだ。
「みんな、これ……」
「あはははははははっ♪」
ぽかーんとしたままのアナさんに対し、俺達は無邪気に笑顔を浮かべ、うんうんと首を縦に振る。
あくまでも向こうの家の家事をフォローしてもらうために来てもらっているアナさんは、特に用がなければ道場には来ないし、ここの掃除などもしてもらっていない。
だから今日は、アナさんにウチからおやつを持ってきてもらうよう、お袋からお願いしてもらったのだ。
形のあるプレゼントもいいけど……「こういう」プレゼントもいいだろう、と思って。
「アナさん、改めておめでとう。 いつもありがとうね」
「……もう。 ジャス君ったら……」
とても珍しいことに、アナさんが拗ねたような顔をしている。
エルネちゃんにも似ているけど、それ以上にエミーちゃんにそっくりだ。 ジト目なあたりが特に。
「ふふふ、おめでとう」
「おめでと……!」
「……ええ。 ありがと」
可愛らしい獣耳コンビも改めてお祝いの言葉を贈ると、アナさんはひときわ大きなため息をついてから苦笑気味な笑みを返した。
で、バシバシと叩きすぎて手の甲から手首あたりまで赤くなり始めたニコは……。
「アナさん、三〇歳おめでとおおおおーーーーーっ!」
「……」
今回もまた、見事なオチを炸裂させてくれた。
アナさんの笑顔が固まり、頬の片っぽだけがぴくぴくしている。
「え、ええ。 あ、ありがとう……」
「うんうん! アナさん、ぼくのかーちゃんよりもすっげえ若くてキレイだもん!」
「……」
まったく悪気がない上に、これまた唐突にストレートな褒め言葉をもらって、アナさんが複雑な表情をしている。 よーく見ると、ほんの少し照れているっぽい。 そんなところは、エミーちゃんともエルネちゃんとも似てた。
ちなみにさっき聞いたが、ニコのかーちゃんはアナさんの六つ年上らしい。
「さーさーアナさん、入って入って!」
「え、ええ」
アナさんがリアクションに困って話の流れが止まったので、敢えて俺が明るい声を出して再度入室を促す。 おずおずと入ってくる間にみんながテーブルの上を片づけ、アナさんが俺達のおやつの入ってカバンをそこに置いた。
……そうして俺は、テレパシーを使ってニアちゃん経由でサプライズ第二弾のGOサインを送る。
それから空いている――アナさんのために空けているスペースに座ってもらいカバンの中身を出していると、ちょうどいいタイミングで再びドアがノックされた。
『お兄ちゃん、入るね~』
『ママ、みんな、入るわね』
立て続けにドアの向こうから聞こえた声は、この部屋にいる誰もがよーく知っている、いつもならココで一緒に勉強しているハズの二人である。
言うまでもなく、それは俺のラブリーシスターと、アナさんによーく似た娘の一人である。
「アナさん、お誕生日おめでと~♪」
「これ、二人で作ったの。 ママも食べて」
「……」
振り返ったアナさんが固まっている。
二人がお盆に乗せてきたのは、人数分のおイモのパイ。 おやつなので俺達の分もあるが、もちろんアナさんへのプレゼントとして作ってくれたものである。 それを隠すためにも、アナさんにはキッチンに入らず直接ココに来てもらった。
なおそのメニューをチョイスしたのは、わりと作るのがカンタンらしいのと――お袋がご近所さんからもらったおイモがまだまだ残ったから、という点についてはご容赦いただきたい。
「もう、あんた達……」
「へへへ」
アナさんは俺達を一通り見回し……最後に俺の顔を見て、小さく言葉をこぼした。
少しだけアナさんの瞳が潤んでいるような気もするが、そこはよーく見ないようにしておこう。
最後に、三人分の新しいカップとお茶を持ってきたマールちゃんが顔を出した。 とても優しい、でもちょっぴりイタズラっ子のように舌の先を出し、アナさんに微笑みかける。
「ふふふっ。 ……アナさん、ビックリしましたか?」
「ビックリしたってもんじゃないわよ、まったく……」
アナさんがさり気なく目元を拭う。 そこのことには誰も触れず、エミーちゃんがアナさんの前にできたて熱々のパイを置いた。
できればマールちゃんの席も用意したかったし、下にいるちびっ子コンビとニアちゃん、それからエルリアさんも呼びたいところだが……さすがに定員オーバーだ。 代わりにテレパシーを通じ、我が娘達にドッキリ成功を伝えておく。 とっても喜んでいた。
そしてマールちゃんは二人並んで座った親娘の前にカップを置き、隣にセーレたんが腰を下ろした俺のところにも来て――。
(ジャス様、大成功ですね♪)
(うん、ありがと)
(えへへ~♪ 成功なの~)
手で口元を隠し、三人でナイショ話をした。




