654 いつも通りのふたりで
薄暗い玄関先。 軒先の明かりに照らされたセーレたんの横顔が、ゆっくりと上を向いた。
波打つ金の髪が、暗い中で宝石のようにきらめいている。
「雪だね~」
「うん、雪だねー」
起きたときに部屋の窓からも見たのだが、雪である。
周りを見てみると、今日はまだ誰も足を踏み入れていない枯れ草の上などには、粉砂糖を薄く振りかけたように雪が乗っかっている。 でもそのわりにはあんまり寒くは感じず、わざと「はあ~っ」としないと息が白くならない。
お天気おじさんが言うには「昼過ぎから深夜にかけてぇ、雨に変わるところもあるでしょう~」だそうで、有名なクリスマスソングとはまるで正反対であった。
「はーい、濡れると風邪を引きますからねー」
「は~い」「うん、ありがと」
見送りに出てくれたチャロちゃんの声に二人で振り返り、傘と魔導灯をそれぞれ受け取る。 もちろん俺が取ったのは傘の方だ。
寒がりなチャロちゃんは、ちょっと玄関に出るだけでもストールをマントみたいにしっかりと羽織っている。
俺達も、念のため手袋とマフラーは装備してるけどな。
「じゃ、行ってきまーす」
「きますなの~」
「はーい、行ってらっしゃいませー!」
振り返ってお揃いの手袋を左右に振り、俺達は学校へと向かった。
――教壇の上に更に置いたお立ち台から、シャルちゃん先生がうんしょと飛び降りた。
フリフリのスカートと薄紫おかっぱヘアーが踊り、背後の大きなリス耳がししおどしのように上下する。
「はいっ、これで終わりでーす!」
『ふぃぃぃぃーーーーー……』
途端、周囲から漏れる安堵の声。 そこには女の子の声も少なからず混じっている。
魔術の授業で大いにはしゃいだ後の三時間目、しかもほとんど聞いているだけの社会である。 小腹が空くのもやむを得ない。
授業を見ていたアズミーリ先生も苦笑いである。
「ほら、あと一時限だ。 最後まで真剣に受けるようにな」
『はああーーーーーーーいぃっす!』
『はああーーーーーーーーーいっ♪』
組んでいた腕を解きパンパンと手を打って発破をかける先生に、クラスメート達は気合いを入れ直して返事をした。 今日も黒い女性用スーツに身を包んだ女史は、とてもカッコイイ。
元気を絞り出すような男子とは対照的に、女の子達は完全回復といった感じである。
ちなみに今年の授業は今日で最後だ。 来週にもう一日あるけど、それでとうとう年休みに入る。
授業を終えた先生達の周りに何人もの生徒達が集まり、きゃあきゃあと賑やかな声が上がり始める光景にほっこりしながら、俺ものんびりと休憩時間を満喫する。
話し相手はいつものごとく、マーヤさんである。
「そういえば思ったんだけど」
「何かしら?」
気づいたのはわりと最近のことなのだが、こっちでは前世よりもストールを使っている女の人がけっこう多いんだよなー。 お袋やメイドちゃんズも何枚か持ってるし。
考えてみると首に巻いても良し、広げて羽織っても良しと温度調整もしやすい上、オシャレにも幅を持たせられる。 屋内では畳めばコートよりもかさばらないし、座るときにはひざ掛け代わりにしてもいい。
優秀な防寒具である。
「椅子に縛り付けることもできるものね」
「つけないよ……」
縛ってどうするんだ、というツッコミはかろうじて飲み込む。 きっとそれが彼女の狙いだ。
机越しのマーヤお姉さんもまた、カラスのように黒いストールをひざに掛けて座っている。
「それじゃあ、相手の顔を覆って同時に首をきゅっと――」
「不穏な用途から離れようよ!?」
なんでソッチ方面なの! この前の推理小説の影響か?
澄ましたお顔をわずかに傾けて、ほっそりとした白い首元で軽~くリボンかタイを結ぶようなジェスチャーをなさるお姉様。 性格が曲がっていらしてよ?
まあとにかく、この話題は終わりにしよう。 また周囲から変な目で見られている。
……わりといつも通りか?
「……」
ふと後ろの方にいるニート君に目をやると、ドカッと重役のようなたたずまいで鷹揚なうなずきが返ってきた。 別にいつものリアクションなんだけど、今回は「もはや手遅れだ、諦めろ」と言われているような気がして、ちょっと凹む。
こういうときは、先生ズの輪に交じってにこにこと談笑しているセーレたんを眺めて癒されよう。 えへー。
「ところでさー」
「なにかしら?」
いろいろとリセットされたところで、お澄まし顔のマーヤさんに俺の方から話を振る。
相変わらず、何気なく黒髪をかき上げる仕草がエキゾチックだ。 ジャスミンのような香りが俺の鼻をくすぐる。
「マーヤさんは、年休みどうするの?」
「あら、デートのお誘いかしら」
「んーん?」
「……即答されると凹むわね」
首を振る俺を見て、妖しい笑みを浮かべたお姉さんが一転してどよ~んとした顔になる。
どーせ俺が照れたら容赦なく突っ込んでくるんだろうし、かといってクールにかわそうとしても手玉に取られるのが目に見えているからな。
こんなときは、「座布団二枚持ってってー」くらいのノリでバッサリと行くのがベストではないかと。
とはいえ、このお姉さんが暗い顔をするとショタお姉さんソックリな雰囲気になっておシリがゾクゾクするので、すかさずフォローを入れておく。
「いやね、マーヤさんもどっかに行ったりするのかなーって」
「そうねえ」
普段の休みに孤児院巡りをしている彼女にとっては、しばしば里帰りしているようなものなんだけどな。
暗黒だった表情を一瞬にしてニュートラルに戻すと、お姉さんは形のいいあごのラインに沿って長い指をそっと伝わせる。
「取り敢えず、今度聖母舎に行くことが決まった子がいるから、そのお祝いには行くわね」
「おおーっ」
そいつはスゴイ! 聖母舎といえば、国中の孤児院から優秀な子供達をスカウトし、マリエルさんみたいな極限純粋培養のスーパーメイドさんへと仕立て上げて次々と出荷するという、筋金入りの虎の穴である。
実際にはそんな超エリートはほんの一握りで、男の人もたくさんいるらしいけど……。
だが俺の頭の中では、マリエルさんだけでなく完璧執事のユーリさんのような人までいるというイメージが増えただけである。
つまり……普通にあんな息子さんを「子育て」してしまったツェリさんの家庭環境って、聖母舎並みってコト?
「ジャス君、どうかした?」
「う、ううん」
こ、これ以上考えるのは、辞めておこう。
再びセーレたんの姿を見て、心を平穏に戻す俺であった。
学校が終わってハニーと外に出ると、二人の頭上に咲いた布の花にボトボトと音がした。
グラウンドはすっかりぬかるみ、カッパに長靴姿の一年生らしき小さな子が足踏みをして遊んでいる。
「おお、みぞれだー」
「みじょれ~?」
ぐふっ……少し噛んじゃったセーレたんが可愛すぎる。
それにしても、教室の窓から見て雨に変わったかーと思っていたら、みぞれだったとは。 珍しい。
「うん。 空の上が寒くて下が温かいと、落ちてきた雪が途中で半分融けてこうなるんだよ」
「ほえ~っ♪」
蒼い瞳を丸くするセーレたん、これまたトレビアーンにプリティーである。
ゆっくりと歩き始めた俺達の傘にみぞれが落ちてボトボトっと音を立てると、やがて水滴となって縁から伝い落ちてくる。 一方、どこにも当たらずにグラウンドに落ちた分は、そのまま融けてすぐに水たまりの一部となる。
「セーレちゃん、付き合わせちゃってゴメンね」
「ん~ん」
傘を持つ俺の左で、マイシスターが小さく首を振る。
今日は俺に用事があったので帰りに寄るつもりだったのだが、傘が一本しかないのもあって、セーレたんもついてきてくれたのだ。
なお、おやつは学校の食堂で食べてきた。 混んでいて座る席に困ったが、ちょうどるー君とニャル子ちゃんがいたので相席させてもらって助かったよ。
「えへへ~っ、お兄ちゃんとデートなの♪」
「……お、おー」
そんなに嬉しそうにキラキラした笑顔で断言されてしまうと、リアクションしづらいな。
困ったもんだ。
「それでお兄ちゃん、どこに行くの~?」
「あ、うん」
校門を出て石畳を歩きながら話をする。 目的は既に言ったけど、場所は知らないか。 学校からだと家の更に向こう側になるから、けっこう遠いんだよなー。
ときどき幼児園や銀行に足を伸ばす俺にはそこそこなじみのある場所なんだけど、セーレたんにとってはそうじゃないらしい。
俺が行きたいのは、二等区と三等区の間にある境界通り沿って数珠のように点在している小広場のひとつ。 正しくはその広場沿いにある、とあるお店だ。
行くのは俺も初めてだが、店自体は知っている。
「ふっふっふー」
思わず口元が緩んでしまう。 今日の目的は、昨日やったアナさんの誕生日祝いの続きみたいなもんである。
アナさんにはみんなが帰ってからスペシャルなマッサージもプレゼントしたが……せっかくなメモリアルな誕生日なんだから、もうひとつパンチの利いた何かができないかなーと思っていたのだ。
で、今からソイツの仕込みに行くのである。
「ああっ、お兄さま……♪」
「ん?」
そのときの驚きようを想像してニヤニヤしていると、なぜかセーレたんがうっとりした表情で俺を見つめていた。
瞳をうるうるさせ、すべすべほっぺもほんのりと色づかせている。
「すてきなの……」
「そ、そう?」
自分で言うのもアレだが、さぞかし邪悪な顔をしてたと思うんだけどなあ……。
我がハニーの感性には、やはりオリジナリティがある。
いろいろとお喋りをしながら歩いていると、あっという間に目的の広場に着いた。 時間が経つのは早い。
いつぞやに着たことのある貸衣装屋さんの隣に、その店は建っている。 商売柄、隣どうしでお互いに助け合っているのだろう。 Win-Winの関係ってヤツだな。
ショーウィンドーの中で衣装を着せたマネキンがポーズを取っているその横で、これまたショーウィンドーに商品を飾っているお店である。
「写真屋さん……?」
「うん、そう」
セーレたんの呟きに首肯する俺。 運送屋さんではなく、写真館である。
アナさんが、更新した身分証の写真を見てニヤニヤしていた――というのをお袋から聞いて、思いついたのだ。
「さ、入ろう」
「うん~!」
なかなかオシャレなたたずまいのお店のドアの前に立ち、俺達は傘を畳んでその中に入っていった。
「おおー……」
「わあ~」
外の見た目もシックだったが、店の中もなかなかどうして。 とても洒落ている。
現像だけでなく撮影から一通りを提供している店だけあって、やはり写真屋というよりも写真館という感じの内装だ。 ギャラリーと言ってもいい。
喫茶店のような落ち着いた空間に小さなテーブルと客席がいくつか置いてあり、周囲の壁や棚などに人物や風景の写真がゴチャゴチャしないように上品に飾られている。 三脚に立てたカメラなんかも置いてあるけど……そこそこ使い込まれている感じで、売り物というよりはオブジェ、もしかすると実際に使う商売道具なのかもしれない。
前にアーンさんが魔導カメラを持ってきたときに聞いた話だと、機械式のカメラもあるにはあるらしいけど、魔導式の方が断然画質がいいのでそっちの方が人気らしい。 カメラの前で「だるまさんが転んだ」をする必要もないしな。
コレはどっちだろう……?
「ははは。 いらっしゃい」
感嘆のため息をつきながら見回していると、テーブルのひとつでくつろいでいたお兄さんに声をかけられた。
『……あ』
しまった……。 先にこっちから「すみませーん」と声をかけるつもりが、思わず見入ってしまった。
写真を見慣れていないマイシスターも同じだったみたいで、二人して声をハモらせると慌てて姿勢を正しお辞儀をする。
『こ、こんにちはー!』
思った通り、挨拶の声もバッチリ重なった。
さすが俺達である。
「うん。 改めまして、いらっしゃい。 今日はまた、可愛らしいお客様が来たね」
見た目も声色も柔らかな、なんとも優しそうなお兄さん。 カッターシャツにブラウンのVネックのセーターという服装で、黒い丸渕のメガネの向こうで目を細める。 灰色のメッシュが入った黒髪をオールバックにしている。
「いらっしゃい」と言ってくれたからにはお店の人なんだろうけど、これまたなんとなーく明治の雰囲気が漂うお兄さんであった。
「ははは。 もしかして、二人のデートにここを選んでくれたのかな? だとしたら歓迎するよ」
「えっ? い、いや……」
「いやぁ~ん♪」
予想外のことを言われ、慌てる俺。
その隣で、セーレたんは嬉しそーに腰をくねらせていた。
「実はですねー」
「うん」
わざわざ俺達のためにお茶まで出してくれて、テーブルに着いた店長さんと向き合う。 若いのに店長さんだなんてスゴイ……と思いきや、実はアナさんと同い歳だった。 ビックリだ。
ちなみについさっきまでセーレたんも一緒に座っていたのだが、珍しくそわそわしていたので「自由に写真を見ていいよー」と言ってあげた。
そうしたらすぐに喜んで席を立って、今は写真を鑑賞しながらギャラリーの中をゆっくりと歩いて回っている。
その様子にお兄さんと二人でにこにこしながら、俺は計画を話していく。
「――と、いうことなんですけど」
「ふむ」
一通り俺の話を聞き、お兄さんは自分のカップに口をつけた。
そして十分な時間を取り、優しい微笑みを俺に向けてくれる。
「……凄いねぇ、君。 とても素敵な事だと思うよ」
「そ、そうですか……?」
手前味噌ながら、それなりにシャレた企画だろうとは自負していたが……初対面のお兄さんに正面切って褒められると照れてしまう。
それを隠すためにも、俺もひと口飲んで唇を濡らしてから続ける。
「で、で……どうでしょう? 予約、取れます?」
「ふむ……この日だったら、大丈夫かな」
「ほっ、よかったー」
手帳を出して予定を確認したらしいお兄さんから、なんとか色よい返事をもらえた。
正直言うと、あんまり都合のいい日ではないんだけど……やりようはある。 予約が取れただけでも万々歳だ。
俺が胸をなで下ろしていると、店長さんが席を立ち、カウンターの奥からペンと何かのノートを持って戻ってきた。
テーブルの上で広げてくれたそれを見てみると、どうやら予約の申し込み用の帳簿らしい。
「それじゃあ、君のお家の連絡先を――ああ、学生証は持っているかな?」
「はい」
俺は当然ながら両親の名前も住所もちゃんと書けるが、こういったときにも学生証は便利だ。 帳簿の横に置くと、お兄さんはそれに少しだけ指先を触れてから、記載されている内容を写し始めた。
滅多に使わないので俺も忘れてたけど……学生証には魔力で本人確認できる機能があるので、お兄さんが触れたところはしばらく色が変わる。
写し終わると、店長さんがノートを閉じたので学生証を返してもらう。
「はい、結構です。 ……それじゃあ、明日でも構わないから、予約の時間までに保護者の方に来てもらうようにお願いできるかな?」
「はーい」
ん、お金は後払いでいいのかな? そう思いながらも、首を縦に振る。 すると店長さんも満足そうにうなずいたので、たぶんこれで話は終わりなんだろうと判断した。
後は帰るだけになったので、セーレたんの姿を探してギャラリーを見回す。
すると――。
「んん?」
あれ? ずーっと歩いて回っていたのに、俺が目を離したときから動いてないぞ? よほど気に入った写真でもあったのかな?
もしもそれが売り物でそこそこの金額であれば、今日付き合ってくれたお礼にプレゼントしてもいいんだけど……。
「セーレちゃーん」
「……うん」
背後から呼びながらゆっくりと近づくが、珍しいことに振り返ってくれない。
そこまでお気に入りらしい写真を、俺も見てみることにする。
これは……カップル? それとも夫婦だろうか?
いかにもスタジオっぽいクリーム色の背景の中で、若い男女がちょっぴり恥ずかしそうに微笑みながら、寄り添って立っている。
さすがプロの仕事らしく、かなりのイケメンと美人な二人がとてもキレイにカラーで映っている。 ……それもさることながら、それ以上に二人の初々しさが写真全体からにじみ出ていて、見ているこちらまでニヤニヤしてしまう。
そんな写真。 いや、作品だった。
「……」
俺も言葉を忘れて見入っていると、更に後ろから店長さんもやってくる気配がした。
「それはね、つい最近撮ったお客さんだよ。 新婚さんでね……とても良い表情をしていたから、頼み込んで飾らせてもらっているんだ」
「へえー」
「ふわあ~……♪」
その説明に二人で振り返り、改めて写真を見てみる。
なるほど。 そうして見ると、ますますニヤニヤが止まらなくなるなあー。
「……」
「えへへ~」
俺が小さなセーレたんの肩に手を置くとこっちを向いてふにゃ~っとした笑みを見せてくれた。 で、再び二人で写真を眺める。 多少はいい服を着てるんだけど……それでも華やかなドレスとかじゃなく、敢えて普通の服を着ているところがまたいいよなあ。
この子が足を止めるのも、分かるよ。
そうしてしばらく見ていると、不意に後ろから声をかけられた。
「二人とも、こっちを向いてごらん?」
「えっ」
「んゃ~?」
ああ、しまった! ずっと居座っていたらさすがに迷惑だよな……!
と思いながら振り返ると、なんと店長さんはオブジェにしていたカメラを三脚に乗せ、俺達に向けて構えていた。
しかも傍らには、フラッシュらしい魔導具を乗せたポールまで立てている。
「さあ。 まっすぐこっちを向いて、立って」
「えっ、でも……」
「いいから、さあ」
「……」
二人で、戸惑った顔を見合わせる。
でも、戸惑いながらも嬉しそうにはにかんでいるのを見て、お言葉に甘えることにした。
「はい。 力を抜いて、動かないでね。
いーち、にー――」
「っ!」
合図と共に眩しいフラッシュが焚かれ、反射的に目を細める。
……鏡を見なくても、分かる。
きっと俺も、ちょっぴり恥ずかしそうな顔をしてるんだろうなあ。




