644 先生は大変なお仕事です
朝起きて雪が降っていると、テンションが上がるよね。
「いやっふー! 天皇誕生日だあー!」
「てんのー……って、なにー?」
部屋のカーテンを開けるなり奇声を発した俺の肩の上で、我が娘が大きな首を横に傾けた。
「いや、気にしないで」
「にゅふー?」
我ながら、夜明け前の朝っぱらからイイ感じに壊れてるな。 何やってんのーって感じだ。
ちなみに今日は十二月二三日、前世であればまさに天皇誕生日である。 こっちではまったく関係がないので、普通に今日も学校があるんだけど。
「積もっては……いないか」
「残念だねー」
「だなー」
窓越しに外を見ながらお互いに頭を内側に傾け、こつんとくっつける。
部屋の中は魔力式暖炉のおかげで暖かい。 でも外は、昨日からの雪がまだほんのちょっとだけ降っていたのであった。
「行ってきまーす!」
朝というよりも夜に近い暗さの中、今日も懐中電灯型の魔導具を持って、ハニーと二人で元気よく家を出る。 庭やご近所の家の屋根はうっすらと雪化粧しているものの、やはり石畳の上は融けてしまっていた。 フツーに水浸しである。 テンション下がるなぁ。
空からの雪もたまに思い出したように落ちてくる程度だし、もうじきやむだろう。
天気予報でも午前中にはやむと言っていたし、その後はしばらくいい天気が続きそうだと言っていた。 だから傘も持たず、代わりにおててを繋いで学校へ行こう。
……ま、それはいつものことか。
「あ、校長先生だ」
「本当だ~♪」
少しずつ明るくなってきた石畳を歩いていると、校門のところでピッチピチのスーツを着た巨大な熊さん……というか、熊耳のおじさんを発見。 ウチの校長先生である。
例によって、隣にはキャリアウーマンのような教頭先生もいる。
大きな身体に見合わずつぶらな瞳がとってもカワイイと評判の校長先生は、次々とやってくる子供達にうなずいたり小さく手を振ったりなど、遠くから見ていてもほわ~んと心が和む挨拶をしている。
もちろん、俺もセーレたんもこの先生が好きだ。
『おはようございまあーす!』
二人で一緒に手を振ると、先生は「ふもっ」と返事(?)らしき声を漏らして手を振り返してくれた。 本当に癒される先生である。
そしてシャイでほとんど喋らない校長先生の代わりに、教頭先生が落ち着いた声で挨拶してくれる。
いつもながら……教頭先生は女性として特に背が低いというワケではないのだが、隣の熊さんが大きすぎるので身長差がものすごい。
「はい、おはようございます」
俺達は改めて、ぺこりと頭を下げる。
「おはようございます」「おはようございます~」
別に怖い先生ではないのだが、スーツも立ち姿もビシッとしているので、他の生徒達も自然と頭を下げてしまうのであった。
いつものように、クラスメート達に挨拶をしながら教室に入る。 廊下もガヤガヤしているが、教室の中も賑やかだ。
外だとコートを羽織っている子も多かったので分かりにくかったけど、校舎に入ると半数以上は制服ファッションであった。 ちなみに主流は、男女共にブレザーである。
セーターやカーディガンとかと相性がいいからな。
「……おはよー」
「うむ」
ニート君だけは、やっぱり半袖だけど。
今日も自分の席で筋肉質な腕を組んで重々しくうなずいているのを見ながら、俺は自分の席にカバンを置く。 先にカバンを置いたマイシスターは、仲のいい子のところへ行って話の輪に加わっていた。
俺は大人しくイスを引き、真後ろにいるミステリアスお姉さんに声をかける。
「マーヤさん、おはよ」
「ええ、おはよう」
艶やかで長い黒髪に、厚手で黒いセーラー服。 V字の大きな襟の前で結ぶタイは紫だ。
切れ長の瞳を細めて薄い笑みを浮かべるマーヤさんは、誰から見ても見事なまでの「お姉様」っぷりであった。
「まだ雪が降ってたねー」
「そうね」
天気の話から入るのは会話の基本。 来る途中で完全にやんじゃったけどな。
「ジャス君も、やっぱり雪が降ると気持ちが昂ぶる方?」
「あはは。 まー、どちらかというと」
夏の台風と冬の雪は男のロマンですよ。 ふっと横を向いたマーヤさんの視線の先には、やはり雪の話題で盛り上がっている男子数人のグループが。
「学校来る前、庭に出て足跡つけまくってやったぜ!」とか、「俺なんて昨日、上を向いて口開けて、雪を食いまくったぜー!」とか言っている。
そんな会話が耳に入ると、マーヤさんは俺の顔を見てうっすらと微笑んだ。
「ふふふっ」
「……いや、さすがに食べたりはしないよ?」
前世で子供だったときはともかくな。 さすがにもう、そんな子供みたいなコトはいたしません。
ウチの小さな子達にも、ちゃーんと「食べちゃダメだゾ」って教えてある。
そう答えると、マーヤさんは上品に笑いながら相づちを打ち、ゆっくりと机の上に頬杖をついた。
「ふふっ、そうよね。 だって――」
「雪って、上空の塵や埃を核にしているもの」
『ぶっふうううううーーーーーッ!?』
あ、さっき「食べたぜ!」って言ってたヤツが思いっきり噴いた。 残念だが、今更咳き込んでも遅い。
サッと見回すと、他にも男子数人が顔を引き攣らせていた。 ……「え゛っ」という顔をしている女の子も少数いたけど。
ご愁傷様である。
「……まあ、ちょっとやそっと食べたくらいで、どうにかなったりはしないと思うけどね」
「ふふふふっ」
ひたすら見つめ合う俺達。 だが、お互いの意識は外側に向いている。 彼女の満足げな表情を見ながら、俺はご愁傷な人達にフォローを入れておいた。
この国の工業は魔導具や精霊の力を借りたクリーンなものが多いみたいだから、たぶん大丈夫だろう。 排ガスや排水の規制もあるらしいし。
高校理科の内容をよーく知っていることも含め、さすがはお姉様である。
土の日は二時間目に魔術の授業がある。
俺達はぞろぞろと地下体育館へ向かい、一組――うさみみ王国の国民達と混ざってぞれぞれのグループに分かれる。
そこで、一組副担任のフーリエ先生の姿を見つけた。 今日も糸のように目を細め、ふんわりとした長い髪と上半身をメトロノームのように揺らしている。
その揺れ方と顔色から、どうやら風邪はほとんど治ったようだ。
「いやー、先日はお騒がせしました~」
相変わらず力の抜けた声で、先生がみんなの前でぺこりと頭を下げた。 続けて「やっぱり、日頃の寝不足が祟ったんですかね~?」と言うと、生徒達から笑い声が上がった。
ちなみにこの先生、いちいち板書するのが面倒だからと、毎回授業のポイントを書いた大きな模造紙を黒板に貼り付けて、生徒達が写している間に寝ていることで有名である。
たまにるー君にそのノートを見せもらうのだが、非常に分かりやすくて、参考書を出版している俺にとってもかなり参考になっている。
「それと、オリオール兄くんにはお世話になりました~」
「あ……いえいえ」
ぼけーっと話を聞いていると、急にこっちに話が飛んできた。
また先生が頭を下げると、更に周りからも拍手をもらってしまった。 いささかこっ恥ずかしく思いながらも、体育座りのまま左右に振り向いてぺこぺこと会釈。
中でも、特に熱心に拍手してくれたのは、我が妹様とるー君である。
で、その拍手がやむと、ほへーっとした顔の先生からボケとも本気ともつかないセリフが飛び出した。
「……ということで、ついでに今日も先生やってくださいなー」
『ちょ!?』「ふえっ!?」
とっさにツッコもうとしたら、フーリエ先生の隣に立っていたアズミーリ先生と声が重なった。 思わず顔を見合わせる。
ちなみに後の「ふえっ」は、シャルちゃん先生である。
そして直属の上司であるハズの絶叫先生は、これから使う道具を取りに用具庫へ行っている。 ……フーリエ先生の指示で。
「あははー、半分冗談ですよ~」
またまた笑いに包まれる体育館。 だから人気あるんだろうなあ、と改めて思わされた。
るー君の魔眼が効かないらしいのも納得である。
初学校での魔術の授業は、日常生活で役立つ魔導具の使用資格が取れればそれでいい、というスタンスだ。
そのため大部分の生徒達にとっては半分遊びの時間のようになっていて、特に魔導具のラケットで光球を打ち合うフラヴリースが人気である。
でも、全員が試合できるほど扱えるワケではないし、そもそも広さ的にコートを何面も作ることができない。
ということで……。
「いよっしゃああああーーーーーッ!」
今日もジャージ姿で異様にテンションの高い絶叫先生――本名ストローグ先生が、ラケットを両手に持って壁際に立つ。
数メートル離れて十人くらいの子供達が向かい合い、その全員がラケットを構えサーブの姿勢を取っている。
「かかってこいやあああーーーーー!!」
『わあああああーーーー』
先生の雄叫びに、子供達が一斉に光球を作ってサーブを打つ。 速さもコースもまちまちな光球が先生をめがけて飛んでいく。
中には見当外れなところに飛んでいったり、手前の床に落ちて弾けてしまうものもあるけど。
「おいっしゃああああああーーーーーーーッ!!」
左右のラケットを高く掲げると、先生はすさまじいステップと手の振りで、そのほとんどを打ち返した!
すぐに二球目を出している子もいるが、問題は打ち返された先にいいる子達である。
「うわあっ!?」「来たっ!」
まさか自分のところに来るとは思わずに、直撃。 もともとが魔力の固まりなので、当たったところでなんともない。
そして打ち返す気満々の子は、嬉しそうな顔をしてラケットを振る。
「たあっ! ……ぶっ!?」
「はっはっはー!」
が、他の子が放った二球目のサーブを更に打ち返されて、その子は打ち返された直後に顔面に光球を食らった。
すかさず「ちくしょー!」と次のサーブを打ち……フラヴリースというか、なんだか雪合戦みたいである。
楽しそうだな。
「ひゅ~ん♪」
というか、一列に並ぶ生徒達の中にセーレたんが混ざっている。
ハニーはテニスの鬼コーチのような勢いで次々とサーブを放ちつつ、返ってきた光球にもしっかりと対応している。
「ひゅるる~ん」
「はっはっはー! いいぞいいぞおおおおーーー!」
おかげで、光球が増える増える。
「ぶはっ!?」「うほん!?」
セーレたんと先生との間だけが銃撃戦みたいになっており、他の子がとばっちりを受けていた。
「ほらほらあああーー! 打ち返せええええーーーーー!!」
「ムチャ言わ――ぶほぁ!?」
……まあ、楽しそうだ。
別の壁際では、活性化の取得を目指してアズミーリ先生から習っている子達がいる。
だけど難易度の高さや少々の危険もあるので、それはごく一部の子に限られている。
「ぬぅぅぅうううああああアアアアア゛ア゛ア゛ーーーーーーーーッ!!」
隅っこのところで、どこかの超戦士に目覚めそうな勢いで金色のオーラを噴き出しているのは、例のイケメンニート君である。
彼は既にある程度活性化を使えるということで尊敬の目差しを集めているが、それ以上にそのときの雄叫びと表情がすさまじいと、密かに人気らしい。
俺も一度でいいから、彼のハンマー投げを見てみたい。
「ぜえ、ぜえ、ぜえ……」
数秒ほどで力尽きたニート君を見ていると、横から肩を叩かれた。 赤いツンツン頭と黄色いサル耳が特徴のクラスメート、シューハ君である。
確か、おじいさんかひいおじいさん辺りがファンライ出身だって言ってたな。
るー君とニャル子ちゃんの試合がなかなか終わらないのでこっちに来てみたら、捕まってしまった。
「なあジャス、コツを教えてくれよ」
「え? んーとね……」
活性化っていうのは要するに、体内に流れる魔力を一定以上の速度で循環させることだ。
だから、まずはオドが全身を巡っていることを感じ取って、それからその流れを自分の意思で速くすることから始まる。
ところが、その「循環している」ということを実感しにくい子もいるし、仮にそれが解ったとしても速さを変えられなかったり、活性化が発動できるレベルに到達できない子もいる。 だからこそ難しいのだ。
「実際にやっている人に触れてみると、解りやすいかもしれないんだけど」
と言いながら、視線をシューハ君から少し離れたところにいいるアズミーリ先生へ。
先生もまさにその真っ最中なのだが……教えを受けている女の子は触るどころか、抱きついてお腹の辺りに耳をくっつけていた。 しかも前後から二人で。
だけど確かに、ああした方が感じやすいかもしれないな。 背中はともかく、お腹はちょうど丹田くらいの位置だし。
「……どうだ、何か解ったか?」
「も、もうちょっと!」「もうちょっとだけ!」
「いや、さすがに私もこれ以上は限界なんだが……」
「も、もう一声っ!」「もうちょっとだけですから!」
女の子達は、さり気なく引き剥がそうとする先生に食らいついて離そうとない。
さすが先生、女子生徒からの人気がスゴイ。
「……アレをやれと?」
「い、いや……」
さすがに、シューハ君がアレをやったらゲンコツを落とされるだろう。 かといって、俺の活性化はステルス仕様だし。
でも取りあえず、シューハ君に抱きついてもらってみた。
「……どう?」
「さっぱり解らん」
だろうなー。
ため息をついて顔を上げると、例の女の子達が先生に軽くゲンコツをもらっていた。
――シャルちゃん先生が教鞭を執った、四時間目の算数が終わった。
教科書の最後の方にある「まとめ問題」でぐったりした生徒達を前に、これまたちょっとお疲れなご様子のアズミーリ女史が教壇に上がる。
なお、魔術の時間に思いっきり光球を打ちまくったセーレたんはご機嫌である。
「既に勉強を始めているものもいるかと思うが、卒業試験の日程が決まった」
『ああああーーーー……』
呻くような声が教室を支配する。
「あ、ついに来たか」という声と、「ああ、ついに来てしまったのか」という声が入り交じっている。
「今年は、来月の二四日になる」
『ああああああ……』
毎年、二五日くらいにやるらしい。 曜日とかはあまり関係ないそうだ。
十分に予想できた話に「あ、やっぱりか」という声と、「ああ、やっぱりなのか」という声が交錯している。
受け止める側の差だな。
「十日から年休みに入るが、しっかりと勉強をして当日に臨むように。
学校は開いているから、いつでも来るといい」
『はーい!』『はーーーーーい……』
年休み――前世で言う冬休みの話も出たけど、それどころではない。
気合いの入った返事とため息混じりの返事が同時に重り、元気のない子のところにはシャルちゃん先生が行って「頑張ろうね!」と応援していた。
「全員が無事に卒業できることを願っているぞ」
……うん。 そうだよな。
教壇の上でアズミーリ先生はクールに微笑み、隣に立ったシャルちゃんは大きなしっぽをぴこぴこさせながら「おーっ!」と腕を上げた。
『おおおおーーーーーーっ!』
今日最後の返事は、みんな元気を取り戻していた。




