643 いろいろと潤っております
「子供は風の子」という言葉を体現するかのように、小さな雪の子供達が街中を駆け回る。
「わぁ~、ぐるぐるしてる~♪」
玄関灯をつけたドアから出て、セーレたんが空を仰ぎ楽しそうにくるくる回っている。 長い金色の髪がなびいてキレイだ。
雲が覆う空は日の出の鐘が鳴ったにたもかかわらず、まだ夜のように暗い。 俺も見上げると、そんな闇の中を上空の風に乗った雪が流れたり渦を巻いたりと、好き放題に遊び回っていた。
「わー」
更には自分のオドで具現化したセーターとマフラー、それから帽子で身を包んだニアちゃんが楽しそうに飛び回っていて、半透明の羽から雪のような光の粒子を振りまいている。
無数の綿雪と光の粒が一緒になって踊る、とても幻想的な景色。
「でも、寒い」
ぶっちゃけるまでもなく、寒かった。
昨日の影響でまだ弱い風が吹いていて、そこへ雪もチラついているもんだから、いわば「プチ吹雪」状態である。
小雨だったらともかく、これくらいの雪ならジョギングしても大丈夫かなーと思ったのだが。
風が吹くたびに体感温度が下がり、俺のテンションもまた同様に下がっていく。
「……」
今更「やっぱ寒いからやめ」なーんて言うのもカッコ悪いしなあ……。
魔力消費が大きすぎてあまり使えなかった暖炉も、セーレたんや俺も魔力供給に参加できるようになった今ではほぼ使い放題。 特にリソ君の身体のことを考えると、それはいいことなんだけど。
しかし、セーレたんが心身ともに強く健やかに育つためには、ぬくぬくの部屋に籠もりっきりではいけないのだ!
「でも、寒い……」
「わあ~~~~~~い♪」
「わああああーーーい♪」
首に巻いたマフラーを持ち上げて震える俺の前を、我が妹と娘がくるくるくるーっと回って踊っている。 元気じゃのお。
そういや、セーレたんは道場の掃除や買い物とかで家を出ることもけっこう増えているし、ニアちゃんはしばしば「ネッ友」に誘われて外へ遊びに行く。
「……」
俺がいちばん引き籠もってるじゃねーか……。
仕事のせいもあるけどさ。
「さ、そろそろ行こうか」
『はああああーーーーーいっ!』
元気よくお返事してくれる風の子ガールズを見て。
やっぱり今朝もちゃんと走ろう、と思い直したのであった。
風がだんだん収まり、チラつく雪がまっすぐ降りてくる。
俺は一人で道場の門を入ってすぐに左側にある、壁の足元に作られた花壇へと足を運んだ。 俺がお袋に種をプレゼントし、それをみんなで植えたあの花壇である。
土をレンガで囲ってある前で、肩に掛けてきたカバンを胸に抱えからしゃがみ、芽の成長具合を確かめる。
「よく育つもんだなあ」
そういう花なのは分かっているが、それでも花壇から芽を出して順調に育ってるのを見ると、冬なのにスゴイよなーと思う。 まだ数センチくらいだけどな。
焦げ茶色の土からぽこぽこと出ているどの芽も、寒さなんてどこ吹く風といった感じで茎を伸ばし、むしろ楽しそうに幼い葉っぱを揺らしている。
片方だけ手袋を外して指先で突っついてみると、更にふるふると震えるのが可愛らしい。
「ははっ」
他の芽を突っつくと、やっぱり同じようにふるふるーっと震えだす。 まるで、小躍りして喜んでいるようにも見えるな。
花壇のそばは壁のおかげでほとんど無風だから、余計に寒さも忘れて見入ってしまう。
「……」
つんつん。 ふるふる。
「……」
つんつんつーん。 ふるふるふるーっ。
「あははっ♪」
ヤっバ……すっごく可愛い! 結局、全部の芽を突っついてしまった。
花壇の中が幼稚園の「おゆうぎ会」みたいになっている。
「……ん?」
ところで、風がないのにずーっと震えてるな。 共振? ……ま、いっか。
さすがに冷えてきたし、しゃがみぱなしで脚もだるくなってきた。 早く中に入って温かいお茶をもらおう。
俺は冷えて硬くなっている土に指先を突っ込み、スポイトをイメージしながら微量のオドを注入した。
『――ださーぃ!』
「ぉ」
ダイニングでマールちゃんに淹れてもらったお茶を飲んでいると、玄関の方からニコの声が聞こえてきた。 今日は勉強会の日である。
すぐに迎えねばとカップを置いて席を立ったところ、オープンキッチンでおやつ作りを手伝っていたエミーちゃんとマイシスターが小走りでやってきて、二人がかりで両肩を押さえられた。
「いいから飲んでいて」「私たちが行くの」
「いや、でも――」
『いいからいいから~』
俺が行かなければ、というセリフはシンクロしたソプラノボイスに遮られた。
続いて「せーのっ」という可愛らしい声で両脇を持ち上げられてイスに座らされ、左右から抱きつかれたままテーブルの方に向かされ……。
ご丁寧にもカップまで持たされた。
「ほら、まだ手も身体もこんなに冷えてるじゃない」
「えへっ♪ 二人でお兄ちゃんをあっためてあげる~?」
「そ、それも悪くない……けど」
俺の身体を挟んで会話をする二人。 物心のつく前から―― さすがに赤ん坊時代の記憶はもうないだろう―― 仲良しなだけあって、抜群のコンビネーションである。
キッチンの向こう側でマールちゃんが俺達を見て、くすくすと笑っている。
柔らかな表情と視線で、お茶を飲むべしとのお達しが。
「はは……分かったよ」
俺が降参――肩の力を抜いて再びお茶を飲み始めると、セーレたんとエミーちゃんは長い髪をひるがえしてダイニングを出ていった。
勉強会とはいっても、俺達のそれに限ってはみんなバラバラである。
「……え? もう次に進んでるの?」
「なの~♪」
左手にペンを持ち、まるでお絵かきのように楽しそーに問題集を解くハニーの隣で、エミーちゃんが軽く驚いている。 ちなみに理科の問題集をやってみるみたいだが、それはお袋が高校時代に使っていたものである。
家の手伝いなどで明らかに勉強時間が減っているセーレたんだが、俺がドンドン教えるのを持ち前の記憶力でサラッと身につけてしまうため、短時間でも問題なく勉強できている。 うらやましい限りだ。
だがエミーちゃんも負けていない。 もともとこの子も物覚えはいい方だけど、それ以上に勉強量でカバーしている。
家ではエルネちゃんに教わり、ここに来ると俺にガンガン質問してくる。
「ねえジャス、ここなんだけど……」
「ふんふん」
呼ばれて隣に腰を下ろし、教科書を覗き込む。
「銀行の役割について」……か。
この国の銀行は国営だけしかなくて、税金の納付管理もやってくれる。 というかそれがメインなので、国民全員には生まれた時点で口座が作られる。
しかも、ついでに預金や振り込み・融資なども取り扱ってくれるので、「だったら使わなきゃ損だよねー」ということで、ほとんどの人がそういった目的にも利用する。
もちろん、ウチのメイドちゃんズの給料も振り込みです。
更に「キャッシュレス経済」を促進する役割もある、っていうのが驚き。 俺の持っている学生証も校内限定のキャッシュカードとして使えるし、高校の学生証だと周辺の店でも使えるって、前にエルネちゃんが言ってた。
どこかの冒険者ギルドかよ! って話である。
でも、実は。
――外の驚異から国を守らなくちゃいけないのに、「カネ」なんか造っている余裕はねーよ!
っていうのが、そもそもの理由らしい。
生々しい話である。
「……」
一方、マジメに黙々と勉強しているのはくりむちゃんである。 黒くて大きなふさふさしっぽを揺らし、たまーに耳をぴくぴくさせているのが可愛い。
「ううー……。 うがあー……」
で、その隣で鉛筆をかじりながら唸っているのがニコ。 その声を聞くたび、わん子ちゃんの耳が片方だけ動く。
この二人は「家ではあまり、あるいはほとんど勉強を教えてもらえない」という共有点があるので、家では復習がメインで、ココで他の誰かに教えてもらうことが多い。
「んのぉあああああああ~~~……!」
ニコの奴、ついには左手で額を押さえてブルブルと震え始めた。
ま、仕方ないんだけど。
「ふふふ……」
だって、教えてるのがるーちゃんだもの……。 エミーちゃんが自分の勉強をするため、教え役を交代しているのだ。 こういったことは少なくない。
るーちゃんは後ろからひざ立ちになって小さな身体をニコの背中に密着させ、肩にあごを乗せるようにして教えていた。
肩越しにノートを覗くたびに、柔らかそうなうさ耳がニコのほっぺや耳をかすめる。
「それでね? ここに、それを代入して……」
「はふぅん!?」
近づいてみると、るーちゃんはちゃんと教えてはいるのだが……。 耳元でこんなにウィスパーされたら、俺でもちょっと困る。
むしろ、コレでも失神せずになんとかノートに向かおうとしているニコの成長っぷりは賞賛に値するぞ。
さすがにコレはもうちょっと離れさせた方がいいと、俺はるーちゃんの背中にそっと手を置く。
「なあ、る――」
「あはん♪」
「げふぅ!」
「……」
あれ? トドメになっちゃった……? ニコが突っ伏してしまった。
テーブルにおデコをぶつけたド派手な音で、集中していたくりむちゃんとエミーちゃんが「びくっ!」と跳ねる。 ……セーレたんは小首を傾げているだけだが。
ニコは取りあえず小休憩ということで、おしりをぺたんと絨毯につけて女の子座りになり、振り返った小悪魔先生へ話しかける。
「え、ええっと……。 るーちゃん、もうちょっとお手柔らかにしてあげて?」
「ふふふ♪ でも、ニコはもっと、集中力をつけないといけないから」
「……おっしゃる通りで」
さすが先生、ウィスパーにもちゃんとした意図があった。 ただ、その鍛え方が過酷すぎただけで……。
ラート氏だったらまず出血多量になっているだろうし、ニャル子ちゃんも恍惚の表情で天国への扉を開くと思う。
俺も遠い目になりかけていると、陶器のように白く小さな顔に、ぼんやりと朱く光る瞳と桜色の薄い唇で微笑みを浮かべた。
ほんのわずかに頭を動かすと、垂れたうさ耳と柔らかな桃色の髪が揺れる。
「そろそろ、起こしてあげないとね?」
「……ああ、うん」
本当にキレイな顔してるよな……というか、さり気なーく俺に魔眼を使わないでくれるかい?
るーちゃんの細い指先が伏せた背筋を軽くひとなですると、ニコは小さく震えてから意識を取り戻した。
そしてゆっくりと身体を起こす。
「あ、あへぇ……? ぼく、寝てた?」
「ちょっとだけな」
ところでるーちゃん、倒した人を起こす方法もちゃんと覚えたんだね。
じゃあ、これからは安心だな。 ……安心か?
「ところで、るーちゃんの勉強はいいの?」
「うん」
事もなげにうなずいてくれるるーちゃん。 ま、もともと心配はしてないけど。
このコはなにしろ、ラピヨーネ家のご子息。 いろんな方面に優秀すぎて謎なメイドさん達から、いろんな勉強を教わっているらしい。
だから学力については不安はないのだが……それ以外にもイロイロと教わっていそうで、ちょっと不安である。
「今日は教える日だから」
「そっか」
くりむちゃんが「大丈夫?」とニコの頭をなでなでしているのを視界の横に入れながら、るーちゃんからの答えにうなずく。
以前は黙々と自習していることの多かったるーちゃんだが、最近はそうじゃないことも増えてきた。 こうして自分から教え役を買って出てくれることも多いのだ。 おかげでエミーちゃんが助かってる。
でもその一方、特に何をするでもなく俺達のことをじーっと見つめていたり、勉強とは関係のない物語とかを読んでいたり……いきなりカバンから手鏡を出して、ミリ単位で自分の表情を研究し始めた日もあった。
ホント、このコは家で何を教わってるんだろうな……。
――夜の脱衣場で、俺達は向かい合っていた。
「さあ……脱いでごらん?」
「もっす!」
とっても気合いの入った声で、マイブラザーがお返事する。
それから自分のシャツに手を掛けて、ゆっくりとたくし上げていく。
「んああああ~っ!」
「あははは」
なかなかシャツが頭から抜けず、よたよたしながら悪戦苦闘している。
いつまでも見ていたくなるほど可愛いけど、さすがにかわいそうなので助けてあげる。
あごに引っかかっていたのを外してあげると、「すぽん!」と音が聞こえてきそうな勢いでシャツが顔を通り抜けた。
「ぷはあー!」
「はい、お疲れさん」
よくできました。 ……今度は絡まったシャツがバンザイしたいる両腕から抜けなくなっているが、ここまでできれば十分だ。
上から掴んでシャツを脱がしてあげる。
今夜は、ひさびさにGETした「リソ君とのお風呂権」である。 いつもセーレたんを含む女性陣に独占されているため、俺や親父がそれを得るのは難しい。
それを得るため、ときに親父は仕事帰りに評判の店に寄って絶品スイーツを購入し、そして俺は自作の昇天スイーツを献上してお譲りいただく。 ちなみに今日は、道場でマールちゃんにご馳走してきた。
あそこならば、どれだけ叫んでくれても問題ない。
「よし、次は下な?」
「もっす!」
無事に上を脱いだリソ君は、髪をボサボサにしたまま脱衣所の床に座ってズボンを脱ぎ始める。
いやあ、一生懸命に脱ごうとしているブラザーを見ていると、心が躍るね!
……言葉尻だけを捉えるとヒジョーに怪しく聞こえるが、無論俺にそっち系の趣味はない。
「うー! うーっ!」
こてんと後ろにひっくり返って脚を上げ、両手でズボンの裾を引っ張っているけど……コレがまた、なかなか抜けない。
右足の裾を引っ張っては右へ転がり、左足の裾を抜こうとしては左へ転がる。
「うーあー!」
「もうちょっとだ、頑張れ!」
風呂場に入る前の時点で既にこんなに可愛いのだから、マールちゃんが飴を二個も要求してきたのも納得である。
実際の要求は三個だったのだが、二個目を飲み込んだ時点でもう限界だった。
家族全員で入ることもできそうな石とコンクリートの風呂場に、俺の声が反響する。
「ほら、目をぎゅーってするんだぞー?」
「ぎゅーう!」
木のイスに座ったマイブラザーの前にひざ立ちになり、濡らした金の髪に泡立てた俺の両手を近づける。
で、十本の指で頭皮マッサージ。
「うりゃー」
「ぎゅーっ!」
リソ君は小さな両手をぎゅっと握り、「そこまでしなくても……」と思うくらいに思いっきり目をつむっている。 でも、それが可愛いのだ。
俺がまだハニーと一緒に入っていた頃、セーレたんも同じようにしてお袋達に髪を洗ってもらっていたのを思い出す。
「うりうりうり」
「……ふわぁぁぁぁ~♪」
丹念に頭皮をマッサージしてあげると、痛みを堪えるような顔をしていたのがだんだんと緩んでくる。
そして。
「ほら、泡が目に入っちゃうぞ~?」
「あうっ!? いちゃい、いやあー!」
俺がそう言うと、また慌てて目を瞑るのだ。 いっぱいの泡で頭が、もこもこになってるし……ホント可愛いなあ~!
ニアちゃんを洗ってあげるのもコレまた可愛いんだけど、あの娘は泡が目に染みる心配がないのでどんな洗い方でもできる。
俺がなんとなーく教えたのをきっかけに、ときどき自分で石けんを溶かしたお湯を作り、空中でぐるぐる回る「洗濯機ごっこ」をするほどである。
「ママもやるー?」って誘われたことも何度かあったが、さすがに遠慮した。
「はい、もうちょっとガマンな」
「にゃあああー!」
なんか、ねこみたいな返事が返ってきた♪
こうしていると、俺が一人で風呂に入っているときに、今でもたまーにお袋達が乱入してくる気持ちが分かるよなあー。
マイシスターは同い歳の双子だから、俺が洗ってあげる機会なんてなかったし――っていうか、あったとしてもやるワケにはいかなかったので。
リソ君やニアちゃんを洗ってあげるのが今、すっごく楽しい。
「ほい、お湯かけるぞー」
「んー!」
桶は使わず、触手ホースを湯船に突っ込んで上からお湯をかける。 さすがにシャワーほどの細かい穴は開けられないものの、小さい子供がお花の世話に使うジョウロ程度のシャワーなら俺にも出せる。
まあ、できるようになったのは今年になってからなんだけど。 お湯を吸い上げるのが難しいんだよなー。
お湯の量を適当に調節しながら、両手で泡を落としていく。 天井の明かりを反射してキラキラと輝く、金の髪が露わになった。
「そーら、次は身体を洗うぞー」
「おーっ!」
小さい子の成長は早く感じる。
もっともっと大きくなって欲しいと思う反面、もうちょっとゆっくり育ってほしい、とも思ってしまうのであった。
6/7更新で確定です。




