609 飛行機とパチンコの類似点とは
ガラス越しに雨が降っている。 ただでさえ軽減されている雨音を、放課後を喜ぶ生徒たちの声が完全にかき消す。
「うえー、腹減った~」
「席なくなる、早く行こうぜ! ……ジャス、またなー」
横を通り抜けていくクラスメート達と挨拶を交わしながら、俺も帰り支度を済ませ席を立つ。
すぐに隣の席でも、マイシスターが友達との挨拶を済ませて立ち上がった。 ふと振り返ると、とても黒の似合うお姉さんと目が合う。
「そういうところ、ジャス君らしいわ」
「そう?」
俺はカバンを肩にかけながら小首を傾げた。 マーヤさんは机に頬杖をつき、俺を見上げて微笑んでいる。 上から下まで真っ黒なだけに、肌の白さと唇の自然な桃色が妙に際だってセクシーだ。 これが未亡人の魅力か――って、そもそもこの人はまだ十歳である。
なお、俺とセーレたんは今から事務局へ行く予定である。 道場を借りて体育館を使わせてもらう必要がなくなったので、今までお世話になった事務の人達にその報告とお礼に行くのだ。
そのため休み時間に購買でお菓子を買ってきたところ、マーヤさんに「ジャス君って、そういうところに気を使うわよね」と言われたのだった。
俺としては当然だと思うんだけど……まあ、普通の子供としては気を遣いすぎかもな。
「ということで、はいこれ」
自分の中に染みついている元・日本人的な部分を再確認しながら、俺はカバンの中から小さな紙の巾着包みをひとつ出しお姉さんの目の前にちょこんと置いた。
「え?」
「火の日のお礼」
二重のキレイな目を瞬かせるマーヤさんに、端的に理由を告げる。 ちなみに中身はクッキーだ。
俺がセスルームに行っていたその日、マーヤさんがウチに遊びに来ていたらしい。 しかも、お袋とセーレたんがいた道場まで足を延ばし、稽古んでくれた上に掃除まで手伝ってくれたそうで。
もちろん次の水の日にもお礼は言ったのだが、購買でふと思い立ったときにはもう買わずにはいられなかった。
購買だから高いものじゃないし、ほんの気持ちだ。
「別にいいのに……」
「まあまあ、いいじゃない。 ねー?」
「ね~♪」
隣のハニーと顔を見合わせ、にっこりと笑う。
「……ありがとう。 いただくわ」
マーヤさんはふっと小さく息を吐くと、笑顔で巾着の包みをもらってくれた。
「そ、そんな……気を遣ってくれなくてもいいのに」
「まあまあ」
休みが明けて、初めて訪れた事務局。 いつものお姉さんもまた、遠慮しながらも嬉しそうにお菓子を受け取ってくれた。
さすがに事務局のみなさんで摘むには少ないが、それでも購買の人に「そんなに買ってどうするんだい?」とビックリされるくらいの量はある。 ……ま、ほんの気持ちですよ。
カウンターから出てきたお姉さんにお菓子を渡すと、俺とハニーは部屋の中へ招かれて小さなテーブルでお茶をご馳走になった。 他の職員さんが仕事中の席から、あるいは立ち上がって俺とセーレたんに「ありがとうな~」と声をかけてくれる。
「……お待たせ」
お姉さんは同僚達にお菓子を配り終えると、その一部を小皿に乗せてテーブルの向かい側に腰を下ろした。 目の前でクッキーを食べて相好を崩すお姉さんに俺達も頬を緩ませていると、「ふたりも食べてね」と勧められたので一枚だけもらうことにする。
いつもながら……この部屋でお茶を淹れてもらうと、ちょっぴり特別扱いしてもらっているような気になるな。
実際、他の生徒がお茶を出してもらっているところなんて、ほとんど見たことがないし。
「ふふ、美味しい……で、今週よね?」
クッキーを摘んだお姉さんが、近くから書類を出してきてそれに目を落とした。
すぐに気づいた俺は、手を横に振る。
「え? あ、そうじゃなくって」
「そうなの?」
どうやら、秋休みが明けてさっそく体育館の予約に来たと思われていたようだ。
今までなら確かにそうなのだが、これからは違う。 ということで、なるべく驚かせないように言葉を選びながら、マイ道場を確保したので借りなくてもよくなったことをお姉さんに教える。
「それでわざわざ借りちゃったのぉ!?」
「うん」
「はあぁ~……」
結局は驚かれちゃったのだが、まあ仕方のないことだろう。 他の職員さんも目を丸くしていた。
ちなみに隣に座っているセーレたんは、ものすごーく嬉しそうな顔をして俺に身体をくっつけてくる。
「ということで、もうご迷惑をおかけすることもないかなーと」
「そうなんだ……」
ところが、お姉さんは逆にちょっぴり残念そうな顔をした。
けっこうムチャを言って予約をねじ込んでもらったりしていたのに、意外だ。
「ジャス君とお喋りするの、けっこう楽しかったんだけどなぁ」
「……ああー」
薄く塗られた唇からぽつりとこぼれた言葉で、納得。 そういや、来るたびにちょくちょく話し込んでたもんなあ。
セーレたんにはお友達とお喋りしながら待っててもらっていたのだが、遅くなって迎えに来てくれたことも一度や二度ではない。
「たまには、遊びに来てね?」
「は、はい」
ここって、生徒が気軽に遊びに来ていい場所じゃないのでは……。
と思ったものの、可愛らしく小首を傾げながらのお誘いに、思わずうなずいてしまった俺であった。
――魔術試験の当日。
寝る前に見たら雨はやんでいたのだが、起きたらまた小雨がぱらついていた。
薄いパジャマ越しに感じる寒さにひとり身体を震わせ、用意してくれてある服を手に取る。
「ママ、寒くないー?」
「うん、ありがとな」
我が娘が魔法でパパッと暖めてくれたおかげで、服も部屋の気温もあっという間に快適になった。 部屋の明かりは触手で点けられるし、前世にも引けを取らない便利っぷりである。
脱いだ俺のパジャマの上で転がっていたニアちゃんをなでなですると、ふたりでそれを畳んでテーブルに置き、部屋を出た。
「ジャスちゃんもセーレちゃんも、もう四級になるのね~」
ダイニング兼リビングで、温かいスープをメインディッシュとした朝食が終わり、お袋が隣のリソ君をなでながら言った。 ちょーっと気が早いような気もするけど。
ところでリソ君、あまりこぼさないで食べられて、えらいねー。
「お前達なら……まあ、理解できない早さではないか」
リソ君を見て優しい笑みを浮かべていた親父も、俺達の方を向く。 ちなみに、我が家で精製補助なしの四級を持っているのはお袋だけである。 ……このお母様に限っては、検定の級は当てにならんけど。
最低限しか取っていないから~、って言ってたからな。
あと、感じ取れる魔力量だったらチャロちゃんもお袋に匹敵するのだが、同様に受ける気はないらしい。
「お兄ちゃん、お片づけするね~」
「うん、ありがと」
マイシスターが席を立ち、俺の分も一緒にお皿をキッチンへ持って行ってくれた。 他のみんなの分はマールちゃんが回収し、お茶を淹れてくれてから二人ですぐに洗い始める。
「セーレさま、立派になられましたねー」
チャロちゃんがホットティーを飲みながらセーレたんの後ろ姿を眺め、しみじみと言う。 休みなので私服だ。
今日は、近所のメイドクラブの友達と集まって何かするらしい。
「そうだね」
俺もキッチンへ目を向け、楽しそうにマールちゃんと鼻歌を合わせながら洗い物をしている後ろ姿を見つめる。
リズムに合わせて小さく腰をくねらせているのがまた、あの子らしい。
「……さて」
ずーっと眺めていたいところだが、そうもいかない。 俺はシュガースプーンを持ってテーブルを歩き回っている我が娘を呼び寄せ、リソ君にデザートをあげながら天気予報を聞くことにする。
試験に雨は関係ないけど、できれば小雨のままかやんでほしいところだ。
みんなも聞きたいというので、ニアちゃんに口で実況してもらう。 俺は直接聞くけどな。
「今日の夜半しゅぎには雨がやみ~、本格的なあ~、西高東低の気圧配置がぁ~」
おおっと、今日はおじさん精霊のようだ。 いつものお姉さんも好きだが、このヒトの予報も癒されるよなー。
「……ところでニアちゃん、喋り方までマネしなくてもいいからね?」
「しょなのー?」
「しょーなの」
って、俺まで口調が移ってしまった。
予報が終わったので、我が娘を経由しておじさん精霊に「今日もありがとう」とメッセージを送っておく。 すると、しばらくしてから「どう致ひまして~」とお返事がきた。
こういうやり取りができるのは、精霊ネットワークならではだな。
「んじゃ、ニアも出かけるねー」
親父が仕事の支度に席を立つと、続いて我が娘までそんなことを。
いつものミニスカレオタードがぴかっと光ったかと思うと、袖とスカートの裾が伸びて、秋のお上品なお出かけスタイルへと変わった。 特に、ラッパのように先の広がった長袖がいかにも「妖精さん」という感じで可愛らしい。
昨日も言ってたけど、一体どこへ?
「にゅふふ。 ないしょー」
「うぅむ……」
しかし、聞いてもなぜか教えてくれない。 ネッ友と遊びに行くワケじゃないらしいけど……。
こういうときは果たして、もっと突っ込んで聞いていいものか迷う。 年頃の娘を持つ父親の気持ちが分かるなぁ。
俺は母親だけどなー。
「気をつけてね~」
「ほーい♪ ……ぶぅぅぅぅ~ん!」
結局聞かないまま、お袋達と一緒に手を振って見送ることに。 やっと明るくなってきた窓を開けてあげると、羽を広げてテーブルから発艦していった。 ちなみに「ぶーん」というのは、俺がイメージしたプロペラの音をわざわざ口で再現してくれたものである。
しかし、いつもながらなんてカッコいいお出かけなのか。 俺がやっても、単なる子供の「飛行機ごっこ」にしかならないというのに。
もしくは、触手を使った人間パチンコか……。
どちらにしても、見た目にはイマイチである。
「いってきまーす」
「いってきますなの~」
飛行機ごっこもパチンコもせず、俺はごく普通に傘を差して家を出た。
会場の高校までは、今回もエルネちゃんが連れて行ってくれる。 今日もいつも通り、ワインレッドのメイド服に黒いタイツを穿いてきている。
連日の雨で石畳には小さな水溜まりが多くあり、エルネちゃんはウチで借りた赤い傘を差して踊るように避けながら俺達の前を歩く。
「あーあ、これで雨が降ってなければ最高なのになあー」
ため息をつき、エルネちゃんはちょっぴりウェーブがかかった毛先を指に巻きつけながら不満をこぼした。
この娘はストレートヘアと髪のツヤにこだわりを持っているので、湿度の高い日はテンションが落ちるのだ。
「僕は、今の髪も魅力的だと思うけどなー」
流れるようなストレートヘアもキレイで好きだが、俺は自然なウェーブも好きだ。 どちらも似合ってるしな。
隣のハニーを見ると、俺と同じように「うんうん」となずいている。
更に後ろから髪に手を入れて指ですくと、セーレたんは気持ちよさそうに目を細めた。 この、しっとりとした触り心地もお気に入りである。
「や、やめてぇー! 私の方針が変わっちゃう~♪」
そのたびに俺がほめるのだが、いつもエルネちゃんはそう言って髪とスカートを左右に揺らす。 ……だが、その声色はとても嬉しそう。
これもまた、雨の日のお約束なのであった。
やがてモダンな校舎の脇を通り抜け、そろそろ見慣れてきた高校の戦闘科の校舎が目の前に現れた。
魔導仕掛けのトラックが通りすぎるのを待ってから、左右をよーく確認して道を渡る。 荷台にカッパを羽織ったおじさんが乗っていたので、セーレたんと一緒に手を振っておいた。
それにしても、トラックの荷台ってミョーに乗りたくなくなるよねー。
なんともなしに呟くと、振り返ったエルネちゃんが苦笑いしていた。
「あのカッパ……たぶん、ウチの学生だと思うよ」
「……」
ごめん、学生さん。 思いっきりおじさんと思ってた……。
砦並みに頑丈そうな壁伝いに歩道を歩き、やっと門の前に到着。
エルネちゃんとはしばしのお別れだ。
「じゃ、私は適当に時間をつぶして待ってるね」
「ごめんね」
んーん、と首を振るエルネちゃん。
モノクロな空と壁、そしてカッパや傘を使う人が出入りしている中、鮮やかな彼女の赤と黒とのコントラストがちょーっとばかり目立っている。 ……ま、俺とセーレたんも周りに比べると小さすぎてそれなりに目立っているのだが。
しかし本人にはまったく気にした様子はなく、俺とセーレたんの服や髪を触って濡れていないか、着崩れていないかを確かめてくれる。
もちろん俺とハニーも気にしない。 いつものことだ。
「ん、大丈夫っ」
そしてにっこりと微笑むと、なぜか俺の唇を人差し指でちょんとつついた。 すると、なぜかそれを見たセーレたんもちょんちょんと俺の唇を触る。
舌で舐めてみるが、別に乾燥も何もしてないよな?
「じゃあ、行ってくるね」
「きまあ~す」
笑顔で手を振り返してくれるメイドさんに背中を向け、俺達は肩掛けカバンの中から受験票を取り出し、警備員さんの元へと足を進める。
さーて、頑張りますか。




