610 どちらの手にも花束を
受付のお姉さんと案内板に従い、筆記試験の教室に入る。
室内は既にたくさんの受験生が入っており、張り詰めた空気とざわめき――それから、濃密な魔力の気配に包まれていた。
常にあふれ出しているセーレたんの魔力も、この場ではさほど目立たない。
「ふわあ~っ♪」
興味深そうに校舎の中を見ていたマイシスターが、教室の中を見るといっそう楽しそうな声を漏らした。 蒼い瞳を輝かせる美幼女の姿に、年上ばかりの受験生達も強ばった表情を緩ませる。
パッと見た限りは思ったよりも若い年齢層が多いようで、そのあたりは体格のハンデが少ない魔術試験ならではだろう。
ただし、どうやら見知った顔はないようであった。
「教室、とっても広いの~」
「あはは、そうだな」
俺は描陣・武術試験に続いて既に三度目だが、この子にとっては初めての高校である。 来る途中も、周りに見える建物すべてが高校の校舎だと教えてあげると、今のようにすっごく嬉しそうな表情を見せていた。
これから試験だというのに、緊張感の欠片もないご様子。 しかしそれも、ちゃんと勉強をして自信を持っているからこそである。
……一部、冷めた視線をくれた人達にはそう言ってあげたい。
「ええっと、席は……」
教室の前の方から入ってきたので、すぐ横にある黒板に席順が書いてあるのがよく見える。 後から続々と入ってくる受験生のジャマにならないよう、歩きながら自分の席がどの列にあるのかを探す。
俺はポケットから受験票を出したけど、ハニーは見なくても覚えているらしい。 さすがだ。
「あっ、お兄ちゃんと全然違うところ……」
場所を見つけたセーレたんが残念そうな顔をする。 ま、一緒に申し込んだわけじゃないからなぁ。
仕方ないさ、と小さな背中をぽんと叩く。
「席は遠いけど、一緒に頑張ろうな」
「うんっ」
高校までゆっくりと歩いてきたので、あまり時間の余裕がない。 セーレたんをそっと前へ送り出し、俺は自分の席のある列へと向こうことにする。
「……お兄ちゃん」
直角に進行方向を変えようとしたところ、セーレちゃんが振り返って俺を呼び止めた。 空気をはらんだ金色の髪がふわりと広がり、蒼い瞳がまっすぐに俺を捉える。
その目はいつもの優しい垂れ目ではなく、パッチリと二重に開かれていた。
「わたし、絶対に合格するね」
噴き出す魔力に周囲が驚く。 が、俺は彼女の視線の強さに目を見開いていた。
「お、おう」
この子が筆記試験でこんな目を見せるなんて、初めてじゃないだろうか……。
――長い待ち時間の後に発表された結果は、もちろん合格。
これまた大きな食堂で休憩していた俺達は、元の教室に書かれた合格者の番号を見て喜び合った。 それなりに自信はあっても、結果が判るまではそれなりに緊張するのだ。
飛び飛びの番号から察するに、合格率もあまり高くなかったみたいだし。
「えへへへへ~。 よかったの~♪」
「そうだなー」
また食堂に戻ってきて、いつもよりちょっと早いがおやつタイムにする。 前にエミーちゃんと食べたときの経験を活かし、注文はもちろん二人で一人分だ。
空の器を二人分頼むと、食堂のおば――お姉さんに「あら?」という顔をされた。
「あれま。 ボク、確か前にも来なかったかい?」
「え? ええ」
どうやら、俺の顔を覚えてくれていたらしい。
「あんれまあ~、また違う彼女さ連れてきちゃって」
「……妹です」
それ、受付のお姉さんにも言われたよ……。 おたまを片手にニヤニヤしているお姉さんに、我がハニーを紹介する。
ちなみにそのときのセーレたんは、今と同じように俺の隣でくねくねして喜んでいた。
「あんれまあ~」
喜ぶ妹様を見て、お姉さんは更にニンマリと笑う。 汁が飛ぶので、おたまを振るのはやめてください。
説得はムリと判断した俺は、トレイを受け取って速やかにその場を離脱することにした。
二人でトレイを持ち、適当な席を見つけて座る。 ちなみに、四級の魔術では武術みたいな対戦試験はまだない。 俺もセーレたんも、安心してお腹を満たした。
量のわりにはリーズナブルで、お財布的にも満足である。
「じゃ、頑張ってねー♪」
「ありがとー」「はあ~いっ」
途中から相席にやって来たお姉さん達と、手を振って別れる。 二人ともココの学生さんで、休みの日なのに自主訓練をしにわざわざ登校してきたらしい。
自分専用に作ってもらったという、十手型の魔導具がカッコよかった。 小さな竜巻をまとわせて、しかもそれを風弾として発射できるんだって。
いぶし銀だねえ。
外の天気が悪いのもあり、実技試験は地下で行うとのこと。
土地の限られているこの国では地下の開発が進んでおり、初学校の体育館はもちろん、繁華街に行けば地下街もある。 この第七高校も例外ではなく、体育館はもちろんのこと、他の校舎とは地下道で結ばれているんだとか。
階段を降りるといかにも頑丈そうなコンクリート造りのフロアがあり、更に長ーい廊下を歩いてようやく次の試験会場にたどり着く。
「うへえー」
高校の射撃場は、やはり規模が違った。 個人用のブースごとに入口があるのだが、それらの間隔は初学校よりも広く、だけど部屋数は多い。
俺の順番が来て中に入ると、ボーリングができそうな奥に長い部屋。 四方はコンクリートに囲まれているが、横幅も十分にあるので圧迫感は少ない。 ドアはないものの、廊下の前で待っていたときには聞こえていた射撃音はほとんど聞こえなくなった。
俺が先に呼ばれたけど、マイシスターもじきに他の部屋に呼ばれることだろう。
「ジャスパー・オリオール君だね?」
「はい」
軍服調の服を来た男の試験官さんに話しかけられ、俺は背筋を伸ばして答える。 恐らく採点係だろう、バインダーを持ったもう一人の試験官の人に受験票を渡す。
彼らの側には壁に沿って長細いテーブルが置かれていて、その上に俺が使うことになるのであろう魔導具が――って、これ魔導具かよっ!
思わず「でかっ」と声が漏れてしまった。
「はっはっはっ」
渋い声で笑う、若い試験官さん。 ガッチリとした体つきで、ちょっとアゴが割れていた。 ……耳はチワワっぽくて可愛いんだけどな。
採点係さんも目を細めており、こっちは人間種の男性だ。 やたら眉毛が太い。
「君の歳なら、見るのは初めてだろう?」
「は、はい……」
いかついチワワさんに返事をし、改めて置かれている魔導具に目をやる。
俺の知っている普通の魔導具は懐中電灯タイプだが、そこにあるのはマシンガン型。 つまりは肩に押し当てて下方に伸びたグリップを握り、加えて銃身にも片方の手を添えて撃つようになっているようだ。
となりにカートリッジ型の弾倉が並んでいるのを見るに、それで魔術の種類を替えるのだろう。
セーレたんが喜びそうな、本格的な戦闘にも耐え得るであろう魔導具である。
「はっはっは、それは警備隊でも正式採用されているんだ。 それでだな――」
アメリカンな笑い方をするチワワさんから説明を受ける。
試験はそのマシンガン型魔導具で、好きなマガジンを使って奥の三つある的を撃つもの。 真ん中の的に指定回数を当てれば合格で、左右の的に誤射しなければ何発外してもOK。 途中でマガジンを替えてもいい。
「命中回数は二五回だが……大丈夫かね?」
「はい、たぶんですけど」
心配してくれているのは、恐らく俺の魔力量だろう。 さすがにそこまでの連射はできないそうなので「マシンガン」と呼ぶと語弊があるのだが、試験用にわざと魔力の消費を多くしているとのこと。 当然、途中で撃てなくなったら失格であり、その前に試験官さんからストップがかかっても失格だ。
ちなみにチワワさんの目つきは鋭いのだが、黒目はしっとりと濡れている。
見ていると、なんとも微妙な気分になってくるな……。
「では、始めたまえ」
「はい」
気を取り直し、テーブルの上から魔導具を手に取る。 実際のマシンガンの重さなんて知らないが……けっこう重たい。
足の上に落としたら死ぬほど痛そうだ。
「ええっと、これの分解方法なんですけど」
「ふむ」
適当にやって壊したら大変なので、チワワ氏に聞いてみる。 横で、採点係さんが片側の眉だけを動かしながら小さくうなずいたのが目に入った。
既に試験は始まっている。 点検もなしにいきなり撃とうものなら、きっとその場で即失格だろう。
「まずは発射口をだね――」
試験官さんの指示通りに分解し、各パーツに問題がないかを確かめる。
形こそ銃だが、部品はそこまで多くない。 魔力を流し込むグリップ、魔石を仕込んだマガジン、それから発射口の銃身部分がメインで、あとはそれらを繋ぐ銃身の内部が回路になっている。
銃身はバラさなくていいとのことなので、それ以外のパーツを確認すれば点検は終わりだ。
「……大丈夫みたいです」
「うむ」
チワワさんがうなずき、採点係さんがバインダー越しに何かを書き込む。
ちょっと不安になるが……問題ないハズだ。
「説明したように、一発目は採点の対象外だ」
「はい」
しっかりと肩に銃を押し当て、離れた的に真っ直ぐ向かい合う。 撃ったときの反動を確かめるため、取りあえずは風弾のマガジンをセットしてある。
ついている照準を的に合わせ、慎重に魔力を注ぎ込んでいく。 うわあ……マジで消費量が多いぞ。 感覚的には、ウチの風呂を沸かすときに近い。
これまた、魔力過多なセーレたんならさぞ喜ぶだろう。
「いきます」
「うむ」
照準の隙間から見える的を覗きがら宣言する。 銃口の先端が警告用に赤く光る。
呼吸と心臓のリズムを合わせ、指ではなくグリップを握る手のひらから魔力の引き金を引いた。
「おうっ!?」
発射音は小さいものの、けっこうな強さで肩を押されて思わず声が漏れた。 横回転の小さな竜巻を形成した風の弾丸が、緑色に光る尾をスパイラル状に引きながら高速で飛んでいく。 しかも、野球ボールくらいの大きさで。
真っ直ぐに飛んだ風弾は的の中心を外したものの、わずかに斜め上に当たって大きく弾けた。 巨大な風船を割ったような破裂音が部屋中に響き当たり、緑の竜巻が拡散して消えていく。
的には、命中を示す赤いアザのような印が残った。
「……ほう」
背後で、感心したようなチワワさんの声。 対する俺は、安堵からため息をついていた。
銃タイプの魔導具を撃ったのは初めてだが、モデルガンくらいなら前世でも子供の時に遊んだことはある。 その経験が活きたようだ。
「よしっ」
確かな手応えに、グリップを握る右手に力が入る。 思ったより、簡単にいけそうだ。
魔力の消費も、たぶん練習用に比べれば十倍以上はありそうだけど、俺にとってはそれでも十分に許容範囲内だ。 ムチャクチャ外しさえしなければ、この風弾だけでも試験をクリアできるだろう。
もちろん……それだけで終わらせるなんてもったいないこと、するつもりはないがな。
「ヘイヘイヘイヘイ、ヘーイ!」
あまり弾数を心配する必要もなくなり、調子に乗った俺は「弾持って来ーい!」と言わんばかりの勢いで撃ちまくる。
戦争は地獄だぜー!
「ヘイヘイヘーイ!」
適当にマガジンを替えて、三点バーストの要領で撃ちまくる。 選んだのは水弾。 水鉄砲のようなチョロいものではなく、出てきたのはまるで水の槍だ。 風以上に反動が強く、両足を踏ん張る。
ちなみにマガジンの中には火球を出すものもあったが、さすがに自重した。 まだ四級を取っていないのに、本当に殺傷力のありそうなものなんて撃ったら失格である。 ……これだって、ヘタをして頭にでも当たったら気絶するかもしれん。
そう考えると、急上昇しそうだったテンションもいいところで落ち着いた。
「……ふぅ」
最後に反動のない光弾を撃ち、命中二五発を数えたところで射撃をやめる。 特に「やめ!」と声のかからなかったあたり、ひょっとするとオーバーしても減点だったりするかもしれない。
なにしろ、武器の携帯を許されるようになる資格の試験だ。 それくらい厳しくても不思議じゃない。
構えを解き、念のためマガジンを外してから後ろを向くと、試験官さんが二人揃ってうなずいていた。
「よし。 大したもんだな」
「やや冷静さに欠いていたようにも見えましたが、十分に冷静だったようです」
「……ごめんなさい」
ここで初めて、眉毛氏が言葉を話した。 やっぱり、テンションを上げすぎなくて正解だったようだ……。
多少の減点とアドバイスをもらったものの、最後には「上出来だ」とほめられ合格を認められたのだった。
――いつの間にか雨が止み、赤く染まり始めた外に出ると、赤のとてもよく似合うメイドさんが俺達のことを待っててくれていた。 足元には長い影が伸びている。
にっこりと微笑みながら手のひらを向けられたので、俺とセーレたんも順番にぺちんと手を合わせた。
心配するまでもなく、我がハニーもバッチリ合格していた。
「ふふん、やっぱり二人そろって合格だねっ」
「うん、おかげさまでね」
けっこう疲れていたが、ウィンクするエルネちゃんに俺もウィンクで返した。 しかし隣の妹様は「楽しかったの~♪」と満足げで、疲れた様子は見られない。
さすが、今の時点でも並みの大人以上の魔力量を持っているセーレたんである。
キラキラと瞳を輝かせ、金色の髪は夕焼けすら寄せつけないくらいほどに明るい。
「ジャス君もセーレちゃんもおめでとう。 よかったね」
『うんっ』
兄妹揃って首を縦に振る。 これで、武術・魔術共に四級。
誰からもその実力と権利を認められると同時に、場合によっては子供だからと済まされない責任も負うことになる。
歳からすればあまりにも早すぎるように思うが、ちゃんと責任能力があるからこそ認められたものだ。 前世との違いを改めて思い知らされる。
まあ……護身用以上のモノなんて、持つつもりはないけどな。
「さ、暗くなる前に帰ろっか」
「うん」
物騒なモノなんか持つよりも、こうして誰かの手を握っている方がずっといい。 右にエルネちゃん、左にセーレちゃんの手を握り、俺達は水溜まりの残る道をゆっくりと歩き始めた。
畑に面した大きな道を、またトラックがカタカタと音を立てながら通り過ぎていく。
「あっ、また学生さんだ」
「この時間に生徒はあんまりいないと思うから、たぶん先生だよ」
「……」
ううむ……。 女の人の歳もなかなか分からないが、男の人も存外と難しい。
俺もまだまだ、修行が足りないようだ。




