表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
そだ☆シス  作者: Mie
説得編
560/744

525 夢見る少女の、その先に

挿絵(By みてみん)





 藍色から金色へと、だんだん移り変わってゆくグラデーション。

 夕方とはまた異なった味わいのある夜明け空。 そんな窓の外を見ながら、俺は寝間着から着替える。


「学校、久しぶりだなあ」


「うん」


 呟くと、背後から(きぬ)擦れの音と共にセーレちゃんが相づちを打ってくれた。

 今日は暖かな一日になりそうで、通す着替えの袖も冷たくない。 いろいろな意味で心機一転な心境である俺達にとって、まさにうってつけと言えるかもしれないな。


「だけど、もうすぐ学校も終わりかあ」


「……うん」


 やや間が空いての相づち。 衣擦れの音も止まった。

 今月も終わりがいよいよ近づき、今日はもう二四日の風の日になっている。 秋休み前の学校は明後日(あさって)で最後だ。

 説得、本当にギリギリだったな……。 定期便の予約が取れればいいんだけど。

 俺の着替えが終わって最後に着心地を整え直していると、背中にそっと寄り添ってくる温もりを感じた。


「お兄ちゃん……」


 俺の両肩に添えられる小さな手。 後ろを向いたまま、俺はその手に自分の手を上から重ねる。

 決心はしてくれたとはいえ、昨日の今日どころか昨夜の今朝である。 きっと不安でいっぱいなんだろう。

 背中の感触と伝わってくる体温から、まだ着替えの途中だろうと判断する。 俺は窓の外を眺めながら、声だけを後ろに向けた。


「まだ、向こうに行くまでは何日かあるからね。 それまでは、一緒に過ごそうな」


「……うん」


 首の後ろに、ぴたっと寄せてくる温もりとかすかな重み。 彼女の吐息が俺の服の襟に当たり、じんわりと温かみが広がっていく。

 俺は片方のひじを上げて手をもう少し後ろに伸ばし、彼女の柔らかな髪を優しくなでた。



「――セーレちゃん、行ってくれることになったよ」


 朝食のテーブルで、家族のみんなに説得成功の報告をする。 昨夜すぐに言いに行けばよかったのだが、雰囲気的にセーレちゃんから離られなかったので今朝に回したのだ。


「それはよかったわね~」

「……ほう、そうか」


 お袋は穏やかに微笑み、親父は感心の中にわずかな驚きが混じったような声を漏らした。

 マールちゃんとチャロちゃんも、セーレちゃんに向けて温かな賛辞を贈る。


「そうですか……セーレ様、よく決められましたね」

「さすがはジャスさまの妹ですねー!」


「……うん」


 ちょっぴり嬉しそうに、セーレちゃんは俺の隣で微笑みながらうなずいた。 俺もその表情に笑みをこぼし、メイドちゃんズやお袋達に感謝の目差しを向ける。

 今まで静かに見守ってくれたこと。 そして、今もセーレちゃんをほめて、決して俺には「よく説得したな」と言わないでいてくれていること。

 俺には、みんなのその微笑みを向けてくれるだけで十分だ。


「では、今日中に馬車の手配をしないといけないな」


「ですわね~」


 食事を進めながら、親父とお袋が先の予定について話を始める。

 リソ君はもうだいたい自分ひとりで食べられるようになっていて、ニアちゃんはいつも通りお茶の手助けのお仕事に励んでくれている。

 今朝のニアちゃんは、自分達の起床を一足早くキッチンにいるメイドちゃんズに伝えに行くと、そのままお手伝いをしてくれていたようだ。

 ホント、よくできた娘だよ。


「セーレさまが行かれるときには、わたしが付き添いをしますねー」


「ええ~。 チャロちゃん、お願いね~」


「分かりましたー♪」


 準備の段取りが、とんとん拍子に進んでいく。 大まかには先に決めていたのだが、細かいところも詰めてくれていたみたいだ。

 次のマールちゃんの提案にも思わず唸らされた。


「セーレ様。 向こうへ持っていく荷物の準備、手伝っていただけますか?」


「うん、分かったの」


 帰るまでが遠足、の逆か。 支度もある程度やってもらうのは確かにいいアイデアだな。

 特に服選びなんて、女の子だからさぞ楽しいことだろう。 不安感を和らげ、期待感を膨らませてくれるのにも一役買ってくれるハズだ。


「うふふふ~。 ちょうどいい機会だから、学校が終わったらセーレちゃん達の新しい服も見に行きましょうか~」


「わあ~っ!」


 お袋の提案に、セーレちゃんが瞳を輝かせる。 ダサくなければ別に何でもいいやーという感じの俺に比べて、なんとも女の子らしくて微笑ましい。


「可愛い下着、ジャスちゃんに選んでもらいましょうね~」


「うんっ♪」「げふッ!?」


 なんで下着ーっ!? 飲みかけのお茶を我が娘に噴きかけそうになったぞ!


「ママ、だいじょぶー?」

「だいじょうぶ、お兄ちゃん?」


 ニアちゃんが空中でむせて咳き込む俺からカップを受け取ってくれて、マイハニーが背中をさすってくれる。

 お袋とチャロちゃんは楽しそうに笑い、リソ君はきょとんとした顔を俺に向け、親父は知らん顔をしてパンをかじっている。

 そして――。



「そういえば私も、そろそろ冬物とか買わないと。

 冬物とか、冬物……とか」



 なんでマールちゃんは、何度も「とか」を強調しながら俺の顔をチラチラと見るのでせうか。


「……」


 俺には、サッパリ分かりマセン。




 明るくなり始めた空の下、掃き掃除をしている近所のメイドさんなどに挨拶をしながら久しぶりの通学路を歩く。


「おはよう……あらジャス君、元気になったのね? よかったわ」


「はい、ありがとうございます」


 俺が()使いになったことを公表した直後は急に敬語になった人もいたけれど、今はそんなこともなく普通に挨拶をしてくれる。

 いい意味で切り替えの早いご近所さんばかりで、ありがたいことだ。


「ニア様――ニアちゃんも帰ってきたのよね。 一度、お話してみたいわ」


「はい。 近いうちに、みなさんにもちゃんと紹介したいと思ってます」


 手を振ってくれるメイドさんに同じように振り返し、俺達はまた歩き始める。

 でも当分はセーレたんのことでバタバタするだろうから、それが終わってからかなあ。



「おはよー!」

「おはようなの~」


 だんだんと増えていく子供達に混じり、校門をくぐって教室へ。 たった二回休んだだけだが、一週間振りの学校である。

 ちょっとワクワクしながらクラスメート達に大きな声で挨拶をした。


「おおっ! やっと来たか」「久し振りだなあ」

「お兄ちゃん、元気になったんだ。 よかったねー」「やっぱり、セーレちゃんの横にはお兄ちゃんがいないとねっ」


 頭ひとつ以上は背の高いみんなに囲まれ、次々に肩を叩かれる。

 ところで、男子の大半は名前で呼んでくれるんだけど、なぜか女の子達は俺のことを大抵「お兄ちゃん」と呼ぶんだよな。 だが幼児園の頃から保護者のお姉様方にもそう呼ばれることが多かったので、違和感はない。


「無理はするなよ」


「うん、ありがと」


 いつもなら自分の席で貫禄たっぷりに座ってるニート君まで来てくれて、俺の肩を叩いてくれた。 強くてちょっと痛かったが、そのくらいの力加減の方が逆に嬉しかったりする。

 男同士のスキンシップ、って感じがするからな。 ……決してヘンな意味じゃなく。

 三々五々にクラスメート達が再び散っていき、セーレたんとは別れそれぞれの席に。 すると、いつものように俺の真後ろの席に座っているお姉さんからも声をかけられた。


「おはようジャス君。 久し振りね」


「うん、おはようマーヤさん」


 紫とは……これまた大人な服のチョイスだな。 射干玉(ぬばたま)、なんて古風なたとえが似つかわしい艶やかな黒髪や、なによりマーヤさんの大人な雰囲気にとてもよく似合っている。

 もちろんそんな単語はフィラスタ語にはないので、黒曜石あたりに(たと)えるのがいいだろうか。


「ず、随分と(みやび)な喩えをしてくれるのね……」


「へ? ……あ」


 どうやら、思ったことをそのまま口にしていたらしい。 思い当たる比喩をいくつか挙げていると、マーヤさんが絹のような頬にちょっぴり紅を差して視線を斜め下に逸らしていた。

 俺も気恥ずかしくなり、咳払いでごまかす。


「ところで」


「え?」


 目線を挙げたお姉さんの見ている先を追うと、そこには俺の横で席に着いたマイシスターが。

 いつものお友達に囲まれ、ガールズトークに花を咲かせている。


「例の話、うまくいったようね」


「……」


 ようやく二ケタの年齢に達したばかりだというのに、机に両ひじをついて組んだ両手の上にあごを乗せ、既に「妖艶」と形容するにふさわしい笑みを浮かべるお姉様。

 本当にこの人、なんかの魔眼能力でも持っているんじゃないだろうか……。


「うん……まあ、おかげさまで」


「良かったわね」


 理屈ではなく、想いを伝える。 伝え方自体には頭を使ったものの、マーヤさんのおかげで比較的スムーズに説得の言葉を紡ぐことができた。

 もちろん他の人達からもらったアドバイスも大きかったが、お姉さんのそれもすごくも参考になった。


「ふふふっ。 でも、大変なのはむしろこれからよ?」


「うん、分かってる」


 我が妹様が、とうとう重い腰を上げたのだ。 俺も尻に火が付いたような思いだよ。

 深い瑠璃色の瞳と、しばしのあいだ見つめ合う。


「はぁ……。 まあ、健闘を祈っているわ」


 長く(なま)めかしいため息をついたお姉様に、俺はうなずいて応えた。




「では授業を始める。 教科書の――」


 白の長袖の開襟(かいきん)ブラウスに黒のレギンスというスタイルのアズミーリ先生が、俺の目の前の教壇に立つ。

 スリムなモデル体型と腰の位置の高さ。 颯爽と教室に入ってきたその姿に、ファッションに興味津々な女の子達が今日も感嘆のため息をついていた。


「はぁ……先生、いいなぁ」


 一緒にやってきたシャルちゃん先生も、生徒達と同じようにため息をついているのもいつもの光景である。 アズミーリ女史が生徒達を見回すと、腰の近くまで伸びたバネ状の黒いポニーテールが踊るように揺れた。

 今日の二時間目は生活の授業。 もともとが日本でいう半日授業みたいな状態なので、普段通りの時間割が最終日まで続く。


「まだ諸君の中には実感はないものが多いだろうが、やがて大人になれば誰かを好きになり、結婚をする者も多くなることだろう」


 背後から、一部の女の子達がひそひそ声ではしゃぐのが聞こえてくる。 とある女子と男子の名前がささやかれ、その二人が戸惑いながらも嬉しそうに否定している。


『ま、まだそこまでは……ね?』『そ、そうだよ……な?』


 女の子達は恋愛に興味津々なお年頃だが、まだまだ男子は多くが「ふーん」という感じ。 とはいえウチのクラスでもイイ雰囲気になっているカップルはいるし、どこのクラスの誰と誰が~なんて話題もよく聞いたりする。

 俺の幼馴染みーズは飛び級で年下だから、今はまだそんな話題はあまり出てこないけど……いずれそういうトークが出てくるようになるんだろうなあ。

 そして、セーレちゃんもいつかは――。


「こら、静かにしろ!」「授業中だよー」


 視線を感じて俺も隣の席に目をやろうとしたそのとき、正面のアズミーリ先生と教室の中を巡回しているシャルちゃん先生の両方から注意が入った。

 騒がしくなりかけていた声はすぐに収まり、俺も姿勢を正して前を向く。

 ……アズミーリ先生の口調がなんだかいつも以上に強かったけど、そこは気にしないことにしよう。


「結婚を夢見るのも大いに結構だが、そこには条件や義務がついてくる。 今日はその部分について話をする」


 先生が説明をしながらチョークを走らせる。 黒板と自分のノートさえ交互に見ていれば、考え事をしながらでもちゃんとノートを取ることができるから便利だ。

 もちろん話半分に聞き流しているわけではなく、サブ思考でしっかりと授業は受けている。 たとえ予習済みであってもね。


「そもそも結婚とは――」



 他の国はどうか知らないけど、この国での「結婚」とは夫婦関係よりも親子関係を明確にする意図があるように思う。 なにしろ、デキちゃったら強制的に結婚決定だからな。

 しかも子供が産まれたら成人するまで離婚は認められず、養育は権利であると同時に義務となる。 違反すれば逮捕され、国の監視下で奴隷として強制労働をさせて養育費を払わせるという徹底ぶり。

 まあ、その代わり支援制度がしっかりしているからな。 メイドさんという職業がわりとメジャーだったりするし、学費も将来的には子供が自分で払うんだけど親から見れば実質タダだし。


「――よって、結婚は決して焦らず、良く相手を見てから選ぶことだな」


 それらのことを黒板に書き終えたアズミーリ先生が、俺達の方を向いて力強く何度もうなずく。 クラスメート達……特に女の子からは「なるほどー」「気をつけないとねえ」といった声がいくつも聞こえてくる。

 ふと隣に目をやると、やはりセーレたんもうんうんと首を縦に動かしていた。


「では次に、結婚するための条件だが……次のページに移る」


 ぺらぺらと教科書をめくる音が教室中から起こり、先生はまた俺達に背中を向けて板書を始める。 半円を描いたポニーテールが、先生の背中に当たって上下に揺れた。


「まずは前提条件として、二人が共に成人している事と、人間同士であるならば男女である事」


 未成年でデキちゃった場合は婚約扱いになって、両者が成人した時点で結婚となるんだけどな。

 同性婚が認められていないのは、やはり子供を産んで育てることを前提とした制度だからなんだろう。 「人間どうし」というただし書きがついているのは、相手が純粋な精霊だと「性別」という概念自体があいまいになることがあるからだ。


「……」


 そのことを知ったとき、ほっと胸をなで下ろしたのはナイショである。 あのコはれっきとした人間だからな。

 決して、残念な気持ちなんてこれっぽっちもなかった。

 なかったのだ。


「次に……」


 しょんぼりした表情を見せて、直後に小さな舌を出して見せる誰かさんのことを頭に思い浮かべていると、先生が次の条件を板書し始めた。


「更に以下の項目の内、二つ以上に該当する事が必要となる」


 筆圧の強いチョークの音が鳴り響く中、俺の視線は左横の席へと向く。

 彼女は俺が見ていることに気づくと、ゆっくりとこちらを向いて。




「ひとつは、人種が異なる事」


 黄金にきらめく長い髪の横から、かすかに色づいた頬が覗き。


「次に、髪の色が異なる事。 最後に――」


 蒼くキラキラと輝くその瞳と、俺の視線が交差すると。



「目の色が、異なる事だ」



 ――彼女は、とても嬉しそうに微笑んだ。



「うふふっ♪」


 そう。

 なぜか、ないんだよ。




「……」


 血縁に関する条件が、さ。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ