524 凡人から天才への挑戦状
我が家のWプリンセスが揃い、賑やかな日常が帰ってきた。
昼間は庭でリソ君と追いかけっこをする姿を眺め、夜はまた食卓を歩き回るのを見て癒される。
「ニアちゃん。 今日は、僕とお風呂入ろうか?」
「入るー!」
食器運びまで手伝った賢い我が娘は、食後のお茶を楽しむ俺に文字通り諸手を挙げて賛成した。
それを真似て、リソ君もバンザイをする。
「おふおー!」
「そうだな、リソ君も入るか」
「はいうー!」
風邪のせいもあって、しばらく一緒に入ってなかったもんな。 ふたりが一緒だと正直言ってタイヘンな部分もあるのだが、たまにはいいだろう。
カチャカチャとキッチンで食器がなるのを背景に、俺はバンザイして喜ぶリトルコンビを見ながらそう思った。
しかし、そうするとこのお方も黙ってはいないワケで。
「わたしも……いっしょに、入りたい……な」
タオルで手を拭きながら、エプロンを着けたマイシスターがキッチンからやってきて遠慮がちにおねだりしてきた。
「……だめ?」
イスに座って高低差の俺に、蒼い瞳を潤ませて上目遣いで尋ねるセーレたん。 ちょっと頬が赤い。
普段はおねだりされても断っているし、ハニーもようやく恥ずかしさを覚えるようになってきたのか、言われることも減ってきたのだけど……ちびっ子達が一緒だもんなあ。
「まあ、今日は……いいかな」
「えへへ……♪」
子供達どうし、兄弟どうし、プラス親子で水入らず。 まだ、今だからできること。
優しく微笑んでみせると、セーレたんはタオルで口元を隠して嬉しそうに腰をくねらせた。
「まあ、いいわね~。 ……ママも一緒に入りたいわあ~」
「ジャス様っ、私もぜひお手伝いを……!」
「いや、大丈夫だから」
なので、大人達にはご遠慮いただこう。
同じテーブルで晩酌中の親父と、湯加減を見て戻ってきたチャロちゃんが苦笑いしていた。
ビミョーに恥ずかしがるセーレたんの顔から下を見ないようにしながら、お風呂でも大暴れしそうになったブラザー&ドーターを触手で捕らえて泡まみれにしてやった後。
「はあ~。 いいお湯だった」
「いいお湯だったね~」
「お湯だったー!」
湯上がりの一杯をクイッと飲み干し、寝る支度を終えて部屋に戻ってきた兄と妹と娘。 リソ君にはお休みを言って別れ、俺達は明日の学校に備えて後は寝るだけである。
左隣でハニーがふわふわの髪をかき上げれば石けんのいい香りが部屋中に広がり、ほんのりと赤みの差すマイハニーの肌はスベスベしていてちょっぴり色っぽい。
お風呂の最中だって、恥ずかしそうに身をよじっている姿は見てしまった俺の方が逆に恥ずかしく――これ以上はやめておこう。
驚くことに、なんとニアちゃんも全身の肌を桃色に染めていた。 物理的な身体とは違うのに、そこまで再現するようになったかー。
碧の長い髪だって、さすがに一本一本まで作っているわけではないものの、指を通せばすっと分かれるし手触りも本物にかなり近くなっていた。
そんな我が娘は、俺の手首から上にしがみつかせてみると自分の顔を俺の手にすりつけてくれる。 しっとりしていて気持ちがいいし、見ているだけでも微笑ましい。
ハニーと二人でなでなでしていると、小さなお口からあくびが漏れた。
「ふああぁぁあぁあ~」
ただあくびをして、細めて目を擦ってるだけなのだが……見てて飽きないなぁ。 我ながら親バカだと思うが、だからどーしたって感じだ。
むしろほめ言葉ですよ。
「……さて」
開けたカーテンから見える夜空はキレイだが、今夜はまだ終わるわけにはいかない。
俺はベッドに腰掛けるとひざに我が娘を乗せ、布団をぽんぽんと叩き隣に我が妹君を座らせる。 ぴったりと腕に身を寄せてくる温もりと惜しみつつ、俺は彼女を両手で少し離して正面から向かい合った。
ニアちゃんは俺達を見上げ、小首をかしげて頭のアンテナっ毛を揺らしている。
「セーレちゃん、話がある」
「……うん」
既に俺の話したいことが分かっているのか、セーレちゃんは神妙な面持ちでうなずいた。
見つめ合うと、彼女の蒼い瞳に俺の顔が映る。 逆に俺の碧の目には、彼女の顔が映っているのだろう。
しばし間を置いて言葉を選びながら、俺は口を開く。
「この前、ひとりで学校へ行ってくれて、ありがとうね」
「……え?」
長いまつげを揺り動かし、セーレちゃんが瞬きをする。
だが俺は構わず、その瞳を見つめたまま滑らかな両手を取って話を続ける。
「授業のノートも取ってくれてすごく助かったし、嬉しかった」
「う、うん……」
セーレちゃんは、照れたようにわずかに視線を下げて頬を緩めた。 俺も微笑む。
が、俺は唐突に表情を引き締める。
「でも、さ」
「えっ」
再び上げてくれた視線を、同じく視線で捕まえる。
「これからも、もしかしたらこんな事があるかもしれない。 ……もちろん、身体には気をつけるけどね。
だけど、これからは一緒にいられないことも増えてくると思うんだ」
「……」
「例えば、高校。 今僕らは同じクラスだけど、高校でもそうとは限らない。 いや、別々のクラスになっちゃう確率の方が高い。 高校は、初学校よりもたくさんクラスがあるハズだから。
そればっかりは、どうにもできない……分かるね?」
「……」
彼女の表情が曇り、キレイな瞳がふるふると震え始める。 確率については学校でも習っているし、このコなら漠然とでも暗算で分かるハズだ。
高校に行ったら、この前みたいに俺が一緒にいない教室で、ずっと授業を受けることになるかもしれない。
そんなことを想像しているんじゃないだろうか。
……だから、俺はそれをひっくり返す。
「でもね、これはチャンスなんだ。 セーレちゃんにとっても……そして僕にとっても。
これから、僕達が少しずつ大人になっていくための、ね」
「ぇ……」
彼女は目を丸くし、可愛らしい唇を開きかけてそのまま固まった。
「例えば、パパとママ。 二人はすごく仲よしだけど、いつも一緒にいるわけじゃないよね?
だけど、パパもママもお仕事や家のことを頑張って、お互いのことを助け合ってる」
だよね? と返事を促すと、セーレちゃんは小さくうなずいた。
「二人とも、『寂しいから離れたくなーい!』なんて言わないよね? ……本当はそう思っているかもしれないけどさ」
冗談めかしたことを口にして、俺はニヤリと笑って見せる。 彼女もくすりと笑みをこぼした。
この子のことを見ているのは、決して俺だけじゃない。 俺に任せてもらっている部分はかなりあるけど、親父やお袋だってよく見てくれている。
それは逆も同じで、この子も両親のことをよく見ているし、だからこそ尊敬している節も多分に見られる。
もちろん、マールちゃんやチャロちゃんのことも。 セラさんと師匠のことだってそうだ。
まあ、師匠には俺がよく転がされてすり傷を作ったりするから、そのときはぷく~っと頬を膨らませはするけども。
「……それに、ニアちゃんもそう」
繋ぎ合っている両手の間で、俺のひざに乗ったままの我が娘が「んー?」と俺のことを見上げる。 俺も視線を落とし、セーレちゃんと二人でニアちゃんを見つめる。
かなり眠たそうなんだけど、もう少し付き合ってくれな。
テレパシーでそう伝えると、落ちそうなまぶたを頑張って持ち上げながら三頭身の頭を上下に動かしてくれた。
「ニアちゃんは立派な精霊さんになるために、アルヴィちゃんのところへ一週間も泊まりに行ってくれたよね。
帰ってきたニアちゃん、立派になったと思わない?」
「うん。 ……ニアちゃん、とってもえらいの」
「だよね」
繋いでいた手を解き、二人で頭をなでなで。
我が娘は俺の太ももにまたがるように座り、「きゃふーん」と嬉しそうに腰をくねらせている。
その様子に微笑ましくなりながらも、俺は顔を上げてまた妹の目を見つめた。
「だからさ……今度は、僕とセーレちゃんの番だ。
きっと寂しくなるだろうし、辛いと思うかもしれないけど、それでもお願いしたい。 ……お兄ちゃんも我慢するから」
思っていた以上に、俺も大概のシスコンだということが判明してしまったからな。 これは、少なからず俺自身を矯正するためでもある。
このままだと俺は将来、この子とそのカレシを前にして、娘ならぬ「妹は誰にもやらーん!」と叫ぶ頑固親父みたいになってしまう自信があるぞ。
「……」
いや、今でも絶対言うな。 今でも想像しただけでムカムカしてくるし。
まだ六歳なのに気が早すぎるだろうとは我ながら思うが、今でさえこうなんだから大きくなってからでは本当に手遅れになりそうなのだ。
だから、直すなら今しかない。 この子も、俺も。
俺は深呼吸をして気を静め、また彼女の両手を取ってからゆっくりと最後のセリフを口にした。
「セーレちゃん。 秋休みの間、ひとりでセラさんのところへお泊まりに行ってくれないかな?」
「……っ!」
妹の身体がピクッと跳ねる。 でも、今夜は逃がさない。
痛くない程度に手を握り締め、俺の方から身体を近づけて彼女の目をひたすらに見つめる。
「そして、今よりももっと素敵な女の子になって帰ってきてほしい。 僕がビックリするくらいに。
それで、僕が困ったときにはまた助けてほしい」
「……お兄ちゃんを、助け……?」
「うん、そう」
彼女は戸惑った様子を見せる。 今までは、俺がこの子をフォローしてもその逆はまったくと言っていい程になかった。
当然と言えば当然なんだが。
しかし、大きくなっていくにつれて俺とこの子の差は確実に狭まっていく。 格闘なんて今でも既に押され気味だし、逆転される部分も今後増えていくだろう。
……せめて、ダメ兄貴だと言われないように努力しないとな。
そんな事は口にできないから、俺は代わりに笑みを作る。
「もちろん僕も、いざというときにはセーレちゃんのことを助けてあげられるように頑張るからさ。
ま、ある意味で競争かな? 秋休みの間にいろいろ頑張って、どちらの方がビックリさせられるか。
……どう? 受けて、くれないかな?」
「……」
複雑な感情が渦巻いているんだろう。 その表情からは、何を思っているかは読み取れない。
だが、じっと俺の目だけは見つめてくれている。 だから、俺も目に想いを込めて見つめ返す。
――これは、凡人から天才への「挑戦状」でもある。
「依存じみたブラコン」という枷が外れれば、この子は今まで以上に大化けすると俺は考えている。
故にこれは、「兄」と「妹」ではなく。
前世の記憶という下駄を履かせただけの「俺」と、この世界でも天才と呼ばれるにふさわしい才能と伸びを見せる「セレスティア」という女の子との。
勝った、負けた、という気持ち以外には何の損もない、頑張れば頑張っただけお互いにハッピーになれるという勝負だ。
ルールは簡単。 何でもいいから、相手に「負けた!」と思わせた方が勝ち。
この勝負、これから何回戦まで続くかは分からないが、とりあえずこの秋休みがその記念すべき第一回戦目になると――。
とまあ、勝手ながら俺はそう考えている。
「セーレちゃん。 受けてくれるかな?」
そんな想いを視線に込めて、妹ではなく「セレスティア」という子に対して言葉をかける。
俺の真剣な気持ちに気づいてくれたのか、彼女は逃げる素振りも見せずまっすぐに視線を受け止めてくれている。
……ああ、まったく。 吸い込まれそうなくらいにキレイな蒼だなあ。
「ぁ……ぅぅ……」
手を握り締めたまま、返事を聞くまで逃がさないとばかりに見つめていると、なぜかまた彼女の瞳が揺れ始めた。
開きかけた蕾のような唇からは意味のなさない声が漏れ、お風呂の余韻が抜けて白く戻っていた頬に再び赤みが増してゆく。
そこで俺は手に力を込めすぎていたことに気づいて、表情と共に少しだけ手を緩めるが、それでも彼女の瞳の揺れ幅は小さくならない。
むしろ、身体がかすかに震え始めたのが握った手を通じて伝わってくる。
そ、そこまで照れられると、俺もミョーな気分になってくるんだけど……。
「え、えっと……ダメ、かな?」
「……」
すっかり、湯あたりしてしまったように赤面しているマイシスター。 俺も多少、赤くなっているかもしれない。
だが、ここまで口にしておいて今更ナシにはできない。 なんとか返事を引き出さねば。
今月も既に二三日、明日を含めて残り一週間だ。 この子がセスルームへ行くのか、それとも俺が行くか、はたまた中止にするのか……そろそろ決定しないといけない。
無理強いしないように気をつけながら、しかし俺は彼女の目をじっと見て辛抱強く返事を待つ。
すると、その桜色の唇が何らかの言葉を形作ろうとし始めた。
「……ぅ」
「う?」
「う――」
「うん」
「う――受け、ます」
「……」
真っ赤な顔をして、セーレたんはこくんと小さく首を縦に振った。
それこそ待ちに待ち望んでいたハズの答えなのだが、思ったよりもわりとスムーズに出てきたその言葉に、俺はメイン・サブ思考ともども完全にフリーズしてしまった。
「セーレ、一生けんめい頑張ります。
お兄ちゃんのこと、もっと助けてあげられるように……」
「……お、おう」
どうして丁寧語なのかは分からないが、言葉を紡ぐごとにセーレたんの瞳の奥から力があふれてくるのが見て取れる。
気がつけば俺が握っていたハズの手は外され、逆に強く握り締められていた。
「だから……セーレのこと、待っていてくださいね」
「わ、分かった……」
「うふふっ♪」
ぎこちなくうなずくと、セーレは紅葉のごとく色づいた顔に八重桜のような笑顔を花開かせた。
瞳の蒼は澄みわたる空。 金色の髪は輝く太陽。
そこに満開の桜が加わり、春の温かい日射しと花の香りがひらひらと舞う花びらと共に俺の全身を柔らかく包みこんでいくような錯覚を受ける。
「……」
俺は、ひょっとして。
とんでもないモノを、覚醒めさせてしまったのではないだろうか――。




