515 奥様たちとのティータイム
柔らかい日射しが入ってくるものの、ダイニングの中は涼しい。
おやつの素朴なスポンジケーキにはホットティーが付き、セラさんとカステルミさんと三人で食べた。 今日はティーにシュガーではなくハチミツを入れる。
少し甘めなのが、とてもほっとする。 カステさんのノドにも良さそうだ。
「このくらいでいいー?」
「ええ、ありがとう」
ニアちゃんが半透明の小鳥の羽を出して浮きあがり、ハチミツを入れたポットを注ぐ。 カステさんは背中から現れた羽にビックリし、小さな精霊さんのお仕事にとても喜んでくれた。
もちろん、食事中なので口に巻いていたスカーフは外している。
「ごほっ! ……いい味だわ」
ときどき下を向いて咳をしながらも、美味しそうに食べるカステさん。 菱形の鹿耳が嬉しそうに上下している。 俺も舌鼓を打つ。
ケーキもトッピングなどはないシンプルなものだけど、それがかえってハチミツティーには合っている。 これからの季節、ウチでもたまにハチミツを使ってみようかな。
何気なく呟くと、セラさんが教えてくれた。
「お茶とハチミツの組み合わせによって変わってくるから、試してみるといいわよ」
「へえー」
最近、セラさんは紅茶にハマりだしたらしい。 大人っぽい趣味だなあ。
オススメの組み合わせもいろいろと教えてくれたが……後で紙に書いてもらおう。 ちょっと覚えきれないや。
食べるのが落ち着いてくると、代わりにトークの花が開いていく。
女性が二人もいるのだから当然だな。
「――まったく、バカで困ってるのよぉ」
「あ、あはははは……」
カステさんのぶっちゃけたお言葉に、俺はリアクションに困ってビミョーな笑いを漏らす。 セラさんは普通に笑っているけど。
「いっつも遊んでばっかりで……あの子、どうしたら勉強してくれるのかしらねえ」
「うーん」
冗談めかしてはいるけど、お悩み自体はわりと真剣なようだ。 その内容は、下のお子さんのエリック君が大の勉強嫌いだということ。
イヤだからしない、しないから分からない、分からないから余計に嫌いになる、という悪循環に陥っているようだ。
ちなみに彼は俺よりひとつ年上で、まだ一年生らしい。 一方、俺より三つ上のマチルダちゃんも勉強は得意ではなかったらしいけど、今年の春で卒業しているんだとか。
「遊ぶことだって、それはそれで学べることもあるからいいんだけど……」
「……やっぱり、賢い子は言う事が違うわ」
独り言を漏らしていると、カステさんに何やら感心されてしまった。 セラさんは飲もうとしたカップを置いて笑っている。
だけど、カステさんの言うことは分かる。
初学校は義務教育だが、卒業は義務じゃない。 何か特別な職業でも目指しているのでなければ、特に学歴も資格も必要ないようだ。
とはいえ、初学校くらいはちゃんと出ていないと……という風潮は少なからずあるようで。
「このままだと、とても卒業できる気がしないのよぉ」
「……」
物作りは好きらしく、家具職人の父親の跡を継ぐ気でいるらしいけど……それでも、初学校くらいは出てほしいというのが親心。 だから、同じ子供である俺の意見を聞いてみたかったんだそうだ。
……それを勧めたのはセラさんらしいけど。
「うーん」
「うーん?」
腕を組んで考えていると、テーブルの上で女の子座りをしていたニアちゃんも腕を組み、頭を左右に傾けて俺のマネを始めた。 少し重くなった空気が柔らかくなる。
俺は思わず笑みをこぼして我が娘の頭をなでながら、思いついたことを口にしてみる。
「職人さんの仕事にも、学校での勉強が役に立つことを教えてあげるか……。 あとは、勉強だって実は面白いんだよーってことに気づかせてあげる、とか」
職人さんだったら図面を引くだろうから、少なくとも算数は必要だろう。
やる気の部分では……俺も前世では、勉強は好きじゃなかったけど嫌いでもなかったからなあ。 でも「面白い!」と分かると勉強してくれる、というのは幼馴染みーズや幼児園での教え子達を見ていてよーく分かった。
例えば、点数が悪いと怒られる、といったネガティブな方向でも勉強をさせることはできるだろうが、それじゃかわいそうだもんな。
「勉強が面白い、ねえ……」
「ふふっ。 ジャス君らしい答えね」
カステさんは首を傾け、難しそうな顔をする。 セラさんは微笑み、手を伸ばしてニアちゃんをなでなでし始めた。
俺はニアちゃんからテレパシーでおやつをおねだりされたので、人差し指を出してオドを直接吸ってもらうことにする。 これなら、カステさんに触手を見られる心配もないだろう。
「ちゅっ、ちゅっ、ちゅーっ」
まるで俺の指先にキスをしているみたいに見えて、とても微笑ましい。
「でも、あの子に勉強の面白さなんて、どう教えりゃいいのかしらねえ」
咳をした口を手で押さえ、カステさんはそのまま唸り始める。 まあ確かに、既にそうとうな勉強嫌いになっているらしいからな。
俺が直接教えるというのも、月に一回では難しいし――と思ったところで、ふとアレを思い出した。
「今度、参考書を送りましょうか?」
「え?」
「あ……」
カステさんは眉をハの字にしたままだけど、セラさんは俺の顔を見てネコのような笑みを見せた。
そして「ちょっとごめんなさいね」と言ってダイニングを出ていった。
「いえ、遊ぶような感覚で勉強できる本があるんですよ。 まだこっちでは売ってないですけど」
「そんなものが……?」
「はい。 エリック君に気に入ってもらえたら、ですけど」
訝しげな表情のカステさん。 まあ、それも仕方のないことだ。
確かに絶対に受け入れてもらえるという保証はないが、教科書とにらめっこさせるよりはいいと思う。 もともとが園児向けなので、マンガに近い感覚で読めるようにしてあるし。
こっちでの発売はまだ未定っぽいから、直接送ってあげた方がいいだろう。
「高い本ではないですし、送りますよ?」
「いえ、お金は払うけど」
というか、ステイさんに言えばタダでもらえそうな気がするし。
それはそれで悪い気もするが、さすがに俺がもらった記念の本をあげるのもなぁ。
そう思っていると、早くもセラさんが戻ってきた。
「――ふふふっ♪」
なぜか得意そうな笑顔を浮かべ、セラさんが何かをテーブルの上に――って、俺の本じゃないか!? 何で持ってるの!
……あ。 そういや、セラさんもステイさんからサンプル本をもらってたっけ。
「ほら、これがその本よ」
「へ? マンガ?」
セイちゃん・マリちゃんコンビの描かれた表紙を見て、空気が抜けたような声を出したカステさん。 まあ、参考書と言われて出てきたのが萌えキャラのイラストが載っているカラフルな本なのだから、ムリもない。
自分の横に置かれた本を見て、ニアちゃんが碧の瞳をキラキラさせている。
ただし、ちゅーちゅーは続けながら。
「いいえ、ちゃんと参考書になっているわ。 ほら」
「……本当だわ」
セラさんが適当なページを開いた。 覗き込んだカステさんが、ため息混じりに声を漏らす。
「良ければ、この本をあげるわよ? 私の分は別にあるから」
開いた本を軽く押して、カステさんの方に動かす。
……というか。
「どうして二冊も持っているのよ……」
「それは秘密かしら、ね?」
俺が思ったまさに同じことを口に出してツッコんだカステさんに対し、セラさんはそう返して俺にウィンクを送ってきた。
ここにあるのは多分、セラさんがお袋か誰かに頼んで「お取り寄せ」してもらったんだろうなあ……。
――結局、カステさんは自分で本の中身をパラパラと見て。
本を受け取り、帰っていった。
「ふふふふっ。 こんな事もあろうかと、買っておいて良かったわ♪」
「……」
いや。 絶対、そんなつもりで取り寄せたんじゃないでしょ。
そう思ったが、セラさんの笑顔を見ると口に出す気にはならなかった。
だから、お礼だけ言うことにした。
「買ってくれて、ありがとね」
「……ううん」
セラさんは口元を柔らかくして微笑み、首を小さく横に振った。
そして、今度はセラさんから話を振られる。
「ところで、セーレちゃんのこと……思った通りになっているみたいね」
「あー……うん」
近況は少し前に手紙で送っていたので、大まかなことはセラさんも知っている。
おやつと、退屈になってお昼寝に入った我が娘でいっぱいになったお腹をなでながら、思わず苦笑いになる。
「セーレちゃんも、理屈では分かってくれているみたいだけど」
「ずっとあなたと一緒だったものね」
「うん」
別に俺は、今すぐあの子に独立しろと言っているワケじゃない。 それはまだまだ先の話だ。
でも、ずーっとくっついていたあの子にしてみれば、ちょっと離れるだけでも半身を裂かれるような痛みと辛さを感じるんだと思う。
……俺だって、少なからず感じていることだからな。
「僕の想いを伝えなきゃダメって、クラスの子にも言われたよ」
「ええ、その通りだと思うわ」
セラさんはそう言うと、新しいカップにホットティーを注いでくれる。 カステさんが帰ったときに、一旦すべて片づけてまた出してくれたカップである。
今度は、ハチミツにミルクも入れて飲む。 ……はあ。 ほっとする味だ。
隣に座っているセラさんも自分のカップにも入れようとしていたので、それを制して俺が注いであげる。
お礼を言い、セラさんも俺と同じようにミルクティーにして飲むと、ほっとため息をついてから口を開いた。
「今、思ったのだけれど」
「うん」
「セーレちゃんのことについても、さっきのリック君お話と近いものがあるんじゃないかしら」
「え……」
瞬きを繰り返し、セラさんの顔を見上げる。
そこでエリック君のことが出てくるとは思わなかったが……言われてみると、似ている部分があるような気がする。
「辛くても離れないとダメ、というのではなくて。 ここに来ればいいことがあるわよ、という風にね」
「なるほど」
まさに「北風と太陽」的な発想の転換だな。 自分では改めたつもりだったが、頭の中はまだ「説得」で固まっていたようだ。
「私も、セーレちゃんにここでの生活を楽しんでもらえるように考えてみるから、ジャス君もあの子が楽しく考えられる方向で話をしてみたらどうかしら」
「……うん。 考えてみる」
ずっと真っ白な霧の中にいたような気分だったのが、少しだけ先が見えてきたような気がする。
今月も既に残すところ、二週間くらいになっている。 もう少し頭の中で考えをまとめて、あの子に話をしないとな。
顔に出ていたのか、セラさんも明るい笑顔を浮かべた。
「ほら、そろそろあの人が帰ってくる時間よ。 お茶はもうそのくらいにしておきなさいね」
部屋の時計を見ると、もうすぐ六時になろうとしていた。 二四時間に直せば、昼の二時過ぎといったところだ。
「あの人のことだから、帰ってきたらすぐに『稽古するぞー!』って言うわよ?」
「あはは。 確かに」
目に浮かぶようだな……と思っていたら、玄関の方から何やらドアが閉まったような音が聞こえたようなして。
『おーい、帰ったぞー!
ジャス坊、いるんだろ? 稽古するぞおーッ!』
「……ほらね?」
「さすが、セラさん」
まさしく言う通りであった。
ウィンクするセラさんに笑顔を返し、俺は残りのお茶を一気に飲み干した。 けっこう飲んだわりにはのどが乾いているような感じがするけど、飲むのは稽古が終わってからにしよう。
カップを置いてドアの方を見ると、ちょうど師匠が開けて中に入ってきた。
「おう、ジャス坊! そら、外に出るぞ」
「うん!」
昼下がりになって、部屋の空気も少し暖かくなっている。 外もたぶん、運動するにはちょうどいい気温になっているだろう。
俺は席を立とうとしたが、その前にセラさんが俺の前に手を伸ばして止められた。
「ちょっとあなた。 その前に」
「ん?」
ドアを開け、立ったまま訝しげな顔をする師匠。
前のボタンを二つくらい開けたシャツの隙間から、恐らく俺がプレゼントしたネックレスの鎖が見えているのが嬉しい……が。
「――稽古の前に、まず服を着替えてきなさいよ」
そう。 師匠は仕事帰りなので、軍服を着ているのだ。
それを着崩し、あごの下にはぽつぽつと無精ヒゲ。 更に黒髪の後ろを束ねている姿はワイルドでカッコイイのだが、家でする格好じゃないよなぁ。
「んあ? いいじゃねえかよ別に」
「ダメ、着替えてきなさい」
「……分あーったよ」
さすがの師匠も、セラさんに睨まれては形無しである。 俺も身体を動かしたい気分になっていたが、仕方がない。 大人しく待つことにしよう。
師匠はテンションと一緒に肩を落とし、頭をかきながらうなずく。
「あと、手洗いとうがいも忘れずにね」
「あいあい」
軍服の上からでも分かる筋肉質な身体を丸くして、師匠はすごすごとキッチンへと向かったのだった。




