494 ですので、広げてみました。
暑い暑いと言いながらも、ふと気がつけば涼しい時間帯も出てきた今日この頃。
今月も、残すところあと三日となった。
「お兄ちゃん、終わったよ~?」
「うん。 それじゃ、今朝はこのくらいにしておこう」
昨日は資格試験で勉強会を中止したのもあり、今朝は俺とセーレたんとエミーちゃんと三人だけど勉強しようということになった。 陽が昇りきる前でわりと涼しく、チョーカーもいらないくらいである。 渦風塔の風が気持ちいい。
キリのいいところまで進み、俺が終了を告げると小さなテーブルの左右で二人の女の子がそれぞれのやり方で伸びをした。
「はう~」
「んん……っ」
妹様は遠慮なく両手を高く上げて背中を伸ばし、エミーちゃんは遠慮がちに手を前に伸ばして肩の凝りをほぐす。 俺は腕を曲げた状態から思い切り胸を張り、何度か肩を回した。
「はい、ふたりともお疲れー」
「んああああ~……♪」
立ち上がった俺はまずマイシスターの背後に立ち柔らかい金髪を真ん中に寄せると、露わになった小さな肩に手を添えて揉みほぐしてあげる。 小さく身体をくねらせてちょっぴりくすぐったそうな素振りも見せているけど、セーレたんはおおむね気持ちよさそうにしている。
みんなが集まる勉強会ではしてあげられないが、二、三人くらいでしているときはしばしば肩を揉んであげるようにしている。
前世でなら、まだ小学校に入っていない年齢である。 なのにマジメに頑張ってくれている二人へ、ささやかな労いとごほうびだ。
「はふ~」
「はい、次はエミーちゃんね」
人心地ついてため息をつくハニーから離れ、今度はうらやましそうに見ているエミーちゃんの背後へ。
サラサラで手触りのよさそうな髪をひとなでしてから、妹様と同様に長い髪を束ねるように寄せて肩が見えるようにし、少し力を入れてもみもみ。
「はあぅん……っ♪」
触手マッサージは恥ずかしがって嫌がるエミーちゃんだが、肩もみは大好きだ。 エルネちゃんをはじめとして周りの女性陣からは「エミーもやってもらいなよ~」とせっつかれているが、俺はムリしなくてもいいと思うので何も言わない。
可愛らしくもかすかに色気を含んだ声を出し、エミーちゃんは身体をぴくぴくと震わせた。 ここでも学校でも自分の家でも頑張っているこの娘は、既に若くして凝り性なところがあるので首回りもほぐしてあげる。
こういう時くらいは、完全に気を抜いてもいいと思うぞ。
「よっし、おしまい」
「はぁぁ~……」
「お兄ちゃあ~ん」
くにゃりと脱力したエミーちゃんがテーブルに突っ伏すと、今度はセーレたんがうらやましそうに俺を見上げていた。 ハニーはくすぐったがるので軽く済ませたのが、エミーちゃんと同じように念入りにやってほしいらしい。
俺は「はいはい」と再びセーレたんの後ろに回ると、首回りだけでなく背中や腰まで念入りにマッサージしてあげた。
「……さて」
突っ伏した二人がふらふら~と立ち上がり、今度はアナさんのお手伝いをしに行った後。
俺は手のひらからにょろりんと触手を出して踊らせながら、部屋でひとり触手操作の練習を始める。
動きが別次元になってしまうので剣の稽古のときはなるべく使わないようにしているけど、コレは俺のオンリーワンな特殊能力なのだ。 研究もしないといけないし、こちらのスキルアップも図るべきである。
「うーん」
太めの触手が垂直に立ってしっぽのように揺れているのを、もう片手で握ってみる。 自由自在な弾力は、にぎにぎしていて楽しい。 ストレス解消にもってこいである。
見た目も半透明で、この季節は特に涼しげなのだが――。
「……生あったかい、よな」
そもそも触手は俺の体内から出てくるモノであり、しかも触手内ではゆっくりと魔力粒子が循環している。 なので、出したての温度は体温くらい。 しばらくすると室温と同じくらいに冷めるが、温めてやればぬるま湯くらいまでにはなる。
冬場の温感マッサージは女性陣に大人気なんだけど……対して夏場は、春雨のように涼しそうな外観にそぐわずに少し残念であった。
そこで今回。
俺は、「ひんやり触手」の開発にチャレンジしてみることにした。
「どういうイメージがいいかな?」
何より、触手の操作に必要なのは想像力だ。 血も神経も通っていない触手を動かすには、具体的かつ強固なイメージでオド全体を覆って外側から飴細工のようにこねるか、オドの内側からイメージで擬似的な神経を張り巡らせる必要がある。
しかし、今回は動かすのではなく内部温度の制御。 温めるのは中に流れる粒子を加速するイメージでいいんだけど、それを止めたところで常温になるだけだしなー。
「冷蔵庫? いや……」
真っ先に思いついたのは冷蔵庫の原理だけど……圧縮やら気化やら、そこまで複雑な操作をする必要があるか?
それより、もっと単純に――。
「気化熱、か」
最低限に必要なポイントだけを押さえて、オド内部から熱エネルギーを追い出すイメージでやってみよう。
俺は触手を見つめながら精神を集中させ、浮かべたイメージを送り込む。
しばらくやってみると、なんとなく上手くいったような気がしたので改めて触手に手で触れてみる。
「……お?」
少し、ひんやりとしている?
加熱のときは循環と共に一部の魔力粒子が熱エネルギーに変換されているが、今回はまた別の粒子が内部の熱エネルギーを集めて外部に飛んでいくことで温度が下がったようだ。
そのせいで、手を近づけてると温かいけど触れてみるとひんやりするという、ちょっぴり不思議な感じになった。
「おおおー」
一度感覚を掴むと後はカンタンで、棒状にまっすぐ伸ばした触手がだんだんと冷えていく。 放熱させる場所を決めてやれば、温感と冷感が紙一重で同居している妙な感じもなくなった。 今は煙突のように、熱をてっぺんから放出させている。
集中しているせいでやや硬度の増している触手は、しっかりと固めたゼリーのようだ。 見るからに美味そうだけど……俺が食べても、ひんやりはしているだろうけど味はないんだよなあ。
「……」
試しに、砂糖か塩でもまぶしてみるか? ……いや、やらんけど。
自分自身を美味しく食べる方法を模索していると、部屋のドアが優しくノックされた。
声を聞くまでもなく、その音だけでドアの向こうに誰が立っているのかは察しがつく。
『ジャス様、ただいま戻りました』
「あ、ありがとう。 中に入ってー」
予想に違わずマールちゃんの声が聞こえ、俺の返事の後でドアがゆっくりと開く。 今朝は勉強会をしていたので、テキストという名の台本を届けに行ってもらっていたのだ。
最近はツェリさんだけでなく、研修中の先生や園児達もチョイ役で出演できないかというリクエストもあって、ますます本格的なミニ芝居となってきている。
「失礼します」
首に大きめのチョーカーをつけたマールちゃんが、入口で靴を脱いで入ってくる。
室内は暑いほどではないという気温だけど、外はそろそろ本格的に暑くなる時間だ。 顔をよく見てみると、少し汗をかいているようだ。
「外は暑そうだね」
「はい、今日も暑くなって……あっ!」
マールちゃんははっとしたように瞳を大きくして、恥ずかしそうに顔をそむけながらハンカチを出して顔を押さえ始めた。
外は暑いんだし、働いて身体を動かせば自然と汗もかく。 気にしないどころか健康的でいいと思うんだけど、やっぱりお年頃のマールちゃんはいつも気にしているようだ。
「す、すみません……」
「いやいや、全然気にしてないから。
それよりも……飲む?」
俺の目の前にあるテーブルには、セーレたんが持ってきてくれたアイスティーのピッチャーとカップが置いてある。 部屋には俺しかいなので、カップは俺が口をつけたコレしかないけど……。
「いただいても、いいんですか?」
「うん」
聞いてみると、マールちゃんは気にしている様子もなく快くうなずいた。 ま、その程度は今更だしな。
俺の隣に腰を下ろすのを見てからカップを渡す。 両手で受け取ったマールちゃんに、よく冷えたアイスティーを注いでいく。
それをマールちゃんはゆっくりと、しかし一度も口を離すことなく一気に飲み干した。
「……はぁ。 ありがとうございます」
「ううん。 こちらこそ、暑い中ありがとうね」
チョーカーもあるとはいえ、仕事着のために作りがしっかりとしているメイド服は半袖でもそれなりに暑いハズだ。
「ところで、そのチョーカーの魔力は……あ、そうだ」
「はい?」
魔力の補充をしてあげようと思ったが、そこでふと思い立つ。
せっかくだし、新しく開発した冷感スライムで涼んでもらうとしよう。
「あのね。 ついさっき、ひんやりと涼しい触手を作ることに成功――」
「はいっ♪ ぜひとも!」
俺の言葉の途中から、既にマールちゃんの栗色の瞳はみるみるうちに輝きにあふれ出す。
そして、言い切る前に満面の笑顔で大きく首を縦に振った。
「ん、分かった」
相変わらずの食いつきっぷりだなーと思いつつ、他の女性陣でも似たり寄ったりかと思い直して笑顔で応じる。
「え、ええっと。 ジャス様? 私、ベッドに行った方がいいでしょうか?」
「ん? どっちでもいいけど……そうしようか」
「はいっ」
毎日掃除されているし、絨毯に寝転がってもまったく問題はないんだけど、どうせならよりリラックスできる方がいいか。
ポニーテールのゴムを外し、メイド服のエプロン部分を取って一緒にベッド脇のチェストに置いたマールちゃんは、ほんのりと桃色になった顔で俺を見つめてくる。
「ええっと……ぬ、脱がなくても?」
「それはいいから」
「……そうですか」
なぜ残念そうな顔をする。 お袋じゃないんだから。
ベッドの上で仰向けになったマールちゃんに、俺はそばに歩み寄って両手をかざす。 これでマールちゃんに好評を得られたら、たぶん今日はアナさんも含めて全員にしてあげることになるんだろう。
もちろんそこにエミーちゃんは含まれず、今日はお休みで出掛けているチャロちゃんは帰ってきてからになる。
「ん……」
いきなり冷たいのではビックリするだろうから、まずは普通のスライムで首から下を覆っていく。 マールちゃんは服の上からでも身体への浸透率が高いため、あまり溶け込まないように気をつける。
ちょっぴり悩ましい声を漏らしながらぴくぴくしているが、この程度なら問題ない。
「よし。 それじゃ、これから冷たくしていくね?
もし冷たすぎるようだったら、すぐに言って」
「は、はい……んふっ。 分かり……あぁ……♪」
ちゃんと受け答えできているな。 ということで、冷却開始。
さっき実験でやったイメージを思い出し、やや控えめに放熱させていく。 今回、放熱部分はちょうどおへその上くらいに突起を作ってある。
片手でスライムを維持しつつ、もう片手でその突起を握って放熱具合を確かめる……うん、少しだけ温かくなってきたか。
スライム全体から徐々に熱が放出されている証拠だ。
「どう? 少し涼しくなってきた?」
「ふあっ。 あ……ん……。 な、なんとなく……」
まだ分かりにくいか。
しかし時間が経つにつれ、だんだんとマールちゃんに変化が現れてきた。
「あぁ……? ひ、ひんやり……。 ひんやぃ、ひてきまぃら……♪」
「そっか」
いつもより、声がダウナー気味のマールちゃん。
オドの浸透が進んできて、ちょっと呂律が怪しくなっているが……気持ちよさそうだ。
「あああ……こへ、いいっ。 いいれふ……」
「……」
非常に悩ましい声はひとまず置いておいて、俺はスライムに包まれた身体をぷるぷるさせているマールちゃんを観察した。 恍惚に染まっている顔は赤いものの、汗は浮かんでいない。
全体的な反応も、普通のマッサージと比べれば大人しい方だ。 冷やしすぎとオド酔いにさえ気をつければ、この時期にはうってつけのマッサージになりそうだ。
もうちょっと、早く開発していれば良かったなあ。
ちょうどいいらしい放熱具合を頭に叩き込み、俺はマッサージを終えることにした。
「ああっ、もっろ。 もっろ……。
きもひいぃ……きもひい~れふぅぅぅ……♪」
「……」
マールちゃんの声が高く、か細くなってきた。
こ、これ以上はヤバそうだな――。
「あぁぁ……はぁぁぁぁ……」
あまり大きな痙攣はしていなかったけど、そのわりに施術後のマールちゃんは夢心地な状態からなかなか帰ってこなかった。
時計を見たら四半時――前世でいうなら三〇分もしないうちに起き上がったものの、少し身体がだるいと言っていたのも気になった。
軽く体操をしてもらったら治ったみたいだけど……。
「ふぅ。 もう大丈夫です! ジャス様、ありがとうございました♪」
「ううん、どういたしまして。 だるいのは、もう残ってない?」
「はい! もう、すっかり」
「ほっ。 よかった」
マッサージ効果で元気いっぱいになったマールちゃんを見て、ほっと胸をなで下ろす。 たくさん動くのももちろん体力を使うが、温度を奪われるのも同様……ということか。
このマッサージは、されている本人がそれに気づかない傾向がありそうだ。 いわゆる「寝たら死ぬぞおー!」状態になりかねない。
施術する側の俺が注意しないとな。
――おやつが終わった後、更にデザートとして触手をほおばるリソ君。
「はぐはぐはぐ……ちべたーい!」
「そっか。 よかったなー」
「いひー♪」
歯を見せて喜ぶマイブラザーに、俺も含めて家族みんなが笑顔になる。
冷たい触手は、やはり食べるのがイチバンなようだ。




