493 手を広げるのはいいコトです?
今日は精霊の日。 そして、魔術検定試験の日。
「うーむ」
ずいぶんとセミも少なくなってきたなーなどと頭の片隅で考えつつ、俺はリビングで腕を組み、じっとしている。
他にココにいるのはエルネちゃんだけで、お袋はリソ君を連れてご近所へ遊びに行っている。 チャロちゃんは買い物で、マールちゃんはお休みだけど街を散歩するからと一緒に出ていき、ニアちゃんもお出かけ中。 そして、セーレたんはアナさんとお風呂場で洗濯中だ。
それにしても……今ごろみんなは、もう学校に着いているんだろうか?
「うーむ」
まだ足の着かないイスの上で、足の先を忙しなく動かしている俺。 どうも落ち着かない。
お前は分娩室の待合室の前で待っている父親か! とツッコみたくなる。 そういや、リソ君のときはセスルームに行ってたから、そんな経験もできなかったな。
……自分で出産する経験はできたけど。
「うーむ」
時計を見ても、針はほとんど動いていない。 のどの乾きに気づき、目の前にあるカップを傾ける。
今回は受ける級がバラバラでいつ終わるかも分からないという理由から、みんなはそれぞれ適当な時間に行ってそのまま家に帰る、ということになっている。 当然ながら勉強会……というか武術の練習もお休みで、俺はみんなの顔を見る機会がない。
ちなみにエミーちゃんも家からそのまま学校へ行ったらしいが、終わったらここに来ていつも通りにお手伝いしてくれるそうだ。 もしかしたら、みんなの結果も教えてくれるかもね。
ところで……オイーッスも、もうそろそろ聞けなくなるんだよなー。
「ジャス君、お代わりいる?」
「オイーッス」
「え? ……ぷっ!」
「えっ? ……あ」
「はははははははっ♪」
にゅっと横から顔を出してきたエルネちゃん。 妙な返事をしてしまい、思いっきり笑われた。
ワインレッドのメイドさんは注ぎかけたピッチャーをテーブルに置き、お腹を抱えている。 ちょっぴりオシリを突き出すような姿勢で、丸い曲線を描くミニスカートかふるふると震えた。
「あははははは……はぁ~っ。
あははっ。 ジャス君ったら、エミー達のことが気になって仕方がないんだねっ」
「うん。 そりゃあ、まあ」
うぐ……。 ワザとだったらともかく、素でボケてしまうとちょっと恥ずかしい。
しかしエルネちゃんは、優しくてお姉さんらしい――あるいは、ちょっとメイドさんらしい微笑みを浮かべてお代わりを注ぎ始める。 心地の良い水音と共に満たされていくアイスティーは、朝の光が当たって天使の輪を作る、エルネちゃんの艶やかな髪の色に似ていた。
いつもバタバタしていて、最近はあまりエルネちゃんの仕事っぷりをじっくりと見ることが少なかったけど……こうして見てみると、ずいぶんと落ち着きが出てきたなぁ。 お茶の淹れ方はもちろん、料理だって上達しているし。
最初は鍋の中身を丸焦げにしてキッチンを煙らせたこともあったけど、今はそんな面影はどこにもない。
「ジャス君って……将来、いいパパになりそうだね」
「ん?」
なぜそこでパパ、と疑問に思ったものの。
コレは素でボケてしまったのを挽回するチャンス、と思い直した。
「まあ、パパより先にママになっちゃったけどねー」
「え? ……あははははっ♪ た、確かに!」
注ぎ終わったピッチャーを置き、またエルネちゃんはお腹を抱える。
キッチリとメイドさんしている姿もいいけど、やっぱり無邪気に笑っている方がこの娘らしいって感じがするよ。
しばらくエルネちゃんと突っつき合っていると、スパッツ姿のセーレたんが洗濯カゴを持ってやって来た。 アナさんはまだのようだけど、たぶん脱衣場でスカートを直しているんだろう。
ところで洗濯をするときは、裸足になってスカートをギリギリまで上げてヒモで縛るか、大きめのかぼちゃパンツみたいなのを上から穿いて作業するのが普通らしい。 最近はスパッツも多いらしいけど。
まあどちらにしても、たとえ家族であってもあまり人に見せる格好ではないので、女の人が洗濯中のときは男子は立入禁止になるのが基本だ。 俺は、ニアちゃんがヨダレまみれになったときは連れてくるように言われているから、脱衣場まではちょくちょく行くんだけどな。
……ちなみにお袋は、脱ぐ派である。
「大丈夫、セーレちゃん?」
「だいじょ~ぶ~」
キッチンには勝手口があり、洗濯物を干しに庭へ出るには一番の近道だ。 カゴを手によちよちと歩くセーレたんに、エルネちゃんが近づいて声をかけた。 でも大丈夫みたいだ。
俺もできれば手伝ってあげたいところだが、軽いものばかりを集めているらしいカゴの中身はおおよそファンシーかつカラフルで……布の山のてっぺんに乗っかっているモノなど、まるでねこ耳のようである。
俺の横を、黒いねこ耳が通り過ぎていく。
「……セーレちゃん、ガンバレ」
「うん~」
せめて応援だけでもと、声をかける。 さすがのハニーも、今は俺に顔を向けない。
黒猫様についてはサイズからして、誰のモノか聞くまでもなかった。 聞くつもりもないが。
「それにしても、セフィさんって大きいよね~。
……私もママの子だし、そこまでいかなくてもある程度は」
エルネちゃん、言わなくていいから!
あと、その場で揉まない!
やがてカラフル大名行列にアナさんが加わり、エルネちゃんも列に入り、俺は見送る。 お茶のお代わりは自分で注いだ。
一人で特にすることもないので、リソ君の部屋から『ぼくメイ』――『ボクはメイドさん!?』の二巻を持ってきて読んでいると、チャロちゃんが一人で帰ってきた。
ちょうど、主人公が先輩メイドさんにスカートを脱がされて、先輩とお嬢様の下着を洗う練習をさせられようとしているシーンだった。
脱がされかかっている挿絵がゆりゆりしい。
「ただいま戻りましたー!」
「おかえりー。 外、暑そうだね」
「それはもう、あっついですよぉー」
チョーカーをつけているチャロちゃんだけど、それでもうっすらと顔に汗をかいている。 ま、ずっと発動させっぱなしとはいかないからね。
暑い暑いと連呼しながら、チャロちゃんは両方の肩にかけたカバンを順番に冷蔵庫テーブルに下ろし始める。 しっぽのつけ根に飾りでつけている鈴が、からんからんと鳴った。
「よかったら、何か手伝うよ?」
「いえいえ、大丈夫ですよー」
「いやいや、そんなことを言わずに」
「……あはっ。 では、お願いしますねー」
俺の顔を見て、チャロちゃんが明るく笑う。
退屈なのを察してくれたようだ。 本は面白いんだけど、もう何度か読んでるしな。
「うん!」
俺はえいやっとイスから降りて、チャロちゃんの横へ――行く前に、本を返してこようと思い立つ。
ついでに、トイレもな。
「ただいまー」
窓の外のひらひらを見ないように気をつけてキッチンに立っていると、廊下の方のドアが開いてエミーちゃんが顔を出した。
お帰りを言いながらチラッとその上の時計を見るが、思ったよりも早かったな。
「ええ。 早めに行ったし、すぐに終わったから」
「さっすが、エミーちゃん!」
「……そ、そんなこと……ないわ、よ」
おめでとう! と、チャロちゃんと二人でほめながら拍手してお祝いする。 精製補助なしの級、無事に獲得だ。
しばらくエミーちゃんは目を泳がせて照れていたが、ひと息つくとすぐにこちらに歩いてきた。 丁寧にうがいと手洗いを済ませ、置いてある自分用のエプロンを身につける。
まだちょっとだけ、顔が赤かった。
「さ、さあ! わたしも手伝いますよ」
「うん」
「それじゃあ……さっそく、このジュースを冷やしてもらいましょうかー」
エミーちゃんがチャロちゃんを見上げると、さっそくのミッションが課せられた。 買ってきたジュースに複数の違う種類の果物を小さく切って入れた、フルーツポンチ風の食べるジュースである。
「が、頑張るわ……」
ピッチャーの中からふわっと昇ってくる甘い香りにうっとりしつつも、表情を引き締めたエミーちゃん。
冷蔵庫テーブルの上に置かれたピッチャーを両手でガッシリと持ったのを見て、俺からワンポイントアドバイスを。
「あー。 そうやって持っちゃうと、せっかく冷やしても手で温まるから。 片手でね?」
「え? あ、そうか……」
「あと、無理はしないようにね」
「うん。 分かった」
時間はかかったけど、俺達は庭から戻ってきたセーレたん達と一緒に、最後までエミーちゃんの仕事っぷりを見守った。
「――そっか」
「ジャス、ごめんね」
「いやいや」
果物多めのおやつを食べながら、エミーちゃんから試験の様子を聞いてみた。 ニアちゃんは帰ってきたが、お袋とリソ君は向こうでお呼ばれしているのだろう。
半透明で見た目は涼しげな触手春雨を我が娘にあげながら、申し訳なさそうにしているエミーちゃんに首を横に振ってみせる。
初学校での試験は、特に開始時間が決まっていない。 筆記は複数の教室が用意されていて、ある程度人数が集まるかタイミングを図るかで始まるし、実技は筆記の終わった人から順番に行う。
なので、エミーちゃんが他の幼なじみーズをほとんど見かけなかったらしいのも仕方のないことだ。 ただ、くりむちゃんとだけは偶然会って挨拶はしたらしい。 わん子ちゃんとニコは補助ありの方を受験したハズだけど、筆記は共通だからな。
しかし……エミーちゃんと同じく朝イチで受験に行ったあたり、くりむちゃんらしいなと思った。
ちなみにるー君はひとつ上の級、しかも補助ありとなしの両方を受けているので、会う可能性はもともと低かっただろう。
「でもまあ、きっとみんなも合格しているだろうな」
「ええ」
「きっと大丈夫なの~♪」
俺の言葉に、エミーちゃんと妹様が同時にうなずいた。 筆記の方はもともと勉強会で早いうちにマスターしていたし、実技もあれだけ練習したもんな。
アナさん達も穏やかな笑みを浮かべ、小さくうなずいている。
ついさっきまではそういう俺も不安でそわそわしていたが、エミーちゃんの話を聞いたらそれがウソのように収まった。
「あはっ。 ジャス君ったら、ついさっきまであんなに――」
「いやいやいやいや」
せっかく、ニート君みたいに貫禄出してたのに!
エルネちゃんにバラされておろおろしていると、耳打ちで最後まで聞かされたエミーちゃんの微笑みがだんだんと妖しげになっていく。 そのお姉ちゃんもニヤニヤし始め、姉妹そろってよく似た顔になった。
「……ふぅーん?」「ふっふっふー?」
ああもう! 似ていないようでソックリだよなこのふたりっ。
「ジャス君って、いいパパになりそうだよねー♪」
「そうねー♪」
「あーはいはい」
ねー! と楽しそうに首を傾ける姉妹の視線に、ちょっと恥ずかしくなって目を逸らす。
すると、じーっと見ていた妹様と娘様が乗ってきた。
「お兄ちゃんは、いいパパにもなれるの~」
《ねーねー、ママはパパにもなるのー?》
「いや、ええっと……」
更に肩書きが増えた! って、元々だよな……。
なんかもう、何がなんだか分からなくなってきたぞ?
「あはははっ♪ ジャスさまって、いろんな呼ばれ方をしますよねー」
「確か、幼児園では先生って呼ばれていたわよね?」
「のわー!」
チャロちゃんはともかく、アナさんまで!?
さすが、エルネちゃんとエミーちゃんのお母さんだ!
「……あーもう、ドンと来いっ!」
他にも御使いの肩書きまで出され、その後はなぜかみんなから「いつもありがとう」と至れり尽くせりされた。
もちろん、そのお返しにマッサージ師としての腕を振るったことは言うまでもない。




