488 可憐なる少女は時空(とき)を超えて
八月も後半となってくると……なんだろう?
高い青空や吹き抜ける風のどこかに、うまく説明できないんだけど「あ、秋が近くなってきたな」という気配を感じる。
そんな、魔術資格試験まであと一週間となった精霊の日。
「では、行きまっしょー!」
るー君とこのメイドさんで、チャロちゃんが泣いてうらやむめろんの持ち主でもあるエーデルさんが、えいえいおーと腕と共に可愛らしい声を上げる。
かかとを上げて小さな身体を跳ねさせ、長い黄緑色のツインテールと、ワインレッドのメイド服を押し上げている大きな胸がぽよよんと揺れた。 胸元の大きな飾りリボンも上下している。
……相変わらず、可動部分の多い人だ。
『はあーーーいっ!』
俺達幼なじみーズも冷却チョーカーという便利アイテムを手に入れたおかげで、比較的高いテンションでエーデルさんの声に応える。 女の子達はもちろん、変声期などまだまだ先な俺とニコの声も高く、暑さを突き破るような甲高い声に、通りがかったご近所さんも微笑ましそうな表情を向けてくれた。
もちろん、子供である俺達には帽子も必須だ。
ちなみに玄関まで見送りに出てくれたお袋とエルネちゃんは、先ほど家の中に入っていった。 マールちゃんは休みで、珍しく早くから繁華街の方へ買い物に行っている。
「ふふふっ、涼しくなった途端に元気になったねぇ」
エーデルさんの隣で、お揃いのメイド服に身を包むエルリアさんも微笑んでいる。 なんと、今日はWメイドさんで俺達の練習を見てくれるのだ。
二人も首に例のチョーカーをつけており、やはり涼しそうだ。 どうしても首元を開けない服装だから、特に重宝しているらしい。
ウチのメイドちゃんズも喜んでるし。
「それにしても……」
「ジャスさま、どうしました~?」
見ているこっちがほわ~んとしそうな笑顔で、エーデルさんが俺の声に首をかしげた。
昔はおどおどしている印象が強かったけど、今ではすっかりほんわか系のお姉ちゃんである。 その頃からの癖なのか、俺に対しては微妙に敬語気味だ。
「それ、どうやって動いてるの?」
「ほぇ?」
俺が指さす先には、ぽよんぽよんと揺れている胸――ではなく、ツインテール。 少し太めのリボンで根っこを結び、放物線のようなアーチを描いて腰あたりまで伸びている。 解いたら相当に長いんじゃないだろうか?
ただでさえ、瞳が大きくほっぺの柔らかそうな顔はチャロちゃん以上に幼く見えるのに、小柄で更にツインテールという組み合わせなので、とても成人しているようには見えないんだよなあ。 確かに、チャロちゃんのひとつ年下ではあるんだけど。
それにしても、背丈が追いつきつつあるエルネちゃんの方が大人っぽく見えるよ?
……いやいや。 今はそんなことより。
「あはっ♪ これですか~?」
一体、そのツインテールはどういう原理で動いてるんだ? ずっと疑問に思ってたんだよ。
ニコはいまだに揺れている胸の方に目が行っているが、エミーちゃんとくりむちゃんは俺の問いかけに強くうなずいている。 マイシスターは、俺の横で「ふにゃ~」とか言ってるけど。
それが獣耳だったらまだ分かる――いや、それでもビックリなんだけど、それもないだろう。 ちゃーんと、エーデルさんには丸っこい耳がついている。 触ったらぷにぷにしていそうだ。
「そう」
俺がうなずくと、エーデルさんはそれを本物の獣耳のごとく器用に動かしてみせる。 それを見たわん子ちゃんが近づき、同じように自分の耳を動かしているのが可愛らしい。
「このリボンですよ」
「えっ?」
そのメイドさんは両手を持ち上げ、小さな人差し指を立ててツインテールの根っこを差す。 その仕草がまた子供っぽいのだが、その一方でトンチで有名なあの人を連想してしまう。 木魚の音が聞こえてきそうだ。
……そういやあの人、かなりの型破りだったらしいな。 それだけは覚えてるよ。
「これ、けっこー特殊なものでして~」
明るい黄緑のツインテールが、ひとりでに持ち上がっては垂れ下がるのを繰り返す。
そして無邪気な笑顔で、サラッと衝撃的なセリフが飛び出した。
「実は魔導具なんですよ~」
「……え」
目を見開き、瞬きを忘れる俺。 そう言われれば、よーく目を凝らすと、リボンと髪とのすき間から非常にかすかな魔力が漏れている……。
俺の右にいるエミーちゃんも目を丸くし、エーデルさんの隣から髪を覗き込んでいたわん子ちゃんもしっぽをぴーんと立てた。 これにはセーレたんも興味を持ったらしく、「ふわ~」と溜め息を漏らして俺の腕に抱きついた。
またキュロットを穿いて、女の子っぽい格好をしているるーちゃんだけは平然としているけど……ま、知っていて当然か。
「ビックリしたでしょう?」
固まった俺達に、横からエルリアさんが声をかけてきた。
「この娘は魔力量も多いけど、特に魔力の流れを操るのが得意なの」
補足してくれるエルリアさんを見て、エーデルさんが遊ぶように髪を動かし始めた。 特に風は吹いていない。
さすがに俺の触手ほど……とはいかないようだが、根っこから右へ左へと大きく揺れる。 それはまさしく、「ツイン」な「テール」であった。
『おおおおおーーーーっ!?』
微妙に身体をくねらせながら、「しっぽ」を振ってみせるエーデルさん。 大きな濃い黄色の瞳は驚く俺達のことをしっかりと見つめていて、強く意識せずとも自然に動かしていることが判る。
普段からぴょこぴょこ動かしていたのは、もしかするとこのための練習なのかもしれないな。
身体の動きに応じて飾りリボンを乗っけた胸も微妙に揺れているが、これにはさすがのニコも髪の方へ目を向けていた。
「いざというときは武器にもなりますよ~!」
誰もいないエーデルさんの後ろで、二本のしっぽが今度はムチのように風を切ってしなる。 強度も増しているようで、髪に近い色の魔力がうっすらと髪全体を覆っているのが見える。
お袋やセーレたんは、よく自分の髪を目くらましに使うけど……これなら、確かに武器として使えそうだ。
エルリアさんは暗器使いだし……。 さすが、ラピヨーネ家のメイドさんである。
「髪を硬くして防具にする人はときどきいるけど、さすがに武器にする人は滅多にいないと思うわ」
動きの止まったしっぽの片方を、エルリアさんが掴んでその手を滑らせる。
すると髪に芯が入ったようにまっすぐと、斜めに傾いたまま固まった。 毛先がとんがり、当たったら刺さらないにしても痛そうだ。
というか、防具バージョンもあるんだ……。
エーデルさんみたいなロングヘアでなくても、ツンツン頭だったらそのまま頭突きすれば立派な攻撃手段になりそうだな。
「す、すごいわ……」
夏の日射しでコハクかべっ甲のようなツヤを見せる自分の髪をいじりながら、エミーちゃんが茫然としたように呟く。
セーレたんも俺の腕に自分の腕をきゅっと絡めながら、感嘆の声を上げる。
「ふわあ~! まるで、お兄ちゃんみた――ぁぅむ」
「はいはい! セーレちゃんは可愛いなあーっと!」
まるで、のあたりでイヤな予感を覚え、俺は叫びながらとっさに空いている右手で妹様の口を塞ぐ。
「んむ~♪」
例のごとく、塞がれたハニーはなぜか嬉しそうにくねくねし始めた。
――学校に着き、けっこう日焼けした子供達が遊んでいるのを横目に校舎へ。
体育館に降りた俺達は、魔術の練習を始める。 今週もるー君とエルリアさんは別行動だ。
「そうそう。 自分の中にある魔力を意識しようね~」
「……うん」
いろいろと魔導具を借りてきて体育館の床に並べ、いろいろ手に取って練習してみる。
くりむちゃんはまたミニ渦風塔に魔力を込めているが、前回よりも発動が早くなっていた。 フローリングに座り集中していたわん子ちゃんは、立ったまま後ろから見守っていたエーデルさんに頭をなでられて嬉しそうにしている。 だけど……そのエーデルさんはぴくぴく動く狼耳を見て大きな瞳を輝かせながら、もう片手で耳を触りたそーに五本の指をうごめかせていた。
魔力で動かすツインテールも、もどかしそうに上下に揺れている。 すごく器用だ。
でも確かに、あの耳は毛足が長くて毛並みもいいから、触っていてすっごく気持ちがいいんだよなあ。 触りたくなるのはよーく分かる。
「ね、ねえ……耳、触ってもいいかなあ?」
「……今はダメ」
「だ、だよねー」
集中しているくりむちゃんに断られ、エーデルさんは小さな肩とツインテールをしょんぼりと落とした。
次にエーデルさんはニコの元へと向かった。 ニコも床の上にあぐらをかいて、前回やらかした水の桶に魔力を込めてゆっくりと水位を上げていた。
今回はギリギリで止めて、リベンジを果たしたいらしい。
「キミ、順調だね~♪」
「えへへ~」
ニコと向かい合ってしゃがみ込んだエーデルさんを見て、ニコの頬が緩む。 ……正確には顔ではなく、しゃがんで弾んだアレを見て。
「ほら、私のムネを見るのもいいけど、手が止まってるよ?」
見ると、桶の水位が止まっていた。
「うわああああっ!? ご、ごめんあさああーい!」
「あはははっ。 男の子だもんね~」
うろたえまくるニコに対してエーデルさんは、にぱーっと無邪気な笑みを浮かべる。 表情には幼さを感じるものの、対応はいたって大人だった。
大きい人は見られ慣れているっていうけど、エーデルさんもそうなんだろうね。 お袋もそう言ってたし。
ところで、お袋も妹様と稽古していたりするとけっこう揺れるから「痛くないの?」と聞いてみたことがあるが、自分のサイズにちゃんと合ったブラをしていれば平気らしい。 お袋のはオーダーメイドなんだとか。
すごく細かいところまでこだわっているんだなーと感心したんだけど……おかげで、ムダに詳しくなってしまった。
胸のエクササイズとかフィッティングの仕方とか、俺が知ってどーするんだと。
「……」
まあ、それが実際に活かされてはいるんだけどさ。
切ない気分になって正面へ向き直ると、今はまだ活用する必要がない二人が魔導具を発動させていた。
「ぜんぜん分からない……」
「えへへ~」
日が長いので最近は使う機会のない、懐中電灯型の懐中電灯……つまりはハンディライトを光らせようとしているエミーちゃんとマイシスター。
セーレたんはぴかぴかとオンオフさせて遊んでいるが、エミーちゃんは苦労しているようだ。
普通に使う分にはエミーちゃんもずいぶんと慣れてきた節があるけど、今はサッパリである。 首をひねることもできず、代わりに眉をしかめている。
「うぅぅ。 く、くやしい……」
「まあ、じっくりやっていこうよ」
「う、うん」
できない自分に悔しそうにしているエミーちゃんに膝立ちになって近づき、肩を優しく叩いて励ます。 眉間のしわが浅くなった。
それどころか。
「……ぷっ!」
俺の顔をまじまじと見つめると、むしろ顔を赤くして軽く吹いた。
「じゃ、ジャス……! セーレもだけど、やっぱりそれ、なんか変」
全身を細かく震わせるエミーちゃん。 発動させようと頑張っていた魔導具を手で押さえる。
「……言っとくけど、エミーちゃんも同じだからね」
「そ、そうなんだけど」
俺の顔を見ると、またおかしそうに肩を揺らす。 まあ、面白い絵ヅラになっているのは分かる。
だって今の俺達って、分かりやすく言うなら――。
――ちょんまげー、なのである。
エミーちゃんも試験を控えている身ではあるけど、エーデルさんからも太鼓判をもらったので、手以外の場所で魔導具を発動させる練習をしてるのだ。
一般用の魔導具はほとんどが手から魔力を入れるタイプであり、それ以外の場所から入れるものは上級者用とかプロ用だとか言われる。 冷却チョーカーや、御使いのペンダントなどがそうだ。
だけど、逆に言うなら上級者を目指そうと思えば必須に近いテクニックで、使えるのと使えないのとでは便利さが大違いだ。
エーデルさんの髪にエミーちゃんが興味を示したので、じゃあやってみようーとあいなったのである。
「ジャスもセーレも、思っていた以上にすごかったのね……」
「セーレちゃんはともかく、僕は練習したからね」
エミーちゃんが俺とハニーを見て、感嘆のため息をついた。
アンニュイな表情が大人っぽいけれど……その形のキレイな頭の上には、懐中電灯が乗っかっている。 無論、俺とセーレたんの頭にもだ。
俺と妹様は今、冷却チョーカーを使いながら頭上のライトを点けたり消したりしている。 その様は、良く言えば探検隊のよう……悪く言えば、ちょんまげーである。
これには、さすがのエーデルさんも驚いていたが……。 セーレたんはともかく、俺は触手を五本同時に扱えるからな。
単純な動きであれば、もう少し増やしてもいけるし。
「ぴかぴか~♪」
地下の大部屋の中で横座りをし、ちょんまげライトを点滅させて喜ぶセーレ隊員。 常に全身からあふれんばかりに魔力をあふれさせているこの子からすれば、どこから魔力を出そうが大して変わらないようだ。
これなら、エーデルさんみたいに髪を操ることもすぐできそうだな。
……専用の魔導具、かなりお高いらしいけど。
「わたしもいつか、あんなことができるようになるのかな……」
「なれるさ。 練習すればね」
「……うん」
肩をぽんぽんと叩くと、エミーちゃんの笑みから苦みが消えた。
「だけど……」
「ん?」
「……さすがに、あそこまでしようとは思わないわね」
再び苦笑いを浮かべたエミーちゃん。
その視線の先には、俺から懐中電灯をもう一本受け取った妹様が頭の両横にくっつけて、ライトを左右バラバラに点けたり消したりしている姿が……。
「お兄ちゃあ~ん、見てみて~♪」
「あ、あはははは……」
確かにスゴイのだが、俺の口からはビミョーな笑いしか出てこない。
可憐なるマイシスターは、江戸時代から弥生時代へとタイムスリップしていた。




