487 いと、あはれなり。
少々雲が出ているくらいでは、暑さにはほとんど変わりがない。
が、渦風塔とチョーカーで快適環境を手に入れた俺達は順調に勉強を進めていく。
「だから、ここは……」
エミーちゃんがくりむちゃんに勉強を教えているのを、俺は本を読みながらさり気なーく見ている。
直接比較したわけじゃないが、エミーちゃんは同い歳である一年生の女の子達と比べると平均よりは上かな? というくらいの身長である。 そんな子が、ヘタをするとウチのクラスの背の低い子を超えていそうなわん子ちゃんに勉強を教えている様子は、幼児園時代から見ている俺からすると「大きくなったなあ」と感慨深いものがある。
……って、まだ半年くらいしか経ってないんだけどさ。 しかし、子供にとっての半年は長いのだ。
「んー?」
くりむちゃんの横で自習にしているニコが首をひねった。 エミーちゃんはそれを見ると、すぐにるー君とセーレたんの方に目をやり、余裕のありそうなセーレたんに声をかけた。 るー君は集中しているようだ。
するとハニーが立ち上がってニコのところへ行き、後ろから質問を受けて教え始める。
「……」
並列思考の恩恵を受けて、視線を忙しなく往復させながら勉強と観察を同時進行している俺。 ニアちゃんの勉強はメイドちゃんズが楽しそうに請け負ってくれているので、俺は今完全にフリーである。
決してハブられているワケではない。
まだまだ六、七歳のグループとはいえ、この世界だと初学校を出たらすぐに働き始める子もいるから、精神的にはけっこうしっかりした子が多い。 ……まあ、友達どうしで集まると途端に年相応に子供っぽくなるけど。
大人しい子が多い我らが幼なじみーズは輪をかけてしっかりしていて、大まかに何をどうするという指針さえ出してあげれば、俺が細かくどうこういわなくても自分達で考えて動けるようになってきた。 精神的にも成長していて、喜ばしい限りだ。
俺が引いたときは大抵がエミーちゃんが先頭に立ち、マイシスターはサポート役に回る。 るー君はマイペースなところもあるけど、誰かから言われれば、あるいは言われなくても必要に応じて自発的にフォローしてくれる。 ときどきどこまで本気か解らない冗談を飛ばしてくれることもあるけど、それが見た目によらずムードメーカー的な役割を果たしたりして。
「ふふ、この問題。
誰か一人だけいなくなれば、きれいに六で割り切れるよね……」
「……」
たまーに行きすぎて、ムードクラッシュするときもあるけどな。
更にエミーちゃんもいないときには、二人でフォローし合いながら……または、暴走を抑え合いながらリーダー役になってくれる。
最強の魅力を発揮してくれるので、たとえ大人数でも引っ張ってくれるだろう。
対して、くりむちゃんは真面目に言われた通りにコツコツこなすタイプで、ニコもなんだかんだ言いながらも、それで周りの雰囲気を明るくしながらちゃんとやることはやってくれる。
他の人を引っ張るタイプではないけど、引っ張る側から見ればついてきてくれるタイプとしてはどちらも理想的だと思う。 見ている人が誰もいないときでも、ちゃんと努力しているみたいだしね。
俺という存在にみんなが頼りっきりにならないか、ずっと心配していたんだけど……これなら安心だよ。
「お兄ちゃん、どこへ行くの~?」
「ちょっと息抜きにねー」
俺自身も予定のところまで本を読み終えたので、本を閉じて立ち上がり、大きく伸びをする。 縮みっぱなしだった身体の筋が伸びて気持ちがいい。 そんな俺の様子を見たからか、みんなも伸びを始めた。
みんなが飲んでいるジュースも少なくなっているようだし、ついでに持って来てあげることにしよう。
「そんな、わたしが取りに行くのに……」「わたしも行くの~」
「ジャス様、でしたら私が……」
「いいからいいから。 トイレに行くついでだし」
こぞって立ち上がろうとするエミーちゃんと妹様、そしてマールちゃんを押し止める。
そして、一人で部屋を出た。
「ふいーっ」
不要物のパージを終え、俺は爽快な気分でトイレから出る。 いっぱい出ると、ミョーに嬉しいよね。 誰かに話したりはしないけどさ。
ちなみに、ウチのトイレは底が深いので例のブツを目にすることはない。 備え付けの魔導具で水分を分離し、固形にしたものを回収してもらう仕組みである。 今はリソ君も使わなくなったが、おまーる子ちゃんも同じらしい。
便利だよなーと、今まで何度繰り返したのかも分からない言葉のカウンターをまた増やしたところで、ふとリソ君の部屋のドアに目がいった。
「……顔を出してみるか」
今日もまたリリちゃんが来ているから、二人で遊んでいるのだろう。 すっかりお馴染みとなりつつあるな。
ノックしてみると中からエルリアさんが返事をくれたので、ノブを捻って中に入った。
「おにー!」「おにーちゃ♪」
見ると、リソ君とリリちゃんは絨毯の上に本を広げてお勉強中だったらしい。 顔を上げた二人がそれぞれに笑顔の花を咲かせてくれる。 俺は軽く手を上げて応えながら、靴を脱いで部屋に上がる。
リリちゃんはかなり小柄な子だけど、リソ君も赤ちゃんの頃は身体が弱かったせいで成長がやや遅れ気味だったので、二人並ぶと年齢差でリリちゃんの方がちょっと大きい。 今はひとつ違いだけど、学年でいえば二つ違うからな。
カップルというよりは、やはりお姉ちゃんと弟という雰囲気だ。
「あら? ジャス君、上の方はいいの?」
「うん、ちょっとトイレついでに見に来ただけだから」
お袋はご近所にお出掛けだし、アナさんはお仕事中。 なので、二人のことはエルリアさんが見てくれていた。
とはいってもつきっきりというわけではなく、エルリアさんはソファーに座って適当に本を読んでいたみたいだ。
「二人とも、仲良くやっているみたいだね」
「ええ。 思った以上に気が合うみたい」
俺のことをじーっと見つめる二人に笑顔を返しながら、まずはソファーの方に近づいてエルリアさんと話をする。
今までだったら幼児園に行く日だったリリちゃんだが、リソ君の誕生日に顔を合わせて以来の仲よしっぷりを見たツェリさんの提案で、なんと幼児園へ行く日を変えたそうだ。
リリちゃんの、一対一のコミュニケーションの良い練習になるから、ということらしいが……まあ確かに、リリちゃんの聖少女スマイルに対抗できるのは同世代ではリソ君しかいまい。 マイブラザーも周りに歳の近い子があまりいないから、リリちゃんはいいお友達兼お姉ちゃんだ。
「ところでエルリアさん、何を読んで――」
「え?」
さっきから気になっていた本。
エルリアさんが持ち上げてくれて分かった、表紙に書かれているイラストとタイトルは……。
『ボクはメイドさん!? ~スカートを穿いて、借金返済のため頑張ります~』。
「……」
チャロちゃんコレクションであった。
「これ、面白いわねー♪」
「ま、まあ」
確かに内容は面白いんだけど、主人公が誰かさんと被るんだよね……。
なおストーリーは、事業に失敗してできた両親の莫大な借金のため、主人公の男の子が借金を肩代わりしてくれた大貴族のお嬢様の屋敷へと招かれ、女装させられて住み込みメイドとして働き借金を返していく――というものである。 性別上は問題ないのだが、お嬢様や他のメイドさん達と主人公との絡みにゆりゆりとした淫靡な雰囲気が漂い、ミョーにドキドキさせられるのだ。
人気作のようで、二巻のサブタイトルは『スカートを脱がさないで!』だったりする。
……悔しいけれど、俺も好きなんだ。 その作品。
「ところでジャス君、ちょっと気分転換に――」
「着ませんよ?」
「……残念」
速攻で断る俺。 既にウチの女性陣から、何度となく言われているからな。
雰囲気で分かる。
テーブルの上のカップが空なのに気づき、置いてあったポットで注いであげて幼児ーズのところへ。
「何を読んでるのかなー?」
「びっぐ、はんどさ」
「はんどー!」
反対側から本を覗くようにして腰を下ろすと、二人が言うようにビッグハンド氏の絵本だった。 ステイさんがくれたものとは別に、リソ君用にとわざわざお袋が買って来たものである。
蒼と朱、つぶらな二対の瞳が俺の顔を映す。
「リリ様が、リソ君に読んであげていたのよ」
入れてあげたカップに口をつけ、エルリアさんが補足してくれた。
絵本の中ではちょっと難しい部類に入る本だと思うのに、ちゃんと読めるんだなあ。 リソ君はまだ、カンタンな単語が読めるようになったくらいなのに。
文章はまだサッパリのようなんだけど、セーレお姉ちゃんがいろいろ教えてあげているおかげでけっこう語彙力はあったりする。
例えば「触手」とか。
「へー。 ……リリちゃん、ちゃんと読めるんだなあ。 えらいねー」
「みゅ……♪」
肩にかかる長さの、シルクのようなピンクの髪をなでなでしてあげると、やわらかそーなほっぺに小さな両手を添えて目を細めた。 可愛すぎる……。
もちろんリソ君の頭もなでなでしてあげて、妙なジェラシーを持たないように気をつける。 この子の金髪もけっこう柔らかいんだよな。
俺の髪は、少し固めなんだが。
「じゃあリリちゃん、僕にも聞かせてくれるかな?」
「……ん」
聞いてみると、リリちゃんは素直にうなずいてくれた。 へろーんと頭の左右から垂れ下がった、白いうさ耳が揺れる。
ぐっ……触りたい。
「みゃあああっ♪」
「あ、ごめん」
気がついたら、片っぽどころか両手で思いっきり触っていた。 リリちゃんがぎゅっと目を瞑り、胸の前で両手を合わせて耐えるような仕草でふるふると震えていた。
しかし……外側の短い毛はとても柔らかくふわふわで、内側の産毛は更に繊細。 毛並みに沿ってなでたときのさらさら感もいいが、逆らってなで上げたときのかすかな抵抗感もいい。 何より、ピンクがかったその下の皮膚から伝わってくる温もりが素晴らしい。 しかも、ぴくぴくと動くのだ。
作り物ではあり得ない、本物だからこその感触である。
「みゃああっ、あああっ……!」
「あ」
いつの間にか、また触っていたよ……。 リリちゃんの耳も顔も真っ赤になっているので、いい加減にやめておく。
るー君もくりむちゃんもそうだけど、獣耳ってどーしても触りたくなるよね。 もちろん、親しくない人に対してを触ろうものなら、グーで殴られても文句は言えない。
「もう触らないから、ごめんね」
「……うん」
朱い顔と瞳を上目遣いにして、リリちゃんはうなずいて許してくれた。
隣でリソ君も触りたそうにしてるけど、やめてあげようなー。
『はっはっは。 も、だいじょ……ぶ、だょ』
リリちゃんが絵本を読んでくれるのを、俺とリソ君が静かに聞いている。
ちょっと平坦でたどたどしい読み方だけど、それがかえって一生懸命で微笑ましい。
『――おし、まい』
絵本読み終え、リリちゃんがぱたんと本を閉じる。
ぺこっと頭を下げたのがまた可愛らしい。
「うん、よくできました! 楽しかったよー」
「おおおーーー♪」
拍手をしてほめてあげると、リソ君もマネをして手を叩き始めた。
ウチではみんなが何度も読んであげている本だけど、読む人によって感じ方が違うので楽しい。 最も多く聞かされているだろうマイブラザーも、満足そうだ。
途中からエルリアさんも「ぼくメイ」をテーブルに置いて聞いていたらしく、拍手の中に加わった。
「リリ様、またお上手になりましたね」
「……みゅうっ」
リリちゃんは照れたようで、軽く握った手を口に当ててもじもじしていた。
「ばっちーん! ばっちいいいーーーん!」
リソ君は、楽しそうに手を激しく鳴らす。 お気に入りの、ハンバーグのマネだ。
そして座ったまま、オシリをもそもそさせながら俺に近づくと……。
「ふぁんちー!」
「げふぅっ!?」
なぜか、いきなり俺に腰の入ったいいパンチをくれた。
「ぅぉぉぉぉぉ……」
「おにーちゃ?」
い、息が……。




