485 チョットしたコトです
赤マル急上昇のお天道様が、お空の頂点をその手中に収めようかという頃。
おばあちゃん……と呼びにくいことおびただしい女性達と俺は、リビングに戻ってお茶を飲みながらのんびりと過ごしていた。 ニアちゃんも起き出し、スプーンを持っていつものお仕事をこなしてくれている。
二人ともけっこう飲むので、我が娘が忙しそうに往復している。 嬉しそうな顔をしてるけどね。
「ご近所さんにも驚かれたわ。 『ブランシェさん、もう一花咲かせる気になったのかしら?』って。
ふふふ……流石に、もうそんな気はないのだけれどねえ」
「あははははっ。 あらあら~」
小さいけれど可愛らしいリビングで、優雅にカップを傾けるマダムコンビ。 俺は特に口を挟むことなく二人の会話を聞きながらお茶を飲むだけだが、退屈だとは思わない。
キレイなおばさまとお姉さんを横で見ているだけで十分だよ。 その笑顔に、俺の能力が貢献できたんだと実感できるからな。
「はあ……」
開けっ放しの入口からため息が聞こえて見てみると、クラリスさんがようやく姿を現した。 乱れていたショートヘアは整えられ、服も替わっている。
思いっきり腕を上げて背を伸ばしたりはしないものの、首肩腰をくねらせて身体をほぐしながら中に入ってきた。 「うぅ……ん」と漏らす声が色っぽい。
「クラちゃん、やっと起きてきたわね」
「そろそろ、お仕事の時間じゃないの?」
「うん……そうなのよ」
くねくねしている娘さんに、ローザさんが用意してあった空のティーカップにお茶を注ぐ。
お姉さんはくいっとそれを一気に飲み干し、やっと人心地ついたとばかりに大きく息を吐いた。 顔つきもシャッキリとなった。
ちなみに化粧はしていなかったけど、ツヤツヤのタマゴ肌になった今のお姉さんにはむしろジャマになるだろう。
「疲れているはずなのに、身体の中から力が湧いてくる……変な感じ」
「ふふふ」
ローザさんが一緒に用意してあったカゴをクラリスさんの前に出すと、中にあったパンを取ってぱくぱくと急ぎ気味に食べ始める。 その間に入れてもらったお茶のお代わりをすぐさま飲み干し、お姉さんは荷物を手に少したどたどしい足取りで玄関へ向かった。
お袋達も言っていたけど、マッサージの後は独特の余韻があるらしいね。 だけど、じきに回復するハズなので大丈夫だ。
「それじゃあ、行ってくるわ。
……ジャス君もニアちゃんも、また来てね?」
「うん。 いってらっしゃい」
「らっしゃーい♪」
玄関まで見送りに出た俺とニアちゃんに、お姉さんは微笑みながら小さく手を振ってくれる。 それからくるんと前を向くと、眩むような白い外の世界へと消えていった。
「さあ、私達もそろそろ帰らなきゃ」
「あら……二人共、ここで食べていけばいいのに」
冷やしたお茶をぐいっと飲み干し、セラさんがお暇を告げる。
ローザさんはとても残念そうにしているけど、そろそろタイムリミットだった。
「気持ちは嬉しいのだけど、そうもいかないのよ。 うちの食いしん坊が、お腹を空かせて待っているから」
「あははは」
木刀を振りまくって「腹減ったー」とか言ってそうだよなぁ。 思わず笑ってしまった。
ローザさんもすぐに分かったみたいで、上品に手を口元に当てて笑っている。 確かに、着ているものも含めた雰囲気は落ち着いたマダムのそれだけど、見た目はとても五〇歳超えとは思えない。
「ふふふ……それでは、仕方がないわねえ」
「そうなのよぉ~」
奥さん特有の、柔らかく手を振り下ろすポーズを見せるセラさん。 「ちょっと奥さん、聞いてよ~」のアレである。
今のローザさん同様、実年齢マイナス十五歳で普通に通じそうなセラさんは、加えて普段の服装も言に至るまでも若々しいんだけど……ごくたまーに、奥さんっぽい仕草や口調が出ることがある。 まあ実際に奥さんだし、それどころか孫やひ孫までいるんだけどさ。
「また来月ね」
《パパさんママさん、まったねー!》
見送ってくれるローザさんに、今度は俺達が玄関先で手を振る。
真上から突き刺さってくるような日射しを帽子で防ぎ、首元のチョーカーに魔力を流して冷気を作り出す。 セミ達も暑いだろうに、それでも負けずにやけっぱちな大合唱をしていた。
「ええ。 セーレちゃんにもよろしくね」
「うん、伝えておくよ。 秋休みになったら……ね」
「楽しみにしているわ」
再びニアちゃんをお腹に入れた俺は、セラさんと手を繋いでローザさんの家を後にする。
角を曲がって見えなくなるまで、ローザさんはドアの前で手を振ってくれていた。
「おい、腹減ったぞー!」
『ぷっ!』
帰ると、出てきた師匠の第一声に二人で噴き出す。 着替えたらしく、シャツが白に変わっていた。
ね? とウィンクしてくるセラさんの、まさに一言一句たりとも違わない予想に、ニアちゃんも俺の中で「おおー」と感心している。
「はいはい、買ってきているわよ~」
「よしッ!」
途中で小さな商店街に寄って、俺達は肉の串を買ってきていた。 小さな肉を何個か突き刺してタレをつけて焼いた、焼き鳥みたいなものだ。
師匠の好物らしくて、案の定ガッツポーズをしながら重そうな包みを受け取ると、回れ右をしてダイニングへ駆け込んでいく。
……俺達を放って。
「『兵站は命の綱』っていうけど」
《ママさんパパさん、なんか子供みたーい》
「相変わらず、よく知っているわねぇ……」
俺の呟きとお腹から出てきたニアちゃんのテレパシーに、セラさんは微笑みながら苦笑いという器用な表情を作って見せた。
前世にも「腹が減っては~」という有名すぎるコトワザがあるけど、こっちにも同じような言葉がある。 俺が口にしたのは、親父の持っている軍の教本に書かれているフレーズである。
本当は「兵站と退路は」っていうんだけど。
「よし、稽古るぞー!」
「ほーい」
噛み応えのある、こってりとした串をみんなで食べて満腹感に浸っていると、間もなく師匠が席を立って俺の肩を叩いた。 後ろでくくった、細い黒髪がしっぽのように揺れている。
この人は、本当に元気だよなー。
ところで……食べた後の串は、後日にでも店に返せばいくらか返してくれるか、その分を次回の代金から引いてくれるらしい。 なので、折ったり噛んだりしてはいけない。
こうなることは予想がついていたので、食べる量をほどほどにしておいた俺は素直に席を立つ。 師匠はバクバク食ってたけど……ま、大丈夫だろう。
庭に出て、木刀を持ったおれと師匠が向かい合う。
セラさんも肩にニアちゃんを乗せて帽子を被り、家の壁際に立って見守ってくれている。
俺はさすがに視界を塞ぐ帽子を被るわけにはいかず、チョーカーも使っている暇がないだろうから外していた。
「ジャス坊、分かってるよな?」
「もちろん」
白い歯を見せる師匠に、俺もマネをして同じように笑って返す。 手刀じゃなく、いきなり木刀を持っていることから一目瞭然。
全力で来いよ――そういう意味だ。
「……」
口をつぐみ、小太刀サイズの木刀を両手に持ってまっすぐ――正眼に構える。 対する師匠は、大人サイズの木刀を持った手を下げたまま。
でも、既に手合わせは始まっている。 合図がないのはいつものことだ。
「ほっ」
「……ん?」
やや身体を前に傾け、滑るような足運びでゆっくりと距離を縮める。 師匠が器用に片眉をひそめた。
それはそうだろうな。 初手は最速からの奇策、というのが今までのパターンだったからな。
俺は小さな身体を少し丸めた姿勢のまま近づき、師匠の木刀が届くちょっと手前まで来て――。
「はあっ!」
――手の内から、木刀そのものを打ち出した。
「おうっ!?」
極太の矢と化した木刀は、普通ならビクリと反応はできても避けることは無理だろうというスピード。 しかも、師匠の目の前二メートルほどという近さ。
しかし師匠は難なく反応し、素早く木刀を振り上げて弾きにかかる。
でも、そんなことはハナっから解っているワケで……。
「ほいっ」
実は射出したように見せかけて、触手で長さを延ばしただけ。 まだ師匠の間合いの外であり、振り上げた師匠の木刀は空を斬る。
俺は早歩き程度の歩みから身体を捻って回転し、延ばした木刀を身体ごと横へ振りながら……更に。
シャツの裾から後ろの地面に触手を突き刺し、自分の身体を斜めに押し出して方向を変えつつ急加速!
「てやああーーっ!」
「ははッ!」
それでも、素早く向きを変えた師匠の顔には白い歯が輝く。 大回転打法は師匠の木刀に迎撃され、音だけはホームランのようにこだました。
すごい力で上から叩きつけられた俺の小太刀だが、手元は触手なのでそれを軟化させることで衝撃を殺す。
……俺が直接手に持ってないからって、ワザと叩きつけたな? 直接だったら、俺が手首を痛めるから。
師匠の足元で芝にめり込み、バウンドしたコードつき木刀。 振り抜いた体勢の俺は、そのコードを伸ばして師匠の足元に絡めようとヘビのごとく動かしながら、更にしっぽ――いや、ケンタウロスモードになった後ろ足で芝を蹴る。
「とああああーーーーっ!!」
コードつき木刀の動きから、足狙いを予想したのだろう。 師匠の魔力量では、触手はまともに見えていないはずだ。
ガニ股で足踏みをして触手を避けているところに、俺自身が飛び込んで回し蹴りを叩き込む!
「うぉあっと!?」
コミカルな踊りの最中の師匠は、それでも手のひらで俺の蹴りを止めた。
とはいえ、地にまともに足の着いていない状態では止めただけで、俺の足を弾き返すには至らない。
宙に縫い付けられたように静止した俺は、両腕を振り上げたと同時に木刀を回収し、そのコードを引っ掛けまいとまた足を浮かせた師匠の顔面を狙って振り下ろ――!
「させるかあッ!」
「やっぱかっ!」
横から飛んできた師匠の木刀に狙いを変え、今度は俺の方から小太刀を叩きつけた。
黄色い光の軌跡が空中に三日月を描き、不安定な体勢から繰り出された師匠の木刀を――力で弾き返す。
「こ、硬化――!?」
「もらったああああーーー!」
厚い胸板を晒し、更に体勢を崩した師匠。 一方、俺は宙に浮いたまま再度木刀を振りかぶる。
地に後ろ脚を着けた状態でしっかりと踏ん張り、次こそ脳天から……!
「この辺かあッ!」
「うわああっ!?」
倒れ込むように地へ伏せた師匠に、俺の後ろ脚が蹴り払われた!
ものすごいパワーで薙ぎ倒れそうになり、俺は慌てて首の後ろからエアバッグ状のスライムを出す。 ぽよんと弾んだ俺の身体は、横向きから側転のように一回転して本来の足で着地した。
「危ない危ない……!」
ケンタ足を踏ん張って硬直したせいで、本当だったら蹴られてもダルマ落としの原理でそのまま着地できるところを思いっきり倒されかかったよ。
二メートルくらいの高さはあったから、地面に頭をぶつけたら大惨事だ……。
「あっぶねえ……!」
大鎌のような下段蹴りで芝を刈り飛ばした師匠は、地面を転がって俺から少し距離を置いたところで腹筋のバネを使って弾むように起き上がり、俺と同じことを言いながら身体についた土や草を手で払っていた。 カポエイラみたいでカッコイイな。
手合わせは、ここで一旦仕切り直しになりそうだ。
「お前……また、嫌らしい戦い方になったなぁ」
「あっはっはー。 まあねー」
目を丸くするセラさんと嬉しそうに手を叩くニアちゃんの視線を感じながら、苦笑する師匠にニヤリ笑いを返す。
万全の構えを取る相手を前に、ヘタに動き回ったところで自分が不利になるだけだ。
俺の能力はカウンター向きなのだから、先手を取るにしてもまずは「軽いジャブ」を入れて、相手のリアクションを見てから攻め方を考えた方がやりやすい。 その「様子見」の時点で勝っちゃったなら、別にそれでもいいしな。
ムダに手の内を晒さずに済んでラッキー、という程度。
「触手の使い方……いいえ。 身体も含めて、すべての使い方が巧みになっているわね」
「ありがと」
セラさんからもほめられ、少し照れながら礼を言う。
奇襲にこだわらないのなら、小太刀剣術にもこだわらない。 様子見であれば親父やエミーちゃんみたいなロングレンジの剣術もアリだし、お袋やセーレたんを真似た体術もアリだ。
異次元レベルの想定外なんて狙わずとも、「ちょっと斜め上」なだけでも相手の意表を突くことは十分にできるのである。
歩法の基礎がまさにそうで、マリエルさんにも言われてやっと気づいたよ。
「ちょうどいいから、少し休憩にしなさいな。 この日射しなんだから。
あなたはともかく、ジャス君が倒れたらいけないわ」
「それもそうだな!」
セラさんが手を叩き、師匠も服をはたきながらうなずいた。 って、「俺はいいのかよ!」とツッコまないあたりが師匠だな。
あと……。
「巧みになったのは、アレだけじゃなかったのね……」
セラさんの呟きもスルーしておいた。




