484 乙女もイロイロとツライの?
外ではセミ達が歌い、午前の日射しが小さなリビングに降り注ぐ。
背の低いタンスの上に小さな置物が並べられ、滑らかな卵形に描かれた人形の顔が眩しさに目を細めるようにして笑っていた。
「ははは。 ……無邪気なもんだなあ」
振り返ると、セラさんが小さなテーブルの上でひとりで突っ伏していた。
卓上で曲がりくねる髪は金色の雲のようで、その中で眠る彼女は幸せそうな微笑みを浮かべている。
「はぁあ、あぁぁあぁぁ……♪」
丸めた背中を小刻みに震わせながら、桜色の唇からは艶っぽい吐息と声が漏れる。 たおやかな両腕は弛緩しきって垂れ下がり、手の指は赤ちゃんみたいに軽く曲げ、時折ぴくぴくと動く。
ほんのりと色づいた肌にはうっすらと汗がにじみ、額や顔に髪が貼りついている。 近づいて指先でそっと払ってあげると肌に触れたのか、長く上向きにカールした睫毛をぴくりと震わせて「はうんっ」と可愛らしい声を上げた。
「はは。 もうしばらくお休み」
「ぁぅん」
きっと偶然だろうけど、俺の呟きにセラさんが返事のような声を漏らした。 頬が自然と緩む。
俺は滑らかな背中をひとなでしてから、静かにリビングを後にした。
短い廊下を出て隣にある寝室へと向かう。 ご挨拶の終わったニアちゃんは、俺の中でお休み中だ。
ドアの前に立ち、軽くノックしてみるが返事はない。
「……入るね」
聞こえていないだろうけど、一応声をかけてからドアノブを捻る。
中には小さなベッドがふたつ並び、その上にはそれぞれの持ち主が横たわっていた。 薄いカーテンを通って、柔らかくなった日射しが二人を見守るように包んでいた。
「あぁぁ……すごいわ……♪」
恥ずかしそうに両腕で顔の上半分を覆ったまま、ロザリーさんが不規則に身体を震わせながら仰向けで寝言のように呟きを繰り返している。 その口元にあった小じわは消え、唇にも瑞々しさが戻っている。
癖のあるセミロングの髪が身体の左右に別れてシーツの上に広がり、灰色に近かったそれにもツヤが戻って、来るときに上空から見たフレス川の水面のようにキラキラしていた。
「あああ……」
軽く背中を反らせるようにして震えているロザリーさん。 まれに少しだけ痛むことがあると言っていたが、今は腰痛が再発している様子もない。
服の上から腰に手を置いてみると、柔らかな感触と共に緩やかなくびれを感じる。 失礼だと思って言っていないけど、前に触ったときよりも少し細くなっているような気がした。 浅めの呼吸に上下しているお腹にも、目立つ起伏はない。
リハビリのために体操を始めたらしいから、その効果が出ているんだろうね。
で、肝心のクラリスお姉さんはというと――。
「む、無理……。 こんなの無理ぃ……」
精も根も尽き果てたように、力なく仰向けになっているクラリスさん。 頬にはまだほんのりと赤みが残り、閉じたまぶたを震わせながら半開きの唇から寝言みたいに同じセリフを繰り返している。 しっとりとしたオレンジ色のショートヘアは乱れ、放射状に広がっていた。
両手は身体の両横でひじを曲げ、まるで降参のポーズみたいになっている。 指にはまったく力が入っておらず、見ているとそれぞれの指が不規則にぴくりと動く。
膝下の長めのスカートに包まれた両足は肩幅に開かれ、靴下を履いたつま先の親指がわずかに反ったり元に戻ったりしている。
「クラリスさん、気がついた?」
「ひぅっ!」
優しく声をかけてみると、怯えた子供のようにビクリと全身が震えた。
生まれて初めての触手マッサージは、よほど衝撃的な体験だったらしい。
「……もう何もしないから、安心して」
「う、うん……」
強ばった肩ぎゅっと握られた手から、ふっと力が抜けていく。
そして脱力しきった長いため息をついた。
「ところで、大丈夫?」
「か、かりゃだに、力がはいんにゃひ……」
……まだ無理そうだ。
************
最初は「ばっちこーい!」とばかりに意気揚々だったクラリスさん。 期待に茶色い瞳が輝き、よほど楽しみにしていたんだなーというのがありありと見て取れた。
ロザリーさんからも先にしてあげてと言われ、トップバッターでマッサージしてあげたんだけど。
手のひらに作ったスライムをお腹に押し当てた瞬間――。
「ひゃあああああああっ!?」
電気ショックを与えたように背中を反らせて飛び上がった。
「な、ななななななにっ!? いいいい今の、いったいナニいいっ!?」
両手でお腹を押さえ、ぶるぶると震えながらクラリスさんは目を白黒させた。
「ぷはっ! ……ぷぷぷぷぷ」「あら……ふふふ」
見ていたセラさんは手で口を抑えて横を向いて噴き出し、ロザリーさんも目丸くしたけどすぐに口元を緩めて穏やかに微笑んだ。
「な……なんで!? さ、触られただけでどうして!?」
「まあまあ、落ち着いて」
見る見ると赤くなっていく顔を俺に向けて、クラリスさんは頭を持ち上げて大きな声で尋ねてきた。 開いて見せた両手にはスライムがくっついている。
でも、やっぱりクラリスさんにはそれが見えていない様子だった。 感じる気配から、魔力量はマールちゃんとあまり変わらなそうだったのでそうだろうなーとは思っていたけど。
「ほら。 クラちゃん、落ち着きなさい」
俺の横でぷぷぷと笑っていたセラさんだけど、クラリスさんの頭をなでて再びベッドに寝かせながら優しく声をかけてくれた。
「えっ。 あ、で、でも」
「別に、痛くはなかったでしょ?」
「よ、よく分かりませんけど……た、たぶん」
いい子いい子~とにこやかな顔でなでなでされ、クラリスさんは「子供扱いしないでくださいよぉ~」と、ちょっぴり頬を膨らませた。
年齢的にはお袋よりも上のハズなんだけど、三人兄妹の末っ子で結婚もまだのクラリスさんは俺の目にも子供っぽく映った。 最初は落ち着きがあってしっかりしていそうな印象があったが、そういった面も持ち合わせているようだ。
「えっと……続ける?」
戸惑いの表情を向けてくるお姉さんに、俺から再度確認を取ってみる。
でも、返ってきたのは肯定の言葉だった。
「う、うん。 お願い、するわ。
……お、驚いてしまって、ごめんね?」
「ううん」
ハッキリと単語を発音して、クラリスさんがお姉さんっぽい笑みを浮かべた。
それを見て、俺も優しい笑顔を意識して笑いかける。
「そっか。 じゃあ、身体の力を抜いてね」
「え、ええ……」
再び手のひらを近づけると、お腹に力を入れて俺の手を不安そうに見つめるお姉さん。 ああ……たぶん、またびくーん! って反応して同じやり取りを繰り返すんだろうなあーと思っていると。
俺の隣に立っているセラさんが、クラリスさんの上に覆い被さるように上半身を近づけた。
「もう、そんなに心配しないの。 すぐ良くなるから」
そして、せわしなく指をぴくぴくさせていたのを、手首ごと掴んでベッドに押さえつけた。
「えっ? ……ええ?」
「ほらジャス君、思いっきりヤっちゃいなさい♪」
「え、いいのかな……」
戸惑いの声をあげるクラリスさんに対して、セラさんは口をねこの形にしてイタズラっぽい笑みを浮かべている。
コレなら、セラさんの身体にさえぎられてクラリスさんからは俺のマッサージが見えなくなるだろう。 小さな子に予防接種するのと同じようなものだと考えれば、確かに有効な方法かと思われる。
でも……このままやって、いいのかな?
俺は視線をロザリーさんに向けてみるけど、そのお母さんは「仕方ないわねえ~」という感じで、頬に手を添えた顔を斜めに傾けていた。
お母さん的にはOKらしい。
「ちょっ、ちょっと待って! ま、まだ心の準備があ……!」
「もうっ。 後が支えてるんだから、さっさとヤられちゃいなさいな♪」
クラリスさんは膝を浮かせ身体をよじらせながら抵抗を見せるが、セラさんは更に自分の身体ごと胸の上から追い被さって完全に押さえ込んでしまった。
思いっきりセラさんの本音が聞こえたような気がしたが、クラリスさんは今日も仕事があると聞いている。 時間に余裕がないのも確かだった。
初めのときのロザリーさんと同様に、オドの浸透率はイマイチっぽかったからそれなりに時間をかけないとダメだろうし。
「いやっ! だめえっ……!」
なんとか動く腰……というかオシリを左右に動かし、いやいやと首を振るお姉さん。
「ほらジャス君、今の内に」
「……」
いや……コレ、本当にやっちゃっていいのか?
「ふふふ」
慈愛に満ちた微笑みを浮かべたお母さんは、傾けていた頭を反対側に動かしただけである。
……意外と容赦のないお母さんだった。
「まあ、優しくするから……」
「いやああああーーんっ!」
ものすごーい罪悪感と、わずかな背徳感を抱きながら。
俺は、再びスライムを張りつけた手のひらをクラリスさんのお腹に押し当てた。
************
お姉さんの潤んだ瞳に見つめられながら回想していると、視界の端ででロザリーさんがゆっくりと起き上がるのが映った。
とっさに近づき、背中に手を添えて起き上がるのを手伝ってあげる。
「はあぁぁぁ……」
「ロザ……ローザさん、大丈夫?」
「ええ、ありがとう」
身内なのにフルネームなのもどうかと思って愛称で呼ぶと、ローザさんは少し疲れているらしいものの、とても晴れやかな笑顔を見せてくれた。
小じわが消えた顔にはツヤが戻り、おばさま……と呼ぶのにも一瞬首をかしげたくなるほどに若々しくなっていた。 小柄な人なので、可愛らしいという形容にさえさほど違和感がない。
だけど、俺に向けてくれる笑みには確かな年輪を感じさせる深みがある。 背中をさすると目を細めて、より一層温かみのある微笑みを見せてくれた。 淡く爽やかな、シトラスに似た香りがふわりと鼻をくすぐり、見ていると心が安らぐ。
癒された気分になっていると、軽快な音でドアがノックされた。
『ローザさん、クラちゃーん? 入るわよー』
すぐにドアが開き、スッキリとした表情のセラさんが現れた。 乱れていた髪や服も元通りだ。
「あら? ローザさん、また綺麗になったわねー♪」
「うふふ。 そんな……♪」
謙遜するローザさんだけど、口元が緩んでいる。 セラさんがベッドに近寄り「そういうあなたこそ」「いえいえー」と、二人でほめ合いを始めた。
その様子をクラリスさんは隣のベッドから首を横にして、ぼーっとした瞳で見つめている。
「お母さんも、セラさんも……どうして、そんなにすぐ起きられるの……」
自分の母親と義姉の母親の元気っぷりを見て、信じられなさそうに目を瞠るお姉さん。 二人は顔を見合わせてふふふと笑っている。
セラさんは普段から鍛えているっぽいから体力があるし、マッサージも慣れてるからなぁ。 片やロザリーさんは身体は弱いけど、その分オドを染み込ませるようにゆっくりと時間をかけてマッサージをした。
それに比べると、クラリスさんの場合はジタバタと抵抗するから短時間で終わらせたもんなぁ。 まあ、オドが浸透し始めるとすぐに大人しくなったけど。
刷り込んだ量は少なかったとはいえ、初めてなのもあって余計に疲れたんだろう。
「クラちゃんは抵抗しすぎなのよ」
「そ、そんなことを言われても……」
チラリと俺の顔を見て、またクラリスさんの頬がピンク色になる。
お姉さん、イロイロと激しかったもんねえ……。
「だけどクラちゃん? そのおかげで、お肌のツヤがずいぶんと良くなったわよ?」
「あら……そうねえ」
「……えっ?」
頬を膨らませていたクラリスさんだけど、次のセラさんの言葉を聞くと、頬の空気が抜けて口を半開きにした。
セラさんに同意しているローザさんは、軽く目を細めてはいるけど……娘さんの隣のベッドまで少し離れているのにもかかわらず、肌ツヤの細かい変化までしっかりと見えているようだ。
俺と同系統の、碧色の瞳がキレイになっている気はしていたが、もしかすると視力も改善しているのかもしれない。
まったく……俺のオドって、よく効くな。
「ほら、自分で見てみて」
「あ、はい……ふあっ!?」
ローザさんからセラさんを経由して手鏡を受け取り、横になったまま覗き込んだクラリスさんが目を丸くした。 そして中指で特に目尻や目の下あたりを触りながら、驚きの声がだんだんと蕩けたように甘くなっていく。 口元も緩み、すごく嬉しそうだ。
もともと若いんだから気になる所なんてないと思っていたけど――それなりにお悩みがあったらしい。
ちなみに、汗をいっぱいかいてクラリスさんのメイクは既に取れている。 気を失った後で、セラさんがキレイに拭き取ってくれた。
「うそ。 まったく、残っていないわ……すごぉい♪」
嬉しさを堪えきれずに笑い始めるお姉さんの姿を見て、俺も救われた気持ちになった。
「口で言っているだけで、本当に嫌がってるわけじゃないから」ってセラさんが言うから構わずにマッサージしたけど……内心ではドッキドキだったからな。
「どう? スゴイでしょ?」
「は、はい……っ♪」
ニヤニヤと笑いながらのセラさんの問いかけに、クラリスさんもニヤニヤ顔で手鏡を見つめながら何度もうなずいた。
「これを毎月ジャス君にしてもらえば、あなたもキレイになるのよ?」
「……」
耳元に顔を近づけ、セラさんがささやくような声で言うと、お姉さんの潤んだ瞳が俺の目を捉えた。 恐らく興奮で紅潮していた顔が、更に朱みを増す。
やがて緩んでいた唇から、ためらいがちに言葉が紡がれた。
「じゃ、ジャス……君?」
「は、はい」
「つ、次は――」
「……」
お姉さんの声が途切れる。
こくんと、白く細いのどが可愛らし音を立てた。
「次は、も、もっと。
や、優しく……して?」
「……はい」
手鏡で口元を隠しながらなされた、乙女のお願い。
俺に、うなずく以外の選択肢はなかった。




