483 モテる男はツライよ?
セラさんに抱きしめられていて分からないが、今回は師匠も家にいたようだ。
「よう、久し振りだな!」
「おふぃはひぶいー」
「んあっ……♪」
セラさん、いい加減に離して……。
振り袖とは永遠に縁のなさそうな二の腕を必死にタップし、更にぎゅっとされていた状態からなんとか自由を勝ち取る。 さすがに窒息してしまうよ。
「……ふぅ。 師匠、お久しぶりー」
冷却チョーカーを作動させて涼を取りながら、セラさんの後ろにいる師匠に手を上げて挨拶する。 師匠は白い歯を見せてニヤリと笑った。
ランニングシャツにハーフパンツ、下はサンダルという超ラフな格好な師匠だけど、小麦色に焼けて引き締まった身体に黒系の服を着ているので、オッサンっぽさよりもワイルドさが際立つ。 黒い後ろの髪だけを伸ばしてヒモで縛っているのもいい感じだ。
コレが普通の日本人のオッサンだったら、どこかの放浪画家の先生みたいになっているんだろうなあ。
師匠はいつの間にかニアちゃんをゴツイ手の上に乗せて、これまた硬そうな人差し指で小さな頭をなでなでしていた。 ニアちゃんは頭を指で押されて上下にガクガクさせているけど、嬉しそうだ。
「で、そちらの方は……精霊様か」
師匠は俺の背後に目を向けると、表情を引き締めて背中を伸ばす。
すると、後ろにいたアーンさんが砂を踏んで俺の横を通って出てくると、少し前で立ち止まりシルクハットを脱いだ。
「ええ。 私は、二人の監督役を仰せつかっております、アーンスロール・マンダールと申します。
契約者の妻はこの場にはおりませんが、ご容赦を」
「ジャスパーの祖父で、陸軍剣術指南役のヴィンス・オリオールと申します。 こちらこそ、この様な格好で失礼を」
「ははは。 非番のようですので、構いませんよ」
ビシッと靴を……履いていないので、サンダルを鳴らして敬礼をする師匠に、アーンさんは透き通った笑みで応える。
同じ軍人であっても御使いは指揮系統が違うから、場合によって上下関係が変わるらしい。 だいたいは御使いの方が優先させるって聞いたけど。
師匠が敬語になっているのを見て、改めてアーンさんってすごいんだなーと思った。
「よろしければ、お茶だけでもお召し上がり下さい」
「では、失礼します」
師匠は着替えてくると言って玄関で一旦別れ、俺達はセラさんにリビングへと通される。 ウチと比べると庭が広い代わりに家は小さいんだけど、間取りは一緒だ。 ここのリビングはダイニングとは別になっていて、ウチで言うとリソ君の部屋に当たる。
部屋の入口で靴を脱ぎ、靴下で中に入ってソファーに座る。 アーンさんも革靴を消して俺の横に腰掛けた。 身長も座高も、俺とほとんど変わらない。
間もなくセラさんがキッチンからお茶を持って来てくれて、師匠もカジュアルな上下になって戻ってきた。 二人は俺達の対面に座っている。
「……うん、いい香りですね」
「ありがとうございます」
ウチでやったように、アーンさんは淹れてもらったお茶のカップを手に取って目を閉じ、まさに味わうようにして香りを楽しんでいる。
テーブルの上ではニアちゃんが俺のカップを覗き込み、匂いを嗅いで「おおー、ちょっと違うねー!」とその違いに感心している。 違いの分かるレディに育ちつつあるようで、親として嬉しくなるな。
その間に、師匠とアーンさんが差し障りのない雑談を始める。
「ほう! では、貴方の御息女とジャスパーが」
「ええ。 珍しく話の合う友達が見つかったと、娘も喜んでいますよ」
お互いに子供――俺は孫だけど、がいるとなると話題は必然的にそうなる。
マーヤさんって、孤児院時代から人間観察が趣味らしいからなあ。 社会的な話題や哲学っぽい話題も好んで話すので、どうしても同年代の普通の子達では話について来れないのだ。
「ふふふっ。 個性的な娘さんのようですわね」
「ははは、ジャスパー君には及びませんよ」
なんだか、セラさんの俺を見る目が生温かい。 師匠もビミョーな顔をして俺を見ている。 アーンさんは相変わらずだけど。
どういうリアクションを返していいか分からず、俺もあいまいに笑って流す。 日本人お得意のスルースキルである。
「……おっと。 そろそろ時間のようです」
黒犬さんとの約束の時間が近いようで、アーンさんが立ち上がった。 師匠達も立ち上がろうとしたが手でそれを制し、彼は靴脱ぎ場で再び靴とシルクハットを具現化させると紳士っぽい挨拶をして出ていった。
それから、残された四人でのんびりお茶を飲もうかという空気になり始めたところで、セラさんがそれを断ち切るような声を出した。
「さ、そろそろ私達も行きましょ」
「……そうだね」
お出掛けの準備は万端という格好のセラさんの目が、まっすぐ俺に注がれている。 ニアちゃんにシュガーを入れてもらったお茶を飲みながら、俺はその意図をすぐに察した。
先月よりも更に早くセスルームに来た理由はひとつ。
「ん? お前ら、これから出掛けるのか?」
「もうっ、昨日から言ってるじゃない! ローザさんとクラちゃんが待ってるのよ」
師匠の問いかけに、セラさんが呆れたような顔をしている。
そう。 今日は二人に美容マッサージをしないといけないのだ。
若返ってお祖母ちゃんと呼びにくくなったロザリーさんはもちろん、親父の妹であるクラリスさんは時間がなくて前回お預けになったからな。
今日行くことは連絡済みだから、きっと家で待っていてくれているハズだ。
「……ああ! そういや、そうだったなぁ」
久々に稽古れると思ったのになぁ、と呟きながら、師匠がぐいっとお茶を飲み干す。 どうやら、師匠は一緒に来ないようだ……って、来ちゃったらマッサージできないか。
セラさんがまた呆れ顔をしているが、俺もすぐに手合わせができないのは残念だ。
テンションの下がった師匠に、今度は俺から声をかける。
「師匠ごめん。 時間があるなら、帰ってから付き合ってよ」
「おお、任せとけ! お前らが帰るまで、木刀でも振って待ってるぜ」
途端に師匠のテンションがV字回復した。 拳をぐっと握り、力強い返事をもらう。
こりゃきっと、お昼くらいに帰っておやつを食べたら、すぐ稽古になるなあ。
「よし、早速振ってくるか!」
「まったく、あなたったら」
「あはははは……」
既にヤル気満々な師匠に、セラさんと俺は顔を見合わせて苦笑いを交わした。
セラさんと一緒に手を繋ぎ、セスルームの石畳を歩く。 ニアちゃんは俺の中にインストール済みである。
半袖の涼しそうなブラウスに、膝が見える短めのスカート。 ツバの大きな白い麦わら帽子を被っているセラさんは、大人用の少し大きい冷風扇子で扇ぎながら俺の顔を見ては微笑んでくれる。
背中まで伸びるウェーブがかった髪が魔導の風に揺られ、帽子の影から出た毛先に朝の光が当たってキラキラと輝く。
「はあ……暑いわねえ」
「だねー」
悪魔的なナイスバディを隠すためか、お袋は歳不相応な地味な格好を好むのに対し、バランスのいいプロポーションを誇っているセラさんは逆に若々しい服装が好きみたいだ。
ただでさえ陽気で若々しいセラさんがそんな格好をすると、本当に自分はこの人の孫だということが信じられなくなる。 お袋と並んでいると姉妹にしか見えないし。
「そのチョーカーって、魔導具よね? ……それ、あの子のところの?」
「うん」
「……ちょっといい?」
あの子とは言うまでもなく、るー君のことである。 まだこっちでは発売されていないようで、セラさんは繋いでいた手を一旦離し、珍しそうな目で俺の首元に手を伸ばしてチョーカーを触り始める。 発動中だから、セラさんの指や手には冷気が当たっているだろう。
歩きながらなので、不意にセラさんのしなやかな指が直接首やあごの下などに触れ、その度にぞくぞくっと電気が走る。
「うふふっ。 ジャス君、魔力の制御が上手になったわね」
「ひぅっ……あ、ありがと」
びくびく震えながらもチョーカーを発動させている俺を見て、セラさんが蒼い瞳を細めて笑いながらほめてくれる。
日常的にいろんな魔導具で練習を重ねた結果、俺もようやく普通にコントロールできるようになってきた。 一般的に使われる魔導具はどれも、必要とされる魔力の注入速度や濃度も大差ないようになっているので、その感覚を掴めばカンタンなのだ。
俺の場合、細かく調整できすぎてしまうせいでムダに難しく考えがちなんだよね。 入れる魔力量だけキッチリ絞っておけば、あとはむしろ頭を空っぽにして適当にやっても、普通に使う分にはまったく問題ない。
今はその「適当」の範囲内で気まぐれに濃度や魔力成分をいじくり、半分遊びながら魔導具を使っている。
「さ、着いたわね♪」
セラさんにくすぐられてくねくねしながら歩いていると、いつの間にかロザリーさんの家の前に着いていた。
これまた、いつの間にかとても上機嫌になっていたセラさんは俺とアイコンタクトを交わしてから、軽く握った手の甲側を木のドアに向ける。
そして、軽快な音で叩きながら中に声をかける。
「ごめんく――」
『はあああああああああーーーーーいっ♪』
「早っ!?」
ごめん、のところでノックした瞬間、ドアの向こう側でクラリス姉さんの声が。 あまりに早すぎる。
まさか、ドアの前で待機していたんじゃないだろうね? チラリとセラさんの顔を見上げると、やっぱり目を丸くして固まっていた。
……そんなセラさんも、俺がノックしたときの反応速度はドッコイドッコイだったような気がするんだけど。
「ジャス君、待ってたわよーーーーっ!」
「ど、ども……」
ドアを開けたクラリスさんは、ものすっごい笑顔で俺達を迎えてくれた。
ずっと、大人しそうなお姉さんだと思ってたんだけどな……。 だんだん、俺の中でクラリスさんのイメージが崩れてきた。
まあ、決して悪い意味ではないんだけどさ。
「セラさんもおはようございます! さあ中へ」
「ふふふっ。 ええ、お邪魔するわね」
ハイテンションなクラリスさんに、セラさんも笑っている。
手を引っ張られている俺に連なって、セラさんも一緒に中へと入った。
「ああ……いらっしゃい」
こぢんまりとしたリビングに入ると、ロザリーさんがイスに腰掛けてふんわりと笑いかけてくれる。
小料理屋の女将さんから上品なおばさまに若返ったロザリーさんは。
「おはようございま……す?」
――また、少しだけ女将さん側に戻っていた。
「一ヶ月振りね……とても待ち遠しかったわ」
「あはははは」
セラさんと一緒に小さなテーブルの席に座ると、俺はニアちゃんを外に出す。 で、元気にご挨拶。
それが終わると、ロザリーさんがまっすぐ俺の顔を見つめてきた。 キッチンから飲みものを持って来たクラリスさんもロザリーさんの隣に腰を下ろすと、ショートの髪を揺らして激しく首を縦に振っている。
「ローザさん……やっぱり、少し効果がなくなってきたわね」
「ええ、そうなのよねえ……」
セラさんがロザリーさんの顔を覗き込むようにしながら言うと、おばさまはアンニュイな表情を浮かべてゆっくりとうなずいた。
「また、ジャスちゃんにしてもらえると嬉しいのだけど……」
「うん、それはもちろん」
普通にロザリーさんに会いに来たのもあるけど、俺が来たのはそのためでもあるのだ。
「も、もちろん、私にもしてくれるのよね?
わ、私も……セラさんや、お母さんみたいになれるのよね!?」
「た、たぶん」
クラリスさんの食いつきっぷりに、ちょっと引きながらも返事をする俺。
迫ってくるお姉さんの顔は十分にキレイなんだけどな……薄く化粧はしているけど。
きっと、俺には分からない乙女の悩みがあるのだろう。 セラさんも穏やかに笑っている。
……しかし。
「ふふふっ。 ……もちろん、私にもしてくれるわよね?」
「へ?」
ジュースに口をつけていると、隣からセラさんが身体を寄せてきてささやくように話しかけてきた。
「だってほら。 帰ったらあの人がいるし……」
「……ああ」
そういえば、師匠が休みだから向こうでマッサージするのは都合が悪いのか。
「ジャスちゃん」
「ジャス君」
「ねえ、ジャス君」
「……」
三人の女性に、一斉に迫られる俺。
なんだ、この状況……。
昼までに帰れたらいいなーと思いながら、俺は両手からにょろりと触手を出すのであった。




