415 ミステリアス親子
ジャラジャラジャラと、車輪が砂利道を走る音と振動をBGMに、車は大通りをまっすぐに進んでいく。
魔力で動く車にはもちろん馬の蹄の音などは聞こえず、しかし呻るようなエンジン音も聞こえない。 静かなものだった。
「あはははははっ、はやーい!」
後ろのシートでは、ニコがテンション高くはしゃぎっぱなしだ。
幌のかかった車内は薄暗いけど、のれん状に縦のスリットが入った側面の布が風に揺れ、外の光と風を取り入れてわりと頻繁に明るくなる。 その隣に座っているくりむちゃんは声こそ出さないものの、スリットを開いて大通りの車道を走る外の様子を楽しそうな表情で眺めていた。
《んー……そんなに速い?》
俺のひざの上で、小さな我が娘が三頭身の小首をかしげている。 そりゃあ、空を飛べるニアちゃんからすればなぁ?
……と言いたいところだが、前世の自動車を知っている俺から見ても、この魔導車のスピードはそれほど速いとは感じない。 せいぜい、自転車よりは速いかも? というくらいだ。 ハッキリと覚えているわけじゃないけど、たぶんセスルームとの定期便で乗った馬車の方が速いだろう。
だけど街中だし、このくらいの方が安全でいいかもしれない。
「ははは。 でも、楽でいいじゃないか」
《だねー》
大学院は、王都の南部を東西に走る大通りの海側――つまり西の方にあるらしい。 逆に東へ行くと繁華街があるハズだけど、どちらも俺の住んでいる近辺からするとかかる時間は同じくらいだとツェリさんは言っていた。
歩いて行くにはちょっとばかり遠い距離だと言えるな。
「はあ~、涼しいの……♪」
スリットから入ってくる風に、マイシスターが目を細めている。 隣の席で静かにため息をついている様子は、普段よりも少しだけ大人っぽく見えた。
さっきから頻繁にツェリさんへ話しかけている俺の方が、今は子供っぽいかもしれない。 話題は車の運転方法と、この年齢不詳な白銀メイドさんの息子さんについてだ。
「――じゃあ、小さい頃からずっと執事の?」
「はい。 夫は代々ラピヨーネ家にお仕えすることを生業としておりますので」
ツェリさんいわく「まだまだ未熟」という息子さん。 聞けば聞くほど、逆の意味で信用できそうにない。
今年十四歳になったそうだけど、家で執事修行をしながら大学を出て、いずれるー君のお姉さん――リティシアさんの秘書役になるべく更に研鑽を重ねているらしい。
大学院に着いたとき、果たしてどんなパーフェクト執事さんが姿を現すコトやら。
――走り続けることもうしばらくして、とうとう大学院に到着した。
西海岸の軍総本部と王城に次いで、王都で三番目に大きな施設だという大学院はさすが、車のまま中に入れるらしい。 通りの延長かと思うくらいに大きくて開けた入口から敷地に入り、地下の駐車場へ。
幌の中がかなり暗くなってしまったので、座席の横に備えつけられている小さな明かりに魔力を入れる。 運転手が車の運転に魔力を集中できるようにするため、セルフサービスである。
地下に入る前に見た敷地の地上部分は、城と似たような印象だった。 あちこちに大きな建物が見え、その周囲の道の端には草木が植えられていていた。 普段がどのくらいかは知らないがそこそこ多くの人が歩いていて、珍しそうな顔で俺達の車を見るのが印象に残った。
他にも魔導車はないわけではなかったけど、ほとんど業務用っぽかったからな。
「皆様、お疲れ様でした。 到着で御座います」
「ほへえー」
地下駐車場の空きスペースに車が止まる。 はしゃぎ疲れたのか、ニコが気の抜けたような声を出した。
俺はニアちゃんを収納すると、座りっぱなしで身体が強ばり、微妙な振動の余韻がまだ残っているのを感じながら車を降りる。 駐車場内はあまり天井が高くなく、明かりもちょっと弱めだ。 夜明け頃の俺の部屋みたいな感じ。
「あっ、ママとセラさんだ~」
隣の車の陰からお袋達が出てきたのを見て、セーレたんがほわ~んとした声を上げる。 妹様もそうだが、二人の金髪は薄暗い地下でも光を反射させ、周りがちょっと明るくなったように見える。
「あら~」「二人とも、身体は痛くない?」
『大丈夫ー』
セラさんからの言葉に答えがハモる俺達。 その横ではエミーちゃんとエルネちゃんも姿を現し、二人とも自分で自分の肩を揉んでいた。
姉妹そっくりの仕草に、思わず笑いが漏れてしまった。
「ちょっと疲れたわ……」「はあ……緊張したあー」
「はは、お疲れさん」
薄暗いので黒髪っぽく見える二人に声をかけると、少し疲れたような笑みを返した。 特にエルネちゃんの方が疲れているようで、ちょっと背中が丸くなっていた。
……で、そこでふと気づく。
「あれ? そういえば、ツェリさんの息子さんは――」
「お呼びですか?」
「ぬおおおっ!?」「ひゃんっ!?」
いきなり背後から知らない声で話しかけられ、俺もセーレたんもビックリした! 全然気づかなかった……。
慌てて振り返ると、そこには黒の執事服を着た青年――というか、青年と少年の中間くらいの男の人が立っていた。
「これは失礼を致しました」
そう言って白い手袋に包まれた右手を胸の前に添え、優雅に頭を下げる男の人。 肩につかない程度の白銀の髪がサラリと流れ、上げた顔には涼やかな笑みを浮かべている。 狐のように細めた灰色の瞳が、薄暗い地下で淡く光って見える。 恐ろしく整った美少年顔だ。
体格はスマートで、身長はツェリさんよりも少し低いくらい。 とはいってもツェリさんは女性としてはけっこう背が高いため、見た目の年齢からすると十分な背丈だろう。 一六〇センチ以上はあると思う。
ビックリしてしがみついてきたセーレたんと二人で自分の胸をなで下ろしながら、男の人のルックスを確認した俺が声をかける。
この、底のまるで見えない雰囲気は……もしかしなくても、その通りだろう。
「えっと。 あの、もしかして、あなたはツェリさんの」
「はい。 ジャスパー・オリオール様、セレスティア・オリオール様でございますね?
平素より母が大変お世話になっております」
スラスラと淀みなく言葉を紡ぐ青年。 指先までまっすぐに伸ばした立ち姿といい、とても洗練された印象を受ける。
「私、ツェツィーリエの息子でラピヨーネ家の執事見習いをしております、ユーリアス・ビルケンシュトックと申します。
お気軽にユーリとお呼び下さい。 以後よろしくお願い致します」
「ど、どうも……」
「はじめまして~」
俺達も一旦手を離し、ぺこりと頭を下げる。 妹様はお嬢様モードのスイッチが入ったらしく、一歩退いてスカートを摘みカーテシーで挨拶している。
それだけで周囲が一段階明るくなったように感じるのは、俺の気のせいだろうか。
「これはこれは。 ご丁寧に、ありがとうございます」
更に目を細めるユーリアス……ユーリさん。
キッチリとした外見に隙のない所作。 さすがツェリさんの息子さんである。
ニアちゃんが中で「よく似てるねー」と呟いたのに対し、俺もテレパシーで同意する。
「では。 申し訳ございませんが、母の手伝いをして参りますので、失礼致します」
「ど、どうぞ」
「はい~」
どうやらツェリさんは車の幌をたたもうとしているらしく、ユーリさんは髪をサラッと広げて身体を回転させて歩いていった。
「……ジャスくう~ん」
親子で作業をしているのをなんとなく眺めていると、後ろから間延びした声が聞こえてきた。
振り返ると、メイド服姿のエルネちゃんが、俺の両肩に手を乗せてくた~っとひざを曲げた。
「エルネちゃん……えらく疲れてるね」
「うん~」
エルネちゃんは身体の力を抜いて、真正面から顔を近づけてくる。 ちょ、近い近い!
すぐ隣で俺を見ているセーレたんから左手を握られながら、少し背中を反らせて話を聞く。
「ずっと隣だったんだけど……緊張しちゃって、肩凝っちゃった」
「そうなんだ」
メイドの先生としてツェリさんに頭の上がらないエルネちゃん。 似たような雰囲気を持つ息子さんの隣で、恐らくカチカチになっていたんだろう。
「エルネちゃんって、今までユーリさんに会ったこと――」
「お呼びですか?」
いきなり背後から声をかけられて、俺達三人は飛び上がった!
「うおああっ!?」「きゃあああっ!?」「ひゃうん!?」
地下に甲高い子供の声が響きわたる。 セーレたんは手を離し、ぐったりしていたエルネちゃんはバネのようになって背筋を伸ばした。
「おや、これは失礼を」
ビックリして振り向くと、さっき離れたばかりのユーリさんが再び真後ろに立っていた。 い、いつの間に。
というか、気配を感じなかったのもそうだが、そっちを向いていたハズのエルネちゃんさえ気づかないって……どんだけ隠密性が高いんだこの人は。
一度目で見れば、魔力も感じられるようになるんだけど。
《ニアも、ちょっとビックリしたよー》
どうやら、ニアちゃんも気づかなかったらしい。
「呼ばれたような気がしたのですが」
にっこりと唇に微笑みをつくって尋ねてくる美少年執事様。
どうも、分かっててやっているような気がするのは思い過ごしだろうか?
「い、いい、いえ……何でもないでしゅ!」
慌ててエルネちゃんが答えるが、疲れているせいもあってか少し噛んだ。 気づいて、恥ずかしそうに目を逸らしたのが可愛らしい。
だがユーリさんはまったく動じることなく、完璧な笑みでそれを流す。
「そうでしたか。 私の聞き違いだったようです」
では失礼致します、と頭を下げ、執事さんはまた作業に戻っていった。
『……はあ、ビックリしたあ~』
俺とエルネちゃんの声が重なる。 妹様も長いため息をついていた。
「うふふふ~。 しっかりとした息子さんね~」
お袋はのほほーんと笑っているけど、ちょっと違うと思う……。




