414 むかえがくるまで
六月十九日、精霊の日。
多少雲はあるものの晴れと言える今日、師匠の模擬試合があるのだ。
いつもなら学校の体育館を借りて武術の練習をする日だけど、今日はそれをお休みして幼なじみーズのみんなも一緒に観に行くことになっている。
「しかし、大学院かぁ」
その会場は、なんとフォルクバング大学院。 この日はオープンキャンパスになっているらしく、使節団を含めた多くの見学者を招いて一部の施設や講義を一般公開しているんだとか。
大学院はこの国でも王都にあるものが唯一……というか、三大国家にもここほどの規模のものはないらしい。 高校が既にいろいろな職業に就くための実践的な教育をしているため、大学院では更にその上のエキスパートや研究者を育てるための機関となっているようだ。
そこで師匠は、国を担うエリート騎士の卵達を相手に「特別講義」という形で、他の臨時講師と共に模擬試合をすることになっているらしい。
「どんな所だろうな」
「う~ん」
俺のひとりごとに、横でセーレたんが小首をかしげている。 向こうに着いたらたくさん歩くだろうからと、今は俺と妹様の部屋で脚を伸ばしてのーんびりと待っているところだ。
今日のハニーは俺の贈った白いバレッタで横の髪を後ろにまとめ、外行きの上品なドレス風の白いワンピースを着ている。 この子には白がよく似合う。
勉強会ではないので、テーブルはいつもの小さいのがひとつ出ているだけ。 その上にもジュースなどは置かれておらず、ニアちゃんの陣地と化している。 ……途中でトイレに行きたくなったら困るし。
だからみんなは部屋のあちこちで適当にくつろいでいて、俺はセーレたんとエミーちゃんの三人でテーブルを囲み、ニアちゃんを愛でている。
ニコは窓の外をぼーっと眺めていて、くりむちゃんはベッドの上で女の子座りをしてしっぽを振りながら、俺の参考書を読んでいる。 イラストが気に入ったようで、耳をぴくぴくさせては「かわいい……」としきりに呟いている。
エルネちゃんはベッドの端に腰を下ろし、くりむちゃんをなでなでして嬉しそうにしていた。
「ものすごーく大きいらしい、っていうのは知ってるんだけどね」
エミーちゃん達はもちろん、メイド服姿のエルネちゃんも行ったことはないらしい。
この国の規模を考えると、それこそ前世の大学並かもしれないなーとは思っているんだが。
今日大学院へ行くのは、幼なじみーズ全員とニアちゃんにエルネちゃん、あとはお袋とセラさんの予定だ。 ニアちゃんは俺の中に入れるとしても総勢十人という団体になるため、ツェリさんが足を用意してくれることになっている。
なので、るー君以外の全員がウチに集まって迎えを待っているところなんだけど――。
『みなさん、お迎えが来ましたよー!』
ノックと共に、ドアの向こうからチャロちゃんの声が聞こえてきた。
「おっ。 じゃあ、行くか」
俺とセーレたんが同時に立ち上がり、みんなにも声をかける。
「ニコ。 トイレに行きたいなら、今のうちに行っておくんだぞー」
「うん、分かったー!」
「急げよー」
ニコが手を上げ、チャロちゃんの開けたドアをいちばんに出ていく。 女の子達はそろそろ人前で「トイレ」と言うのは恥ずかしくなってきたようで、待っている間にさり気なく順番に席を立っていた。
……なのに、なぜかみんな視線で俺に許可を求めてくるんだよなぁ。 その度に俺はうなずいて了承していたので、俺もまだ行っていなかったりする。
俺も念のために行っておこう。
リフレッシュして服装を直し、トイレの外で待たせていた我が子を再インストールして玄関に向かう。
ドアのそばにはマールちゃんが立っていた。 どうやら俺が来るのを待っていてくれたようだ。
「ジャス様、行ってらっしゃいませ」
「うん、行ってきます。 家のことお願いね」
「はい」
メイドちゃんズも行きたそうにしていたけど、一日がかりになりそうなのでリソくんを連れて行くのはちょっと難しく、親父も今日は夜勤コースで仮眠中だから家を空けるわけにはいかない。
スキンケアのおかげですべすべの手を握って留守をお願いし、開けてもらったドアから外に出た。
そこで俺が見たものは――。
「……まじっすか」
二台の乗り物が家の前に停められていた。 さすがに十人がまとめて乗れる足はなかったようだ。
パッと見たところ、幌馬車のような乗り物。 だけど登城したときに使った箱馬車と比べると前後に長い代わりに高さがなく、室内で立ち上がることはできそうにない。
下半分は木と金属を組み合わせた箱形構造で、上の幌は開閉可能になっているように見える。
最近は昼になると汗ばむこともあるから、涼しそうでいいや――って、そんなことはどうでもいい!
「おはよう御座います」
「おはよう、ジャス君」
みんなは既にほとんど乗り込んでいるようで、玄関先には深々と頭を下げるツェリさんと、今日もキュロットなるー君だけが立っていた。
朝の日差しを受けて、主従コンビの髪がそれぞれ白銀と淡いピンク色に輝いている。
「あ……お、おはようございます」
小さな手を振るるー君に癒しを感じながら、今は言いたいことを取り敢えず引っ込めてご挨拶。
だが黙っていられるわけもなく、すぐに俺は乗り物に向かって指を差した。
「ところで、それ……」
「どうかされましたか?」
真顔で首をかしげるメイドさん。 その横で、お坊ちゃまは柔らかそうな唇の両端を上げて笑みの形を作っている。
くそぅ。 見事に驚かされたぜ。
胸に手を当ててドキドキを沈めていると、俺のお腹の中から直接頭に声が聞こえてきた。
《ねー、ママぁ》
《……ん?》
《あの馬車、なんで馬がついてないのー?》
そう。 ラピヨーネ家が用意してくれた乗り物には、馬がいなかった。
ニアちゃんが疑問に思うのも無理はない。
《ああ、それはね……》
俺は普通の声に切り換え、我が娘に聞かせるためにツェリさんと答え合わせをした。
「それ……〈魔導車〉、ですよね」
「はい、その通りで御座います」
それは運転席と客室が一体化された、なんと――。
木製の屋根付きオープンカーだった。
「まさか、個人で車を持っているとは……」
「別邸には御座いませんが、本邸より借りて参りました」
いや、自動車自体はあることは知っていた。 セスルームとの定期便には、護衛として軍用車がついていたから。
列車もあるんだから別に驚かないんだけど、だがそれを個人所有しているとなると話は別だ。 馬車だって、基本的にはレンタルなのに……。
さすがは魔導具メーカーの最大手だよ。
「お兄ちゃ~ん」
カーテンのようになっている幌の側面の切れ目を開いて、マイシスターが手を振っている。
それに手を上げて答えていると、るー君が俺の手を取ってセーレたんのいる車の方へ引こうとする。 目を細めてかすかな笑みを浮かべていて、俺がビックリしたのがかなり嬉しいようだ。
「さ、行こう?」
「う、うん」
白銀メイドさんが俺達を追い抜いて歩いていくと、車の前に立って木製のドアを開けた。 ちなみに片面はツードアだ。
どうやら俺もるー君も、妹様と同じ車に乗るらしい。
しかし、木製自動車というのは面白いなあ……。 炭やガソリンなどではなく、魔力を使って動くからこそ可能なシロモノである。 でなきゃ炎上間違いなしだ。
「どうぞ」
「あ、ありがとう」
縁を金属板で補強してある床板に足を乗せ、中へ乗り込む。 三列シートになっていて、俺はセーレたんの隣らしい。 内部は比較的ゆったりとした作りになっていた。 ワゴン車くらいだろうか。
「お兄ちゃん。 この車、すごいね~」
「うん、そうだな」
《ママー! ニア、ちょっと出てみたーい♪》
さすがのセーレたんも、ちょっとテンションが高い。 俺は軽くハニーの頭をなでてからシートに腰掛けた。
ところどころに縦のスリットが入った幌の側面さえ開けなければ、外から中は見えないようだ。 それを確認してからOKを出すと、ニアちゃんが飛び出して天井近くに浮き上がった。 広げた羽がぼんやりと翠色に光り、光の粒をあたりに振りまいて薄暗い室内を明るくする。
《けっこう広いねー!》
「うわー、魔導車だよー! ぼく、魔導車に乗っちゃったよー!」
後ろの列を見ると、同じように大はしゃぎのニコと、静かに座っているんだけど興味深そうにキョロキョロしているくりむちゃんがいた。 ニアちゃんの光が瞳に映り、キラキラしている。
そして、前の運転席にはツェリさんが、助手席にはるー君が座った。
「ツェリさん、車の運転もできるんだ……」
「はい、大抵の免許は取得しております」
相変わらず、底の見えない人だった。
「それでは出発致します。 なお、魔力の充填は十分に行っておりますが、なにぶん大人数で御座いますので。
道中で足りなくなりました際には、皆様にもお手伝い頂ければ幸いです」
『はーい』
運転手メイドさんのアナウンスに、俺達は声を揃えて返事をする。
ドアの内側を見ると小さな金属板があり、「魔力充填口」と書かれていた。 セーレたんの横にもあるから、すべての座席にあるようだ。
しかし、乗りながら自分で燃料を入れる……というのは、なかなか斬新だな。 見た目は自動車だけど、中身は人力車というか、あるいは「自力」車というか。
「ここに魔力を入れるの~?」
「そうみたいだね」
「は~い」
いつも魔力の有り余っているマイシスターが、さっそく注入を始めた。
俺はニアちゃんを定位置の右肩の上に呼び寄せて、ハニーの様子とツェリさんの白銀色の後頭部を交互に見る。
すると、間もなくメイドさんからリアクションがあった。
「……満タンになりました。 流石ですね」
「はいセーレちゃん、もういいよ」
「はふう~♪」
魔力を消費してスッキリしたらしい妹様が、満足げに息を吐いた。
こっちの車にはセーレたん以外にも、ツェリさんとるー君、それから俺もいるから魔力には困らないだろう。
あと、向こうの車には……お袋とセラさんがいるから十分か。
……あれ?
「そういえば、向こうの車は誰が運転しているんです?」
ふと気になって聞いてみた。
エルリアさんかエーデルさんかな? 免許を持っていれば、の話だけど。
ゆっくりと車が動き始め、ニアちゃんとニコが嬉しそうに声を上げる。 そしてツェリさんは前を向いたまま、俺の質問に答えた。
「はい、あちらの車には私の息子が乗車しております」
「へ?」
なにぃ!? ツェリさんの息子さんだと!?
ハッキリ言って、この魔導車よりもそっちの方にドキリとした俺だった。




