416 お国が違えば…
地下駐車場から地上に出て、屋外演習場へと向かう。
キャンパス内はちょっとした町のように広く、けっこう時間がかかった。
「わあ~」
「広っ!」
空と雲と太陽の下で、俺とセーレたんが声を上げる。 お袋やセラさんも見たのは初めてだったようで、似たような声を漏らしていた。
低い壁に囲まれた演習場の中は、野球ができそうなくらいの広さがあった。 平坦な土のグラウンドが広がっている……ただそれだけではあるんだけど、開けた場所というのは王都には少ないので、なかなかに爽快感のある光景だった。
というか、壁沿い一角には段々になっている観客席――と言っていいのか、そういう席もある。 詰めて座れば百人近くは入りそうだ。
観客席の半分はお偉いさんの視察団っぽい人達が占めていて、残りの空きスペースや壁周りから見学するようだ。 意外と見学者はあまり多くなく、俺達一行が全員座れそうな感じだった。
「大学院は、一般の方々にとっては入りにくい場所のようですから」
ユーリさんが席を確保しに行っている間、ツェリさんがそう教えてくれた。 ……そういえば、この二人ってここに通ってたんだよな。
客席を見上げてみると、ユーリさんがバラバラに座っている見学者の人達に声をかけて移動してもらっているのが見える。
「では、参りましょう」
ツェリさんの呼びかけで、ぞろぞろと観客席への階段を上がる。 メイドさんを先頭にしたご一行様は目立つようで、見学の人からの視線が集まる。
「ほら。 ジャス、セーレ、行こっ」
テンションの上がったエミーちゃんに手を引かれる俺と妹様。 エミーちゃんの隣でくりむちゃんもしっぽを振っている。
一方、ニコははしゃぎ過ぎて少し疲れているみたいだが、エルネちゃんとお袋とセラさんに心配してもらって復活したようだ。 俺の中にいるニアちゃんも、疲れてはいないけど「退屈~」と言って、ここに来るまでに寝てしまった。
さすがに十一人もの団体が一列に並ぶわけにも行かず、客席の隅で二列に分かれるようだ。
俺は一列目に引っ張られ、ニコとるー君を除いた幼なじみーズが集まって座ることになった。 他のお客さんと接する左端がツェリさんで、俺が右端になるかなーと思ったら、俺の顔を見たくりむちゃんがツェリさんの横から抜けて俺の方へやって来る。
「そこ、いい?」
「うん、もちろん」
「……えへ」
少し短めのスカートにスパッツが気に入ったらしいわん子ちゃんは、嬉しそうにはにかむとしっかりと両手でスカートの後ろを押さえてからベンチに腰を下ろそうとしている。
昔はあまりそういうことを気にしない子だったが、最近は女の子らしい仕草をするようになってきたな。 ……その代わり、俺よりも背が高いそんな子がぴっとり横にくっついてくると、ちょっとドキッとしてしまうが。
どんなことをするんだろう? と興味深そうなエミーちゃんから話しかけられて首をかしげていたセーレたんの手が、不意に俺の太ももの上に置かれた。 どうしたのかと思ったが、本人はお喋り中だったので気にしないでおく。
「ふぅー。 わたしもこっち座らせてくださーい」
「ええ、いいわよ」
エルネちゃんとセラさんの声が聞こえて振り返ると、わん子ちゃんの後ろにエルネちゃんが腰を下ろしているところだった。 目が合うとウィンクされた。
俺の真後ろはセラさんで、その横でニコがお袋と挟まれてちょっぴり照れた顔をしていた。 左端はユーリさんで、るー君を挟んでお袋と何やらにこやかに話をしている。
それにしても……ユーリさんとるー君が並ぶと、まるで少女マンガの美形キャラのようである。 お袋も子持ち・孫持ちとは思えない美少女っぷりなので、周りの人達が男女問わずチラチラ見たりひそひそ話をし合ったりしている。
「セラさん、ついにこの日が来ましたねっ」
「そうね」
エルネちゃんが元気よく話しかけていたが、セラさんは対照的に淡々とした受け答えをしている。
旦那さんである師匠の晴れ舞台……というとやや大げさかもしれないが、それなりの場だというのに。
「それにしても、遠いなあ」
エルネちゃんの声で俺も前を向いてみるが、たしかにグラウンドまではけっこうな距離がある。 既に学生や先生らしき人達が出てきているが、まさに野球観戦みたいだ。 その中に師匠らしき人も見えるんだけど、「遠くてつまんなーい」なんて、ニアちゃんも言っている。
どんな講義をするかは聞いていないけど、でも大学院生レベルとなるとやっぱりこのくらいは離れていないと危ないのかもな。 例えば、レイグ叔父さんやアズミーリ先生レベルの人が本気で動き回ると考えればそれも納得できる。 それが複数人いるとなるとなおさらだ。
グラウンドの人達はヘルメットらしきものやプロテクターをつけていて、手にはいろんな武器を持っていた。 武器は布で覆っているみたいで、たぶんソフト剣みたいな安全なものなんだろう。
それは師匠も同じで、ラフな薄着に木刀一本というのに見慣れている俺にとっては、ちょっと違和感がある格好だ。 パッと見では分かりにくい材質のヘルメットの後ろから、縛った黒髪がぴょこんと飛び出ている。
なんだか工事現場の人みたいだ。
「あっ、始まるみたい」
《誰か来るよー?》
ニアちゃんの声と同時くらいに、俺も大きな魔力の気配が近づいてくるのを感じた。 ちょうど観客席の前、壁の下あたりからだ。
すーっと飛び上がるように出てきた気配の主は、もののたとえではなく本当に空を飛んでいた。
……というか、人ではなかった。
「ただ今より、実践武術の公開授業を始めます」
渋い男性の声で俺達観客に向かってそう告げたのは、上半身は人間だけど、下半身は蹄のある四足動物の姿をした精霊だった。 全体的に黒い。
俺の脳裏に「ケンタウロス」という単語が浮かんだが……それに近い。 だけど人間部分はちゃんと服を着ていて、下半身は馬というよりも黒山羊のよう。 全体的な大きさは大柄の人間男性とあまり変わらないようだ。
長いあごひげを伸ばしている男性型精霊は、薄暗いオーラを全身に纏って宙に浮き、俺達に向かって説明を続ける。
「本日は特別指導員として、我が国からはセスルーム城剣術指南役の一人でありますヴィンス・オリオール様と、インダルフィアからは護衛団副団長のムシモア・ニヴィコーラ様にお越し頂いております」
インダルフィアからも先生役が! と思ったが、明らかにライカンっぽい人が混じっているのには気がついていた。
唯一ヘルメットを被っておらず、両耳の上から後ろに湾曲した角を生やしている長身の女性。 長柄の鎌状の獲物を持った、いかにも女戦士といった感じの人だ。 スゴイ迫力である。
「尚、安全を期するため、この観覧席は私が保護致しますのでご安心下さい」
そう言って、ケンタ風精霊さんが頭を下げる。 とっさにお辞儀を返した人達は、俺を含めてヘルヴィオール国民だろう。 当然、俺や妹様もである。
《ニアだって、守ってあげるからねー!》
《うん、期待してるよ》
目が覚めたらしいニアちゃんと話をしていると、ふとケンタさん(仮称)と目が合ってビックリした。 が、彼は何も言わずに再び下のグラウンドへと消えていった。
さて、公開授業が始まったわけだけど……いかんせん遠い。
並んで立つ十人弱の学生さん達に向かって師匠が何か言っているみたいだけど、ハッキリとは聞き取れない。 本当に見学だけだな……。
ちなみに、学生の皆さんはけっこう年齢差があるみたいだ。 ゴツゴツのアメフト部みたいな男の人もいれば、ユーリさんみたいな若そうで体の小さい女の子もいる。
でも、体格差なんてどうにでもできる手段のあるこの世界である。 そのことは俺自身がよく分かっているから、むしろ小柄な人がどうやって師匠達と戦うのか、楽しみだ。
「がんばって~」
セーレたんが小さな声で師匠を応援している。
……おっと、そろそろ模擬試合が始まるようだ。
『だああああああーーー!』
クマのような体格の大学生が、これまた棍棒みたいなソフト武器を持って師匠に向かっていく。 野太い雄叫びがここまで聞こえてきて、しかも意外と速い!
師匠もそこそこ身長の高い人だけど、あのアメフトさん(仮)はそれ以上だ。 思いっきり得物を振り上げて師匠に襲いかかる。
でも。
「うわっ、すごーい……」
後ろのエルネちゃんが声を漏らし、右にいるわん子ちゃんからも「わあ……」とため息混じりの声が聞こえる。
師匠は最低限の体さばきで暴風のような攻撃を紙一重で避けまくり、相手が腕を振り上げようとした瞬間にその手首を模擬剣で下から打ち払った。
で、軽くのけ反ったアメフトさんのお腹のプロテクターめがけて蹴りを放ち、ゴムまりのように吹っ飛ばしてしまった。
なんというか、実力の違いを見せつけるような戦い方だったな。
次の学生は――っておい、魔術撃ってきたぞ!?
やたらに柄の長いソフト剣だなと思っていたら、なんと柄の先を師匠に向けて光弾を撃ち始めた! まあ……ちゃんと、当たっても問題のないのを使っているんだろうけど。
更に光弾を放ちながら、学生はこれまた相当なスピードで師匠の周りを回るような軌道で走り、だんだんと距離を詰めている。
対して師匠は、速い光弾を苦もない様子で避けて避けて近づいてくる学生を待ち受け――剣をぶん投げた!?
横回転しながら猛スピードで飛んでいく剣に、発射態勢から慌てて剣身を縦にし防御した学生。 だけど足の止まった相手に、師匠はあっという間に走っていってまたもやキック。 学生を吹き飛ばし、ついでに投げた剣もひょいと拾い上げた。
うわー、そんなのアリかよ……って、師匠笑ってるし。
師匠はどうも、枠に囚われない戦い方を選んでいるようだ。
それに比べると、良く言えばスマートな、悪く言えば型にはまった戦法を取る学生達の考え方の部分を叩き直しているように見えた。
だけど生徒側もさすが大学院生。 じょじょに慎重な戦い方になってきて……でも、消極的になってくると今度は猛ラッシュを仕掛けて吹っ飛ばしていた。
セスルームは、王都の東を魔獣などから護る要。
だから師匠も柔軟性のある戦い方をするし、俺も型はそこそこに実践練習をメインにして鍛えられてきた。 親父もそうだったんだろう。
倒れた学生に何やら話しかけている師匠は、たぶんそんな観点から今回の指導をしているんだろうなーと思った。
――で、北国の女戦士さんは、別の意味ですごかった。
「うわあ」
やっていることは二つだけ。 ……突っ込んで、ぶっ飛ばす。
開始と同時に、土煙が起こるほどの力強い一歩目からのダッシュ。 で、鎌のような武器を振り回して駆逐する。 アメフトさんですら軽々とぶっ飛ばしていた。
師匠が人間として魔獣を相手にする戦い方なのに対して、あの人のそれはまるで魔獣vs魔獣。 特に歩法や活性化などを使っているようには見えなかったが、「そんなものはいらん」と言わんばかりの圧倒的な速度とパワーだった。
あれが獣人の身体能力か……。
そういえば、三大国家の戦闘スタイルの違いって、親父の蔵書で読んだことがあったな。
北のインダルフィアは、獣人の身体能力と彼らにふさわしい強力な武器を使い、南のヒミングレアは親交のある精霊の血筋や力を借りた超火力。
対してこの国では……魔導具や機械技術と、兵数の多さで外の脅威に対抗しているって。 奴らに個人で互角に渡り合えるのは、一級や二級を持った一部の人達と御使いだけだと。
つまり個人能力でいうなら、この国の平均は三大国家の中で最も弱いのだと。
「……世界は広いわ」
「にゃ?」
俺の呟きに、マイシスターが小首をかしげた。




