番外編6-2 とっっっっても仲良し
着替えを済ませ再度妹様と合流した俺と我が娘は、とたとたと階段を下りて洗面所で顔を洗ってからリビング兼ダイニングへと向かう。
階段はひんやりとしていて、吐いた息が白く渦を巻いた。 思わず三人揃って身体を震わせるが、窓から射し込む朝日はかすかに暖かくて気持ちがいい。 吸い込んだ空気は美味しく、外の青空がとてもキレイだった。
「おはよー」「おはようございます~」
「おっはよー!」
ドアを開けると、いい匂いが鼻をくすぐる暖かいリビングに三人で中へ入って行く。 真っ先に目に入ったのは正面のオープンキッチンで仲良く料理をしていた、エプロン姿の若い女性二人組だ。
「おはようございます。 ジャス君、セーレちゃんニアちゃん」
「おはようございまーす♪」
マールさんとチャロさんは、俺達が入るとすぐに振り返ってくれて挨拶してくれた。
二人は親父の遠い親類に当たる人らしくて、こっちにある学校に通うため家事手伝いをすることを条件でウチに下宿するようになったと聞く。 とはいえ、それは俺とセーレがまだ生まれる前の話で、二人は学校を卒業してバイトしていた近所の喫茶店に就職した今もここに住んでいる。 もはや家族同然のつき合いだ。
……そういやマールさんって、そろそろ結婚しても不思議ではない歳なのに、そういった話を一向に聞かないよな。 それどころか、彼氏ができたという話さえ一度も聞いたことがない。
近所の人はもちろん、俺の学校やクラスでも二人を目当てに足繁く通う連中がいるくらいなのに。
「いやー、今日も寒いねぇ」
「ふふふ、そうですね」
できたらしいおかずの皿を手にマールさんが笑う。 気づいたマイシスターが彼女に近づき、テーブルに運ぶのを手伝い始めた。
昔は俺もよく手伝っていたんだけど、いつからか「ご主人様は堂々と座っていてください」と冗談半分に言われるようになってからはほとんど手伝わせてもらっていない。
正式に喫茶店の店長になって、毎日夜明け前に起きていて大変だろうに……そう言っても「大丈夫ですよ」と笑顔で言われてしまうのだ。 かといって、今セーレと二人でせっせと配膳しているチャロさんに言っても、やっぱり「好きでやってることですからー」とやんわり断られちゃうんだよな。
二人は家族同然ではあるものの、同時に我が家のメイドさん的な存在でもあるのだった。
「ところで、親父とかは?」
「旦那さまはお手洗いに。 奥さまはリソ君を起こしに行ってますよー」
「そっか」
親父はマイナーながらも元プロスポーツ選手で、今は後進の指導をしながらたまーにTVにも出たりするわりと有名人だったりする。 当初はマイナースポーツのイケメン選手! ということで脚光を浴びたらしいが……今では立派なバラエティタレントである。
お袋はまだ二十代で、今でもヘタをすると十代に見られるくらいに若作りだ。 セーレと並ぶと本当に姉妹にしか見えない。 ……参観日ではちょっとした自慢だったな。
それこそTVに出れば大人気になれるだろうが、本人は一切メディアに顔を出さずに、ご近所の主婦さん方を相手に料理や美容体操などの先生しながら悠々自適な生活をしている。 実は、マールさんとチャロさんのバイトしていた喫茶店を、高齢になった前のマスターから買い取ったのもこの人である。
「ママー」
「分かってるよ」
テーブルの上に着地して羽を格納した我が娘が、小さな両手を大きく振っている。
起動した瞬間から既に十年近くも寝起きを共にしているこの子とはまさに以心電信――もとい、伝心で、言葉を口にせずとも理解し合える部分が多々ある。 世間では、ようやく音声認識の技術が実用化された程度なのになぁ。
見た目は分からないが、あの人の手が入っている我が家のあちこちはSFじみており、例えば電気などはソーラー、風力、生ゴミなどから発電することで電気代はゼロどころかマイナスである。
なお、そんな博士様の今の目標は「子供を産めるアンドロイドの素体を開発すること」らしい。
「ねえ、マールさんチャロさん」
『なんでしょう!?』
声をかけた瞬間、二人の声が見事にハモって思わず苦笑い。 さっきから俺が手に持っている袋をチラチラと見ていたのには気づいていたのだが、ものスゴイ食いつきようだ。 もしも二人の後ろにしっぽが付いていたら、きっとちぎれんばかりに振りまくっていることだろう。
ちなみに初めて「チョコ返し」をしたバレンタインで「お返しのお返し」をくれたのは、何を隠そうこの二人である。
「えっと、今年もアレ……なんだけど」
『はいっ、少々お待ちください!』
配膳をすべて妹様に任せ、メイドさんズはぱたぱたとスリッパを鳴らせて冷蔵庫の方へと走っていく。 セーレはくすりと笑みを漏らしただけで、何も言わずに一人で配膳を再開した。
その間にマールさんは近くの棚から大事そうに箱を取り出し、チャロさんは冷蔵庫の中から箱を出してきた。
「ど、どうぞジャス君……受け取ってください♪」
二人は目配せし合うと、まずはマールさんから俺に箱を差し出してきた。 ちょっと顔が赤い。
しかし、さすがスイーツも評判なお店の店長。 ラッピングも見事なものだった。 箱の方はチョコとしては大きい方だったが、持った感じはそれほど重くない。
プロフェッショナルながら、同時に温かみも感じる見た目に感心しながらマールさんに目を向けると、ますます顔を赤くしてしまった。
「マールさん、ありがとう」
「ど……どう、いたしまして」
家族からもらったチョコは、学校から帰って夕飯の後で開けるのが暗黙のルールとなっている。 だけど、受け渡しは朝にするんだよね。
マールさんいわく「お渡しするのに夜では遅すぎます! でも……ゆっくりと食べていただくには、朝は忙しすぎますから」ということらしい。 前半はともかく後半については俺も同意で、同じく賛同したみんなもそれに従っているわけだ。
「じゃ、俺からも。 どうぞ」
「あ、ありがとう、ございます……」
ポニーテールで露わになっている、耳まで赤くしたマールさん。 受け取った手がかすかに震えている。
実は年齢的にはお袋と大差ないこの人だが、普段からとても可愛らしいので歳の差はまったく感じない。 見た目も、女子大生だと言っても誰も疑問に思わないだろう。
お返し自体は小学校のときからやっているのに、特に最近はこんな反応をされるようになってきて……俺もちょっとドキドキしてくる。
「で、では……また一旦お預かりしますね」
「う、うん」
「あの、こちらは冷蔵庫には入れなくても?」
「うん、大丈夫」
受け渡しの儀式が終わり、受け取った箱をまたマールさんに戻すと、俺の渡した箱と一緒にさっきの戸棚にそっと仕舞った。 ガラス戸を閉めるのがすごくゆっくりしていたのが、まるで惜しむように見えたのは……俺の気のせいだろうか。
振り返ってまた俺と目の合ったマールさんは、慌てたようにテーブルの方へ走っていった。
「あははは……さーて」
横からの甲高い声に目を向けると、チャロさんがマールさんから俺に視線を移して微笑んでいた。
この人は若いというか、たまに俺と同年代か年下にすら見えてしまうくらいに小柄で可愛らしく……俺もかなり最近まで「チャロちゃん」と呼んでいたくらいだ。
さすがに、今は照れくさくて言えないが。
「次はわたしです。 今年も頑張りましたよー♪」
あはっと笑顔の花を咲かせて、俺に箱を差し出してくれる。 あまり大きな箱ではなかったがラッピングはとても凝っていて、受け取ると当然ながらひんやりと冷たかった。
二人とも料理はとてもうまいが、お菓子についてはどちらかというとチャロさんの方が得意にしている。 だから、何を作ってくれたのかすごく楽しみだ。
「毎年ありがとう。 夜を楽しみにしてるよ」
「はいっ! もちろん、みなさんの分も用意していますからねー」
夜には家族みんなの前で箱を開けることになるため、家族どうしでは全員分を用意しておくのがこれまた暗黙のルールである。 なので俺も当然、弟のリソ君や親父の分を用意している。
しかし考えてみると、男が男にチョコレートってどうなんだろうなぁ。 リソ君は天使のような顔立ちをしているのでまだいいが、さすがに親父は……。
とはいえ、親父だけを仲間外れにするのは忍びないので、毎年ちゃんと作っているのだが。
……あれは確か、小学校に上がったばかりの頃だったっけ。 リソ君はまだまだ小さくて、妹様も当時は少ない小遣いを貯めて俺にだけチョコレートをくれていたのだが。
それを見た親父が「パパの分はないのかな?」と冗談半分に言ったところ、セーレは真顔で「もちろん、お兄ちゃんだけだよ?」と答えて……親父がマジで凹んでしまった。 これにはさすがの妹様も不憫に思ったようで、それからは俺もお金を援助して二人でプレゼントするようになったのだ。
ちなみにその年の親父の試合の結果はボロボロで、翌年は一転してなんと全試合完全勝利という偉業を成し遂げている。
これにはもう、笑うしかなかった。
受け取ったばかりの箱をチャロさんに返し、また冷蔵庫の中に入れておいてもらう。 今夜の夕食後は豪華になるな、楽しみだ。
チャロさんが嬉しそうな顔で冷蔵庫の扉を閉めるのを眺めていると、後ろからリビングダイニングのドアの開く音が聞こえた。
「あら~、おはよう~♪」
「ふあぁ……おあよー」
キラキラと煌めく長い金髪がキレイなお姉さん――ではなく、俺と妹様のお袋が、眠そうに目を擦る弟くんの背中を押しながら入ってきた。
……冗談抜きで、ヘタをするとあと三年もすればセーレとお袋が同じ年に見えてくるんじゃないかと思っている。
「おはようママ。 それとリソ君もな」
「おはよう~。 ふふふふ、今日もリソちゃんはお寝坊だね~」
この歳でお袋を「ママ」と呼ぶのは抵抗があるけど……そう呼ばないと悲しそうにするんだよなぁ。 怒られるよりも、そっちの方がキツイ。
チャロさんが残り少ない配膳に加わり、手の空いた妹様がリソ君に近寄って頭をなでている。 メイドさんズや我が娘も俺達に続いて弟くんに挨拶をする。
しかしリソ君は眠そうな顔のまま、お姉ちゃんに真正面から抱きついて……動きが止まった。
「こーら、いい加減に起きろって」
「ふもー」
「やれやれ……」
昔は少し身体が弱くてみんなから甘やかされた結果、我が弟様はずいぶんと甘えん坊になってしまった。 外じゃ多少強がっているみたいだが。
だが、お袋やお姉ちゃんによく似た金髪のマイブラザーは甘えっぷりが非常に可愛らしく、俺でさえ胸がきゅんとなってしまう。
「そのまま起きないんだったら、兄ちゃんがお前の分のご飯も食べちゃうぞ」
「うー……別に、いいもん」
「はぁ」
昨夜は、お袋のチョコレートケーキをたらふく食ったもんなぁ。 お袋はここ数年、バレンタイン当日よりも少し前に家族全員が食べられるものを食後に出してくれる。
クリームやフルーツなどでこれでもかとばかりにトッピングを施されたケーキはゴージャス感と愛情にあふれ、これはどんな店でも売っていないだろうと断言できる出来映えだった。
ただでさえご飯をお代わりしていた弟様は、俺が止めるのも聞かずにいちばん大きく切ってもらったケーキを平らげ、更にはお袋の食べかけまでもらっていたからな。 最後にはお腹を苦しそうにしていた挙げ句、それで夜も寝つけなくて今朝も胸焼けでもしているのだろう。
コイツはコイツで、去年もビックリするくらいチョコを持って帰ってきたんだが……今年は大丈夫なのか?
「ほ~ら、リソちゃん? 少しでも朝ご飯は食べないとダメよ?
でないと元気も出ないし、作ってくれたマールちゃんとチャロちゃんも悲しむわ」
妹様に抱きつくリソ君を、お袋が後ろから優しくなでながら諭し始める。 ……でもなんで、お袋はもう片手で俺の手を引っ張って抱き寄せるんだ?
最近遂に俺の背がお袋を追い抜いて、少し屈んでいるお袋が俺の胸元に顔をうずめるような姿勢になっている。 俺の鼻先が、ちょうどお袋の頭のてっぺん辺りに来ている。
うあー。 すっごい柔らかくて懐かしい匂いがして、ドキドキするやら落ち着くやらで、ワケが分からなくなってくる。
んで、なんで妹様は拗ねた顔をしていらっしゃる?
「んむぅ……分かった」
しぶしぶといった感じで弟くんが離れる。 そのときにはお袋も俺を離してくれており、セーレの機嫌も少し直っていた。 後で俺も、妹様をなでなでしてあげるとするか。
そのことをアイコンタクトで伝えると、それだけで完全に機嫌が直ったようでにっこりと微笑んだ。
……でもこれは「なでてくれるだけじゃなくって、私もぎゅってしてね?」という妹様からのお返事でもあらせられる。
俺に拒否権はなかった。
間もなくトイレから親父も帰ってきて、これで一家全員がそろった。
親父にも朝の挨拶をして、みんなが席に着くと親父が口を開いた。
「さて、食べるとしようか。 いただきます」
『いただきまーす』
今時、家族全員でこんなことをする家は珍しいと学校で言われたことがあるが、俺はいい習慣だと思っている。 仲良きことは美しきかな、だ。
「みんな、できるだけ早く帰ってきてね~?」
「もちろん、こちらの店は早仕舞いしますよ。 ……奥様、よろしいですよね?」
「もちろんよ~♪」
「今夜のご飯は、量もカロリーも少なめにしないといけませんねー」
「チャロちゃん、計算はニアに任せてー!」
「うふふふ~。 もちろん、早く帰ってくるよね。 ねっ、お兄ちゃん♪」
「うぐ、もうあんまりチョコ見たくないぃ。 ……あ、お姉ちゃんたちのは別だからね!」
まあ、少々仲がよすぎるところがあるような気もするが……悪いよりは絶対にいいのだ。
「俺……今日は深夜まで収録だ」
「頑張ってくれ、親父」
「おう……」
親父はガックリと肩を落とした。




