番外編6-3 甘い1日は終わらない
アルヴィちゃんのところにチョコを取りに行くため、いつもより早く家を出た。 まだ周りにはほとんど人気もなく、しんと静まり返っている。
妹様もついてくると言うので、二人でママチャリを置いてあるガレージへ。 俺の方のカゴには学生カバンと、空っぽの布の袋が三つ。
「うー、寒っ」
「寒いよね~」
白い息を吐きながら、向かい合って苦笑い。 セーレが俺のマフラーを引っ張り上げて口を覆ってくれたので、俺もお返しにやってあげる。 去年、お袋が編んでくれたお揃いのものだ。
妹様は目を細めて微笑んだ。
「……さて、行くか」
「うん」
いつまでもガレージでくっついていても仕方がない。 通学用のヘルメットを被せ合い、これまたお袋の編んでくれた手袋越しにハンドルを握る。
俺が前に出て風を切り、俺達は学校とは違う方向へこぎ始めた。
一見しただけでは普通の家だが、その実態はSF――すこぶるファンキーの塊。
そんなマッドさんの研究所に着くと、自転車から降りた俺はマフラーから顔を出し、手袋も片方外して正門の柵のレバーを握った。 ……なかなか冷たい。
そもそもインターフォンのないこの家は、門の前で立ち止まっただけで家の中に来訪を知らせる機能がある。 特に一部の許可された人間は顔や指紋などを照合して自動的にロックを外す機能まで付いている。
レバーを回すと、なんの引っかかりもなく門は開いた。
「すごいね~」
「俺はもう慣れちゃったけどな」
俺の後に続いて入った妹様が呟く。 敷地に入ってすぐの小さな駐輪スペースに自転車を停め、荷物を持って玄関に向かいドアを開けた。
暗かった玄関と廊下に自動で明かりが灯り、暖かい空気が足元から流れてくる。
「……お邪魔しまぁ~す」
隣で妹様が呟くのを聞きながら、二人で靴を脱いで中に入る。 スリッパはないが、靴下越しでもフローリングの床は温かいので問題ない。
「先に俺の部屋に行っててくれるか? あったかいお茶でも淹れてくるよ」
「うん」
手を差し出してきた妹様に荷物を渡し、俺はダイニングへ向かう。 この家もリビングと兼用である。
「……またか」
暖房が効き明かりもつきっぱなしだったリビングのソファーに、女の人が毛布も使わずそのまま手足を投げ出して眠っていた。 大きく伸びをしてそのままなんだろう。 ピンと伸ばした細い素足がわずかに開き、タイトスカートの奥が危うく見えそうになっている。 危ない危ない。
慌てて目を逸らすと、すぐそばのテーブルには外した丸い金縁メガネが置いてあり、その横には俺が置いて帰ったこの人用のチョコの包みがあり……いや、もうほとんどなかった。
なぜかキレイに伸ばされたチョコの小さな包みが、テーブルの上で座布団を重ねるようにしていくつかの塔を作っている。
「ったく、もう」
にやにや笑いながら眠るお姉さんに普段から用意してある毛布を掛け、俺はそのままキッチンに行ってお茶の用意をする。 寝起きのこの人は特にタチが悪いので放置である。
「『中の人が起きるまで消灯』ね」
小さなお盆にインスタントの紅茶を入れ、俺は薄暗くなったリビングを後にした。
俺の部屋に入ると、妹はラグを敷いたくつろぎスペースにちょこんと座っていた。 コートやマフラーなどはすぐ横に畳んで置かれている。
ここはニアちゃんのメンテナンスをするための部屋だったが、いつの間にやら俺の部屋ということになっている。 ……そのわりには、毎回俺の知らないものが増えたり減ったりしているが。
「ほい。 インスタントで悪いけどな」
「ううん、嬉しい」
お盆ごと紅茶を小さなテーブルに置くと、俺は脱いだコートを妹様に渡して代わりに空の袋を受け取る。 そしてメンテナンススペースにある作業台に向かった。
台の上にはいくつものラッピングされた小箱と、巾着結びにした大量の小さな包みが置いてある。
「お兄ちゃん……また増えてない~?」
「あー、今年は予約が多くてなぁ」
丁寧に袋に詰めながら、セーレの疑問に答える。
去年教室で「チョコ返し」をしていたらクラスの女子に興味を持たれ、作ったのが余って自分用にしていたチョコをあげたら……コレが受けた。 たちまち女子達からチョコの交換を迫られ、その話を聞いたらしい去年と今年のクラスメートなどから大量に「予約」が入ってしまったのだ。 ……なぜか男からもな。
だけどみんなが喜んでくれると俺も嬉しくて、俺もついつい首を縦に振ってしまう。 その結果がこのチョコの山だ。 まあ包みの方は、小さなチョコを適当に三個ずつ詰めただけだがな。
だが、ホワイトデーのお返し目当てに安いチョコを配りまくると言っていた女子からも「大変だねぇ」と同情されてしまったよ……。
「うぅ~」
「拗ねるなよー」
袋にチョコを詰め終わり、俺は頬を膨らませる妹様を突っついたりなでたりと、ご機嫌取りにギリギリまで時間を費やした。
――テンションの上がったマイシスターを連れて、俺はとうとう学校という名の戦場へとたどり着いた。
やはり今日の学校はどこか浮ついた空気が漂っており、校門に立っている先生も苦笑いしている。 あまり目立たないように気をつけさえしていれば、ウチの中学ではチョコのやり取りは黙認されているのだ。
既に通学途中に出会った「予約」の子達と交換を済ませ、空だった受け取り用の袋には既にいくつかのチョコが入っている。 両方のハンドルに掛けた三つの袋を見てギョッと目を見開く奴や、射殺さんばかりの視線を向けてくる奴もいるが……これ、ほとんどは俺からプレゼントする分のチョコだからな?
あと……。
「うわあー♪」「あの子……」
「……」
俺が予約の男子にチョコを渡しているのを見て、ひそひそ話を始めた女子の先輩方。
頼むから、ヘンな噂は立てないようにお願いします。 あとお前も、男からチョコをもらってそんなに喜ぶな。
「あっ、ジャス……」
「ん?」
一旦セーレと別れて靴箱のある入口を抜けると、その妹様の隣に一人の女の子が立っていた。 身長はセーレよりも頭二つ分ほど高く、部活で引き締まった長い脚のラインがとてもキレイだ。
もともと癖っけのあるハズの茶色くて長い髪をストレートに伸ばし、荷物を持っていない方の手を口元に当ててもじもじしている。 後輩の女の子達から「お姉様」と呼ばれているらしいカッコイイ系の彼女は今、形のいい眉をハの字にしてその影も形もないほどに女の子らしいオーラを振りまいていた。
でもこれはこれで、彼女が後輩からモテている理由の一つでもある。 男子のファンも少なくない。
「お、おはよう。 ……こっち来て!」
「うん、おはようエミー……って、おおぅ!?」
いきなり腕を強く引かれ、俺はつんのめりながらも廊下の人気の少ない方へ連れられていく。 お互いに荷物が多く、たまにぶつかり合ったりして歩きにくい。 が、部活のものも含め俺以上に荷物を持っている幼なじみはものともしない。
後ろを振り返ると、マイシスターは小さく手を振って俺達を見送っていた。
「ジャスもたくさんもらってて、もしかしたら迷惑かもしれないけど……」
中庭の隅に連れ出された俺に、エミーは交換用の袋ではなく学生カバンの中からラッピングされた箱を取り出した。
律儀なこの子は俺のことを見て去年からチョコの交換を始めたんだけど、男女問わない人気や顔の広さもあってその数は俺の比ではない。 人前では絶対に表に出さないが、一昨日俺の家に来たときは泣きそうな顔をして「もう、いやぁぁぁぁー」って抱きついてきたからなぁ。 よほど大変だったんだろう。
なのに、今年もキッチリと俺用のチョコを用意してくれた。
「そんなことないって。 すっごく嬉しいよ。
というか、それはむしろ俺のセリフかもしれないけどさ――」
「ううん、そんなことない! ……ありがとう」
この子らしい真っ赤な包みの箱を受け取り、代わりにこの子用に作ったチョコの箱を手渡す。
エミーは他の荷物を下に置いて両手で受け取ると、目を閉じて胸の前に抱え込んだ。 そこまで嬉しそうにしてもらえると、かなり照れくさいな……。
外の冷たいはずの空気が、なんだかあったかくて甘ったるいように思えてくる。
「まあ、なんだ……。 今日はお互い頑張ろうな」
「……ふふふっ。 そうね!」
微妙な空気がくすぐったくてごまかすように笑うと、俺の幼なじみも同じように笑って返してくれた。
教室に向かいながら、俺は次々に「予約」をこなしていく。
これで手元のチョコが減るか……というと、これがその正反対。 むしろ負けじと妙に気合の入ったものをくれる子もいて、数は微減でも体積と重量は増加の一途をたどっている。
「お、おいしい……負けた」
「いや、そこまで落ち込まなくても」
作り方のコツを教えて予備のチョコをあげると、落ち込んでいた子は「うわあああん」と喜びとも悲しみともつかない声を上げながら走り去っていった。
「……あっ、お兄ちゃん♪」
「ごめん、遅くなったな」
図らずも更に三人ほどの女子生徒から勝利をゲットして進み続け、ようやく教室までたどり着いた。 ホームルームまではまだ十分ほどあるので、豆撒きならぬチョコ撒きをする時間はありそうだ。
列を作って並ぶ同級生達をマイシスターが管理し、俺が順番にチョコを渡し、そして受け取る。 とてもスムーズだった。
「ほい」
「ジャス君、いつもありがとなっ!」
俺の方から行くつもりだったのに、わざわざ並びに来たニコには専用の箱を渡す。 一部の女子から「ええええーーっ」と声が上がり、たちまち囲まれたニコは箱を開けさせられて中身の半分近くを摘まれていた。
だけど、それでも一緒に「おいしいよねー」と言いながら食べていたニコは、さすが「ミスターいい人」と呼ばれることはある。
「……で、なんで並んでるの?」
「えへっ♪」
チャイムの直前、なんとか捌けるなーと思っていると、最後に俺の前に立ったのは妹様であった。 可愛らしく小首を傾けて両方の手のひらを俺に向けている。
「いやこれ、中身自体は一緒だぞ?」
「うん」
当然セーレ達のは多少のアレンジを加えてあるけど、使っているチョコそのものは同じだ。
大きな違いといえば、何人かの男にも配るからハートの型は一切使っていない、というくらいで。
「それでもほしいと?」
「うんっ」
「……まあいいけど」
予備はいくつか作ってあるので、その中のひとつをキレイな手のひらにちょこんと乗せる。
すると、セーレは嬉しそうに微笑んだ。
「えへへ。 これでお兄ちゃんのチョコ、コンプリートだね♪
じゃあ、私も……」
そして制服のポケットに片手を入れて小さな包みを取り出し、俺に手渡してきた。
「は?」
「はい、これは学校で渡す分。 お昼に食べてね?」
「お、おう」
まさか、二個目があるとは……。
マイシスターは片手に俺の渡した包みを持ったまま、もう片手を俺の手に重ねて自分の渡した包みを俺にそっと握らせた。
「チョコばかりだと飽きるかなって思ったから、そっちは普通のクッキーなの。
それと――」
半歩前に踏み出し、妹様は俺に密着するように身体ごと顔を近づけてきて。
『――寝る前には、とっておきのを用意してあるからね?』
意味深なコトをささやきかけてきた。
「……」
「うふふっ」
俺を見上げる青い瞳が妖しく輝いている。
「と、とっておき……」
「うん」
「ほ、ほどほどにお願いします」
「ふふっ。 どうしようかな~?」
「……」
今日もどうやら、眠りにつくその瞬間まで気を抜くことができないらしい――。




