番外編6 if・現代でバレンタイン
6月編に入ってすぐですけど、番外編です。
世界ついでに年齢も引き上げています。
――もらったら、お返しをしましょう。
いかにも日本的な風習ではあるが、俺は嫌いではない。
世間はいわゆる、バレン隊員な日である。 ……誰だよソイツは。
本命をもらえることが確定している、見ていて「弾けろ」と笑顔で言いたくなる奴や、もらった数を自慢する嫌な奴、家族からもらったのをこっそりカウントに上乗せして面目を保とうとする奴もいれば、あるいは「製菓業界の陰謀には屈しない!」とムダな反逆を企てる奴など、周りの男の中にもいろんなタイプがいる。
で、俺はというと――女の子の苦労と喜びを実感しているところである。
「……ふむ、これくらいかな?」
ここ数日は放課後に「一緒に帰ろう」と言ってくれる子も少なく、俺はこれ幸いとばかりに秘密の計画を実行中だ。
周りの女の人からの視線も気にせず、業務用の店で大量に材料を買い込んだ俺は、いくつもの茶色い鍋を前にほくそ笑んでいた。 周囲には甘ったるい匂いが立ちこめているのだろうが、そんなものはもはやマヒしていて気にならない。
『我は気になって仕方ないぞー』
キッチンの向こうから年齢不詳なレディの声が聞こえてきたが、俺は気にしない。
決して自慢ではないが、俺は毎年少なくないチョコをもらっている。 身内ばかりだけどなー。
だがそれはとても嬉しい反面、お返しにとても困るのも事実だ。 数だけ自慢して返そうとも思わない奴は、それこそ茶色い鍋に沈めてやりたくなる。
そこで俺は、卒業前の記念にもなるからと小学校最後の年に、お年玉を叩いてバレンタイン当日にもらったその場で買ってきたチョコを渡すという「即日バレンタイン返し」なる秘技を繰り出してみたのだが、これが予想以上に好評だったのだ。
みんな驚いて喜んでくれたのはいいとしても、なぜか「悔しいー!」と言われて数日後に今度は手作りのチョコをまたくれたり、「お返しのお返し」とかでこれまた数日後にくれた人もいた。
で、その翌年からはみんなからのチョコがぐんとグレードUPしてしまった。 翌月にもらった誕生日プレゼントも同様である。
次はもっと喜んでもらおうと、多少いびつながら手作りを用意していなかったらと思うと……あの時はヒヤヒヤしたよ。
……だが、もっと恐ろしいのが通算で三回目となる今年である。
ホワイトデーと違って何を送ろうかと考える苦労はなくなったが、代わりに今度はいかに美味しくて見た目もいいものを作って贈ろうかと、俺とみんなとの間でだんだんと対決みたいな様相を呈してきた。
しかも俺は、一度に全員分を作らなければならない……。 かなりタイヘンだ。
でもまあ、全然嫌じゃないけどな。 みんなも張り切ってるみたいだし。
みんなのそれぞれの味の好みも考えて、チョコの種類は複数用意してある。 さすがにケーキやクッキーなどを作る時間も予算もないから、それくらいの工夫はしないとな。
本来はチョコを刻んだり温度を保ったりするのが大変なところだが、幸いこの人の家にはいろいろと機材が揃っている。 ……さすがは科学者だ。
普段は「マッド」という接頭語が付くのだが、今日だけは勘弁しておこう。
と、言いたいところなのだが。
「……」
しかし俺の前には大小様々なチョコの型だけでなく、ココアやインスタントコーヒー、適度に砕いたアーモンドなどの瓶に混じって……「惚れ薬」「Hな気分になる薬」「性別転換薬」といった小瓶がこれ見よがしに並んでいる。
当然ながら、これも無視である。
『んふふふふ。 足りなければもっと作ってやるぞ?』
「使うかっ!」
これ以上タイヘンになってどーする。
無視して作っていると途中から、わざわざ白衣を自分で緑色に染めたのを羽織ったお姉さんがやって来て直接後ろからちょっかいを出してきたが……。
その度に、用意しておいたこの人用の甘~いチョコを口に放り込んで黙らせてやった。
「むぐっ!? ……あ、甘ぁぁぁ~い」
「今度のはいちごジャム入りだ、参ったか」
「んふふふふふ~♪ まいっはー」
この人、意外と甘いのが好きなんだよなぁ。
こうして喜んでくれる顔を見ると、作ってよかったなーって思うよ。
――人数分+αのチョコを作り終え、俺は機嫌良くアルヴィちゃんの自宅兼研究所を後にした。
置きっぱなしのチョコも少なからずあるが、それまた明日の朝、登校前に取りに来ることにする。
それに味もよかったようで、途中からはヒナのように口を開けていたアルヴィちゃんも満足げな表情で部屋に戻っていった。 これなら大丈夫だろう。
お代わり用のチョコもラッピングして置いてきたので、つまみ食いされる心配もないハズだ。
翌朝、チョコ対決の当日がやってきた。
家族のみんなには昨日帰った時点でチョコの入った紙袋を見られているのだが、俺もみんながキッチンで作っていたのを知っているので暗黙の了解として何も言われなかった。 横目でチラチラと見られたくらいはご愛嬌である。
そして起きてすぐ、我が愛しの妹様と娘様にプレゼントする。 お互いの枕元には既に箱の入った袋が用意されており、さながら用心のために銃を用意しているどこぞのエージェントのようであった。
……それにしても、そろそろ別々に寝てくれないかなぁ。 小学校の卒業と同時に部屋を分けた意味が全然ないではないか。
「えへへへへ~♪ お兄ちゃん……おはよっ」
「ママー、セーレちゃん、おはよーっ♪」
「ああ、おはよう」
二人とも早々に眠気を吹き飛ばし、普段に増して頬が緩みっぱなしである。 ……ついでに、パジャマの上のボタンが外れて覗きっぱなしの肌色もどうにかしてくれませんかね? あと、寝るときにもアレを着けてくれ。
目の前でぷるるんと揺れるソレから目を逸らし、俺は枕元のブツに手を伸ばす。 遅れて背後からも、ビニールの袋から箱を取り出す音が聞こえてくる。
再び振り返ると、それぞれに箱を手に持った二人がベッドの上で腰くねくねさせながら座っていた。 ちゃんとボタンも留め直したようでなによりだ。
金と碧の長い髪が左右に揺れ、朝日を受けて違った輝きを放っている。 特に、我が娘の頭頂部から生えているアンテナ毛の揺れ方がすごい。
妹様のアレとでも張り合っているのだろうか……。
「お、お兄ちゃん。 これ……受け取って、ください」
「うん、ありがとう」
毎年のことながら、この子はいつも緊張した面持ちでチョコを渡してくる。 セーレがくれるなら、たとえ毒が入っていても喜んで食べるが……まあ、そういうもんじゃないもんな。
かくいう俺だって、ちょっと緊張してるし。
「はい、俺からも」
「うん……えへへへへっ♪」
片手でキレイにラッピングされたリボンつきの箱を受け取り、代わりに俺の箱を手渡す。 嬉しそうに胸に抱え込もうとして、中身に気づいたのか「あっ」と声を上げて直前で止めた。 手に持ったくらいでも溶けてしまうのではないかと恐れるように、しかし大事そうに両手の上に乗せて頬を染めて笑っている。 それを見ただけでも、渡した甲斐があるよ。
俺も、もらった箱に目を落とす。 ラッピングの凝りようについては……やはり差があるな。 箱を入れた袋自体、俺のがどこにでもありそうな白いのに対して、妹様のはオシャレな店でくれそうな可愛らしいヤツだったし。
包装はともかく、さすがに袋にまで金をかける余裕はなかったからなあ……ちょっと申し訳ない。
小さな箱はハートをあしらった可愛い紙で几帳面に包まれており、繊細そうな赤いリボンが四方に縦線を作り頂点で大きな蝶となっている。 なんだかもう、このまま神棚にでも飾ってきたいくらいだ。
……神棚、今から作るか?
「はいママ、ニアからもーっ♪」
そしてニアちゃんからは……まるで落ちてきた天井を支えているかのような体勢で、自分の身体よりも大きな、やや平べったい箱をくれた。
普通にしていればモテるだろうに、いまだに独身を貫いている某マッドなお姉さん。 でも子供は好きなようで、なんと人間をそのまま手のひらサイズまで小さくしたような、子供そっくりなアンドロイドを開発してしまった。 しかも食べ物――有機物をエネルギーに変換できるらしく、普通に物を食べることができるのだ。
更には何故か自分を父親に、そしてこの俺を母親に初期設定してしまい、それから我が家で俺の子同然として住んでいる。
超技術すぎて、堂々と表に出してあげられないのが可哀相なんだけどな。 その代わり、精巧なフィギュアだとウソをついてたまーに外に連れ出してあげたりしている。
おかげで俺は、ご近所の奥さん方からは「ちょっとオタクでシスコンなお兄さん」として生温かい目で見られているがな。 ……まあ、普通に接してもらえているだけでもありがたいと思うことにしよう。
「ん、ありがとな。 じゃあ、俺からも……はい」
「きゅふーん♪ やったあーっ!」
俺は小さな愛娘から大きな箱を受け取って、代わりにその両手に抱えられるくらいの小箱を渡した。 ぴょんぴょんと飛び跳ねて喜んでくれている。
俺のもらった箱はギフト用のハンカチかハンドタオルでも入っていそうな大きさで、セーレと同じ紙とリボンで包装されていた。 ちょっと形が崩れているところが、また微笑ましい。
しかしコレ、けっこう重たいぞ?
「うーっ。 ……ねーねーママ、食べていい?」
「だーめ。 朝ご飯が入らなくなっちゃうだろ?」
「……はあーい」
にこにこしている妹様の隣でニアちゃんがかくんと大きな頭を垂れているが、俺も二人も、中身を見るのは学校から帰ってからだ。
俺がセーレからもらったチョコを勉強机の上に置くと、ニアちゃんも背中から柔らかそうな羽を出して宙を飛び、机に着地してその横に小箱を置いた。
で、妹様は――。
「えへへへ……ありがとう。 これ、お礼ね♪」
「んむっ!?」
妹様は振り返った俺に後ろから近づいて背伸びをすると、すぐに離れて部屋の入口に逃げるように走っていった。
「はぁ。 まったく、普通はほっぺだろうに……」
いまだにこんなんで、はたしてこの子はいつかちゃんと結婚できるんだろうか。
――たとえ連れてきても、完全無欠な男じゃなかったらすぐに叩き出してやるがな。
その点で、俺と家族のみんなは意見がピタリと一致しているのだった。




