319 1歩すすんで1歩さがる?
シャルちゃん先生の号令で、輪になったそれぞれのグループがラケットから光球を作り出し、打ち合いを始めた。
あちこちで楽しそうな声が上がり、地下体育館のコンクリート壁に当たってますます賑やかに聞こえる。
「いよっしゃああああああああーーーーーっ!」
「先生、おとなげないっ!?」
……いちばんデカイ声は、やっぱり絶叫先生だが。
で、ウチのグループはというと。
「ふふ……楽しみね」
マーヤさんはうちわのようなラケットを手でもてあそびながら、正面にいる俺に対してどことなく色っぽい笑みを浮かべている。
「へへ。 腕が鳴るぜ」
シューハ君もラケットの握りを確認しながら、犬歯を見せて不敵に笑っている。
「な、なんだか、穏やかじゃない空気ね……」
「る……こ、怖くなんか、ないよ?」
「だ、大丈夫よ! あたしが守ってあげるからっ♪」
あまり運動の得意じゃないるー君が素の顔を覗かせ、ニャル子ちゃんが不安そうな表情から一転してやる気を見せている。
弱気になった途端、るー君の男の子成分が吹き飛んで「守ってあげたくなるオーラ」がぽわぽわと出てきた。 耳を垂らして震えているうさ耳ちゃんの姿は、俺の母性本能さえきゅんきゅんと刺激してくる。
るー君と向かい合っているシューハ君は、正面だけは見ないようにして戦意を保っているようだ。
「まあ、無理せずに頑張ろうな?」
「うん……」
両手に持ったラケットで顔の下半分を隠し、るー君がうなずく。
……あんまりしゃしゃり出たらニャル子ちゃんが怒るだろうから、俺はさり気なく隣からフォローしてあげることにしよう。
「うふふふ~」
そして妹様は、後ろに回した両手にラケットを持って結わえたツインテールを首ごと動かし、髪を左右に揺らして遊んでいる。
俺と目が合うと、首と一緒に腰も動かして一段と笑みを深める。
「さて、僕らも始めようよ。 最初は――」
誰に、と口にする前に、みんなの視線がビームとなって俺に集中した。
「――ぼ、僕からで、いいみたいだね」
「ええ」「ああ」
「うん」「いいんじゃない?」
「うふふ~」
みんなは首を縦に振ると、それぞれにラケットを構えていろいろな表情を見せる。
真正面のマーヤさんは俺の目を見つめて穏やかに微笑み、その左のシューハ君も俺を見て口の端をつり上げニヤリとしている。
反対の右側にいるニャル子ちゃんは俺だけでなくるー君以外の全員に気を配っているようで、るー君は自分をかばうようにラケットを前に出してとりあえずの構え。
最後にマイシスターは……変わらずにこにこしながら手を後ろにスカートと髪を揺らしているが、あれで既に準備万端であることは俺がいちばんよく知っている。
さて、誰にサーブしようかな……。
「ほいっ」
誰でも結局は一緒かと思い、とりあえず正面のお姉さんへ軽く光球を打つ。
重さはないはずなのに緩やかな山なりを描き、光球はマーヤさんの正面へ。
「ふふ……はいっ」
かなり嬉しそうに頬を緩ませ、お姉さんは軽やかにラケットを振った。 膝丈のスカートがわずかに浮き、長い黒髪が揺れる。
打ち返された光球は適度に加速し、まっすぐセーレたんに向かって飛んでいく。
マーヤさんにすれば打つ相手はるー君かセーレたんのどちらかになるから、必然的な結果と言える。
「にょ~ん」
それを予想していたんだろう、妹様はお姉さんが打つと同時にくるりと身体を横に回し、スカートとツインテールをなびかせながら水平にラケットを振るった。
ちょうど真後ろを向いたところで後ろに伸ばしたラケットに当たり、 光球はふんわりと高く舞い上がっていく。
……あれが本物のボールなら、トンでもないスピンがかかっていそうだ。
「るーちゃん!」
「わわっ」
打った当人以外が見上げたボールは、スローモーションのようにゆっくりと放物線を描いて、るー君の下に。
戸惑ったような声を上げたるー君だったけど、ニャルちゃんの声と光球の遅さに落ち着いたのか、両手にラケットを持って落ちてきた光球をタイミングよく叩いた。
「えいっ」
落ち着けばやっぱり男の子。 多少ぎこちないながらも意外と遅くないスイングで打ち返された光球は、まっすぐシューハ君の方に飛んでいった。
「シャアッ!」
彼は手首をよく鍛えているようだ。 片手でスナップを利かせ、軽々とラケットを振り回してスマッシュを決めた。
あまり魔力を込めなかったらしい打球が、ニャル子ちゃんの足元を狙って突き刺さらんとする。
「ふっ!」
さすがは経験者、ニャル子ちゃんは短い三つ編みをしっぽのように振りながら見事に光球を下からすくい上げ。
「ふに~」
妹様は例によって回りながら、まともに球も見ずに打ち返すのだった。
――その夜。
だんだんと長湯になってきたセーレたんがお風呂に行っている間に、今日のローテーションであるチャロちゃんのマッサージをする。
ヨガがお気に入りのチャロちゃんは、最初固かった身体が今や楽々と一八〇度開脚ができるほどに柔らかくなった。 それを触手で手助けするのが俺の役割なのだ。
「はぁふぅ~……♪」
絨毯の上でうつ伏せから大きく胸を反らせる「コブラのポーズ」を終え、薄手のシャツとスパッツに着替えたチャロちゃんが大きく息を吐きながらまたうつ伏せに戻る。 俺もチャロちゃんの肩から二の腕を掴んで後ろから引っ張っていた触手を戻し、太ももの上にまたがっていた身体をどかせた。 ……首を引っ張ったらキャメルクラッチになってしまうからな。
しっぽ袖から出た長くて白いしっぽが、細く引き締まった太ももの間に挟まって気持ちよさそうにぴくぴくしていた。
「はあぁぁぁ……も、もう終わりなんですねぇ」
「あんまりやると、逆に身体に悪いからねー」
背中を反らした反動か、チャロちゃんがころんと横になって背中を丸めた。 ちょっとオレンジのかかった黄色い瞳で、俺の顔を見つめてくる。
白い三角の耳の後ろを手で掻きながらしっぽで絨毯を叩いている姿は、まさしく猫という感じでとっても可愛い。
思わず触りたくなってしまうね。
「ひゃうっ」
「ああ、ごめん。 くすぐったかった?」
「い、いえ。 大丈夫ですぅ……はふう♪」
乱れたボブカットの髪を直してあげるついでに耳も掻いてあげると、チャロちゃんは目と閉じ、さらに身体を丸めてふるふると震えた。
前世にはあり得ないパパラチアオレンジの髪だけど、とても自然な色合いで肌や耳の色とマッチしている。 うっすらと汗をかいて赤らむ頬にくっついていた髪を、手で払って整えてあげる。
「よし、キレイになった」
「あ、ありがほうごじゃいまひゅ……」
マールちゃんはまだ仕事が残っているみたいだけど、チャロちゃんの今日のお仕事は既に終わっている。 あとはお風呂に入って寝るだけとあって、チャロちゃんは心からリラックスしているようだった。
リラックスしすぎて、シャツの隙間から水色のブラの肩ひもが見えてるんだけど……シャツを引っ張って隠しておこう。
「……そういえば」
目を逸らして時計を見ると、セーレたんが戻って来るまでにはもう少し時間がある。 風呂には妹様の前に入ったし、もう少しお喋りしていてもいいだろう。
「チャロちゃんって、友達多いよねー」
休みになると朝から出かけるチャロちゃんは、近所のメイドさん達とよく買い物をしたり歌や芝居を見に行ったりしているらしい。 「芝居」というと渋い趣味のように聞こえるけど、テレビや映画のないこの国では一般的な娯楽だ。
歌と同じく、ライブ的な感覚なんだろうね。
「あははー。 ……小さいころは内気で、よくマールお姉ちゃんにくっついて回っていたんですけどね」
その話はよく聞くな。 実際、今でも実の姉妹みたいに仲がいいし。
「でもこっちに来て、ご近所の先輩に『クラブ』に誘われたんですよー」
「……クラブ?」
横になったまま、チャロちゃんがあぐらをかいて座っている俺の顔を見上げて微笑む。
「あ、ご存じなかったですか? 『メイドクラブ』というのがあるんですよー」
メイドという職業自体が女の子に人気があったのは知っていたけど、そんなものまであるとは……。
前世で言うなら「お花屋さん」や「お菓子屋さん」と同じような感覚で、将来なりたいなーと言っている女の子の話は幼児園や初学校、それからチャロちゃん達のいた孤児院でも耳にしていたことがある。 役者さんも人気だね。 その一方で、普通に「騎士」なんて職業が出てくるあたりはさすがだけど。
「メイド服がカワイイからー♪」なんて言っている可愛らしい子もいる傍らで「金持ちの男をゲットするんだ!」と息巻く女の子もいて、その歳でもうそんなコトを考えているのかと戦慄したよ。
ちなみにメイドの最高峰は、城でアルヴィちゃんや王族のお世話と護衛を兼ねたメイド騎士さんで「宮廷の戦乙女」と呼ばれている。 俺が登城したときに、アルヴィちゃんが変身して俺に近づいてきたときのお姉さんがまさにそれだ。
「このお仕事って、特に住み込みだとあまり外に出ませんからねー。 それで、息抜きにどうって誘われたんですよ」
「へえー。 それで、みんなで遊びに行ったりしてるんだね」
「はいっ♪ 遊びに行ったり悩みを相談し合ったり、新人の子のサポートをしたり……」
耳をピクピクさせながら、嬉しそうに話してくれる。 一五〇センチもないだろう小柄なチャロちゃんだけど、こう見えても既にメイド歴五年を超えた立派なプロだ。
精霊の日には、だんだんと身長差のなくなってきたエルネちゃんの隣であれこれ教えている姿は、すっかり見慣れた日常となってる。
「あとは、他のお仕事をしている男の人たちと一緒に食事会、なんてこともときどきありますねー」
「……ん?」
食事?
「それって、メイドさんグループとそれ以外の男の人のグループで、ってこと?」
「はいー」
ちょっと待て? どこかで聞いたことのある内容だぞ……。
ってゆーか、それって合コンじゃね?
「えっと……チャロちゃんも、行ったことが?」
「はい、いちおう……。 人数合わせにって、先輩につき合わされたことが何度か」
あははーと、ちょっと困ったような笑みを見せるチャロちゃん。
俺が生まれた頃からずっと見ているし、見た目が可愛らしいから意識してなかったんだけど……。
「……チャロちゃんって、意外とオトナだ」
「ええっ!? ……そ、そうでしょうかー」
ポロッと心の声を漏らすと、チャロちゃんの顔が少し赤くなった。
「チャロちゃんって、可愛いからモテるでしょ?
……で、いいなーと思った人とかいたの?」
「モテっ!? そ、そそそそそんなコトありませんよっ!」
チャロちゃんは慌てたように急に身体を起こすと、顔を真っ赤にして必死に首と両手を振り始めた。
ピンクがかったオレンジの髪が広がってチャロちゃんの顔にまとわりつき、あたりに柑橘系のような爽やかな香りが広がる。
「そうかなあー」
「そそそ、そうですよっ!? それに、男の人ってちょっと怖いですし……。
そんなことより、今はお仕事してる方がずっと楽しいですから!」
「そうなんだ」
……それほどオトナでもなかった?
いやいや、それだけ今の生活が充実しているんだろう。 よかったよかった。
「あ……。 怖いっていっても、ジャスさまや旦那さまは違いますからね?
いつも、とっても優しくしてもらってますし、大好きですよ?」
そう言って、チャロちゃんはまだ赤い顔を俺に向けてはにかんだ。
「あはは……ありがとね」
「いえいえー♪」
乱れた髪に手を伸ばして整えてあげると、チャロちゃんは目を閉じて耳を下げ、なすがままになってくれる。
チャロちゃんの答えを聞いて、ほっとしてしまった俺は……。
意外に、独占欲が強いのだろうか?




