320 スゴイきょーだい、です
少し曇っているけど、今のところはまだ青空が見えている。
「ほら、ちゃんと穿いてるんだから、こうした方がもっと可愛いわよ?」
「あっ……」
スカートの下にスパッツを穿いているセーレたんの前にひざをついて、セラさんがスカートの腰を折り込んで丈を短くしようとしている。
丈が上がって太ももを覆う黒いスパッツが少しずつ顔を覗かせるのを、ハニーはちょっと恥ずかしそうに俺と交互に見ながらも、セラさんの言われるがままになっていた。
「うんうん♪ 絶対その方がいいよセーレちゃん!
セラさんもさすがですね!」
「ふふふ……でしょう?」
精霊の日といえばエルネちゃん。 初対面のセラさんの若さにやっぱりビックリしていたけど、あっという間に意気投合して二人でセーレたんのスカートの丈について熱く語り合っている。
「みだりに見せびらかすのはどうかと思うけど、女はある程度は見られてこそだと私は思うのよねえ」
「ですよねーっ!」
二十歳のお袋と同じサイズの服を楽々と着こなして更にスカートを短くしているセラさんと、オーダーメイドのミニスカメイド服に黒のニーハイタイツを合わせてほんのわずかな絶対領域を見せるエルネちゃんが、満面の笑顔を咲かせてうなずき合っている。
……なんとも、恐ろしいユニットが誕生してしまった。
「ねーねージャス君! セーレちゃん、このくらいでどう?」
「ふふふ……可愛いでしょう?」
じゃーん! と効果音がつきそうな自信満々っぷりで、エルネちゃんが両手を広げて妹様の艶姿を俺に披露する。 セラさんも満足げだ。
とはいってもセーレたんは特別な服を着ているわけではなく、動きやすそうな普段着のスカートを短くして下にスパッツを穿いてるだけなんだけどね。 スカートの丈だって、前世の女子高生に比べれば全然大したことはない。
でも……成長して少しずつ頭身が伸びつつあるハニーは、「子供らしい」可愛らしさから「女の子らしい」可愛らしさに変わりつつあるのは確かだ。
黄金の河のような髪を日光に煌めかせ、恥ずかしそうに頬を染めて俺を上目遣いに見ながら、スカートの丈を引っ張ろうか……としてはやめて両手をきゅっと握るその姿は、単に可愛らしい以上にきゅんとくるものがある。
「そ、そうだねー。 可愛いと思うよ?」
「あはっ♪ だって、セーレちゃん! よかったねーっ!」
「う、うんっ。 ……えへへ♪」
エルネちゃんは自分のことのように喜ぶと、両手の手のひらを妹様に向ける。
セーレたんも染めたままの頬を緩めると、嬉しそうに手のひらを合わせた。 その横で、セラさんがセーレたんの頭をなでている。
「でも、あんまり人前で見せびらかすのはどうかと思うけどね。
セーレちゃんも……それからエルネちゃんも」
可愛いのは可愛いんだけどね……。 だけど、俺はまだいいとしても、この国の常識で考えるとその丈は短すぎると言っていいだろう。
ある程度人に見られた方が……という意見も理解はできるけど、俺としてはやっぱりあまり知らない人に、セーレたんやエルネちゃんがそういう目でジロジロ見られるのは嫌だと思ってしまう。
……まだ二人共、そんな目で見られるような齢ではないんだろうけどさ。
せっかく喜んでいるのに水を差すようで悪いかなーとは思いつつ、それでも言うべきかなと思って口にする。
すると――。
「あはははははっ♪」
「ふふふふふふふっ!」
エルネちゃんもセラさんも、さっきまで以上に明るく笑顔を輝かせていた。
「えへへへへへっ♪」
セーレたんも、より頬を赤くして腰をくねくねさせている。
「大丈夫よジャス君? さすがに私も、こんなに短いままで外に出そうなんて思っていないから」
「そうだよー♪ ……私だって、こんなに短くしてるのはココにいるときだけだよ?」
「ぜったい、お兄ちゃんにしか見せないのっ♪」
セラさんは笑いながら妹様の丈を元に戻し、エルネちゃんもエプロンの横からスカートを折っているのをチラリと見せてきた。 裾上げしちゃってるのかと思ってたら、実はエルネちゃんも折ってたのね……。
それからセーレたん? いくら兄妹でも、俺にだって見せちゃダメだからね?
――朝からいろいろあったものの、俺はセラさんと手を繋いで家を出た。 セラさんは俺とセーレたんの間に入って繋ぎたかったみたいだけど、妹様が嫌がったので俺が真ん中になった。
ワインレッドのメイド服はそのままで、スカートの丈を長くしたエルネちゃんも一緒である。 四人が横一列になるわけにはいかないので、エルネちゃんは後ろからとことことついて来た。
いつもならこの家で勉強会なんだけど、今日はみんなの希望で、魔術や武術の勉強をするために学校へ行くことになっているのだ。
臨時講師をセラさんにお願いし、地下体育館の一室は昨日のうちに俺が事務局へ行って予約しておいた。 みんなとは現地集合になっていて、エミーちゃんはここには来ないでニコを迎えに行き、二人で直接学校に向かうらしい。
「ジャス君達の学校かあ。 たしか、建て直してからまだけっこう新しいんだよね……いいなぁ」
メイドちゃんズの手作りおやつとお茶を入れた肩掛けカバンを持って、後ろでエルネちゃんが言葉をこぼす。
エルネちゃんって、家からいちばん近い別の初学校に行ってたんだよね。 そっちの方は、ちょっと校舎が古いらしい。
古くてもそれはそれで趣があっていいじゃない……というのは、まだエルネちゃんには分からないか。
わいわいとお喋りしながら歩くと、学校までの道のりも気がつけば終わっていた。
コンクリートの近代的な校舎を見上げ、エルネちゃんは感心したような溜め息をつく。
「うわあー……」
ちょっぴり得意げな気持ちを抱きつつ、俺はセラさんに校舎の左側を指す。
グラウンドにはわりと多くの子供達が遊んでいて、中にはソフト剣を持って稽古をしているらしい子もいる。 正面の昇降口は閉ざされていて、やってきた子供や大人の人たちは校舎の左側にある玄関へ向かっていく。 もちろん、俺達も同じだ。
休日の学校は設備が一般開放されていて、子供だけではなく大人の人も図書館や空き教室などを利用できるのだ。 ……ここの生徒と保護者以外は、有料でね。
「こんにちはー」「こんにちはです~♪」
「はーい……あっ」
事務局のカウンターに声をかけると、昨日予約したときと同じお姉さんがいた。 でも、昨日来たときも「あ」って言われたんだよね……。
飛び級メンバーは、事務のみなさんの中でも顔が知られているようだ。
お姉さんはにっこりと微笑んでくれた。
「あれ? 失礼ですけど、お母さん……とは違う方、ですよね?」
飛び級試験か合格発表あたりでお袋を見たのかな? お姉さんがセラさんを見て首をかしげる。
対してセラさんは、とても嬉しそうに目をキラキラさせて答えた。
「ええ、祖母です♪」
「……え?」
お姉さんが、笑顔のままで固まった。
「祖母です」
「……ソ、ボ?」
「ええ」
「……」
「……」
「……うそっ」
思わずといった感じで呟き、お姉さんは慌てて口を手で押さえて頭を下げる。 けど、セラさんはとってもご機嫌だ。
俺にとってはもはやお約束とも言っていいやり取りだけど、相手の人はそりゃ驚くよね。
確かに、この国では年配の人でも見かけの若々しい人は意外といっぱいいるんだけど、さすがに顔に小じわのひとつさえも見当たらない人なんてまずいない。
目を真ん丸にしているお姉さんの心の中では、たぶん「どんな化粧品を使ったらそうなるのよー!」なんて思っているのかもしれない。
……残念ながら、化粧品ではないんですがね。
「いや、本当なんですよ……はい、学生証」
俺はポケットから光沢のある薄い翠色のカードを出し、茫然としているお姉さんの目の前に掲げた。
この学校の体育館は、地下を四つの空間に区切っている。 その内、講堂と魔導具の射撃練習場を除いた二つが実質の運動スペースだ。
地下に下りるとそこにも男の係員さんがいたので、学生証を見せて予約している場所に案内してもらった。
「ここを使って下さい。 仕事終わりまで使って頂いても大丈夫ですので」
「ありがとう」
「い、いえ……」
セラさんが笑顔でお礼を言うと、真面目そうな係員の人は少し照れたように目を逸らし――膝の露出している生脚にチラッと目線をやり、そそくさと去っていった。
それを分かっていて、ふふっと笑って流したセラさんはさすがである。 エルネちゃんもため息と共に、尊敬の目差しを送っていた。
「……セラさん、オトナだなぁ」
「慣れれば、あのくらいは可愛いものよ」
「私は逆に、だんだんイヤになってきたんだけどなぁ……」
昔からけっこう大胆な格好をしていたエルネちゃんだったけど、最近はそうでもないのかな? だったら、ウチに来ているときもそうすればいいのに……そこは変わらないんだよなぁ。
本当は今でもちょっと露出多めの可愛い服を着たいけど、知らない人の前では恥ずかしいから身内のところだけで着よう♪ って、考えているのかもしれないね。
……俺も、あんまり見ないようにしないと。
案内された場所は、体育館の区切られた大部屋の中でも更に三角コーンで二分割された内の半分だった。
とはいえ、俺達は十人もいないんだから十分だ。 隣では、フラヴリースの練習をしているらしい子供達が――。
「……こう?」
『おおぉーーーーーっ』
るー君がラケットを持ってぱたぱたしているのを、全員が三角座りをして鑑賞していた。
特に女装しているわけでもない半ズボン姿のるー君が、神社の巫女さんみたいにラケットを両手で左右に振っているのを見ては、感激とも感嘆ともつかないような溜め息や声が少年少女達からあふれ出す。
「やーっ」
『うおぉぉぉぉ……』
「やあっ」
『うわあぁ~~~~~』
「やーん」
『かわいい…………!』
何とも言いがたい雰囲気に、俺達は言葉を失う。
「……一体、何なんだアレは」
ちゃんとスイングを教えてもらっているのならともかく、アレではまさに鑑賞会ではないか。
監督かコーチ役の人はいないのか? と思ったら……三角座りの最前列にいた。 大人の女の人のようだが、子供達よりも熱心に見つめているように見える。
いいのか、それで。
「鑑賞会……なのかしらね?」「た、たぶん」
「るーちゃん、楽しそうなの~♪」
セラさんとエルネちゃんは「愛でる会」を眺めながら互いに呟き、隣のセーレたんはちょっとずれた、だけど可愛らしいことを言っている。
少し離れたところでは、エミーちゃんをはじめ他の幼馴染みーズが借りたらしいラケットで普通にスイングの練習をしていた。 こっちの方がよほど部員らしいんだけど……。
俺と目が合い、手を振ってくれたくりむちゃんには手を振り返す。 大きなしっぽをものすごい勢いで振っている。
一方でエミーちゃんは、小さく首を横に振った。 ふむ……頑張ったけど、気がついたときにはもう手遅れだった、と。
ごめん、ありがとね。
「……あっ、ジャス君だ♪」
るー君も俺達に気づき、ラケットから片手を離して小さな手を振ってきた。
それに三角座りの子供達や熱心に練習していたニコも気づき、全員が振り返ってこちらを見る。 子供達の目つきが怖い……。
「うふふ~?」
しかし、俺の左で妹様がどこまでもクリアに透き通った微笑みを浮かべると、子供達はビビってすぐに前に向き直った。
特にニコは飛び上がって怯え、エミーちゃんの背中に隠れた。 おいおい……。
「じゃあ、ボクはもう行かなくっちゃ。
みんなは練習、がんばってね♪」
『はあああああーーーーーいっ!!』
るー君のエールに、子供達と監督さんがそろって大きな声で返事をした。 少しの間、大部屋の中に返事の残響が残った。
ラケットを監督に返し、エミーちゃん達も借りた子供にそれぞれラケットを返すと、みんなでこっちにやってくる。
ニコはまだ震えながらエミーちゃんの背後に隠れていたが、俺がセーレたんのほっぺをなで始めるとようやく顔を出した。 マイハニーは目を閉じて、俺の手のひらに頬をすりつけて喜んでいる。
「ジャス君っ、待ってたよ」
「ああ、遅かったみたいでごめんな?」
ある程度満足したらしいセーレたんから手を離し、今度はるー君の繊細な髪を軽くなでる。
「わうーん♪」
「よう、くりむちゃん」
「今日はね、ひとりで来たの」
「そうかー、偉いね」
しっぽを振りまくって「なでてー!」と無言のアピールをしてくるわん子ちゃん。 ……ああ、それでお母さんが見当たらないのか。
俺は言われるまでもなく手を伸ばし、黒い髪の上からちょっと強めに頭をなでなでする。 位置の高い頭を下げて下を向き、くりむちゃんは嬉しそうな声を漏らす。
「ジャス……」
「うん、分かってる」
学校では三組でニコとわん子ちゃんを束ねているエミーちゃんだが、るー君までは御しきれないようだ。
……だが、それも仕方がない。 俺にだって、無理なときは無理だ。
運命には逆らえないのである。
お疲れさん、と心から労ってキレイな茶色の髪をなでてあげると、エミーちゃんは頬をかすかに赤くしてはにかんだ。
「るー君って、本当に凄いわねぇ……」
「さすがはリリちゃんのお兄ちゃんだね……」
俺から離れたセーレたんとるー君がタッチを交わしているのを見ながら、セラさんとエルネちゃんがため息をつく。
「え? リリちゃんって……まさか、るー君の妹?」
「はい。 あの子も、るー君とは違う意味でスゴイですよ」
「そ、そうなの……」
「はい、それはもう! 例えば――」
そして、「リリちゃんを愛でる会」と化した幼児園についてセラさんに熱っぽく語り始めるエルネちゃん。
どうやら、リリちゃんも相変わらずらしい。
――気合の入った少年少女達が、フラヴリースの練習を始めた。 元気な声が体育館を満たしていく。
そんな中、メガネをかけているコーチの女の人は……。
『きゃあーっ♪』
「……」
るー君が握っていたラケットの柄に激しく頬ずりをして、メガネがズレにズレまくっていた。




