316 大奥さまとお嬢さま
朝から爽やかな、まさしく五月晴れ。
今日は親父も含めた家族全員にセラさんも加わって、いつも以上に賑やかな雰囲気で朝食が進む。
「ふふふっ。 ジェド君も、しばらく見ないうちに貫禄がついてきたわね」
「そ、そうですかね……」
俺とセーレたんの向かい側、俺達からはいちばん遠いところに用意されたイスにセラさんが座っている。
親父はそのセラさんから近い席にいて、ずっといいように弄られまくっていた。
「うん♪ 昔は、こーんなに小さくて、私のことを『セラさーん、セラさーん』って呼びながらついて回っていたのにねぇ」
座ったままのセラさんが、自分の胸くらいの位置で水平に手を動かす。 お袋はリソ君が食べている様子を気にしながら、二人のやり取りを楽しそうに眺めている。
「や、やめてくださいよ!? ……俺だって、もういい歳なんだからさ」
「ふふふふっ! そういえばジェド君いくつだったかしら? にじゅう……八?」
「まだ七です……はぁ。 ったく、いつまでも子供扱いなんだもんなぁ」
普段は女性陣に頭が上がらないような風に見えるが、なんだかんだで親父はちゃんと一家の大黒柱だ。
仕事で多少疲れていてもなるべく俺達とコミュニケーションを取ろうとしてくれるし、お袋も大事なことは親父に相談したりしている。
そんな親父が終始頭の上がらない状態というのは興味深いようで、今日のみんなの目線はしばしば二人の方に向けられていた。
「ジャス様、スープのお代わりはいかがですか?」
「いや、まだあるからいいよー。 全部飲んでからね」
「お兄ちゃん。 わたしのパン、半分いる?」
「食べ切れなかったらもらうから、セーレちゃんはお腹いっぱい食べな?」
親父と違って、俺ってあんまり食べる方じゃないと思うんだが、いつも二人は何かしら勧めてくるんだよなぁ。 自分のを減らしてでも。
まあ、断り切れなくて結局はもらう俺も悪いんだろうけど……。
断って悲しそうな顔をされるのが心苦しいから、最初からちょっと少なめに盛りつけてもらうのが癖になっちゃったよ。
《ママー、もっとご飯ちょーだいっ!》
《はいはいー》
だからこうして、遠慮なくおねだりしてくれる我が娘が可愛くて仕方がない。
……あれ? もしかして俺、甘やかしすぎて子供をダメにする親になりかねない? 気をつけねば。
ふと我に返ってセラさんの方を見ると、親父はまだ弄られていた。
「思い出すわぁ。 ジェド君が――」
「あーもう、やめてくれよ!? ……ったく。 上司にもいるが、昔のことばっかり話すようになったらもう歳――」
「なにか、いったかしら~ん?」
セラさんが小首をかしげながら、満面の笑みを浮かべた。
「……イエ。 ナンデモナイデス」
襟の後ろから鉄の棒を突っ込まれたように、親父の背筋が伸びた。 白くなった顔が小刻みに震えている。
あーあ、それを言っちゃオシマイでしょう……。 お袋は目を閉じて首を小さく振り、メイドちゃんズもため息をつきながら親父に半眼を向けていた。
リソ君が理解できないのは当然として、セーレたんとニアちゃんも首をかしげているのは不幸中の幸いだったねぇ。
セラさんのことだから、すぐに機嫌は直すんだろうけど……フォローしておこう。
「そんなコト言っちゃダメだよ、パパ~。
……それにセラさん、すっごく可愛いじゃない」
「は?」
「えっ」
あれれ、みんなの視線が俺に向いたぞ? 何か間違ったこと言ったか?
親父はポカーンと口を開けており、お袋とメイドちゃんズは軽く目を大きくしたが、すぐに穏やかな笑みを浮かべた。 リソ君は首を傾け、妹様と愛娘だけがうんうんと同意してくれている。
「え……かっ、かわ、可愛いって……♪」
セラさんはサファイアのような瞳の中の星を揺らし、ほんのりと頬を染めて口に手を当てている。 それからぷいっと視線を逸らした。
……ほら、そういうところが可愛いんだって。 俺も昨日、初めて気づいたんだけどな。
「うふふ~。 セラさん、かわいいの~!」
《ホントだ! かわいいねーっ》
「でしょ?」
「うんっ♪」《だねー!》
「……はあ~っ。 もう、からかわないでよ……」
俺も加わって三人でうなずいていると、セラさんは肩から力を抜いて背もたれに体重をかけた。
その後お袋とメイドちゃんズは、最後までアルカイックなスマイルのまま食事を続けていた。
今日は学校はないものの、代わりに幼なじみーズの勉強会がある。
少し遅くなった朝食がちょうど終わったところにアナさんとエミーちゃんが来て、メイドちゃんズは私服に着替えに部屋に戻っていった。 今回も参加してくれるらしい。
「幼児園の同級生と友達を飛び級させたって言ってたけど……今もこんな事をしてるのね」
「まぁね」
俺とセーレたんの部屋で、今回はハニーとエミーちゃんが部屋の掃除と準備をしてくれている。 俺は教材のチェック中だ。
繋げるための予備のテーブルは部屋に常に置いておくことにしたし、掃除は昨日のうちに終わっているので片づけるものもほとんどない。 二回目ともなるとスムーズなものである。
セスルームではずいぶんとお世話になったセラさんにエミーちゃんはとても喜び、一緒にテーブルを運ぶとベッドに腰掛けたセラさんとお喋りをしながらテーブルを拭いていた。
前に俺が選んでセラさんが買ってくれたマグカップ型の魔導具照明を愛用していることや、武術の授業で年上の子と模擬試合をして勝ったことなど、いろんなことを楽しそうに話している。
「あ……わたしが行くのに」
「いいよいいよ」
みんなの飲むお茶のカップを先に用意しておこうかと思い、俺はニアちゃんを肩に乗せたままセーレたんを連れて部屋を出ようとする。
エミーちゃんもついてこようとしたけど、久し振りなんだからお喋りしてなよと押しとどめた。
「はじめまして! ジャス君とセーレちゃんのおばあちゃんでーす♪」
「おおーっ!?」
やがてみんながやって来ると、部屋にいたセラさんにビックリしていた。 特にニコは真っ先に声を上げた。
「ぼくのお母さんよりキレイで、若ーい!」
「あら……そ、そうなの」
「うん!」
「おい、ニコ」
本人がいないからって、そういうことを言うなよ……。 いても口走ったかもしれんが。
エミーちゃんはジト目でニコを睨み、他のメンバーもどことなく視線が冷たいような気がする。 セラさんもちょっと困り顔だ。
「オリオール家の皆様には、いつも大変お世話になっております」
「いえいえ、こちらこそ」
今日もエルリアさんがみんなの引率をしてくれたようで、セラさんとぺこぺこと頭を下げ合っている。
いつものワインレッドのメイド服に対して、セラさんは恐らくお袋から借りたんだろう、見覚えのある白いブラウスとスカートだ。 紅白の対比を見ると、何もなくてもおめでたいような気分になってくる。
ところでお姉様。 ずっと気になってたんだが……そのスカート、腰のところを折って丈を短くしてない?
お袋はまず膝上は穿かない人なんだけど……。
「わう? ジャスとセーレのおばあちゃん……?」
「ええ、そうよー?」
「……はじめまして」
「はじめまして。 いい子ね~♪」
セラさんはひざを曲げて目の高さを合わせると、くりむちゃんの頭をなでなでした。 更に抱きしめられると、わん子ちゃんの耳がへろーんと垂れ下がてしっぽが嬉しそうに踊った。
そして――。
「るっ。 はじめましてっ♪」
「ほ、ほんとうに君、男の子……なの?」
「うん」
今日は全身ピンク系の姫系女の子ファッションで完全武装したるーちゃんの姿に、セラさんは目が点になっている。 頭の大きなリボンが似合いすぎだ。
しかし、いくらタイツを穿いてるからってミニスカートは大胆だよなぁ。 ていうかるーちゃんって、けっこうミニが好きだよね?
もちろん、見る側ではなく……穿く側として。
無意識に目が行ってしまう俺自身に絶望する。 魔性すぎだ。
しばらくるーちゃんと見つめ合っていたセラさんだが、何度かぽーっとなっては首を振りを繰り返し、かろうじて正気を保っていた。
初対面でお姫様の魅力にその程度で耐えられるなんて、さすがである。
「そ、それに君の名前。 ラピヨーネって……あの?」
「……る?」
「ラピヨーネ商会という意味なのでしたら、その通りです」
だけど、しまいには自身の頬をぺちん! と叩いたセラさんは、少し赤くなった顔を逸らしてるーちゃんに問いかけた。 小首をかしげる主に変わって、エルリアさんが答える。
俺もわりと最近知ったんだが……るーちゃんとこの魔導具ショップって、この国のすべての街にあるんだってね。 国内三大メーカーのひとつらしい。
セレブなのは知ってたけど、マジで財閥令嬢クラスだったよ――。
って、ご令嬢じゃないよ!? ご令息だよ!
素で間違えた……。
「これはまた、凄い縁ね……」
「こちらこそ。 ジャス君やみなさん知り合うことができたのは、本当に幸運だったと思っています」
「いえいえ」
「いえいえいえ」
「いえいえいえいえ……」
そうしてまた、二人は米つきバッタになるのであった。




