315 理想の家庭はスープのように
外で遊んでいれば、汗ばむかもしれない昼下がり。
セラさんにとってはゲシュタルト崩壊的な、俺にとってはイメージ崩壊的な再会が終わって、俺達はリビングでティータイムを楽しんでいた。
みんなのどが乾いていたようで、メイドちゃんズがたくさん用意してくれていたお茶がカップに注いだそばから消えていく。 特にセラさんは、リソ君をひざの上に乗せてわんこそばみたいなペースで飲みまくっていた。
「……ぷはぁ♪」
見た目は若々しく、カップを口に運ぶ動作には品があるのに、息を吐いて浮かべる至福の表情には子供っぽささえ感じる。
俺の周りにはあまり居ないタイプの人だよなーと、新鮮な気持ちで眺めていたけど……考えてみればアルヴィちゃんがその系統かも思った。 あっちは相当な策士だが。
「そういえば師匠は?」
ここにいないということがそのまま答えなんだろうけど、一応聞いてみる。
「今年は、使節祭の時に仕事で王都に来る予定なのよ。 だから私も来たわけ。
……待ちきれなかったから、あの人の世話は知り合いに頼んで先に来ちゃったけど」
「へー」
師匠も来るんだ! 使節祭ということは来月か……楽しみだ。 そのときはぜひ、俺の多少は成長しただろう全力をぶつけてみたい。
……あ。 来ないで思い出したけど、もう一人。
「今日はステイさん、来なかったねー」
俺は誰にともなく呟いた。 ニアちゃんが重たそうにティーポットを持って宙に浮き、ふらつきながらも俺のカップにお茶を注いでくれる。 ありがとなー。
マスクマンのインパクトで吹き飛んでしまっていたが、いつもならこのリビングで俺達のおやつを一足先にはむはむと食べているハズだったのだ。
「そう言えばそうですね」
「セラさまがいらっしゃったので、作りすぎになることはなかったですけどねー」
マールちゃんとチャロちゃんが相づちを打ってくれる。
俺達の手前には、空っぽになったケーキの小皿が残っていた。 チャロちゃんいわく「あの喫茶店の味に挑戦してみたんですけど、全然でした……」とのことだけど、すごく美味しかったよ?
「それで私の分もあったのね……ところで、そのステイさんという方は誰?」
リソ君のほっぺをむにむにして面白い顔にしているセラさんの疑問に、お袋がカップを置いて答えた。
「出版社の方ですよ~」
「出版……ああ。 そう言えば、そんな事もあったらしいわね……」
精神的に強くなったセラさんは、もはやその程度では眉も動かないらしい。 既に手紙で報告済みだったし。
カップを持っていた手は一瞬こそ止まったものの、お姉様はすぐに何事もないように口元に持っていき、ゆっくりと傾けた。
「うふふふっ。 私達にとっては、お茶飲み友達みたいになっていますけどね~」
お袋が楽しそうに笑う。 確かにステイさんのいる日は、メイドちゃんズも一緒に四人でのんびりお茶飲んでるみたいだもんね。
「セイちゃんとマリちゃんが、とってもかわいいの~♪」
セーレたんがほにゃりと微笑み、周りのみんなも笑顔でうなずく。
ただ一人を除いて。
「え? ……誰、その人?」
「いえ、そうじゃないんですよー。
セラさま、ちょっと待っててくださいねー」
《あっ、ニアも行くーっ♪》
チャロちゃんはそう言うと、白いしっぽを振りながらリビングを出て行く。 ニアちゃんも羽を広げてついていった。
その二人の後ろ姿は……なんともファンタジーであった。
「……どういうこと?」
「それはね……うふふふふ~♪」
「まあ、それは二人が戻ってきてからのお楽しみということで」
ハニーのアイコンタクトに、俺も笑いながら言葉を濁しておく。
チャロちゃんとニアちゃんはすぐに戻ってきて、セラさんの前に数枚の紙を差し出した。 セーレたんが席を立ち、セラさんのところへイラストを見に行く。
「はい、これですっ」
「これって……絵? 見慣れない描き方だけど」
《かわいいよねーっ♪》
テーブルに置かれた、二頭身にデフォルメされた女の子達のイラストを指して、リアル三頭身のニアちゃんがきゃっきゃと喜んでいる。
それがまた、イラストのキャラが現実世界に飛び出してきたように見えて、キャラクターとニアちゃん自身の両方を一層可愛らしく見せる。
「ふふっ♪ 確かに。 最初はちょっと違和感があったけど、見慣れてくると可愛いわね、これ」
「えへへへへ~。 この子たちね、お兄ちゃんが考えてくれたのっ! わたしとマールちゃんとチャロちゃんがモデルなの~」
「言われてみれば……本当ね。 でも、これが参考書とどんな関係が?」
この、可愛らしい小首のかしげ方も遺伝なんだろうか?
絶妙な角度で蒼い瞳に輝きを宿して、お姉様が俺を見つめる。
「うん。 これ、参考書のあちこちに載せる予定のマスコットキャラなんだよ。
堅っ苦しい参考書なんか子供は見たくもないだろうけど、可愛らしいマスコットキャラと一緒なら楽しく勉強してくれるかなーって」
昔から、セラさんにはいろいろとぶっちゃけてきた俺だ。 今更隠し立てするようなこともあまりなく、今回もぶっちゃけて説明した。
「そ、そう。 可愛らしいイラストの裏に、そんな意図があるのね……」
もしかしたら、イラストが目的で買ってくれるおっきなお友達もいるかも?
……なーんてこともチラッと考えたが、それはさすがに隠しておこうか。
テーブルの上では、ニアちゃんが自分の長い髪を両手に分けて房を作り、ツインテールにして「マリちゃん」のマネをしていた。
――仕事終わりの鐘が鳴った頃、宅配の人がセラさんの荷物を持ってきた。
このお姉様、本当に思い立ってすぐここに来たんだな……。 トランク一つだけの荷物を俺が申し出て、四足歩行の触手台車に乗せてリソ君の部屋に運び込む。 ……その様は妖怪みたいで、我ながらシュールだった。
ウチには一人で泊まってもらえるような客室はなく、俺やセーレたんと一緒に寝るという話も一瞬出たけど、三人はさすがに狭いということで断念。 結果、お袋はまた親父と一緒にしばらく元の寝室に戻り、セラさんはようやくご対面を果たしたリソ君と一緒に寝起きすることになった。
「リソちゃん、よろしくねー?」
「よろー?」
弟君はまだよく分かっていないみたいだけど、まあ大丈夫だろう。 こう見えても、セラさんは二人の子供を成人まで育て上げた大ベテランなんだから。
「はぁい、ジェド君♪」
「せ、セラさん!? な、なんで……」
外がうっすらと暗くなり、夕飯前に帰ってきた親父はセラさんを見てビックリ仰天。 またあごを外すんじゃないかと思うくらいに口を開いていた。
「それはもちろん、ジェド君の父親っぷりを見にね?」
半分冗談だけど、と姑さんは明るく笑う。
「ジャス君達を見て分かっていたけど……いい家庭を作っているわね、ジェド君」
「あ、いえ、俺は……」
軍服を着たまま、親父はリビングでドギマギしながら突っ立って頭を掻いている。
さすがの親父も、セラさんにかかれば形無しだな。 ……あれ? 別に、セラさんに限ったことじゃないような気もするぞ?
「セフィも……よく無事に三人も産んで、こんなにいい子達に育てたわね」
「ううん。 みんなのおかげよ……」
心の内にいろんな気持ちが入り交じっていることが窺える、微笑みながら見つめ合う親娘の蒼い瞳。
万感の思いをテレパシーで伝え合っているような二人の間に、それ以上の言葉はなく。 静かになった部屋に、メイドちゃんズがキッチンで包丁を叩き鍋を煮込む音が、ゆっくりとした時を刻んでいた。
「――ふぅ。 さあ、湿っぽい空気はここまで!
私、お腹空いちゃったわぁ」
「うふふふっ♪ さっき、ケーキを食べたばかりなのに~」
「甘いものは別腹よ!」
本格的にいい匂いが漂ってくると、リビングの空気も食事へと天秤が傾いた。
親父は嫁と姑から同時に言われて着替えに行き、俺はメイドちゃんズにくっついて料理の様子を見ていたニアちゃんを呼び戻す。
リソ君も、鍋を煮込んでいたチャロちゃんの脚にしがみつくようにしてキッチンを見上げていたが、ニアちゃんに呼ばれて一緒にとことことこっちに戻ってきた。
『~っ♪』
「にゃーっ! にあーっ!」
一応リソ君の方が年上なのだが、捕まらないように気をつけながらもリソ君を誘導して飛んでくる我が娘の方がお姉ちゃんに見える。 ……まあ、タマゴの頃から頭がよかったからねぇ。
リソ君はお袋が捕まえて専用のイスに座らせ、ニアちゃんは俺の前のテーブルに降り立って「ほめてオーラ」を出して俺を見上げていたので、よしよしとなでてあげる。
《ママー、ほめてほめてーっ》
《うん、えらいえらいー》
《きゅふふふーん♪》
この娘の場合、オーラというか直接言ってくるんだけどね。 だが、そのストレートさこそがこの子の魅力なのだ。
虹彩のないヒスイのような目を細める愛娘をなでていると、セラさんが俺の隣に声をかけているのに気づいた。
「――セーレちゃんも、大きくなったらこんな家庭を作るのよ?」
「うんっ!」
妹様は元気よくうなずくと、キラキラと輝く瞳を俺に向けてきた。
「ねっ、お兄ちゃん♪」
「へっ? ……ああ、うん」
確かに、理想的と言っていい家族だと思う。
「……ね? お兄ちゃあ~ん♪」
「んん? うん、そうだね。 こういう家族になりたいよねー」
「えへへへへ……うんっ!」
あれ? なんでセーレたんは二回繰り返したんだろう。
ちゃんと聞こえなかったのかなと思って答え直すと、ハニーは満足したように眩しい笑顔を咲かせた。
「ジャス君は、まあ……いろいろと頑張って。
君ならきっと、最後にはすべていい方向に持っていってくれそうな気がするわ」
「ええ~♪ ジャスちゃんなら、きっと大丈夫よ~」
「う、うん」
何やら意味深っぽい二人からのフォローに、俺はあいまいにうなずくことしかできなかった。




