312 突然のお花は逆さまに咲く?
柔らかい日差しが後光のように見え、その背中に羽根を幻視してしまうくらいに天使な笑顔をほころばせるお袋。
息子の心臓が跳ね回るくらいだもの……そりゃ、親父もホレるわ。
俺の時間が止まってケーキを食べる手も止まっていると、お袋が自分のケーキを切り取ってあーんしてきたりして、ハチミツのように甘いひとときを過ごした。
いっぱいのお土産を持って帰り、セーレたん達にはもちろん、アナさん一家にも持って帰ってもらう。
もう少し遅かったら渡せないところだった。 あぶないあぶない。
「これ、お土産」
「ありがとう。 セフィ……こんなに高そうな物、もらっていいの?」
「うふふふふっ♪ それはジャスちゃんに聞いてほしいわね~」
「……え?」
お袋が満面の笑顔でうなずき、目を丸くしたアナさんが俺を見る。
紙の箱を開いて中身に瞳を輝かせていたエルネちゃんとエミーちゃんも、同じような顔をして俺を見ている。 ……ははは、本当によく似てるわ。
「うん、お小遣いじゃない初めてのお金だからねー。
アナさん達にも、ぜひ食べてほしいんだ」
「ジャス……君」
「ジャス……」「ジャス君……」
微妙に色の違う三人の瞳が輝きを増して。
両方のほっぺとおデコに、熱いお礼をいただいてしまいました。
世界でいちばん高価な宝石達に見つめられ、女性陣全員からお礼をもらってしまった熱い夜を過ごして――翌日。
俺は食事のフォークさえ取り上げられそうな勢いで、朝からみんなにご奉仕された。
……というか、フォークはお袋から取り返し、その間に取られていたスプーンもセーレたんから取り返した。 ……そしてマールちゃんは、なぜもう一本別にフォークを持っているんだろうね?
チャロちゃんは、お茶の入ったコップをなかなか手放してくれなかった。
「はい、今日のお小遣いね~」
「ママ、ありがと~」
料理ではなく食器を取り合う朝食が終わり、そろそろ家を出る時間が近くなったので今日もお袋からお小遣いをもらう。 セーレたんがいつも嬉しそうにお手伝いの対価として報酬を受け取っているのを見ると、俺もなんだか嬉しくなってくる。
俺からもお小遣いをあげたくなるな……。 それをしちゃうと、立場的に「兄妹」でなくなってしまうのでやらないが。
「はい、ジャスちゃんもね?」
普段通りの穏やかな笑顔だが、その蒼い瞳には「受け取らないなんて、言わないわよね?」という無言のメッセージが込められていた。
分かっていたことなので素直に受け取る。
「うん、ありがとう」
「うふふふっ。 ありがとう♪」
反対にお礼を言われ、頭を優しくなでられてしまった。
ちなみに金額は当然妹様よりもずっと少ない……と思っていたら、あまり変わらなかったことにビックリ。 マッサージ以外にはほとんど何もしていないんだけど、そのマッサージがどうやら最高評価を得ているらしい。 昨夜の「お礼返し」の分まで入っているようだ。
それにしても……最近はますますお手伝いをする、させてもらえる機会が減ってしまった。 逆にご奉仕されることが増えてしまっている。
俺はむしろ、させてくれーって感じなんだけど……。 みんなも笑顔でさせてほしいって言うし、遠慮すると悲しそうにされるんだよなぁ。 なのでその分、お礼には力を入れることにしている。
だんだん触手を活かした役割に特化してきたような気がする。
セーレたんに懐中電灯を持たせて家を出て、その日は特に何事もなく学校から帰宅した。
――と、思っていた。
「たっだいまー」
「ただいまです~」
水の日は人妻編集さんとの打ち合わせがあるので、基本的には授業が終わればまっすぐ帰ってくる。 最近は談笑がメインのような気もするが……。
まあそれはそれで、ゆるゆる~っとした時間が過ごせるので悪くないんだけど。
イラストレーターさんが練習兼息抜きで描いたという、参考書のマスコットキャラである二頭身のねこ耳セーレたんとツインテマールちゃん――セイちゃんとマリちゃんのラフ画を見せてもらうのが楽しみだったりするのだ。
玄関の外で掃除していたチャロちゃんにただいまを言ってからドアを開けると、いつものように家族が出迎えにやって来てくれた。
「ジャス様セーレ様、お帰りなさい♪」
「うん、ただいま」「ただいまなの~」
いちばん最初に、陽の差す廊下を駆け足気味に来てくれたのはマールちゃんだった。 空色のポニーテールが、まるで犬が喜んでいるみたいに揺れている。
「今日もお疲れ様でした……お持ちしますね」
そして明るい笑顔を浮かべ、俺達のカバンを預かってくれる。
「うふふふふっ。 お帰りなさ~い」
「おまえりーっ!」
次に、ゆっくりと奥のリビングからお袋がリソ君を抱いて歩いてくる。 弟くんも成長してきてけっこう重いだろうに、いつもの女神様スマイルはそれをまったく感じさせない。
「ママ、リソ君、ただいまー」
「リソ君、ただいま~♪」
「あいーっ♪」
毎日遊んでもらってお姉ちゃん子になりつつあるリソ君は、とても嬉しそうに手を振った。
お袋が弟くんを廊下に下ろすと、てててーと走ってきてお姉ちゃんに抱きつく。 俺とハニーは、二人で柔らかい金髪をなでなでした。
「よう、今日もいい子にしてたかー?」
「おいすー!」
俺が話しかけると、子供らしい無邪気な笑顔を向けてくれる。
「うふふふ~。 あとで、お姉ちゃんと遊ぼうね~」
「あいーっ!」
リソくんの髪をくしゃくしゃにする勢いでなでていたそのとき。
お袋のいる更に奥から、木の廊下を歩く靴音と共にまた別の人の声が聞こえてきた。
「あらー、やっと帰ってきたわねー♪」
「ん?」「んにゃ?」
思っていたのと違う声色に、俺とセーレたんは顔を上げる。
ハキハキしているところは近いけど、弾むようなその声はテンションが高く、編集さんよりもやや低い。 そして、なぜか少しくぐもっていた。
「お帰りなさあーいっ!」
一体誰だと思って見てみるとそこには、花が刺繍された布の手提げカバンを――。
「は……?」
「……ゃ?」
――頭からすっぽりと被った、謎のマスクマンがいた。
「……」「……?」
妹様が可愛らしく小首をかしげ、弟くんをなでる二人の手が止まる。
下からちょっと不満そうな声が聞こえてくるけれど、ちょっと待っててほしい。
オリオール家の明るい木の廊下に、女神様な微笑みを浮かべているお袋と並んで……謎のマスクマンが立っている。
「うふふふふっ。 驚いたでしょう~?」
そりゃまあ、驚くなと言う方がムリだろう。
スラックスを穿いているからマスクマンと表現したが、よくよく見てみるとその身長はお袋とほとんど変わらない。 履く靴次第で、背の高い低いは容易に入れ替わるだろう。
身体の線は細く曲線的であり、横に並ぶお袋と比べても大差ないくらいだ。
「……あら? もしかして、私の顔を忘れたのかしら?」
無言で観察していたらマスクマンから声をかけられた。 忘れるも何も、顔見えてませんから!
ふふふーって笑ってるから、わざとなんだろうけど。
それにしても、布地の厚そうなカバンを被っててまったく前とか見えないはずなのに、よく普通に歩いてきたよね。 さすがと言わざるを得ない。
「もう……せっかくの驚きの再会だというのに、何か言ってよぉ~」
ぷんぷん! とばかりに、両手を胸の前で握るマスクマ――改め、お姉さん。
ブラウスの上からカジュアルなジャケットを羽織っているのだが……格好いい服装に対して、首から上のファンシーな花柄仮面とのギャップが凄まじい。
整ったスタイルを包む布は豊かな膨らみに押し上げられていて、だからこそ、お袋のマスクメロンがいかにご立派かがよーく分かる。
「……お兄ちゃん」
「うん」
意味ありげなハニーの視線にうなずき返す。 ……俺も気づいている。
もちろん違いはあるけど、こうして二人が初めて並んでいるのを見ると本当に似ているのが分かる。 久し振りに声も聞くと、高さも喋り方も違うが根っこの声質は近いものがある。
そしてなにより……頭から被ったカバンから下に伸びている、少しウェーブがかったキレイな金色の髪。 お袋よりも短いが、横の窓から射し込む午後の日差しを受けるその輝きはまったく引けを取らない。
静かに鼻から息を抜くと再びリソくんのなでなでを再開しながら、俺はまっすぐお姉さんの顔――カバンを見て、静かに口を開く。 セーレたんもすぐ、俺の言葉に続いた。
「久し振りだね、セラさん」
「おひさしぶりなの~!」
「……ええ。 ジャス君もセーレちゃんも、久し振りね♪」
お袋のお袋であり、俺達からすればおばあちゃんに当たる……そう呼ぶには若々しすぎる女性。
セラさんは両手を胸の前で合わせ、嬉しそうに声を弾ませた。 カバンの花の刺繍も明るく見える。
「ふふふふ~♪ 二人共、声が大人っぽくなったわね!
……顔は見えないけれど」
「……」
いい加減、それ取ろうよ……。
あまりに突然すぎる一年振りの再会だったのに、台無しだった。
「はぁ~。 だんだん暑くなってきたわ……」
「だったら取ろうよ!」
へにょりとしなびた花柄カバンに、俺は思わずツッコんだ。




