303 宝石は永遠の輝き
太陽の日と呼ばれる今日、二八日。
なのに今朝の天気はまた雨という、まったく逆の状態であった。
『~♪』
俺達が学校へ行く日は、ニアちゃんも家庭教師の先生とお勉強である。
セーレたんの着替えシーンを見ないよう窓の方を向き、ネックレスをつけた上からシャツに袖を通す。 視線の先では、我が娘が窓枠に立ってガラスの向こうの雨景色を楽しそうに眺めていた。 雨のささやき声に耳を傾けて楽しんでいるのか、三頭身の頭を左右に揺らしている。
大きく育てと、薄暗い外の草木に水をあげているような四月雨。 俺の目には、それが何となく優しいもののように映っていた。
「ニアちゃん、楽しそうだな」
思わず口元を緩めて呟くと、俺の声に気づいたニアちゃんが振り返ってこちらに飛んできた。
淡く緑色に光る羽からこぼれ落ちた光の粒が、弾けた滴のように煌めいてすっと消えていく。
《うん、楽しいよー♪
……ねーねーママぁ。 雨ってねー、雲の上には降ってないんだよ? 知ってたー?》
俺の出した手のひらの上に、小さな妖精さんがちょこんと腰掛ける。 羽をたたんで背中に収め、両足を交互に振りながら楽しそうに話してくれる。
肩が揺れて、首に掛かっているちっちゃなネックレスの石がキラリと光る。 俺とお揃いだ。
「知ってはいるけど、実際に見たことはないねー。
下では雨が降っていても、きっと雲の上ではキレイな空が見えるんだろうなあ」
《うんっ! とっても青いんだよー》
「そっかー」
一度くらいは実際に見てみたい気もするが、そんな機会はきっとないだろう。
人が乗れる気球はあるらしいけど、残念ながら民間用ではないみたいだし。
「お兄ちゃん、終わったの~」
後ろから声がかかり振り返ると、ブラウスに薄いセーターを着たセーレたん。 青いリボンのついた、いつもの制服ファッションである。
今日は黒いオーバーニーソックスを穿いているようだけど、膝丈のスカートの上からだとタイツとあまり変わりがない。 そのスカートを両手で軽く摘み、俺ににっこりと微笑みかけてくれる。
「うん、今日もよく似合ってて可愛いね」
「えへへへっ♪」
毎日言っていることにあまりバリエーションはないけど、それでもほめると本当に嬉しそうにしてくれる。 かくりと首を横に傾けてはにかみ、金色の髪が揺れる。
そして同時に、セーターの上に出しているアクアマリンのような石が天井からの光を反射させて輝いた。 石の台座から首へと伸びる、細い金色の鎖もキラキラと複雑な反射光を放っている。
「セーレちゃん、そのネックレスは普段は服の下に入れておくんだよ?」
「うんっ!」
ハニーは、シンプルなプチネックレスについたキレイな石を摘み、その輝きにも負けない笑みを浮かべてうなずいた。
************
――昨日、マーヤお姉さんが抱きしめて離さないリソ君を、ものすっごく凝視しながら息を荒げるエリカお姉さんから身を挺して守り通した後のこと。
衝撃のマンダールご一家がお帰りになるということで、俺とお袋とリソ君で玄関まで見送った。 大人の女の人でも軽々とは抱き上げられなくなってきたリソ君を、お袋は両手でしっかりと抱きかかえている。
「ばいばーい!」
「あぁ、可愛いわ……ばいばい、またね」
ギリギリまで弟くんを抱きしめていたマーヤさんが、小さな手を振るリソ君に名残惜しそうに振り返している。
何度も「連れて帰りたいわ」と言っていたお姉さんだったが、さすがに実行には移さなかった。
「……満足、したわ。 ふふふー」
そしてエリカお姉さんは、虚ろな目で口元だけに笑みを作ってどこか遠くを見ている。
そりゃそうだろう。 あれだけ俺を抱きしめて、思う存分にオシリを揉みしだいたんだから……。
あの甘い雰囲気の中、ショタお姉さんにだけ「断る!」と言い放つ勇気は、俺にはなかったよ。
「ぷりっぷり、だったわ……」
「……」
お願いだから、十本の指をわきわきと動かしながら呟くのはやめてください……。
「はははははっ。 二人共、思っていた以上に楽しかったようだね」
自分の左右で余韻に浸る女性達を見上げながら、ショタ精霊のアーンさんが優しく微笑む。 まったく動じていないその姿に、逆にツッコミを入れたくなってくる。
「うふふふふっ。 また、いつでも遊びにいらっしゃってくださいね~」
「はい、ありがとうございます」
「ふふふー……是非」
「ええ、また」
女神様なスマイルを見せるお袋に、ご一家が三者三様に言葉を返す。
いよいよお別れという空気になって俺もさよならと言おうと思ったそのとき、アーンさんが閉じかけた口を再度開いた。
「……ああ、そうそう」
半ズボンのポケットに手を入れ、何かを掴んで取り出したらしいお坊ちゃん。
その手を俺に向かって差し出すと、指を開いて中のものを見せてくれる。
「え? これ」
俺と大差ない、小さな手の平に収まっているもの。
それは、俺がニアちゃんとお揃いでもらったのと同じデザインの、金の鎖に淡いブルーの石がついたプチネックレスだった。
しかし……証明書という意味でのネックレスは、既に俺と愛娘の首につけられている。 その上で、更にもう一本もらう意味が――。
「これは、あのお方からセーレちゃんへの贈り物だよ。
……あのお方の仰った通り、彼女がずっと羨ましそうに見ていたからね」
「ああー」
やっぱり、バレバレだったか。
俺に抱きついたときにはもう気づいていたみたいで、それからセーレたんはチラチラと俺とニアちゃんの首元を見ていた。
エミーちゃんにも一緒に、それが御使いの証明書だということを実際に見せてあげたんだけど……それでも、特にセーレちゃんはずっとうらやましそうに見ていたのだ。
「こっちも魔導具でね。 魔力を込めると、周りを照らす明かりになるようだよ」
「おお……でも、いいんですか?」
手頃な値段のものもあるみたいだけど、魔導具は平均すると決して安いと言えるものではない。
ましてやこのネックレスは、アクセサリーとしても十二分に使えるキレイなものだ。 しかも超小型となると、けっこうな高級品だと思うんだが。
「僕はただ預かってきただけだからね。 むしろ、受け取ってもらわないと僕が困るよ」
奥さんと娘さんの間から一歩前に出ると、アーンさんは俺の手を取って金のネックレスを握らせる。
「……分かりました」
そのように言われてしまうと断れない。 ニアちゃんを呼び、この場で本人に直接ラインを繋ごうかとも思ったが……せっかくの厚意だし、ありがたく受け取ることにした。 頭を下げて素直にお礼を言う。
きっとハニーは喜んでくれるだろう。 後で、送り主にもお礼を言っておかないとな。
「うんうん。 ……じゃあ、またね」
アーンさんは満足げにうなずいて俺の肩を叩くと、軽く手を上げて振り返り、家族と一緒に帰っていったのだった。
************
太陽の見えない暗い通学路に、しとしとと雨が降っている。
でも、俺達の表情は明るかった。
「うわぁ~っ♪」
「おおーっ」
親父のものだった傘を俺が持ち、セーレたんが懐中電灯ではなくアクアブルーの魔石を服の外に出して魔力を込めた。
すると石が温かみのある白い光を放ち、彼女の瞳を顔を明るく輝かせる。 そしてハニーを中心とした周囲二、三メートルくらいの範囲を照らし始めた。
セーレたんが好きな光球を打ち上げる魔石と比べると、ネックレスの光はより透明感があって、しかも明るい。 なのに眩しさを感じることはなく、ずっと見てみても目が痛くならない……人工の明かりではあり得ない、まさに魔法の光だった。
「とっても明るいの~!」
「すごいな、これ」
「とっても明るいですね……」
俺達の後ろで、玄関先まで見送りに出てくれているマールちゃんも驚きの声を上げる。
見上げれば黒い傘全体が照らされていて、見下ろせば足元の水溜まりの底がハッキリと見える。 特に正面への光が強いようで、歩いていこうとする先についてはもう二、三メートルくらい遠くまで光が届いていた。
これなら懐中電灯の代わりとして……いや、それ以上に役に立つこと間違いなしである。
唯一、心配なことがあるとすれば。
「セーレちゃん、疲れない?」
「うん、平気なの~」
「……だよねー」
懐中電灯よりは魔力の消費はあるかもしれないけど、この子にすれば誤差の範囲か。 まあたぶん、俺が使ったとしても学校の往復くらいはわけないだろう。
俺達はマールちゃんに持っててもらっていた懐中電灯をそのままに、ネックレスの明かりを使って家を出ることにした。
「じゃ、行ってくるね」
「行ってきまあ~す♪」
「はい、行ってらっしゃいませ」
カバンは肩に掛け、暗い道を照らす明かりも首に掛けている。 それで完全にフリーになった両手を、妹様は傘を持つ俺の左腕に絡ませて身を寄せてきた。
ネックレスの鎖は魔力をよく通すようで、服の上で輝く石へは首から鎖を通じて流しているようだ。 ……なんという高性能。
俺はさり気なく傘を左に傾け、彼女に微笑みかけると足を前に踏み出した。
タイミングや歩幅なんてものは、意識するまでもない。 考えなくても自然と合わせられるし、合わせてくれるのだから。
石畳のあちこちで、小さな水溜まりがいくつもの波紋を重ねて音のない音楽を奏でる。
俺達は身体を寄せ合い、ゆっくりと歩き始めた。




