304 れっつ、ひかり
アルヴィちゃんがセーレたんにくれた、光のネックレス。
確かに便利なんだけど――意外な盲点があった。
「……お兄、ちゃん?」
「――へ?」
通学路を歩いている最中、セーレたんが恥ずかしそうに俺から目を逸らす。 顔を少し前に向けたハニーの、長い睫毛がふるふると震えていた。
どうやら、また彼女のことをずっと見つめていたようで……。
「ご、ごめん。 あまりにキレイでつい」
「ふゃっ!? ……う、ううん」
ついつい出た本音に妹様は目を真ん丸にすると、形の整った眉をひそめ、斜め下に逸らした目線をチラチラと俺に向けては、また下を向く。 普段は俺の方がじーっと見つめられていることが多いだけに、なんだか妙な気分だ。
頭上の傘や足元の石畳などを叩く雨音が、誰かのひそひそ声のように聞こえてくる。
その声に視線をさ迷わせていると、光に吸い寄せられるようにしてまた彼女の顔を見つめて……と、今日何度目かになるループにまた突入するのだった。
「おお……」「すげー光ってるよ」「きれい~」
周囲からの陶然とした声を聞き流しながら、俺達は学校への道を歩き続ける。
胸元からの光に照らされ、もともと白かった彼女の肌や金色の髪が今や文字通りに輝く。 俺を見る蒼い瞳にはいくつもの光の妖精が中に宿り、ずっと踊り続けていた。
隣で見ていても見とれるくらいにキレイなのだが、暗い空の下で少し離れて見るとまた格別らしい。 すれ違う人の誰もが目を瞠り、いつも道中で出会うメイドさんもしばし言葉を失っていた。
そして学校が近くなってくると、歳の近い子供達がいっぱいいるわけで……。
――我が妹君は、とてつもなく目立っていた。
「なんだか、本に出てくる王子さまとお姫さまみたい」「まるで精霊さまだね……」
「発光体はぁはぁ」
四六時中一緒にいる俺でさえ、最初こそはネックレスの明るさに気を取られていたが……人気のない道を二人で歩いているうち、だんだんとその美しさに心を奪われていったくらいだ。
……ところで最後のヤツ、ちょっと視点がおかしくないか? オカルトマニアみたいな発言だぞ。
「最近あっちの姫が少し大人しくなったかと思ったら、今度はこっちの姫か……」
「何を言ってるの? うさちゃんの半ズボン、すっごくイイじゃない!」「胸にずっきゅーんって来るよね!」
「なんという美の競い合いなんだ」「熾烈な争いだな」
「……」
別に二人共、争ってるわけじゃないんだが……。
しかし、そろそろ周りの生徒達も多くなってきたし、空も少しだけど明るさが出てきたようだ。
「セーレちゃん、そろそろ消そうか」
「うんっ」
ネックレスの光がじょじょに収まり、ずっと口元に笑みを浮かべている妹様は胸元の石を摘んでセーターの中に入れた。
ギャラリーからは溜め息混じりの声が出るが、ハニーが顔を上げて首をかしげるとその声はすぐになくなった。
――教室に入ると、久し振りにみんなからの視線を浴びた。
やっぱり、こういった話は伝わるのが早いな。
「ふふふ……おはよう、やっぱり着けてきたのね」
セーレたんがいつもの特等席に着くと、クラスメート達が取り囲む。
その人だかりの横で少し窮屈に思いながら自分の席に座ると、マーヤお姉さんが笑いながら挨拶をしてくれた。 何となくだけど、今までよりも笑顔に親しみが増したように見える。
ちなみに今日は制服ではなく、落ち着いた感じのワンピースドレスを着ていた。
「おはようマーヤさん。 ……ちょっと失敗したかも」
この騒がれっぷりだと、普通に懐中電灯を持ってきた方がよかったかもしれない。 隠して着けているのはまだいいけど、見せびらかすにはキレイで高価すぎる。
……まさかとは思うが、あの人はここまで狙ってたんじゃないだろうな?
「二重の意味で綺麗なネックレス……うらやましいわね」
机の上で頬杖をついて、はぁと吐息を漏らすお姉さん。
「ああいう素敵なネックレスを贈ってくれる人……どこかにいないかしら?
さらに可愛い金髪の弟くんがいれば、最高なのだけれど」
「え、えっと」
そんなことを言われても困る……。 それに、アレは俺が用意したものじゃないし。
近いうちに収入の当てはあるとはいえ、自腹で買えるようになるのはもう少し後のことだろう。
「ふふふ。 数年後に期待しておくわ」
言いよどむ俺に、お姉さんは笑いながら手を伸ばして優しく頭をなでた。
――今日の二時間目は、ちょっと変わった授業が行われた。
「今日は、これで遊びましょうねー♪」
地下体育館の大部屋に元気なシャルちゃん先生の声が響きわたる。 上を向いた大きなリスしっぽが左右に揺れていて、先生自身もこの授業を楽しみにしていたんだろうなーと思わせる。
『はああーーーーーーいっ!!』
同じく楽しそうに返ってくるのは、四〇人くらいもの子供達の声。 俺の背中を押してくるような大声が、ちょっと耳に痛い。
「……」「……」
俺がわずかに眉を動かしたのを見ていたらしい。 もはやこの学校で「姫」と言えば「どっちの?」と返ってくる二人が、俺を挟んでなにやらうなずき合った。
左側は言うまでもなく妹様。 そして右側は……自身も長い耳のつけ根を両手で押さえている、ピンクの髪のあの子である。 半ズボンというよりはショートパンツに近いものを穿いていて、白い太ももの大部分を露わにしている。
この子、本当に俺と同じ性別なんだろうか……。 特に女の子っぽい服装をしているわけじゃないのに、その脚線美のせいもあって妙に色っぽい。
目が行かないように気をつけていると、横座りをしている二人は同時に腰を捻り、後ろを向いて決して大きくはない声でみんなに注意をした。
「静かにしてほしいの」
「耳が痛い……」
『――――』
途端に、広い空間から「音声」という概念が消失した。 静かすぎて、逆にキーンと耳鳴りがしそうだ。
金色のお姫様はツインテールにした髪を揺らし、桃色のお姫様は自分の耳をほっぺごとさすりながら俺の方を向き、左右から満足そうな笑みを見せてくれる。
「……」
この沈黙の中で、堂々とお礼の言葉を口にする度胸はない。 リス耳先生までもが、お口を両手で押さえて静かになってしまっていた。
るー君の更に右に座っているニャル子ちゃんが『ちょっと、何とかしなさいよ!』という目で睨んでくるけど、ムリなものはムリ。
軽くうなずくことで礼に代えた俺に、笑顔の賛成票が二、ジト目の反対票が一、投じられた。
ちなみに先生はお口チャック中につき、無投票だった。
「いよっしゃあああああああーーーーーっ! 打ちまくれえええええーーーーーーーっ!!」
静粛たる空間を横から打ち破ったのは、俺ではない熱い絶叫。 俺や両隣のお姫さま達も、その横の三つ編みちゃんもびくりと震える。
さすがは絶叫先生。 サイレント・ブレーカーの異名は伊達じゃない……って、たった今俺が思いついただけなんだが。
今回も先生は台車で、倉庫からいくつかの大きな箱を運んできた。
「はーい! 今日はこれから、練習組のみんなも一緒に『〈フラヴリース〉』で遊ぼうと思います!」
場の空気が緩んだところで、シャルちゃんが明るく大きな声で説明を再開する。
「へえー」
「ふらぶりーす……」
話に聞いたり本で見たりしたことはあるけど、やったことはないな。 それは妹様も同じなので、興味はあってもイマイチ地に足が届かないようなリアクションだ。
フラヴリースとは〈魔導具競技〉の一種で、光球をラケットで打ち合うバドミントンのようなスポーツである。 スマッシュの瞬間に魔力を込め、光球が消えないようにしながら相手の陣地に叩き込むらしい。 球が床に着くか、魔力が尽きて消えてしまうと得点になる。
ラケットでの打ち方によってスピードに緩急をつけるのはもちろん、魔力の込め方次第では球質や軌道さえも変わるようで、プロレベルになるとまさに「魔球」の応酬になるという熱いバトルスポーツだ。
「ふぅ~ん……」
「ふふん、面白そうね」
対してるー君とニャルちゃんは、見たかやったことでもあるんだろうか。 表情に出ているかどうかはともかく、二人共瞳には光が宿っている。
「試合を見たことあるの? それとも、やったことある?」
「したことはないけど、競技場で見たことあるよ……すごかった」
「あたしは、近所にフラヴリースやってる人がいてね。 それで最近、魔力も使えるようになってきたのよ」
「へえー、それはすごいな」
るー君はプロの試合を見たのか……うらやましい。 しかもニャル子ちゃんは経験者。 確かに、地味な訓練なんかよりもその方が楽しそうだし、身につくのも早そうだ。
「はーい! じゃあみんな、ラケットを取って何人かでグループを作ってね!」
『はあああああああーーーーーいっ!!』
一斉に立ち上がり、箱に群がっていく同級生達。 特にラケットの種類を選ぶ必要もないみたいで、箱に手が届かない子には絶叫先生が同じ形のものを適当に渡していた。
みんなの勢いに出遅れてしまったが、それなら焦る必要もないだろう。
「さて、行くか」「うんっ♪」
「ニャル……行こ」「ええ♪」
俺とうさちゃんはそれぞれのパートナーに声をかけ、ゆっくりと腰を上げた。




