302 スイーツよりも甘いもの
わざわざドッキリのためだけにアーンさん達を呼んだのかと思ったが、そうでもないようで。
「君達の場合はあのお方が保証してくださっているけど、実際には僕のような三等級の契約者が面談して安全性を判断するんだよ」
ニアちゃんを耳から離して笑いっぱなしのアルヴィちゃんとの通話を切り、坊ちゃん精霊さんの声に耳を傾ける。
さすがに精霊が暴走すると周りへの被害がシャレにならないので、本来新しい契約者が見つかると、契約者と精霊の両方に講習や訓練などが課せられるらしい。
特に、精霊ではなく妖精に懐かれちゃったりヒトと精霊との間に赤ちゃんが生まれたりすると、世間から隔離して長期間教育することもあるみたいだ。
「ニアちゃんがいい子で、本当によかったよー」
《きゃふーん♪ きゃふふーん!》
手に持ったままの愛娘の全身をもう片手で擦るようになでると、ニアちゃんは身をよじりながら喜んだ。 俺の手からこぼれた我が娘の長い髪が、絶え間なく揺れ続ける。
「ふふふふっ。 ニアちゃん、嬉しそうね~」
俺の隣にいるお袋も顔をほころばせ、ぴちぴちと取れたての魚のように躍るニアちゃんの頭をなでてくれる。
「ハードプレイ……はぁはぁ」
「ふゃふぁふぃふぅふぇふぉ」
すぐに再起動を果たしたお姉さんは、相変わらず独特な思考回路で息づかいを荒くしながら、横の旦那さんの頭を抱えるようにして両方のほっぺをなで回し始めた。 そして旦那さんもまったく動じることなく、口が歪んで変な顔と声になりつつも笑っている。
さすが、ここにいるメンバーはみんな肝の据わり方がひと味違う。 俺が聖母様とのホットラインを持っていると知っても、こうして平然としているんだから。
――話が終わり、俺達はそのことをみんなに言うためにもぞろぞろと一階に下りる。
窓から射し込む日差しは傾き始めていて、吹き抜けの玄関から階段、廊下までを明るく暖かく照らしていた。
廊下から階段に上がる入口にアナさんが立っているのが見える。 誰かが不意に二階へ行かないように、ずっと見てくれていたようだ。
「終わられたようですね」
「ええ~。 アナ、ありがとう」「ありがとう」
俺達に振り返ると、プロフェッショナルを感じさせる気品ある立ち姿と声で俺達に声をかけてくるアナさん。
お袋も上品な笑みで返し、俺も続いてお礼を言う。
《ふえっ? なにがありがとうなの?》
《ん? ああ――》
肩に乗っているニアちゃんが首をかしげていたので、アナさんが何をしていていたのかを教えてあげる。 すると我が子はお礼代わりに手を振り、アナさんの頬が少し緩んだ。
しかしすぐに真面目な表情に戻ったアナさんは、更にもう一言二言お袋と言葉を交わすとお客様方にも丁寧に頭を下げ、それから廊下に出た俺達と入れ替わって二階へと上がっていった。
「お嬢様は、うちのリソちゃんと遊んでいただいているようです~。
少し、ご覧になって行かれますか~?」
話だけしてもらってすぐ帰るのも……ということで、お袋はもう少しくつろいでいってくださいと二人に言っていたが、夕飯の支度を理由に丁重に断られていた。
最初から泊まりに来たのでなければ、暗くなる前にお暇するのが一般的な訪問のマナーである。
「ああ、マーヤも小さい子が好きですからね」
そう言う本人も小さいのだが……アーンさんの優しい微笑みにはやはり年長者らしさを感じさせるものがあり、俺はちょっとした共感を覚える。
見た目はクールなマーヤお姉さんだけど、休みの日にはときどき出身の孤児院の子供達のところへ、両親と一緒に遊びに行っているらしい。 俺が幼児園に通っていたころは知らなかったけど、そういうボランティアで孤児院や幼児園にやってくる人はわりとよくいるんだそうだ。
「り、リソベル君! ……はぁはぁ、はぁはぁ」
対してエリカお姉さんは黒髪と一緒に細い身体をぶるりと震わせ、にわかに呼吸を乱し始める……。
その様子を見つめる旦那さんは笑みを深めるけど、俺は不安が深刻になるよ。 子供の産めない身体だから、と聞いたときには胸を突き刺されたような気持ちになったが……この人の「子供好き」は、やっぱりなんか方向が違うような気がしてならない。
「入っていいかしら~?」
お袋もにこにこと笑顔を崩さないまま、今は自分の部屋とも言っていいリソ君の部屋のドアをノックして声をかける。
『は~~い、です~♪』
f分の一揺らぎを感じさせるお袋のヒーリングボイスに中から応えたのは、やはり同じく天使のような安らぎをもたらしてくれるマイシスターのソプラノボイス。
この二人の会話は相変わらず、聞いているだけで魂が浄化されるような気になるなあ。 ……って、俺はアンデッドか何かか。
「お邪魔するわね~」
お袋がノブを捻り、ゆっくりとドアを開ける。
明るい部屋の中がじょじょに見え始め、絨毯に座ってこちらを見ているセーレたんやエミーちゃんと目が合う。 二人の足下にはオモチャや本などが置いてあり、それを見つけたニアちゃんが俺の肩から飛び立っていく。
そして、マーヤさんは――。
「はぁ……可愛いわ。 可愛いわぁ……♪」
「きゃうーっ!」
女の子座りをして、立っている弟くんを正面からぎゅーっと抱きしめていた。 自分に体重をかけさせるように抱き寄せ、リソ君の胸元や顔にピンクがかったツヤツヤの頬をすりすりしている。
普段のクールさは完全になりを潜め……その笑みはまるで、弱火でコトコトじっくりと煮込んだクリームシチューのように蕩けきっていた。
「あぁ……なんて暖かくて、柔らかくて……リソくぅ~ん♪」
「あいーっ♪」
「いやああぁあぁあぁあ~ん!」
リソ君が無邪気に笑ってお返事するとお姉さんは細く高い嬌声を上げ、一層強く抱きしめてくねくねと悶える。 お袋やアナさんも含めて、どんな女性や女の子でも母性本能を全開にさせてしまうマイブラザーだが……この全力全開っぷりはすごいな。
まだ上品さを小指の爪先にかろうじて引っ掛けてはいるが、あのクールだったマーヤお姉様がその残りわずかな理性さえも放り投げそうな勢いで乱れに乱れまくっていた。
もしかしなくても、彼女は俺達には気がついていないだろう。
「はぁ……はぁ」
うっとりと目を細め、くすぐったそうに笑うリソ君に頬ずりを続けるお姉さん。
「す、素晴らしいわ……はぁはぁ」
そして俺の後ろには、虚ろな目をして息を荒くするお姉さん。
「……」
どうして、親子ってこうも似てしまうんだろうね?
運命神のイタズラや、因果の鎖といったものを感じずにはいられない。
「ははははははっ」
「うふふふふふ~」
精霊のお坊ちゃまと我らがお袋様は、何かの悟りを開いたような、とても穏やかかつ楽しげなお声で笑っておられる。
それはまだ蜃気楼さえ拝めない、見果てぬ先の悟りの境地。 俺もいつか、たどり着くことができるのだろうか……。
「お兄ちゃあ~ん♪」
『~っ♪』
「ああ、妹よ……娘よ……」
我に返ると、ニアちゃんが羽を広げて光の粒をこぼしながらこっちへ飛んで戻ってくるところだった。 セーレたんも後に続き、金色の髪をなびかせてやってくる。
俺は素早く靴を脱いで中に入り、愛娘を定位置になってきた右肩に立たせて顔にくっつけ、それから両腕を開いて妹様を迎え入れた。
「おーよしよし」
「えへへへへ~」
《きゃふふふふーん》
左右から頬を挟まれてすりすりされる。 乾燥なんて無縁な、瑞々しく滑らかでいてとても暖かい肌が擦れ合う。
幸せだなぁ……。
「ぁ……」
狭まる視界の中、一人の残されたエミーちゃんが眉を寄せているのが見えた。 俺と目が合うと、肩をすくめて微笑む。
「……おいで」
俺の目線に気づいたらしいセーレたんは、俺がアイコンタクトを送る前に自分から身体を左側に寄せた。 ニアちゃんはしっかりと俺の頭に腕を回し、俺が右手を添えなくてもいいようにしてくれている。
二人に感謝しながら、俺は空いた右手を前に伸ばす。
「……」
「ほら」
しばらく俺の顔や手、そしてくっついている二人の姿を何度も見ていたエミーちゃんだけど……俺がもう一度促すと、たんぽぽの華が咲いたような笑顔になって立ち上がった。
そして近づいてきたエミーちゃんの腰に手を回す。
「ジャス……」
「遅くなってごめんね」
「……ううん」
こぶし一つ分の距離を開けるエミーちゃんは、茶色い髪を横に振ると俺が伸ばした腕に自分の手を乗せた。
小さな女の子達が落ち着き、四人で絨毯にのんびりと腰を下ろすと。
「……あ」
理性が戻ったらしいマーヤさんが、ようやく俺達の存在に気づいた。
「ずいぶんとお楽しみでしたねー」
俺はニヤリと口の端を持ち上げ、両隣の女の子達も笑顔でうなずいた。
するとマーヤさんの瑠璃色の瞳が大きく開かれ、頬を染めていた桃色が顔全体に広がっていく。
「え、えっと、これは……あの……」
面白いように動揺するお姉さんに、俺はますます笑みを深くしていく。
更に。
「おねーたん?」
「ふああっ♪ ……あ」
抱きしめたままのリソ君に声をかけられ、マーヤさんの顔がにへりと緩む。
で、また俺の視線に気づいて目が泳いだ。
「うんうん。 リソ君は可愛いもんねー」
セラさんから受け継がれる、金髪蒼眼の血縁は伊達ではない。
その無垢なる微笑みは男の子ながら、るー君とはまた違った意味で胸をきゅんとさせる魅力にあふれている。
「う、うぅ……。
ジャス君、私をそんなにいじめないで……」
「ぐふっ!?」
……むしろ、俺の方がカウンターを食らいました。




