241 雨降ってるけど、地固まってる?
わいわいと喋りながら、地下への階段へ下りていく俺とクラスの男子達。 窓の外の雨が、また少し楽しく感じられた。
「みんなは、資格試験とか受けたりしてるの?」
受験者がそこそこいるのは知ってるけど、幼なじみメンバー以外のみんなはどうなんだろう? せっかくなので聞いてみた。
「俺は格闘六級取って、今は五級の練習中だな」
真っ先に答えてくれたのは、ちょくちょく俺に話しかけてくれる男子。 当然だけど俺より背が高く、赤毛のツンツン頭なのに丸い目と、少し上向きの黄色い三角の耳と長めのしっぽに愛嬌がある。 自分のことを「俺」と呼ぶのが、まるで背伸びしているように見える。
だけど、そのアンバランスさがいかにも少年らしい。
「ボクはそういうの苦手だからね……魔術の資格はガンバって取りたいんだけど」
先の男子と同じくらいの身長の、しかしちょっとなよっとした感じの男の子が答える。 年上の女の子に可愛がられそうなタイプだ。
「ふむ、俺にはとんと縁のない世界だな。 まさに『海向こう、山向こう』という奴だ」
最後に口を開いたのは、目つきの鋭い男子。 いつも小難しい喋る方をする奴だ。 ラアン海や東部の山脈の越えた先を指して「距離的には近いが縁遠い」という古い言い回しをする子供なんて、初めてだぞ? 小説では見たことあるけど。
それにしてもこの子、あまり直接話しかけてこないわりには、俺の周りに集まってきてくれるみんなの話の輪にさり気なく入っていたりする。
「そういうお前は……まさか、もう持ってたりするのか?」
赤毛の子が耳をぴくんと動かして俺に聞いてくる。 ……なんか、どっかの図鑑で見たことある耳だよな。 サルの仲間だったか?
こういう質問が返ってくるのは分かりきってるので、俺もあっさりと答える。 どうせ、授業が始まったら分かることだし。
「うん、僕は剣士五級を取ったよ。 セーレちゃんは格闘の五級持ち」
「そうか……え、五級っ!?」「うわっ、すご!」「ふむ」
持っていることはともかく、五級だったということに驚いているようなみんな。 これも予想通りだ。
「パパもおじいちゃんも軍の人だし、ママとおばあちゃんは武術と魔法が得意だからねー。 ずっと教わってるんだよ」
考えてみると、本当に恵まれた環境で育ってきたよな俺。 武術経験者は少なくない国だろうけど、ちゃんと教えられる人となるとそこまで多くないと思う。 魔法もそう。
師匠とセラさんの凄さを改めて思い知らされた。 親父とお袋だって、あの二人に教わってたんだもの。
……いちばん凄いのは、若々しいところだと思うけど。
「本当に何でもできる奴っているんだな……」「あの妹ちゃんが格闘とか、想像できないよ~」「ふむ」
地下への階段の中で響く驚きの声を最小限に抑えていると、間もなく体育館の明かりが見えてきた。
――広々とした地下体育館は、肌寒さはないものの雨の匂いが立ちこめていた。 さすがに音は聞こえない。
そこに、俺達二組とるー君率いる一組が集まっている。 ……いや、モノの例えではなくて本当に率いてきたんだよコレが。
約束通りに男装して魅力を押さえているるー君を先頭に、ニャル子ちゃんとハカセ君が左右に控えて年上のクラスメート達を連れてぞろぞろとやって来たのだ。
魔眼を封印していることで、るー君はかえって一組のみんなの視線を集めているようだ。 意識が遠くなる一方でハイになっていくあの感覚は――まあ確かに、麻薬的な魅力がある。
その麻薬、早く身体から抜けるといいね?
「では、各自グループに分かれてもらおう」
アズミーリ女史の指示で、ぞろぞろと別れる生徒達。
魔術の時と同じように、本人の進み具合によって基礎訓練、練習用の武器を持った実技練習、資格試験を受けるための講座、そして既に資格を持っている子がその上を目指すための模擬戦闘のグループに分かれていく。
「あれ、思ったより……」
「いっぱいいるね~」
既にお稽古仕様のツインテールになっている妹様は、クラスメートの女の子達に可愛がられていた。
そんなツインテセーレたんを左腕にくっつけて、できつつある四つのグループを見て俺は驚いた。
魔術の授業と違って、最後の模擬戦闘組が群を抜いて多いのだ。 半分とは言わないけど、三分の一くらいいる。 その次が実技練習、といったところかな。
でも考えてみると、みんな年上だもんなぁ。 身体の成長は魔術方面よりもハッキリしているし、更に一回二回留年していれば六級くらいは楽に取れるのだろう。
その証拠に、俺と妹様のグループにいる子は特に身体の発育がいいように思う。 その中にちょこんといる俺達……目立つ。
「ところで、るー君は」
「あっちにいるの~」
セーレたんの細い指の先を追っていくと、いかにもキッズといった感じの服を着ているるー君と、隣には中指でメガネをくいっと上げているコンラート君がいた。
というかあのハカセ、魔術の授業のときも基礎訓練組にいたよな。 身体を動かすのは苦手なようだ。
そしてるー君は、俺の見立てでは運動が苦手というよりは身体を動かす機会自体が少ない感じ。 たぶん、鈍くさいタイプではないと思う。
ちなみに、ニャル子ちゃんはどこにいるかというと――。
「あんた達もこっちなの? ……あぁ、あの先生がうらやましい」
俺の右側で、セーレたんの様子を窺いながらシャルちゃんがるー君の頭をなでているのを見ている。
いかにも運動が苦手そうな子達の集まる基礎グループの中で、担当のシャルちゃんが大きなしっぽをゆらーりゆらーりと振りながらるー君の頭をなで続けている。
残念ながら、少し離れているしこっちのグループの子らの話し声がざわざわ聞こえてくるので、リス耳先生が何をいっているのかは分からない。
「……ん?」
先生、さっきからずーっとるー君の目をうっとりとした目で見て――まさか?
「はいは~い、ベルトラン先生はこっち行きましょうね~?
この紙を配ってぇ、ぼーっとしているだけのお仕事ですよ~ん」
それに気づいたらしい、唯一魔眼の通じない一組の副担任の――なんて言ったかな? あ、フーリエ先生が重そうな紙束を、シャルちゃんの脳天めがけて振り下ろした。
痛そうな音がここまで聞こえ、シャルちゃんのせが更に低くなった……ような気がした。
「ぎゃっ!? ……はえ?」
「はいはい、シャルちゃんはこっちですよ~」
「え? えっと……は、はい……はえ?」
紙束を受け取ったシャルちゃんは、フーリエ先生に替わって首をひねりながら受験講座組の方に歩いていった。
「――さて、既に六級または五級を取得している諸君だが」
体育館内の隣の部屋に移った戦闘組は、俺の家にもあるやわらか模擬剣を片手に説明を始める。 黒い上下のスーツを身に纏い、帯剣しているように手を腰に添える立ち姿が非常にカッコイイ。
俺達は好き好きの座り方で腰を下ろし、最前列で先生の勇姿を見上げていた。 ちなみに俺は、もちろん体育座りである。
妹様もマネしようとしたので、キュロットの裾からせくし~なおみ足が見えないように手で押さえるように言っておいた。 下から太ももを抱えるようにして座るセーレたんは、とっても可愛らしい。 一方で右隣のニャル子ちゃんは、まっすぐ脚を前に伸ばして座っている。
……あんまり見ていると睨み返されそうなので、俺は前を向いた。
「将来、軍などの武術を必要とする職業に就いて出世したい考えているなら、四級や三級の資格が必要だ」
一旦言葉を止めて、生徒達に鋭い視線を投げかける先生はまるで教官のようだ。 「あぁ……♪」と、後ろで熱い吐息を漏らす女の子の声が複数聞こえた。
《……先生、かっこいいときのパパみたいなの》
隣のハニーが瑞々しい唇を小さく開いて、声には出さずに俺に言う。
俺も本職みたいだなって一瞬思ったけど、「カッコいいときの」って……よく分かっていらっしゃる。 笑いそうになってしまった。
「そこで、だ」
先生の声で顔を上げると、自分の隣でたたずむ絶叫先生に目を向けていた。 キラリと茶色い瞳が光ったように見えた。
対して青いジャージ姿の絶叫先生は目を見開くと、口元にニヤッとした笑みを形作る。 片手に持った柔らか模擬剣を、もう片方の手のひらにゆっくりと当てたり上げたりしていた。
「今日は初回授業ということで、諸君には一度、我々の模範試合を見てもらおうと思う」
『おおっ……!?』
なんと、先生どうしの模範試合っ!
俺はみんなと同時に声を上げ、セーレたんも宝石のような瞳を輝かせている。 隣のニャル子ちゃんも、驚いたような表情を浮かべて……。
「……」
何よ、文句ある!? と言うような視線で俺を睨みつけながら、開いていた口をへの字に曲げた。
「なによ」
というか、実際に言われた。
「いや、先生どうしの試合なんて見たことないから楽しみだなって……」
みんながどよめく中、俺も彼女に聞こえる程度に声を抑えて答える。
「ふんっ! ……当たり前でしょ? あたしらは飛び級なんだから」
一瞬だけ声を荒げかけた三つ編みちゃんだけど、すぐにトーンを落としてちょっと呆れ気味に言った。
あれ? もっとケンカ腰に来ると思ったけど、思ったより普通に返してくれたぞ。
「はは……ま、そうなんだけどね。 楽しみじゃない?」
もうちょっと話せるかなと思って話を繋いでみると、彼女はやや長い沈黙の後で。
「……そうね」
素っ気ないけど返事をしてくれた。
それが嬉しくて思わず笑みをこぼすと、ニャル子ちゃんはぷいっと前を向いてしまった。
「ははは……」
「お兄ちゃん?」
反対側に頭を向けると、妹様が自分の太ももを抱えたまま、膝の上に頬を乗せて俺の方を見ていた。
俺は、セーレたんの上に向いている方のほっぺから口元にかかる長い髪を、指で耳の後ろに流してあげながら微笑んだ。
「セーレちゃんも楽しみだよな、先生達の試合」
「……うん♪」
そのまま指先でハニーの頬をなでながら微笑みかけると、くすぐったそうに肩を震わせた。




