231 おつかれさま会での、水面下の問題
窓の外は、まさに春真っ盛り。 明るい日差しに暖かい風が吹き込んで、散歩するだけでも気持ちがいいだろう。
そんな時間に自由になれるお得感を噛みしめながら、お昼のゆったりとした時間を楽しもうと席を立つと、教室の前にある入口から机とイスを乗せた台車が入ってきた。
「あ……ありがとうございます、先生」
「ありがとうございます~」
黒ポニーを縦に揺らす、我らが担任の先生であった。
ホームルームが終わってすぐに出ていったなと思っていたら、席の入れ替えをするためだったらしい。 後ろからは引き戸の段差を超えて同じ台車がもうひとつ現れ、シャルちゃん先生が押して入ってきた。
「ん? ああ、気にすることはない」
「うんしょ、っと……、忘れ物は大丈夫ですかー?」
「はい……先生、さようなら」
「さようならです~」
この場にいてもジャマになるだけだろうと、俺達は笑みを向けてくれる先生達にぺこりと頭を下げて教室の後ろの出口に向かって歩き始めた。
「あ、出てきた」
「わん♪」
せわしく子供達が行き交う廊下に出ると、すぐ右側から声を掛けられる。 そこにはエミーちゃんを中心とする、三組メンバーが立っていた。
周りの同級生と見比べると一人を除いて背は低めだけど、その立ち姿はなかなかに堂々としたものだ。
るーちゃんの姿は見えないけど、ひょっとしたらニャル子ちゃんに引っ張られてもう帰ったかな? まあ……あの子がここにいたら、また廊下が大惨事になったかもしれないが。
「待っててくれたんだ」
「エミーちゃ~ん、くりむちゃ~ん」
妹様が俺から離れ、二人とそれぞれ片方の手の平を合わせる。 ついでにニコとも軽く。
そういや、この手を合わせる挨拶って、昔のるーちゃんの儀式がきっかけですっかり俺達の挨拶として定着したなぁ。
ふと昔の儀式を思い出しながら、俺もセーレたんに続いて手前にいるニコから順番に手のひらを合わせていく。 ……今日のエミーちゃんとわん子ちゃんは、二人共キュロットなんだな。 セーレたんも一見すると普通のスカートのようだけど、これでキュロットのスリーカードになった……と思いきや、ニコも半ズボンなので端から見るとフォーカードである。
「ジャス、いっしょに帰ろっ!」
最後に手を合わせたくりむちゃんが、俺の手を握ったまま元気にしっぽを振る。 この子だけは家が反対方向なので、校門までなんだけどな……それでも待っていてくれて嬉しい。
しっぽと交互に身体も左右に揺らしているわん子ちゃんを見ていると、その機嫌の良さに授業での気疲れが融かされていく。
「うん。 ……ああでも、僕達購買に寄っていくんだけど、それでもいい?」
「こーばい!? おやつっ! おなか空いたあああーーー!!」
「お、おう」
手を合わせながら、元気ないなーと思っていたニコが急に顔と一緒にテンションを上げる。 どうやら腹が減っていたらしい。
「でもいいのか? 帰ったら、家でもおやつを用意してくれてるんじゃ」
「おなか空いて、死にそうなんだよおおお~」
「三時間目、武術だったから」
自分の腹をさすりながら窮状を訴えてくるニコの横で、エミーちゃんが気分のよさそうな微笑みをたたえて解説してくれた。
存分に身体を動かしたおかげでニコは余計に腹を減らし、エミーちゃんはストレスを解消しつつ更にニコが大人しくなったおかげで気苦労も減った、と。
「なるほどね……じゃ、行くか」
「はいなの~」
「おおー!」
少しずつ廊下の左側の人通りが減ってきて、代わりに右側を歩いてくる割合が増えてきた。 午後のクラスにやって来た子供達だ。
ここに長居は無用とみんなに声を掛けると、定位置に戻ってきて再び手を繋いだセーレたんと向かい合うニコが元気よく返事をする。 エミーちゃんとわん子ちゃんもうなずいた。
人の流れに沿って左側を歩き、俺達は近くの階段から一階を目指す。 背の低い集団が目立つのか、すれ違う子達の多くが俺達へチラリと目を向ける。
途中からみんなで「こんにちはー」と挨拶するようにすると、にっこり微笑んでくれる女の子やセーレたんの微・お嬢様――お嬢ちゃんモードに目を泳がせる男の子など、いろんなリアクションと挨拶が返ってきた。
「みんな考えることは同じ……か」
「いっぱい、人がいるね~」
今朝から何度か通った、医務室の前を通って購買へ。 昇降口前の広めの廊下とトイレへと続く廊下との十字路はけっこう混雑していて、特に購買は順番待ちの列が若干十字路にはみ出ていた。 明るい日の光が差してくる進行方向からは、食べ物のいい匂いと生徒達の活気のある声がひっきりなしに飛んでくる。
だけど行列は比較的スムーズに消化されているようで、俺達も特に気にしないことにして最後尾に着く。 後ろのニコが「おっやつー! おっやつー♪」と歌っている。 振り返るとわん子ちゃんのしっぽも同じリズムで動いていて、実はお腹が空いていることを正直に告白していた。
「エミーちゃんも、お腹空いてない?」
「……正直に言うと、少し」
最後尾のエミーちゃんに声を掛けると、ちょっと恥ずかしそうな小さい声で答えが返ってきた。
だって、さっきからずっと片手で自分のお腹を押さえてるもんね。 セーレたんも、口には出してないけどきゅっきゅと俺の手を握ってきているし、俺もウォーターガンを撃ちまくって実は腹ぺこだ。 ……当たり前だが、マナは腹の足しにはならんのだよ。
「俺もだよ」と同意して彼女のほっとしたような笑顔を見ていると、妹様から呼ばれたので前に向き直った。 それで、行列がするすると消えていく理由が分かった。
「ああ、なるほどな」
昇降口前に入った行列は、途中から分かれて購買と食堂兼休憩室に流れ込んでいた。
特に、先程から食欲を刺激してやまない料理の匂いは食堂から来ているようだ。 人の流れもそちらの方が多い。
「や、やっぱり……ちょっとだけ、味見していこうか」
「うぅ……は、はい……なの」
家に帰ったら、メイドちゃんズが丹精込めて作ってくれたおやつが待ってるのは分かってる――の、だけど。 育ち盛りの腹ぺこな俺達に、肉系料理の匂いは凶悪すぎた。
購買の入口に並んでいるパンやクッキーなどにも惹かれるけど、口の中のツバが止まらない。 お上品にしているセーレたんも目は食堂の方に釘付けで、その細いのどはよく見ると何度も小さく動いている。
「こ、購買はまた次……な?」
「は、はい~」
これはあくまで味見だ、家に帰るまでの空腹をちょっと紛らわせるだけなのだ……と、俺は何度も心の中で言い聞かせながら、マイハニーに予定の変更を告げた。
「うへへへへへ……じゅるり」
「に、ニコ! そでで拭いたらダメだってば」
「く、くぅーん……」
後ろのメンバーも我慢の限界らしい。 エミーちゃんの声にも切羽詰まった色が混じっていた。
「はい、六三ガムねっ」
「安っ!?」
焼いてからあまり時間の経っていないだろうパンと、色の濃いタレと肉の脂の照りが素晴らしい串が数本、そして木のマグカップに入ったジュース。
どれも大人サイズほどではないけれど、子供五人の小腹を満たすには十分すぎる量だ。 ニコがもっともっとと欲しがるので、パンも串も人数分以上ある。 なのに驚きのロープライス……さすが学食、といったところか。
「はははっ♪ 私も、昔はよくお世話になったよ」
同じく木製の皿に盛りつけてくれた、エルネちゃんより少し年上っぽいお姉さんが明るく笑う。
小さなマグカップは借りたトレーに乗せてもらって俺が持ち、パンと串の皿はそれぞれニコとエミーちゃんに持ってもらうことにする。 ちなみに、セーレたんとくりむちゃんには席を取りに行ってもらった。
「一人十ガムだな。 ニコ以外」
「えっと、みんなが十と十と十と……ええええーーーーーっ!?」
自分の支払い分を計算したニコが目玉をひん向いた。 多いとは言えない小遣いをやりくりしないといけない俺達は、当然ながら割り勘ではなく自腹だ。
思わず買ってしまった串がけっこう高くて、それだけでパンとジュースがちょうど買えてしまうんだけど……元々が安いので後悔はない。
「ぐわぁー、今日だけでいっぱいおこづかいがぁぁぁ」
「朝もパンを買ったものね……」
意外と渋い、革の小銭入れを開いて嘆くニコ。 隣で同じように、エミーちゃんも赤い小銭入れから十ガム硬貨を出している。 というか、朝から買い食いしたのか……なのに串を三本も買ったぞコイツ。
呆れる俺とエミーちゃんに対して、お姉さんはコイツが自分の支払い分を暗算したことに驚いていた。 うん、ニコは見かけによらないんだよねー。
席で待っている二人の分も立て替えて、俺も紺色の財布から全財産の三〇ガムを支払った。
肩を落とすニコにエミーちゃんが串の皿を持たせると、あっという間にだらけた笑顔になる。 幸せそうで何よりだ。 ……言っておくが、なくなっても小遣いは貸さんぞ。
食事やお喋りを楽しむ子供達で賑わう食堂の中、俺達はぽっかりと空いたテーブルに足を向けた。
さすがは美少女コンビ。 嬉しそうにしっぽと耳を振りながらゴハンを待っているわん子ちゃんと、テーブルの向かいに座ろうとする少年少女達をやんわりと退けるセーレお嬢様の萌え戦闘力は、その周囲で二人を見ている目の多さからも明らかである。
「あっ♪」
「お兄ちゃあ~ん♪」
手を上げて応えると、俺はイスひとつを開けて並んで座っているその間に、マグカップを乗せたトレーを置く。
席を取るのに、なんで向かい合って座ってないんだろうと一瞬思ったけど、まあいいや。 都合がいいので、立て替えた分のお金を徴収することにする。
……いくら美少女だからといって、今の歳から男に奢られることに慣れてはいけないのです。
「ありがとう~! ……はい、お兄ちゃんっ」「ありがとう。 十ガム、だよね……はい」
「ん。 席を取ってくれて、二人ともありがとな」
ちゃんとお礼の言えた二人をなでなでする。 気持ちよさそうに目を閉じる様子が可愛らしい。 なんとなく、周囲の空気もほわ~んと和んだような気がする。
そうしていると、テーブルの向かい側にニコとエミーちゃんがやって来て皿を置いたので、俺はカップを配ってからそのまま二人の間に腰を下ろした。
「いいにおい~」「お肉っ!」
「はははっ。 ちゃんとみんなの分はあるからねー」
左右からステレオで喜びの声が聞こえてくる。 女の子とはいっても育ち盛り。 ちゃんと食事のバランスを考えて運動さえしていれば、ダイエットなんて必要ないのだ。 というかこの二人のどこをどう見たら、そんなのが必要あると言うのだ?
そう言えば、ここってあんまり太った人がいないよな……もちろんゼロではないけど。 これも文化の違いか、それとも太りにくい種族なのか。
「ぼ、ぼくのは三本だよ三本!?」
「分かってるっての」
マグカップと一緒に取り皿も借りてきたので、ニコ以外の全員に配る。 そこにパンと串を一つずつ置いていってくれたのはエミーちゃんだ。 相変わらず、細かいところで気の利く子である。 ありがとなーと声をかけると、彼女は柔らかく微笑んだ。
そしてニコには、大皿をそのまま進呈。 パンが二個と串が三本……ででーんと目の前に置かれた大迫力に、ニコは藍色の目を輝かせてご満悦だ。
「さて、食べようか。 今日はこの学校での初めての授業、お疲れー」
「お疲れなの~」「おつかれ」「お疲れさま」「おふきゃへー!」
みんなの目が俺に集まったので、僭越ながら俺がおやつパーティの音頭を取ることに。
手に持ったカップを軽く掲げあって、お互いの労をねぎらう。
「あ、美味い」「おいしいね~」「ほぅ~♪」「ふぅ……」「もぐもぐ」
既に速攻で串にかじりついている奴もいるけど、取り敢えずはジュースで口の中を潤す。
何種類か混ぜているようで、どんな果物が入っているのかはあまり分からないんだけど……すごくほっとする甘みだ。 みんなも息をついてリラックスしている。
それから、思い思いに自分の串やパンに手を伸ばしていく。
「どれどれ」
俺はまず、パンを食べることに。 試食は味の薄い方からの方が分かりやすいのだ。
熟練の職人がものすごい速さで生地を取って丸めたんだろうなーと思われる、だ円形のシンプルなパン。 ちぎってみると粉っぽくはないが、伸びるような柔らかさもない。 ま、安いからねぇ。
香ばしい匂いが空腹の胃袋をえぐり込んでくるので、俺は本能に従って口の中に放り込んだ。
「もぐもぐ……ふむふむ」
味も非常に素朴、だけど適度な固さといい感じの香ばしさが舌と鼻を刺激してきて、素直に美味い。 噛めば噛むほど甘くなってくる。
腕っ節の太い職人のオヤジさんがニヤリと笑って「どうだ坊主、ウマイだろう?」と言ってるような気がして、食べながら思わず顔が緩む。 ……はい、いい仕事してると思います。
「こっちはどうかな?」
次は当然、串を手に取る。 濃いタレのついた焼き鳥のように見えるけど、肉の感じはケモノ系か。
たまにお袋やメイドちゃんズの買い物につき合ってて分かったのだが、この国の肉は種類が豊富だ。 その代わり、安定供給が少し難しいみたいだけど。 ときどき店頭に並ぶ「天然」の肉や魔獣の肉などは、値段のケタが違うのに大人気なんだとか。
ところで「魔獣の肉」と聞くと、毒でも含んでいるかもの凄く硬そうなイメージだけど――まさにその通り。 全部が全部ではないけど、ひと手間もふた手間もかけて下ごしらえをしないとダメらしい。 だけど味は極上で、特に肉に含まれているオドが俺にとっては美味しく感じる。 うん、オドって美味しいんだな……。
俺も自分の弟に極上肉として見られてるのかなーって思うと、ちょっと切なくなる。 そんなことを思い出してきゅんとなる胸を押さえながら、俺はこってりしてそうな脂ののった肉の串を大口開けてかじりつく。
「はぅむ……んぐ……もぐもぐ」
濃いめの甘口のタレと普通の牛系らしい肉の脂が溶け合って、そこにかすかな香辛料の刺激。 前世が懐かしい、ちょっとジャンクな味が広がる。 子供の身体では感じないけど、大人だったら酒が欲しくなる味だろうなーと思う。
家ではここまで味の濃い料理は出てこないので、とても久しぶりな感じがした。 人によって好き嫌いが分かれるかもしれないけど、俺にとっては悪くない味だ。
「うぅ……こいのぉ~」
「んふー♪」
両隣を見ると、残念ながら妹様のお口には合わなかったご様子。 先っぽのひとかけを食べてジュースと一緒に流し込むと、そのままお皿に戻してしまった。
セーレたんの場合は、軽くレモンと塩をかけるだけにして、それからグリルでじっくりと脂を落として焼き上げた方がいいかもしれないね。 ……それはそれで美味しそうだなぁ。
片や右側のわん子ちゃんは、ご機嫌にしっぽを振りながら指についたタレを舐めていた。 あんまりお行儀がいいとは言えないんだけど、赤い舌の先をちろっと出して舐めている姿はとても可愛い。
「ほら、舐めないでハンカチで拭いて……食べる? 食べかけでよかったら、だけど」
いくら可愛くっても、ダメなものはダーメ。 軽く注意しつつ、物足りなさそうなくりむちゃんにセーレたんの串を指して聞いてみる。 もちろん、セーレたんには目線でOKをもらった上でだ。
フォーマルな場所ならともかく、実は身内どうしなら食べかけのやり取りもないわけじゃないのだ。 実際、俺んちではわりとよくやってるし。
「……うん、食べる」
わん子ちゃんは上目遣いで俺と妹様を交互に見ると、遠慮がちにこくりとうなずいた。
俺がハニーの皿から串を移動してあげると、くりむちゃんは自分の皿に置かれたその串を取って美味しそうに食べ始めた。
「くりむちゃん、おいしい~?」
「んふ♪」
セーレたんが小首をかしげながら聞くと、くりむちゃんは口の中に肉を入れたまま嬉しそうに首を縦に振った。 大きな耳も、まるでうなずくように上下している。
「――ああ、もう! 口の周りベタベタにして……」
「んぁ……あいあふぉ」
テーブルの向かいからの声に前を見ていれば。
エミーちゃんが自分の食事を置いてテーブルの下で手をゴソゴソさせると、ハンカチを出してニコの口を丁寧に拭っていた。 ひょっとしてそのハンカチ……ニコの半ズボンのポケットから出した?
背の高さも見た目も年上に見えるエミーちゃん。 甲斐甲斐しく世話している様子は、まるで本当の姉弟のようである。
「ははは……まるでお姉ちゃんだね」
「えっ? ……むぅ」
俺に言われて、エミーちゃんは一瞬嬉しそうな顔を見せる。 「お姉ちゃん」という言葉に、エルネちゃんのことが頭に浮かんだかな?
だけど彼女は「弟」の顔を見ると、少し口を尖らせて不満そうな声を漏らしたのだった。
「え? え? どーしたのエミーちゃん」
「いいから食べなさいよ……ああっ!? タレが服につくってば!」
最後の一本を持ったまま首をかしげる「弟」。 そして再び世話を焼き始める「お姉ちゃん」を見ていると、この子も将来は頼りになるお姉さんになれるだろうなーと思った。
俺の左で小さくちぎったパンをゆっくり食べているセーレたんも、いずれは立派なお姉さんになってほしいものだ。
「セーレちゃん、おいしい?」
「うん~♪」
本当に美味しそうに食べるマイシスター。
だけど、まだもう少しだけ――このままでいてほしいという気持ちも湧き上がってきて、俺は苦笑が漏れそうになるのを隠し通した。
今話のタイトルの意味をお知りになりたい方は、ぜひおまけページへ♪




