232 みんなバレリーナ
遠いお城から昼の鐘が聞こえてきて、開放されていた食堂の扉が閉められた。 午後の部の授業が始まる時間だ。
食堂の中は満員状態からは減ったものの、まだまだ多くの子供達が残っている。
鳴り終わった鐘の余韻が生徒たちの声にかき消され、家でおやつを作って待っているだろうお袋やメイドちゃんズのことが頭をよぎったけど……ごめん! 今日は、もう少しだけ許してほしい。
って、なんか新婚のサラリーマンみたいだな俺……。 会社の飲み会のせいで愛する奥さんのもとに帰れません、みたいな。
「へー、そうだったんだ」
「えっへん!」
俺の相づちにニコが胸を張る。 テーブルの上には、水の入ったマグカップが人数分。 食べ終わった皿は既に返してある。 思ったよりも肉が重かった……。
ただしカップだけは、軽くゆすいでから飲み水を入れてまた持ってきた。 肉の余韻が口の中からスッキリとなくなり、食べたものがすとんと胃袋の底に落ち着いたような感じがする。 水がうまい。
素晴らしいことに、水はいくらでもタダなのだ……冷えてはないけどな。
今日の三時限目。 三組は四組と合同で武術の授業だったようで、武術未経験のニコとくりむちゃんは何人かの希望者と一緒に簡単な運動能力のテストを受けたらしい。 そこでスタミナの多さをほめられたことを、ニコは誇らしげに俺に語ってくれた。
「わたしも、すごく速かったって」
「そっかそっか。 よく頑張ったねー」
ほめてほしそうに耳を上下に動かしながら、右隣のくりむちゃんが肩を寄せてきた。
リクエスト通りに、わん子ちゃんの後ろから頭をなでなでしてあげると、「くぅーん」と高い声を漏らしながら目を細めた。 俺のひじに、ふさふさしっぽが何度も当たる。
そういえば、長いことこの子のロケット走りを見てないけど……さぞ、ぶっちぎりで速かったんだろうなぁ。
「……でも、もっと速い人もいた」
「マジかっ!?」
そいつ、どんだけ速いんだよ! 活性化でも使えるんなら話は別……あ、そうか。 その可能性はあるな。
活性化は本人の適性とセンスがモノをいうため、すぐに覚えてしまう子もいるんだとか。
「その子、身体から黄色い光がぶわーって出てなかった?」
「んー……さいごの方に、少し。 それで抜かれちゃった」
「最後だけかよ……」
普通に互角だったんかい!
体格に恵まれているとはいえ、それでも不利だろう年上相手と渡り合ったこの子がすごいのか。 それとも、わんちゃんダッシュに素でついて行けたその子がすごいのか……よく分からん。
「ねーねー、ぼくもスゴイでしょー!?」
「おー、すごいぞー」
「なんか適当だ!?」
俺の返しに目を見開くニコ。
いや、コイツの粘り強さも相当なもんだよ? それで飛び級まで成し遂げちゃったんだから、運動面以外にも役に立つ大きな長所だ。
対して俺なんて、これといった特徴もないしな……。 勉強のとき以上に頭をフル回転させて、更に触手と魔術まで使って、それでなんとかみんなについて行けてるって感じだ。
考えれば考えるほどに不安の泥沼にズブズブと沈んでいると、俺の左とニコの横から明るい声をかけられた。
「だいじょうぶ! お兄ちゃんは、いつもいちばんなの~♪」
「うん。 アレがなくても、なんとかしちゃうのがジャスだよ」
「セーレちゃん……エミーちゃん」
信頼する二人に、そこまで自信満々に言い切ってもらえると、俺もなんだか自信が湧いてくるな。
つーか、俺が落ち込んでたのバレバレ?
「ふふっ♪ バレバレなの」
「ふふ……すっごく分かりやすいもの」
「そ、そうなのか」
バレバレなんですか……そして、こうして俺が落ち込むのもバレバレなんですか。 そうですか。
妹様はなぜか嬉しそうな顔で俺の頭をなで始め、それを見たわん子ちゃんもマネをしてなでなでしてくる。 エミーちゃんも、お姉ちゃんがたまに俺に見せる慈しむような優しい顔をして俺を見つめていた。
それからも俺は、三人から三組での様子を聞く。 ニコとくりむちゃんの、素直だけど主観的なために少し分かりにくいところのある内容に、エミーちゃんが客観的な解説や訂正を入れてくれる。
三人ともうまくやっているようで、エミーちゃんは弟に振り回されるお姉ちゃんっぷりが本物のお姉様方にいたくお気に召され、くりむちゃんは素直な可愛さからクラスメートたちにいろいろ教えてもらっているようだ。 ……変なことを吹き込もうとする輩もいるみたいだけど、エミーちゃん以外にもガードしてくれる子がいるみたいでひと安心。
わん子ちゃんも俺に頼り気味なところがあるから、これでもっと自立心が出てきてくれると嬉しい。 ポテンシャルはある子だしね。
そしてニコはウザキャラのレッテルを貼られそうだったが、今日の授業で飛び級が伊達じゃないことを見せることができたらしい。 加えて武術の授業での一生懸命さが目に留まって、なんと男女を問わない人気を集め始めたらしい――ウザ可愛いキャラとして。
どうやら、三組のみんなもニコのいじり方を順調に身につけつつあるようだ。 ……やり過ぎない範囲内で、存分にいじり回してやってくれ。
「あ、あ、あ、あと! うー、ウチのクラスじゃないけど――」
「あはは……ん?」
四時間目の算数でエミーちゃんの暗算が大絶賛されたという話を聞いたところで、耳まで赤くなった本人が目を泳がせながら別の話題を必死に掘り起こした。
「一組が、小さな女の子に支配されたって」
「……あー」
思わず声が漏れる俺。
セーレたんは目の合った俺ににっこりと微笑み、反対側のくりむちゃんは耳としっぽを天井に向けて真っ直ぐに立てた。 正面のニコでさえ「る、るーちゃんだ……」と呟いている。
当然といえば当然なんだろうけど、噂はもう既に校内に広まりきっている……と、考えていいだろう。
ハニー以外の三人が、『どうするの?』と言いたげな目線を投げかけてくる。
「うん、もっと抑えなさいって言っといた。 今の半分くらいに」
「わぅ……?」
わん子ちゃんは首をかしげる。 だけどその表情は、意味が分からないのではなく「それで大丈夫なのかな?」という疑問の色である。
「うーん……」
ニコも手をあごの下に当てて唸っている。 このメンバーの中では、もしかすると俺以上に魔眼の被害を受けているかもしれないだけあって、その顔は真剣で批評家然としている。 なかなかにカッコよかった。
そして、その答えを明確に口にしたのは、やっぱりこの娘だった。
「……それでも、ギリギリだよね」
「うん」
まだうっすらと頬の赤いエミーちゃんの言葉に、俺も同意を返す。
だけど、それ以上レベルを下げるとストレスになるだろうし、悪意的な想像をすると、るー君に良くない意味でちょっかいを出す奴が出てくる可能性もないとは言えない。 ま、その心配はニャル子ちゃんのおかげで軽減されただろうが。
ハカセ君の効果のほどは……分からん。
「その辺りは、僕が何とかするよ」
るー君にも約束したし……。
「だったら、大丈夫だね」
「わんっ」
「ジャスくん、がんばって!」
俺の返答に、エミーちゃんとくりむちゃんは信頼あふれるスマイルを見せてくれる……。
だがニコは、真剣な顔で両手の拳を握った。 さすが同志よ、その困難さを分かってくれている! マジで嬉しい。
最後に、魔眼に耐性のある我が妹様は――。
「お兄ちゃん……わたしも、一緒だよ♪」
「セーレちゃあああーーーーーーんっ!!」
「きゃんっ♪」
女神様がここにいたっ!! 俺はそのお身体にすがりつき、セーレ様は迷える俺を優しく抱きしめてくださった。
他の困難ならある程度自分でなんとかしてやるって気概も持てるけど、この件に関してだけは不安だったのだ。 だけど……。
だけど、この子と一緒ならば、きっとなんとかできる!
「ああっ、もうダイスk……」
「――ジャス?」
「ぐぁ」
感極まって妹様に顔を寄せていく俺を見て、エミーちゃんが咳払いと共に忠告をくれる。
それで我に返った俺は、ここがどこだったかを思い出した。
「え、えっと……あははははは」
俺はやんわりとセーレたんの抱擁から離れ、照れ隠しに彼女の頭をなでさする。 か、顔が熱い……。
いつの間にか周囲の注目を集めていた俺は、ちょっと不満そうに口を尖らせる妹様をひたすらになで続けた。
「ただいまー!」
「ただいまなの~!」
今日も迎えに来てずっと待っていたくりむちゃんママに頭を下げまくって別れ、途中でエミーちゃんやニコとも別れ。 ニコは幼児園に寄っていくらしいけど。
で、俺達はようやく家に帰ってきた。
ちなみに、くりむちゃんママは学校前のすぐ近くある喫茶店で時間をつぶしていたらしい。 何軒かあるんだよね……喫茶店とかお菓子屋さんとか。 生徒達も気軽に出入りしているみたいで、寄り道の定番になっているらしかった。
「お帰りなさい、ジャス様、セーレ様」
「おかえりなさーい♪ 遅かったですねー」
玄関のドアを開けると、メイドちゃんズが待っていたようにすぐさま出てきてくれた。 いや、実際に待っててくれたんだろうな……申し訳ない。
お袋がいないみたいだけど、聞くと、近所に用があって少し前に出かけたらしい。
「ごめんなさい。 放課後に、僕がみんなを食堂に誘って……」
学校を出てからは時計を見てないけど、その時点で既に五時はとっくに回っていた。 半時――日本時間に直したら、午後の一時くらいにはなっているだろう。 真昼のおやつ時、とはもはや言いがたい時間だ。
今朝の時点で、購買に寄って帰るかもとチラッと言ってはいたけど――。
『ふふふっ♪』『あははっ♪』
一緒に頭を下げようとするセーレたんを止めて俺だけ頭を下げていると、頭上から二人の笑い声が。
……なんで?
「ふふふ……思った通りね、チャロ」
「あははっ、そうだねお姉ちゃん」
「――はい?」
おもむろに頭を上げると、メイドちゃんズはお互いの顔を見ながら口元を押さえて肩を震わせ、大笑い一歩手前の声を漏らしていた。
チャロちゃんは、白いしっぽの先も一緒に震わせている。
「奥さまの言う通りでしたねー。 ジャスさまはきっと、もらったお小遣いでさっそく学校の食堂か近所のお店で寄り道をして、お帰りが遅くなるからって」
と言って、しっぽの付け根についた鈴付きのリボンをちりーんと鳴らす。 その表情はにこやかだ。
「ええ。 しかも、全部ご自分のせいだとご自分お一人だけが頭を下げられる、って。
私も、ジャス様がお謝りになるのは予想してましたけど……セーレ様を謝らせない、というところまでは思いつきませんでしたよ」
そして、マールちゃんにも笑顔が浮かんでいる。 予想が当たったから喜んでる……だけにしては、ちょっと喜び過ぎじゃない?
可愛らしく小首をかしげているセーレたんの横で、俺も同じように大きく首を傾けた。
「ふふふ……こちらこそ、そこまで気を使っていただいて、ありがとうございます」
「ありがとうございますー」
すると、逆に二人から頭を下げられてお礼を言われてしまった。
「え? いや、だって」
俺は二人を交互に見て目を泳がせまくる。
対してチャロちゃんとマールちゃんは、母性さえ感じるような優しい笑顔を俺に向けて言った。
「いいんですよジャスさま? ちゃんと、先に言ってもらってましたし」
「それに……ご無事なことさえ分かっていれば、お待ちするのも楽しいものなんですよ?」
ねー、っと首を横に傾け合う二人。 本当に家族というか――ともすると新妻みたいにも取れる言葉に、なんだかすっごくこそばゆい気持ちになる。
「……あ、ありがとう。 チャロちゃん、マールちゃん」
「いえいえー♪」「どういたしまして、です♪」
湧き上がってくる照れ笑いを隠しきれないままに感謝すると、メイドちゃんズは桜の花のような笑顔で応えてくれた。
「ところでジャス様、今日のおやつは――」
「ぐわ……ごめん! 思ったより、食べたのが重くてあんまり……」
「はいっ! 最初から作ってないですから、大丈夫ですよー」
「もし予想が外れていたら、私たちがお詫びしないといけないところでしたね」
「ぐふぅ」
今日は、俺の心の内を何から何まで読み切られる日であるらしい。
お、恐るべし……。




