230 俺の妹と幼なじみ♂が修羅場すぎる?
「だってぇ」「うっそぉ~」
「……」
三時限目の社会の授業中、世間の目に晒されることの恐ろしさを存分に味わう。 社会とは厳しいものだ……。
現場を見ていた、例えば後ろの席のお姉さんとかはにこにこしてるけど……周りからは、いろんな目線が俺に集まってくる。
「静かに! はぁ……そんなに気になるなら、授業の後で本人に直接聞けばいいだろう」
眠そうな一組の副担任さんがフォローしてくれたらしく、怒られることはなかった俺達。 ……そういや、一組は担任が遅刻したもんな。
アズミーリ女史の一喝でこの場は一旦収まったものの、授業が終わったらみんなに囲まれることが決定してしまった。 どちらにしても、妙な誤解があるなら解いておいた方がいいだろうし。
「ねーねー、一組の女の子達とシュラバってたってホント!?」「一組の全員をノックアウトしたっていう、あの子だよね!」
「きゃーっ♪ 誰を選ぶの? やっぱり妹ちゃん? まさか……全員?」「セーレちゃん、頑張って!」
「ドロドロだわ♪ 今の気持ちってどう?」
「え、えっと」
授業が終わると、俺は隣の席のセーレたんと一緒に黄色い声に取り囲まれる。 先生ズは苦笑を浮かべながら教室を出て行った。
やっぱりというか、お姉様達の攻勢がすごい。 セーレたんにも質問が飛んでいるけど、あまりの勢いにあいまいな笑みのまま固まっている。 もちろん、興味なさそうな女の子達もいるけど。
男子連中も興味はあるみたいだが、この輪には入れずに遠巻きに見ている子が多い。 現場に一緒にいた子に話を聞いている集まりもチラッと見えたけど……大丈夫だろうか。 ゾンビだった子に聞いても、まともに覚えてないと思うぞ?
そしてまた、舌打ちでもしてそうな顔で睨まれている視線を人だかりの向こうから感じた……。
『なになにっ!?』
俺がおもむろに口を開くと、一斉に身を乗り出す女の子達。 目の輝きが素晴らしすぎる……。
しかし休み時間は短い。 俺は、そのハイライトを刹那のうちに消し去って見せよう。
「――あの子、ああ見えて実は男だから」
『……は?』
中途半端な笑みで固まる少女達。 わずかに首を前に出したり、斜めにかしげたり、手入れの行き届いた眉がくいっと動いたり。
「幼児園からの幼馴染みだよ? なー、セーレちゃん」
「うん、仲よしなの~」
『……』
みんなが硬直したおかげで、妹様が少し落ち着いたようだ。
頭が真っ白になっているらしいクラスメート達に、兄妹で一緒にたたみかける。
「ま、まさか……ね?」「ははは、ご冗談を」
「かわいいワンピース着てたし……」
「るーちゃん、女の子の服がよく似合うからって、昔からよくメイドさんに着せられたし。
今じゃ、るーちゃん自身が面白がってときどき着てるもんねー」
「うん、とってもかわいいの~♪」
ねー! と、お互いの顔を向き合わせてうなずき合う俺とセーレたん。
ごくごく普通に振る舞うのがポイントである……って、俺達にとっては本当に普通のことなんだが。
「う、うそ……」「本当、なの?」「ま、マジかよっ!?」
「信じられない……信じたくない」
体育館でのことを面白おかしく喋っていたらしい男子も、口をあんぐりと開いて絶句している。
女の子達の瞳は驚愕の色に染まり始め、中には顔色を失って首を左右に振り始めた子もいる。
「――残念ながら、本当よ?」
どよめく周囲をかいくぐるようにして、後ろからかけられた声。 一斉に振り向くと、そこには悟ったように落ち着き払った黒髪の女の子が自分の席に座っていた。
「あの子は、ラピヨーネ商会のところのお子さん――いえ、今の社長の弟さんよ。 そこで会ったことがあるから、間違いないわ」
『……』
お姉さんの発言に、再び黙り込む一同。 というか、面識あったんだね。 だから免疫あったのか――いや、それでも平気なのはスゴイよ。
「そ、そうなんだ」「マーヤさんがそう言うなら、本当なんだ……」「すっげぇー」
「な、なんてことなの……」
半信と半疑の間でぐらついていた天秤が、一気に傾いた。 るーちゃんがいいとこの子だと分かったせいもあるんだろうけど、クラス中が驚きの低い声で満たされる。
というか、俺的にはあなたこそ何者なんだと聞きたくなる。 ついさっきの魔術の授業のときまで、普通の気さくなお姉ちゃんだったのに……。
まるで鶴の一声だ。
「ふふっ♪ ただ単に、私の父の勤め先なだけよ」
黒髪を揺らして、お姉さんはふわりと微笑んだ。
今日、最後の授業は算数。 先までの騒ぎで忘れていたらしいクラスメート達が、アズミーリ女史の言葉に嫌そうな声を漏らした。 ……まあ、それはそうだろう。
俺も前世では九九の暗記に苦労した思い出があるけど、この国だともっと早い歳で覚えさせられるからなぁ。 教科書を見ると、一年生もみっちりとたし算引き算をやらされるようで、みんな苦しい思いをしたんだろう。
ちなみに、生徒達の鬼門となっているらしいその掛け算を覚えさせられるのが、この二年生である。
「辛いのは分かるが、身につけておかないと大人になってからより苦労をする……私もベルトラン先生も協力するので、頑張ってほしい」
『……はあーーい』
昼が近くなり、空いてきたお腹にみんなの低いテンションの返事が重く響いた。
「つまり『三掛ける二』というのは、三つの集まりが二組ある、という考え方だな。 三を二回足し算する、というのと同じ意味になる。
では――」
黒板に書いた六つの丸。 それを先生が更に三つずつ大きな丸で囲んで、掛け算の解説をする。
俺達の席の間を歩き回っているシャルちゃん先生も、この時間は特に引っ張りだこだ。 耳だけで聞いていると、どうやら留年した子から頻繁に呼ばれてはいろいろ質問されているらしい。
「他の例題を出してみよう。 八掛ける六はいくつになる? オリオール……いや、セレスティア」
「は~い!」
先生に当てられたセーレたんのほんわかボイスが、教室の重い空気を柔らかくしてくれる。
小さく手を上げた妹様、すかさず答えを口にした。
「四八です~」
「うむ、そうだな」
先生が満足げにうなずき、周りのあちらこちらから小さな驚きの声が聞こえてくる。 「計算早っ」と呟いた子は、たぶん留年なしでストレートに進級した子なんだろう。
「今、計算が早いと思った諸君もいただろうが、実はこれには訳がある。 教科書の一番後ろを開いて欲しい」
巻末には、見開きで九九の一覧表が書かれている……十三の段まであるけど。 それを覚えないといけないと聞かされ、初めて聞いた生徒達から悲鳴のような声が上がる。
その気持ち、よーく分かるぞ。 妹様も当時、俺が簡単な覚え方を教えてあげるまではちょっと嫌そうな表情をしてたもの。
「こうして一覧で見ると嫌な気持ちになるのも分かるが……」
日本的な九九の覚え方がないので、この国ではひたすら丸暗記するしかない。 先生は、段が一緒なら答えは同じ数ずつ増えていくことや、二×三と三×二のように逆にしても答えが同じであることを付け加えて、覚える数がぐっと減ることを説明する。 ……うん、俺も同じことを妹様に言ったよ。
一覧表と照らし合わせて、それが正しいことを確認させる先生。 「おおー」「すごーい」と、素直なリアクションが返しているのが面白い。
「よし。 では、次の授業までにその表の四の段まで覚えてくるようにな……今日の授業はこれまでとする」
「うえーーーっ!?」「ぎゃああーーーー!」
最後に出された宿題に、教室は阿鼻叫喚と化した。
みんな、頑張れよー?
――窓の外は、清々しい青空と暖かそうな春の陽気で充ち満ちている。
帰りのホームルームがさっくりと終わると、教室は賑やかな開放感に包まれた。 子供達はお互いに言葉を交わしながらも長く教室には留まらず、次々と足早に出ていく。
針が二つある時計は、四時四五分を指そうとしていた。
「ばいばーい!」「また来週~」「食堂寄って行かね?」「そだなー」
「おはよー!」「次は一組が算数だったっけ?」「四組もだよ」
午後のクラスが五時から始まるため、放課後にダラダラと教室でお喋りという光景が見られることはない。 駄弁りたいなら、一階の購買でおやつを買って休憩室で……というのが、この国の初学生スタイルのようだ。
既に午後のクラスの生徒が廊下で待っていたりして、教室の中はさよならとおはようの挨拶が入り交じっている。 まだ十五分もあるのにねー。 短いように見えるけど、日本時間で言えば三〇分以上の余裕がある。
「帰る前に、購買に少し寄っていこうね」
「うんっ!」
さよならと声を掛けてくれるクラスメート達に手を振って応えながら、俺は約束通りセーレたんに寄り道を持ちかける。 妹様は楽しみにしていたようだ……俺もそうなんだけどね。 放課後の開放感にも後押しされて、ちょっとわくわくしている。
他の子からも声を掛けられたけど、今日は先約があるからと断った。 魅力的な提案ではあるんだけど、それはまた今度。
廊下の方はたくさんの子供達でごった返しているようだ。 教室の後ろの出入口にちょっとした渋滞ができている。 ちなみに前の出入口は、入ってくる子供達用に分けられているらしい。
カバンをよいしょと肩に掛け、俺達は席を立ち上がった。




