101 されてばかりじゃありません
六月も末になって、暑さを感じる日も増えてきました。
庭の物干し場に洗濯物を干し終えた私は、魔法の練習をされているジャス様とセーレ様の様子を見にリビングへ向かいました。
すると、今日は動かさずにそのままのソファーで、セラ様とセーレ様が目を強く瞑って震えていらっしゃいました。
「くぅぅぅぅぅ~~~~っ!!」
「んんん~~~~~~っ♪」
一方その対面のソファーでは、ジャス様が静かに目を閉じてあぐらをかいておられます。
背筋を伸ばし、両手を上に向けて太ももに置かれているそのお姿は神聖ささえ感じられて、まるで世界そのものと繋がっているかのようにも見えます。
この、あまりにも対照的なご様子は、一体何なのでしょう……?
私には分かるはずもなく、未だ感嘆の声を漏らしておられるセラ様にお尋ねしてみます。
「あ、あのセラ様? 一体何をされているのでしょう……?」
「……ん? ああ、マールちゃんご苦労様。
これよこれ。 マールちゃんも食べる?」
皆様のインパクトが強くて目に入っていませんでしたが、テーブルにはお皿が置いてあって、一口サイズのいろいろな果物が……凍っていました。
「これは……」
ソファーの肘掛けで見えませんでしたが、近づいて見るとセーレ様が薄い水色の小皿を手にお持ちになって、その中の半分に切ったびわを凍らしておられました。
〈精製媒体〉なしの〈魔凍皿〉ですか。 このお歳で既に、複数の魔力をご自分で精製して使いこなしていらっしゃるなんて……。
「マールちゃんも一緒にどう? このブルーベリー、美味しいわよ~?
はぅむ……くぅぅぅぅぅっ♪」
「は~い、マールちゃん」
「あ、ありがとうございます」
凍らせたばかりのびわをお皿ごと差し出され、私も一切れいただきます。
表面は柔らかく、中はシャリシャリ……びわ自身も味が濃くて、すごく美味しいです。 感想をそのまま申し上げると、セーレ様はにっこりと微笑まれました。
「……」
ですが、ジャス様は先程から微動だにされません。 呼吸さえ止めていらっしゃるようにも見えます。
私は、ジャス様が本当に呼吸されているのかを確かめるために――いえ。
正直に言いますと、ジャス様の大人びた凛々しい表情に惹かれて、自分でも気づかないうちに息を殺して少しずつ近づいていました。
太陽の光に輝く、流れる川のような銀の髪。 対して波紋ひとつない湖のように静かな表情。 そして頭と両腕、組んだ両足のラインで形成された完璧な正三角形。
私は拝謁に臨むに等しい心境でジャス様の斜め前で両膝をつき、ただじっと、そのお姿を見つめます。
「…………」
いつも楽しげで、表情がとても豊かなジャス様ですけど、お眠りの時やふとした時に、ドキッとするようなお顔をされることがあります。
まるで手の届かない、はるかはるか遠くを見つめておられるような……。 それは、ずいぶんと大きくなられた今も変わりません。
思えば、最初にそんなお顔を拝見したのは、まだ私が――。
「だあああああああああーーーーーーーっ!!」
「きゃあっ!?」
私の視界がジャス様のお顔でいっぱいになった時、突然目を見開いて大声で叫ばれました!
あまりに急なことで、私は後ろに倒れてしまいました。 やだ、私、なんてはしたない姿を……っ!?
「あーーーっ、分からん! サッパリ分からん。
逆アルキメデスだな、まったく……」
急いで起き上がって、体勢を整え直す私。 その時に見えましたが、後ろにいらっしゃるセラ様とセーレ様も目を丸くされていました。
そしてその間に、ジャス様は何やらよく分からない独り言をおっしゃりながらソファーを降りられました。
「……ん? マールたん、どうかしたの?」
「い、いえ、何でもありません……」
どうやら、私のはしたない格好は見られていないご様子。
良かったと思う一方で、目の前にいた私に全然気づいてもらえていなかったということが残念です……。
「ねーねー、セラさーん」
「ん? なに?」
微妙な気持ちで座り込む私の前を通り過ぎ、ジャス様はセラ様の前まで行かれました。
その直前に私もセラ様と目が合いましたが、もの凄く生温かい笑顔を返されてしまいました……。
「『おたまですくう』っていうのが、よく分からないんだけど……」
「おたま? ……ああ、精製の話ね。
なんて言えばいいのかなぁ。 自分のオドを感じて、その中から『これだ!』というのを見つければいいのよ」
一瞬、ジャス様が何をおっしゃっているのか分かりませんでしたけど、魔力の精製についてお悩みだったんですね。
「うん。 それは分かるんだけど、ちがう色もまじっちゃうよ?」
「違う色? うーん……。
それがどのくらい違う色で、どれくらいの量にもよるんだけど、ある程度なら大丈夫よ?」
「でも、まじってない方がいいよね?」
「ええ、〈純度〉が高い方がいいのは確かだけど。
でも〈純色〉を精製できる人なんてまずいないし、できたとしても効率が悪いしねー」
「うーん」
そうとうお悩みでしたので、精製がおできにならないのかなと思ってましたけど……純度を上げようとされてたんですか?
ジャス様らしいですね。
「ジャス君は難しく考え過ぎなの。 取り敢えず、やってみなさいな。
……セーレちゃん。 光の球を出すアレ、お兄ちゃんに貸してあげてー」
「は~い!」
ジャス様がセラ様とお話しされているのを、果物を食べながら少しご機嫌悪そうにご覧になっていたセーレ様。
ですけどお二人がセーレ様に向かれると、とても嬉しそうにスカートのポケットから石を出してジャス様に渡されました。
「はい、おにぃ~♪」
「うん、ありがとねー」
「えへへ~」
「じゃあジャス君、やってみて」
「はーい」
ジャス様は手の上の石を見ながら、ゆっくりと目を閉じました。
「自分の中に必要な色があれば、何となく分かるでしょ?」
「……あ」
閉じたばかりの目をすぐ開けて、驚いたご様子のジャス様。
私も集中すればできなくはないですけど、まるで肌の表面の産毛に触れるか触れないか……というような、あのわずかな感覚をすぐに掴まれたようです。
「あとは、その場所を石の方に押し出すようなイメージで……そう!」
「おっ」
ほどなく石の表面の魔法陣が白く輝いて、光球がぽーんと飛び出しました。
私の気のせいでしょうか、先日セーレ様が出された時よりも輝きが強いように思います。
「おにぃ、できた~♪」
「うん、あっさりとできたじゃない♪ 悩んでた割に純度もかなり高いみたいだし……もう、この程度じゃ驚きもしないわねぇ」
「うーん……まほうって、わりとてきとーなんだね」
確かに、魔法は感覚に頼る部分が大きいですけど、その「感覚」こそが、もの凄く繊細でシビアなものなんです。 それを難なくこなされて、あろうことか「適当」とさえおっしゃるなんて……。
一度二度で感覚を掴んでしまうセーレ様も凄いですけど、その感覚を「なんとなく」ではなくしっかりと「頭で理解されている」ということが、どれだけ人並み外れたことなのかを分かっておられません。
オドを直接操作なさるという非常識に比べれば、それも霞んでしまうのですけど。
そしてなにより――。
「そんなこと、ありませんよ。 ジャス様は、凄いお方です」
十二分の結果を出されてもなお、いつも満足されずにその上を目指そうとされるお姿が凄いのです。
ご自分をお褒めにならない分、私が後ろから抱き締めていっぱい褒めて差し上げたいと思います。
「うわっ!? ……う、うん。 ありがと、マールちゃん」
「おにぃ~、すごいの~♪」
「おぅふ!?」
セーレ様も、お兄様の凄さをよくお分かりのようで……ソファーから降りて、前から抱きつかれました。
ふふっ、サンドイッチ状態ですね♪
「あらら、私も抱きついた方がいいかしら~?」
「え? いや……」
「えっ、嫌なの!? ……おばあちゃん、ショックだわぁ~」
「うぇ、そ、そそ、そんなことないよ!? セラさん、きれいだもん!」
「ふふふふふふ、冗談よ~♪」
「ぬわぁぁぁぁぁ~っ!」
私達に挟まれて戸惑っていらっしゃるジャス様。 更にセラ様からもからかわれて、あたふたされています。
「おにぃ~、セーレは? セーレもきれい?」
「お、おう、きれいだよー」
本当に、多才で多彩な面をお持ちな方です。
これからも、もっともっと、いろいろなジャス様を側で見続けていたいです。
「……ジャス様? 私は、私は綺麗ではないのですか~?」
「ええっ!? も、ももももももちろん、きれいだよーっ」
「ふふふふっ、ありがとうございます♪ とっても嬉しいですっ」
「なあああああっ!? ま、マールちゃ、それ以上、押しつけないで――」
「おにぃ~~~~っ♪」
「ちょっとぉ、私も混ぜなさいよーっ」
「ふんぎゃああああああああーーーーっ!?」




