99 ここがあなたのいたところ
抜けるような青空の下、手を繋いで歩く。
「~♪~~♪」
俺の右手の先を見上げれば、いつものメイド服姿から嬉しそうなオーラを出しているマールちゃん。 人前でハミングしているなんて、きわめて珍しい。
右手には昨日作ったらしい、お菓子がいっぱい入った大きなバッグを持っている。
「……ん? にゃはは♪」
そして左を見れば、天使のような純白の半袖ワンピースを着たセーレたん。 頭の後ろの、白くて大きいリボンが今日のワンポイントだ。
俺と目が合うと、にこーと明るい笑顔を見せてくれる。 朝日を身体いっぱいに浴びて、服も髪も笑顔も、すべてが眩しいぜ!
そして両手に花の俺。 襟と袖だけが青い、白の半袖ポロシャツに黒いサスペンダーをつけた濃紺のパンツスタイルだ。
こうして俺達がちょっぴりおめかしして、なんとここに来て初めての外出をしているのには、もちろん理由がある。
「ふふふふ……ジャス様、セーレ様。
お二人が生まれる前、奥様もこの道を歩いていたんですよ?」
「へぇー」
「ママも~?」
前を見れば、王都の幼児園の近くのような無舗装の道が続く。
こっちの家も二等区なので、近所は王都の家と同じ石畳だったんだけど……やはり王都ほどの巨大都市ではないので、少し歩くと一般区に出てしまった。
この一般区も王都とは違って碁盤目状の道ではなく、ときどき角を曲がらないといけない作りになっている。 前世だとこういう作りの道は、敵軍の進行を妨げる目的があったような……。
数年振りの道を、マールちゃんは小さな思い出話を俺達に聞かせてくれながら、楽しそうに歩いている。 秋になるとこの家の木の花が綺麗に咲くんだとか、あの道の先によく来ていた屋台のお菓子が好きだったとか。
どうやらこのあたりは、彼女の知っている当時とほとんど変わっていないようだ。
「~~♪~♪♪」
前の方に小さな広場が見え始めると、少しずつ人通りが増えてきた。
子供を二人連れているからか、あまりメイド服を見ないのか、それとも嬉しそうな表情か声に引かれたのか。 なんとなくマールちゃんに目を向ける人が多いような気がする。 次に、その視線は俺の左側へ。
気づいてないのかなーと思って二人を見てみるが、いたって普通に笑顔を返してくれる。 気づいてるけど気にしてない、ってことか。
日の出と昼の鐘の間にあたる〈四時の鐘〉が鳴ってかなり経ち、俺も妹様もそろそろ疲れを感じてきた頃。
「……すみませんジャス様。 あそこで少し、休憩しましょう」
俺のため息が聞こえちゃったようで、ちょうど広場の入口の角にあったオープンテラスのカフェを指して、マールちゃんが休憩を提案してくれた。
「はーい」「わぁい♪」
もちろん、俺達に否やはない。
テラス席のテーブルを拭いている、私服のウェイトレスさんっぽい人がいたので、近づいてマールちゃんが声をかける。
「あの、この席いいです……あれっ!?」
「はい、いらっしゃ――ああっ!?」
マールちゃんと、黄色いショートヘアの若そうなウェイトレスさんが顔を見合わせると、互いに大きな声を上げた。
「キリカ……久しぶりっ!」
「マールこそ、いつ帰ってきたのよっ!」
二人とも同じように目を輝かせて、互いに手を取り合う。 俺と手を繋いだままなので、マールちゃんは右手だけだけど。
喜び合う様子を見れば聞くまでもなく、かなり親しい間柄だったようだ。
「ここで働いてるのね……」
「うん、院を出てからすぐにね――あ、ごめんなさい!
お坊ちゃまとお嬢ちゃま、こちらのお席にどうぞ♪」
マールちゃんの服装と俺達を見て、すぐに俺達の関係に気づいたようで。
ウェイトレスさんは屈んで俺とセーレたんに目線を合わせると、少しゆっくりで丁寧な口調に変えてイスを引いてくれた。
それからお任せで飲み物を注文すると、お姉さんはぺこりと頭を下げて店の中に入っていった。
「キリカ……あのウェイトレスさんは、私と同じ歳で孤児院も一緒だったんですよ」
「へー」
「こじ~ん?」
「同じお家に住んでいたんですよ、セーレ様」
「おなじおうち~? じゃあ、セーレとおにぃとおなじ?」
「ふふふふ、そうですね。 同じようなものです」
「おお~っ」
「はい、お待たせしましたー♪」
三人で話をしていると、お姉さんが飲み物とクッキーを持って来てくれた。
木のコップの中のジュースには果肉のシャーベットが入っていて、クッキーも四角や三角など、いろんな形のものがある。
「……あれ? 私、クッキー頼んでないけど」
「いいのいいの。 再会のお祝いってことで、私からのオゴリよ♪」
ウィンクしてみせるお姉さんに、マールちゃんも遠慮なくその厚意を受け取った。
「ありがとー、キリカお姉さん」
「ありがと~!」
「あら、私の名前まで……おりこうさんですね♪」
「ええ! お二人とも、それはもう素晴らしいんだから……はぁぁ」
「ま、マール? すっごく可愛いのは分かるけど、ちょっと見る目がアレだよ……?」
「ぼくジャスパー、四歳ですっ!」
「せ、セーレ、です~」
「まあ、ちゃんと自分でお名前も言えるんだねー」
「ええ、ジャス様もセーレ様も凄いんだから。 この前なんて――」
思いがけない出会いからついつい話が盛り上がり、お昼時になって忙しくなるまで長居してしまった俺達だった。
――楽しい休憩が終わって広場を出たときに昼の鐘が鳴って。
更に歩いて住宅地の少し細い路地を抜け、俺達はようやく目的地に着いた。
「ここが、マールたんの」
「おっきいね~」
「はい、そうですよ」
古さは感じるものの、補修がなされていて大事に使われていることがよく分かる外観。
レンガの壁で囲まれ、周囲から頭一つ出ている大きな三階の建物は同じレンガ造りで、太い煙突が両端にある。
あちこちの窓が開けられていて、中から子供達のはしゃいでいる声がかすかに聞こえてくる。
マールちゃんは俺の手を離して両手でバッグを持つと、開放されている門をくぐって振り返った。 踊るような動作に、わずかにスカートが広がる。
そして門の前に立っている俺達に、バッグを持っていない方の手でカーテシーの姿勢を取ると、誇らしげな笑顔と共に大きな声で迎えてくれた。
「ジャス様、セーレ様。 ……私とチャロが育った、ホープヘリー孤児院へようこそ♪」
次回、第百話に続きます。




