98 逆にそうなるとは…
「……ふぅ」
額に流れる汗を感じた俺は、素振りを中断して手で汗を拭った。
空にある太陽は高く眩しく、だんだん夏が近づいていることを教えてくれる。 雨上がりの翌日で湿度の高い空気が、前世の夏を思い出させるな。
「にゃっ、ふやっ」
「そうそう、上手ねー♪」
可愛らしい声と空洞を叩くような音が聞こえて見てみると、セラさんとマールちゃんがしゃがんで二本の緑色の棒を地面スレスレに持っていて、その間でセーレたんが棒の間に足を挟まないようにぴょんぴょんと飛び跳ねて……っていうか、バンブーダンスだった。
竹って、この世界にもあったんだ。 見たの初めてだよ……。
「はい、はい、はいっ」
「わっ、わっ、わわっ」
ハイペースで棒を広げたり閉じたりしているセラさんについていけずに、マールちゃんがわたわたしていた。
そのせいで棒の間隔が完全にランダムになっているのだが、妹様が引っかかる様子はない。
かなりの早さで駆け足のように脚を振り上げるその姿は、バンブーダンスの領域を超えて縄跳びパフォーマンスのようになっている。 なんだあれ。
「ぁ。 ……えへ♪」
しかも、俺の視線に気づいて微笑んでみせる余裕っぷり。
内心で戦慄を覚えながらも何とか笑顔で手を振って、俺は木刀を握り直して――横にして頭を防御!
「――お、やるなぁ!」
ゴツッという音と同時に木刀に衝撃、師匠のチョップをギリギリで防ぐことに成功した。 とはいえ半分は勘だ。 もう半分は……魔力の気配で。
てかね師匠。 木刀相手に「ゴツッ」って音の鳴るチョップって、どうなの? 魔導具らしいブレスレットから手刀の周りにかけて薄黄色い魔力が見えるんだけどさ、それって強化魔法とかじゃなかったっけ?
それでどつかれると、ものすっごい痛いんですけど!
「ししょー……」
「はっはっは! 多少痛い目を見んと、身につかんこともあるさ!」
上目遣いで抗議してみるが、完全にどこ吹く風である。
「よっしゃ! それじゃ、次は打ち込みやるか?」
「おおっ!?」
そして何事もなかったように次のメニューを告げてくる師匠。 話題そらしも含まれてるんだろうけど、分かっててあっさり釣られてる俺も俺だ。
「ほれほれ、どっからでも打ち込んで来い?」
師匠はニヤニヤしながら素手のまま片方の手のひらを上向きにして、くいっくいっと手招きしている。 カンフーの達人かよ。
……しかし、面白いっ!
「そりゃーーーっ!」
俺は大上段に構えて振り下ろす――ように見せかけ、コマのように身体を横回転させて横振りから足元を狙う!
「ほいっ、隙だらけ!」
「あだっ!」
だから、脳天チョップは強化なしでも痛いんだってば! し、しかも、ジャンプからの振り下ろし……。
「っつ~……んにゃろーーーっ!」
「はっはっはー! ドンドン来いやぁーーー!!」
こうなったら、トコトンいくぜ!!
最初は一振りするたびに頭を突っつかれたが、「残心」に気づいて振った後の目線や姿勢に注意するようになると、突っつかれる回数が減った。
すると今度は、打ち込むときにフェイントを入れようとするとその段階でツッコミが入る。 もう一度身体を回転させたら、後ろ向きになった瞬間に後頭部を突っつかれたりとか。
普通に攻撃の練習かと思ったら、実は隙をなくすのが目的だったとは……。 地味だぜ! 確かに実践的だと思うけど地味だぜ師匠!
『ハッ、いっちょ前に格好つけてんじゃねーよ』って言われてるような気分だぜ! てか、その目は明らかにそう思ってるよねー? ヤッホーーーーイ♪
「うばぁー…………」
今日は昼からだった剣の修行。 先にお風呂の用意をしてくれていたようで、終わってすぐマールちゃんに入れてもらうと、更にマッサージまでしてくれた。 気持ちよすぎて、思わず声が出てしまったよ……。
そして何故か、逆にマールちゃんからお礼を言われた。 しかも一瞬『ごちそうさま』って言いかけてたけど、どういう意味なんだ?
「うばぁー」
夕飯を食べて寝る準備も終わって、二階の部屋でくつろいでいる俺と妹様。
靴を脱いで上がったベッドで溶けたスライムのように伏せてへばっていると、隣で光球を打ち上げていた妹様が俺の頭をなでてきた。
「……ん?」
「おにぃ~、がんばったね~。 よしよ~し♪」
「なっ!?」
ま、まさか……セーレたんから、なでなでのごほうびですとーーーーっ!?
がばっと頭を起こすと、女の子座りしている女神様が慈しむような笑顔で俺をなでなでしてた。 二度まばたきした合間にお袋の姿が重なって見えて、思わず目を擦ってしまった。
「セーレたん、ありがとなー」
「えへへへ♪」
「そんなセーレたんには、お兄からもごほうびだー♪」
「ひゃあぁぁぁぁ~♪」
俺は素早く身体を起こして女神様に抱きつくと、そのまま後ろに押し倒した。 でもって頭を両手で挟みこんで、わっしゃわっしゃとワイルドになでまくる。
「おりゃおりゃおりゃー」
「きゃぁぁぁぁぁ~っ!? お、おにぃも、なでなでなでぇ~~~っ!」
そしたらセーレたんも、俺の頭を両手でわっしゃわっしゃとし始めた。
「ぬわーーーっ!? せ、セーレたんの方がえらいのだーっ!」
「にゅわわわ~ん!? お、おにぃのが、えらいのお~っ!」
身体どうしが絡み合っている上に頭がシェイクされて、もうどっちが上なんだか下なんだか。 しかもいつの間にか、どちらが偉いかの譲り合いになってるし。
だけどテンションはマックスで有頂天、俺達は時間も忘れてわっしゃわっしゃ!
「はっはっはー! セーレたんの方が断然えろ……うわらばっ!?」
「うひゃあ!? おにぃ~~~~っ!?」
結局「わしゃ合戦」は、俺がベッドから転げ落ちるまで続きましたとさ。




