山のあなたの空遠く…
(2)
【山の彼方の空遠く 幸い住むと人の言う】
~遥かな山の向こう側、手の届かないところに、幸福はあるのだと言われています~
…ぶつぶつ……ぶつぶつ……。
「今日は珍しく長考ばっかりっすねぇ」
からかうように対面の学生が言った。
「当たり前だ、チクショ…。これが苦しまずにいられるかっつーの」
ラス前の南三局。
点箱には百点棒が1本しか入っていない。
オーラスの親番を迎える前に飛ばされて終わり…という敗色の気配がプンプンする流れだった。
ここまで、それほど大きな振り込みをした訳でもない。しかも何度も好形のテンパイを入れているのに、全く上がれない。
さらに他家の3人が、やれ「一発」だの「裏3」だのを連発しながら交互に上がる。
いわゆる「ツモられ貧乏」のまま、オイラ独りだけが蚊帳の外に置かれていた。
麻雀をやっていて、一番辛く情けない展開の代表格がこれである。
★ ★ ★
東発からすでにその予兆は感じていた。
配牌でドラの6索が暗刻という絶好のスタートで、中盤にはこんなテンパイが入った。
中中中⑥⑦⑧六七八6668
ダマ(リーチせず黙っていること)のまま、8索で上がれば満貫、7索なら678の三色が付いて跳満にまでなる手。6索がドラだからどちらも出にくい牌ではあるが、その6索が暗刻なのだから7索も8索も余りやすいはずだ。
おまけにオイラの河には序盤に4索が捨てられている。
リーチした方が誘い出しやすいか?…と思案しているところへ下家の親の刈り上げが4索切りで「リーチ!」ときた。
その巡目でツモった1索を、オイラも曲げて追っかけた。
が、リーチ棒を出し終わる前に、「いっぱぁーつ!」と声を弾ませた下家がツモった牌が7索だった。
南南南①①五六七77888
7←ツモ
リーチ・一発・ツモ・三暗刻の親満スタート。
河には7索が1枚見えていたから、オイラの上がり牌は、彼がツモった7索が最後の1枚だった訳だ。
4000オールを支払う3人の中で、オイラだけがリーチ棒の分だけ最下位スタートとなった。
「山の彼方の空遠く、幸い住むと人の言う…か」
ボヤくオイラにホスト風の上家が聞いた。
「なんすか、それ?」
「知らねーのかよ? 幸せはいつも、手の届かない所にあるってゆう、ドイツの詩だよ」
「カール・ブッセでしたっけ?」
と、対面の学生。
「へぇ。麻雀たけじゃなくて勉強もしてんだ? でもな、正しくはこうだ。アナタの山の奥深く、幸い住むと人の言う…ってね」
「あっはっは…」
この後も同じような事が続き、南一局では早い巡目からこんなイーシャンテン(あと1手でテンパイする形)でウズウズしていた。
789一一一二七八九⑦⑧東
三萬が先に入れば、平和・純チャン・三色のダマっ跳ねが見える手だが、⑥筒がドラの為、リーチ後はもちろん、後半になるとダマでも⑥⑨筒は出にくくなる。
先に⑨筒を入れて三色を確定させてからリーチ出来れば、高め三萬で跳満、低め二萬でもツモるか裏が乗れば満貫が狙える。
ところが序盤からポロポロと⑨筒が3枚も切られてしまい、オイラの手はイーシャンテンのままずっと進展なし。
中盤過ぎに対面の親の学生が「リーチ!」と曲げてきた宣言牌が最後の⑨筒だった。
そしてその巡目に三萬が入り、純チャンも三色も消えた、ドラ⑥筒のみの片上がりしか出来ない平和をテンパった。
⑥筒をツモれば700・1300、リーチしている親からこぼれてくれば2000点の手を倒すつもりで黙って安全牌の東を捨てた。
その親が④⑤⑥⑥の形で高め⑥筒をツモ上がった時に確信した。
オイラの必要牌はいつも、手の届かない所にあるのだ…と。




