涙さしぐみ かえり来ぬ
(3)
【ああ、われひとと尋めゆきて 涙さしぐみかえり来ぬ】
~その幸福を探し求めて、あちこち尋ね歩きましたが、どこにも見つけることは出来ず、悲しみに暮れるばかりでした~
話を南三局に戻そう。
上家(ホスト風):35000
オイラ:100
下家(刈り上げ):32500
対面(学生):32400
他家3人が僅差の3万点超えで横並びの中、僅かに百点棒1本のみの正念場。
中巡まで萬子のイッツウ(一気通貫=いっきつうかん)を見据えて順調な伸びを見せていた手牌が、イーシャンテンからの無駄ヅモで足踏みを続けていた。
一二三五六七九④④⑤⑥⑦發
發を余らせているのはドラだから。場に1枚も切れておらず、厄介者になっていた。
それどころか、萬子の染めに走っている上家のホスト風を警戒してか、三元牌が1枚も見えていない。
キー牌の八萬は序盤の対面の河に1枚切られていたが、やはり上家を警戒して萬子そのものが次第に絞られてきている。
オイラが飛べば即、終了という状況で、他3人が3人ともトップを目前にしている局面。
彼らにとっては事実上のオーラスと言ってもよく、何としても上がらねばならなず、そして振り込んではならない場面だった。
当然それは、オイラとて同じである。なんせリーチすら出来ない状態で、ノーテン流局でも飛びラスが確定してしまうのだ。
どうにか役ありの牌姿になったはいいものの、さてこの發の処遇をどうしたものか…?
とその時、下家の刈り上げの捨て牌が勢いよく曲げられた。
「リーチ!」
「ポン!」
その宣言牌をホスト風が鳴いたのを見て、いっぺんに血の気が引いた。
げっ……八萬が……枯れちまった……。
イッツウの目が完全に消えてしまった直後、狙いすましたようなタイミングで四萬を引いてきた。
一二三四五六七九④④⑤⑥⑦發
牌の後先とはよく言ったもんだ…純カラのイッツウをテンパイした。しかし發は勿論だが、この状況で河にない九萬も危険牌であることに変わりはない。
どうする……………?
オリる訳にはいかず、リーチが打てないのだから、仕方がない。
もはやこの牌に使い道はないのだ。
そっと放った九萬に、刈り上げと学生がピクリと反応したが、ホスト風からの声はかからなかった。
刈り上げと学生の無言の責めが聞こえてくる。
(ここは邪魔せず、大人しくしてくれよ…お前はもう、死んでいる)
ふざけるな…オイラにはまだ、親番が残されているのだ。この山を越えれば…幸いが待っておるわ!
一発の消えた刈り上げの打牌の後、学生がまなじりを上げて三萬を手出しした。
ホスト風は微動だにしなかったが、学生も張ったに違いない。
ホスト風が刈り上げに通っていない⑦筒をツモ切り、そしてオイラに一萬が入った。
一一二三四五六七④④⑤⑥⑦發
リーチ棒のない役なしテンパイで、發を切るべきか?
普通に考えれば、有り得ない選択だ。
しかし、今は〝普通の場面〟ではない。
⑦筒で1巡を凌いだとしても、その後の安全牌はない。ノーテン流局さえ許されず、それ以前に誰かがツモ上がれば終了するのだ。
これを回したところで、山のあなたに發はあるだろうか?
「……むぅ……」
「今日は珍しく長考ばっかりっすねぇ」からかうように学生が言った。
「当たり前だ、チクショ。これが苦しまずにいられるかっつーの!」
迷った挙げ句、結局オイラは⑦筒を切ってしまった。
頭の中で、小田和正が『さよなら』を歌い始める。
~もう…終わりぃだね…君がぁ…小さぁく見ぃえる~
「懐かしい歌だなぁ(笑)。放歌は禁止ですよ」
刈り上げが笑った。
やべ……。無意識に口に出してた。
「悪ぃ、つい。オフコースが懐かしいって、おたくも案外いい歳なんだね」
「お互い、バレちゃいますね(笑)」
次巡に一萬が暗刻になり、学生が通している三萬を切ると、今度は四萬が対子になった。
一一一二四四五六七④④⑤⑥發
もはやこれまでか…。
ノーテン流局も出来ない立場でテンパイを崩した時点で、オイラは終わったのだ。足掻いたところで、發を重ねられるような流れでないことは、初めから分かっていたはずなのに…。
大体、發はもう山にないのではないか?
もし、そうだとしたら…。
A.すでに誰かが暗刻っている
B.誰か1人が対子にして、誰か1人が切れずに浮かせている
C.全員が1枚ずつ持っている
の、どれかだとしたら…。
いや、待てよ…。刈り上げは当然として、間違いなくホスト風も学生もテンパっている。CとBはないはず…。
………………………!?
いや……ある……。
誰も上がらせず、ノーテン流局をも避ける唯一のシナリオが…。
なぜそう感じたのか分からないが、オイラの指はスッと發をつまみ出していた。
「「「ロン!!!」」」
ピアノの鍵盤に無造作に手をついたような重唱とともに、3人が手牌を倒した。
ホスト風
二三四九九九東東東發
(八八八)
刈り上げ
②②五五七七1144南南發
学生
⑤⑥⑦789白白白中中中發
切るに切れない厄介者を、切らざるを得ないのはオイラ独りだけだったのだ。
「「「三家和!?」」」
またしても三重唱が響き渡った。
このルールは中国由来か? それとも日本生まれか?
とにかくそんなルールを作った奴に感謝しながら、オイラは卓の中央のスイッチを押して河を落とし込み、下家のリーチ棒を自分の右隅にパチンと移動させた。
「うっし! 親番だ!」




