第6話 死者の列を、聖者が歩く
目を覚ましたとき、手が枕元の武器を探していた。
指に触れたのは、充電器のコードだった。
天井を見上げ、寮へ帰ってきたことを思い出す。窓の外では車が走り、廊下からは誰かが洗面所へ向かう足音が聞こえていた。
身体を起こして時計を見ると、朝の7時を少し過ぎていた。
眠っている間に襲われず、隣の人間が起きる音で目を覚ます。日本にいた頃は当たり前だったことが、今はひどく贅沢に感じられた。
顔を洗い、買ってきた服へ着替えてから、支部でもらった不動産店の案内を開いた。
店が開くまでの間に、希望する条件を送っておく。風呂とトイレが別で、広めの寝室があること。仕事場はまだ決まっていないが、ダンジョンと協会へ通いやすい場所がいい。
予算を入力するところで、少し考えた。
昨日までは、初期費用の安さだけで探していた。今は、800万円の報酬と5000万円の治療費が支払われる見込みがある。
それでも、仕事を始めたばかりなのは変わらない。
無理なく暮らせそうな範囲で上限を決め、送信した。
朝飯を食べているうちに、相良から連絡が来た。
『今朝も問題なく足を動かせています。母が来るまで、歩く練習をしています』
添えられた写真には、手すりにつかまって立つ彼女が写っていた。
返信を打ちながら、俺も自然と背筋を伸ばした。
こっちも、今日の仕事をしよう。
◇
午前中に見せてもらった部屋は、角にある広めの1LDKだった。
玄関を入ると、窓から光が差していた。寝室には長いベッドを置ける余裕があり、台所も身体を横向きにしなくて済む。
風呂の扉を開け、浴槽の大きさを確かめたところで、ほとんど気持ちは決まった。
「こちらで申し込みをお願いします。初期費用の支払い日だけ、確認させてください」
協会の紹介を受けた店だけあって、担当者は冒険者の報酬についても話が早かった。
入居審査と契約書の準備を進め、支払いは鍵の引き渡しまで。俺は討伐依頼の完了通知を見せ、勤め先の欄を埋める代わりに、登録した支部と収入の見込みを説明した。
すべてが今日中に決まるわけではなかったが、住む場所の見当はついた。
建物を出たところで、瀬川から電話が来た。
「龍宮寺さん、本日のご予定はいかがでしょうか。市営第3ダンジョンの調査について、支部からご相談があります」
「今、部屋の内見が終わったところです。これから支部へ行けますが、昨日の扉の先ですか」
「はい。午前の先行調査で、33階層へ下りる経路が確認できました。ただ、その先で死霊系の魔物が見つかっています」
俺は足を止めた。
人が行き交う歩道の端へ寄り、通話を続ける。
「種類は分かりますか。鎧を着ているのか、身体が透けているのかで、対処が違ってきます」
「鎧姿です。映像がありますので、お越しいただいたときにご覧ください。無理に進まず、現在は32階層の広間まで戻っています」
「分かりました。俺も相手にしたことがあります。見てからになりますが、手伝えると思います」
昨日の巨人がいなくなったことで、その先へ仕事が進んでいる。
俺は不動産店の資料をアイテムボックスへしまい、支部へ向かった。
◇
映像には、黒い鎧を着た魔物が写っていた。
細長い通路の奥に、4体。剣や槍を持ち、身体の隙間から青白いものが漏れている。兜の中に顔はなく、目の位置だけが暗く光っていた。
先頭の1体が矢を受け、肩を大きく弾かれた。
だが、射手が次の矢を放つまでに、ずれた肩が元へ戻っていた。
「魔法を通した矢です。通路の手前まで誘導して攻撃しましたが、活動を止められませんでした」
説明してくれたのは、調査班の倉橋という男だった。
40代半ばほどで、短い髪に白いものが混じっている。傍らには、大きな盾を立てかけていた。
「盾で受けることはできました。ただ、数が多い。奥にも同じ魔物がいるようなので、囲まれる前に退いています」
俺は映像を止めてもらい、鎧の胸元を見た。
兜のない種類もいたが、特徴には覚えがあった。
「亡霊騎士だと思います。普通に斬っても、鎧の中身が残っていれば動きます。身体へ流れている力を散らせば止められるはずです」
「龍宮寺さんなら、その対処ができると考えてよろしいでしょうか」
「はい。同じ種類なら、聖者の力が通ります。ただ、ほかの魔物が混じっていないか、現地で確かめたいです」
倉橋は頷き、机の地図へ指を置いた。
俺を前にしたからといって、すべてを任せるつもりではないらしい。同行する職員の役割と、退路に残す人員、進む範囲を順に説明してくれた。
調査班は、俺を入れて5人。
倉橋と、射手、地形を記録する担当者。それに昨日も同行した瀬川だった。
俺は魔物への対処を受け持ち、道と記録は彼らに任せる。
同行料と、討伐した素材の取り扱いについても確認した。俺が単独で倒した魔物は俺の取得分とし、共同で倒した場合は協会の分配基準に従う。
話が済むと、久世が地図を閉じた。
「今日の目的は、33階層の入口周辺を安全に調べることです。先へ進めそうでも、帰還時刻までには戻ってください」
「承知しました。俺も、日本のダンジョンを少しずつ覚えたいので」
倉橋が盾を持ち上げ、俺へ顔を向けた。
「道中のことは、こちらに任せてください。よろしくお願いします」
◇
32階層の広間には、もう作業灯が持ち込まれていた。
巨人が立っていた場所を通り抜け、大きな扉の向こうへ進む。下り坂は長く、足元の石には、人が歩いて擦り減ったような窪みが残っていた。
やがて、空気が変わった。
冷たい風に、古い鉄と乾いた土の匂いが混じっている。
坂を下りきった先は、石柱の並ぶ通路だった。壁際には蓋の閉じた石棺があり、その間に、朽ちた槍や盾が置かれている。
瀬川が照明を前へ向けた。
光の端で、黒い鎧が動いた。
【種族:亡霊騎士】
【レベル:167】
【特性:実体再構成/物理耐性/生命感知】
鑑定を奥へ向ける。
正面に4体、その後ろに6体。柱の陰にも同じ気配があり、通路の先には、ひと回り大きな鎧が立っていた。
数を確かめているうちに、先頭の騎士が兜を持ち上げた。
俺たちを見つけたらしい。
「全部で14体います。奥の大きい奴も同じ系統です。俺が前へ出ますから、皆さんはこの柱より手前で待っていてください」
倉橋が盾を構え、残る3人を背後へ入れた。
「退路はこちらで確保します。戻るときは、真っ直ぐ下がってください」
その声を聞いて、俺は歩き出した。
亡霊騎士たちが、足音を重ねて近づいてくる。
普通の人間が鎧を着ているなら、これだけ揃った動きにはならない。前列の剣が持ち上がると、後ろの槍が、その間を埋めるように突き出された。
俺は剣を半歩で避け、槍の穂先を左手で払った。
闘気をまとった右拳を、最初の兜へ打ち込む。
金属がひしゃげ、兜が肩の後ろへ飛んだ。それでも、残った腕が俺の首へ剣を振ってくる。
異世界で知らずに相手をしたときは、これに驚かされた。
首を落としても、胸を潰しても、止まらない。中身は肉でも骨でもないからだ。
俺は剣を持つ腕をつかみ、掌から聖者の力を流した。
鎧の隙間に白い光が走る。
腕が震え、兜を失った胴体の奥から、濁った煙のようなものが浮き上がった。それが薄れるにつれ、鎧を支えていた力が抜けていく。
俺が手を離すと、金属の部品が床へ崩れた。
槍を払われた騎士が、すぐ横から踏み込んでくる。
俺は半身でかわし、その胸へ掌を当てた。
今度は、拳で壊す必要もなかった。
光が通ると、鎧の中で渦巻いていたものがほどけ、同じように床へ落ちた。
敵の動きと、力の通り方は分かった。
俺は足元の剣を踏まない場所へ移り、近づく騎士たちへ右手を向けた。
手の中で魔力を練り、聖者の力へ変える。
広げる範囲を通路の奥へ絞ると、掌から溢れた光が、床を滑るように伸びていった。
先頭の騎士が、剣を振り上げた姿勢で止まる。
その背後でも槍が傾き、黒い鎧の継ぎ目から光が漏れた。
幾つもの重い音が通路へ響いた。
剣も、槍も、盾も落ちていく。中を満たしていた濁りが消えると、鎧は立っていられなくなり、床の上へ折り重なった。
奥にいた大きな騎士だけが、まだ動いていた。
【種族:亡霊騎士長】
【レベル:193】
胸の内側に、濃い力が集まっている。
長い剣を構えた騎士長が、倒れた鎧を踏み越えてきた。歩くたびに足元の剣が跳ね、石の床を擦って音を立てる。
俺は右手を下ろし、相手の間合いへ入った。
肩口を狙って落ちてきた剣の内側へ踏み込み、左手で柄を押さえる。金属越しに、こちらを押し潰そうとする力が伝わってきた。
その胸へ、右拳を当てた。
闘気だけではなく、白い光をまとわせた拳だった。
胸板が窪み、その奥を聖者の力が貫いた。
柄を握っていた手から力が抜ける。俺は剣を受け止め、崩れた鎧と別の場所へ下ろした。
通路から、動くものがいなくなった。
◇
鑑定で奥まで確かめてから、俺は振り返った。
「活動しているものは、今のところいません。鎧の下に魔石がありますが、皆さんが確認するまで触らずにおきます」
倉橋は盾を下ろし、ゆっくり通路を見渡した。
射手が、弦へ掛けていた指を離す。瀬川は記録装置を動かしたまま、積み重なった鎧へ近づいてきた。
「今の光も、聖者の能力なんですね」
「はい。こういう相手には使えます。傷を治すときとは、通す力の使い方が違いますが」
瀬川は俺の掌を見て、それから床へ目を戻した。
倉橋はすでに、調査担当と壁際の石棺を確認していた。蓋には手を触れず、隙間と周囲の床を照らしている。
「ここから先は、我々で調べます。龍宮寺さんは奥の通路を見ていていただけますか。新しい魔物が来たら、すぐに知らせてください」
「分かりました。石棺の中にも反応はありませんが、何かあれば声をかけます」
俺が通路の奥を警戒している間に、彼らは床へ目印を置き、石柱の位置と壁の文字を記録していった。
魔物を倒しても、それだけでは地図はできないらしい。
戻る場所を示す反射板が貼られ、通路の幅や、崩れかけた天井の場所まで記録される。
俺は時々、鎧の下から見つかった魔石の状態を尋ねられた。濁りはなく、危険なものがまとわりついてもいない。
調査が終わる頃には、14個の魔石が、それぞれの鎧と対応するよう並べられていた。
「武器と鎧も回収したいのですが、収納をお願いできますか」
倉橋の申し出に、俺は頷いた。
「まとめて持ち帰れます。石棺や、壁についているものは、そのままですよね」
「はい。動かす前に調べる必要があります。今日は触れずに戻ります」
俺は確認の済んだ武器と鎧だけを収納した。
射手が運搬用の袋を畳み、腰へ戻す。その顔を見ていると、アイテムボックスが喜ばれる理由もよく分かった。
◇
地上へ戻ったとき、倉橋は受付で調査結果を伝えた。
「33階層の入口から、第1通路まで確保しました。以降の区画は未調査です。進入可能範囲の表示を更新してください」
職員が地図を開き、報告を受けた部分へ線を引く。
昨日まで巨人に塞がれていた先に、新しい道が足された。
俺は搬入場所で鎧を取り出し、魔石を査定担当へ渡した。亡霊騎士長の剣を受け取った職員が、刃こぼれのない部分を光へかざしている。
「これも、売れるものなんですね」
「素材と加工状態を確認します。装備として再利用できなくても、金属には価値がありますから。これだけ揃って回収されるのは、珍しいですよ」
俺は空になった手を見下ろした。
異世界では、亡霊の鎧を放って先へ進むことも多かった。この日本では、持ち帰れば誰かの仕事になる。
支部へ戻る車の中で、不動産店から連絡が来た。
申し込みは受け付けられ、必要書類も揃っている。審査結果が出たら、改めて連絡するとのことだった。
続いて、相良から短い動画が届いた。
手すりの端で待っていた年配の女性へ、彼女が歩いていく。数歩進んだところで、待ちきれなくなったらしい母親が近づき、娘の肩を抱いた。
声はほとんど聞き取れなかった。
俺は最後まで見てから、画面を閉じた。
前の席で、倉橋が今日の記録を確かめている。
俺も鞄から住まいの資料を取り出し、寝室の寸法を見直した。長いベッドを置いても、窓の前にはまだ余裕がある。
床へ散らばった鎧も、探していた部屋の申し込みも、今日はちゃんと片づいた。
夕飯を食ったら、ベッドを探そう。
今夜はそのために、時間を使うつもりだった。
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YouTubeショート動画作ってみました。
https://youtube.com/shorts/WzkrKKAdV-k?si=31S2f5LM8IGjBQ_t




